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第78話 蝕むもの

ー/ー



姜芽達がメゾーヌ南の山へ向けて出発した、その少し後のこと。
町に残された者たちは、しばらくは馬車の中で一行に新たに加入した渕部と話していた。
特に一際彼に興味を抱いたのは、ナイアだった。
彼女は渕部に…いや、正確には渕部が扱う武器に注目したのだ。
渕部が装備している武器は棍だった。だが、その何かがおかしい…というか少し変わっている事に、ナイアは気づいた。
そこで、他の者達が渕部との会話を終えてそれぞれの部屋に戻っていった直後、ナイアは渕部に尋ねた。
「ねえ、あなたが持ってる棍ってさ…」  

渕部はすぐに察したようだった。
「ああ、気づいたか?これはそこらの棍とはちょっと違うんだ」

「え、そうなのか?」
それを聞いたミロウが食いついた。
彼もまた、渕部に奇妙な興味を抱いた者の一人であった。
「…まあ、よく見てくれ」
渕部はそう言いながら、棍をテーブルの上に置いた。
それは一見すると普通の棍で、ミロウには何が特異なのかわからなかったが、ナイアはすぐにわかった。
「あ、これって…」

「そうだ、これは『多節棍』っていう武器だ」

「多節棍…今どきそんなのを使う人がいるんだね」
多節棍とは、複数の短い棒を鎖や丈夫な紐でつなぎ合わせて一本にした棍の一種。
良くも悪くも普通の棍とは異なる武器で、鞭のような動きと複雑な取り回しが可能である代わりに扱いが難しい。

ナイアは防人だ。
防人は家族や友人を守るために戦うことをモットーとする種族の異人であり、基本的には斧や鎌など、入手や扱いが比較的簡単な武器を扱う傾向にある。
そして、ナイアは数ある武器の中から斧と大剣を手にした。
だが、昔は棍を持ったこともあった。
その際に棍の扱いや種類について独学で勉強したため、その辺りの情報に関してはある程度知識がある。

それによれば、多節棍は長い歴史を持つ棍の中でもかなり古い時代から存在する武器で、今の棍の原型である汎用棍棒(トンファー)から派生する形で生まれた最初の棍系武器の一つであった。
また、亜種として「ヌンチャク」と呼ばれる武器も存在する、とも聞いたことがある。

しかし、いずれにしても本当に昔…何千万年も前に出現した武器であり、しかも今はほとんど廃れきった武器種だ。今の時代にそれを扱う者はほとんどいない。
もしいるとすれば相当に古武術、あるいは昔の武器が好きで、かつとても優れた腕前を有する者か、あるいは棍系武器に尋常ならざる愛着または執念を持つ者か、いずれにせよ変質者だけだろう。
それだけ、多節棍というものは年季の入った武器なのだ。

「まあ、確かにかなり古風な武器なのは否定しない。けどな、これ普通に強いぜ?それに、おれがこれを使うのにはわけがあるんだ」

「わけ?」

「ああ。それはな…」

その時、渕部を呼ぶ苺の声が飛んできた。



ナイアは、渕部と共に外に出た。
苺は、渕部の顔を見るなり言った。
「渕部さん。あなた方がこの町に滞在して、どれくらいになりますか?」

「え?えーと…大体10日、だな」

「そうですか…」
と、苺は唐突に自身の体を魔力で包んで浮かび上がり、渕部に向かって杖を向けた。
そして渕部も周囲も困惑する中、白魔法を唱えた。
「[ファルテット]」






ナイアは抜け殻のようになった渕部を揺さぶったが、反応はない。
脈はあるようだが…一体何が起きたのだろうか。
「心配はいりません。彼は気絶しているだけです」
ゆっくりと降りてきた苺に、ナイアは焦りながら聞いた。
「苺さん!一体、何を…!?」

「彼の心を蝕んでいた、憑き物を払ったのです」

「憑き物…?」

「彼には、ある種の異形が取り憑いていました。それは少しずつ、時間をかけて体と心を乗っ取っていきます。彼らは、健全な者には入り込めない。だからこそこの国を、この町を選んだ。長期的な栄養不足により心身が弱った者の体に潜伏し、徐々に侵食していく。それが、目的だったのです」

苺の発言の意味はよくわからなかった。
だが、とにかく何らかの異形がこの町に潜んでおり、それが町の人々を毒しているということはわかった。
「苺さん…」

「私は司祭。全ての罪なき者を赦し、救うのが宿命です。そのためには、時として残酷な手も使わざるを得ません」

「…えっと、それってどういう…」
苺は、それには答えなかった。
彼女はうつむいて目を閉じ、黙り込んだ。

「…苺、さん…?」

数秒後、ナイアの声で彼女は再び目覚めた。
だが、それはナイアのよく知る彼女ではなかった。
「…あなたは…ナイア、だったわね」

「え、ええ…」
明らかに雰囲気が変わった苺に、ナイアは一種戸惑った。
「協力して欲しいことがあるの。町の人達を、全員拘束する」

「えっ…!?」
ナイアが驚きの声を上げた所に、ミロウが出てきた。
「おい、まだかよ…って、ええ!?どういう状況だこれ!?」

「ミロウ…」
苺は、彼にも声をかけた。
「ミロウ、丁度よかった。あなたにも手伝ってもらえるかしら」

「え…?おれが?何をすればいいんですかい?」

「簡単よ。この町の人を、全員拘束するの」

「は…?いや、それって…」

「詳しく説明してる暇はないわ。中にいる人達は私が呼びに行くから、あなた達は人々を拘束して!」

「…で、でもどうやって…!」

「なんでもいい!とにかく…自由に動けないように拘束して!」

「いや、だから何で…!」

「皆の命に関わる事なのよ!…お願い、私の言う通りにして!」
声を荒げ、焦る苺を前にして、二人はそれを承諾する以外の選択肢を失った。



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次のエピソードへ進む 第79話 救うべき人々


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姜芽達がメゾーヌ南の山へ向けて出発した、その少し後のこと。町に残された者たちは、しばらくは馬車の中で一行に新たに加入した渕部と話していた。
特に一際彼に興味を抱いたのは、ナイアだった。
彼女は渕部に…いや、正確には渕部が扱う武器に注目したのだ。
渕部が装備している武器は棍だった。だが、その何かがおかしい…というか少し変わっている事に、ナイアは気づいた。
そこで、他の者達が渕部との会話を終えてそれぞれの部屋に戻っていった直後、ナイアは渕部に尋ねた。
「ねえ、あなたが持ってる棍ってさ…」  
渕部はすぐに察したようだった。
「ああ、気づいたか?これはそこらの棍とはちょっと違うんだ」
「え、そうなのか?」
それを聞いたミロウが食いついた。
彼もまた、渕部に奇妙な興味を抱いた者の一人であった。
「…まあ、よく見てくれ」
渕部はそう言いながら、棍をテーブルの上に置いた。
それは一見すると普通の棍で、ミロウには何が特異なのかわからなかったが、ナイアはすぐにわかった。
「あ、これって…」
「そうだ、これは『多節棍』っていう武器だ」
「多節棍…今どきそんなのを使う人がいるんだね」
多節棍とは、複数の短い棒を鎖や丈夫な紐でつなぎ合わせて一本にした棍の一種。
良くも悪くも普通の棍とは異なる武器で、鞭のような動きと複雑な取り回しが可能である代わりに扱いが難しい。
ナイアは防人だ。
防人は家族や友人を守るために戦うことをモットーとする種族の異人であり、基本的には斧や鎌など、入手や扱いが比較的簡単な武器を扱う傾向にある。
そして、ナイアは数ある武器の中から斧と大剣を手にした。
だが、昔は棍を持ったこともあった。
その際に棍の扱いや種類について独学で勉強したため、その辺りの情報に関してはある程度知識がある。
それによれば、多節棍は長い歴史を持つ棍の中でもかなり古い時代から存在する武器で、今の棍の原型である|汎用棍棒《トンファー》から派生する形で生まれた最初の棍系武器の一つであった。
また、亜種として「ヌンチャク」と呼ばれる武器も存在する、とも聞いたことがある。
しかし、いずれにしても本当に昔…何千万年も前に出現した武器であり、しかも今はほとんど廃れきった武器種だ。今の時代にそれを扱う者はほとんどいない。
もしいるとすれば相当に古武術、あるいは昔の武器が好きで、かつとても優れた腕前を有する者か、あるいは棍系武器に尋常ならざる愛着または執念を持つ者か、いずれにせよ変質者だけだろう。
それだけ、多節棍というものは年季の入った武器なのだ。
「まあ、確かにかなり古風な武器なのは否定しない。けどな、これ普通に強いぜ?それに、おれがこれを使うのにはわけがあるんだ」
「わけ?」
「ああ。それはな…」
その時、渕部を呼ぶ苺の声が飛んできた。
ナイアは、渕部と共に外に出た。
苺は、渕部の顔を見るなり言った。
「渕部さん。あなた方がこの町に滞在して、どれくらいになりますか?」
「え?えーと…大体10日、だな」
「そうですか…」
と、苺は唐突に自身の体を魔力で包んで浮かび上がり、渕部に向かって杖を向けた。
そして渕部も周囲も困惑する中、白魔法を唱えた。
「[ファルテット]」
ナイアは抜け殻のようになった渕部を揺さぶったが、反応はない。
脈はあるようだが…一体何が起きたのだろうか。
「心配はいりません。彼は気絶しているだけです」
ゆっくりと降りてきた苺に、ナイアは焦りながら聞いた。
「苺さん!一体、何を…!?」
「彼の心を蝕んでいた、憑き物を払ったのです」
「憑き物…?」
「彼には、ある種の異形が取り憑いていました。それは少しずつ、時間をかけて体と心を乗っ取っていきます。彼らは、健全な者には入り込めない。だからこそこの国を、この町を選んだ。長期的な栄養不足により心身が弱った者の体に潜伏し、徐々に侵食していく。それが、目的だったのです」
苺の発言の意味はよくわからなかった。
だが、とにかく何らかの異形がこの町に潜んでおり、それが町の人々を毒しているということはわかった。
「苺さん…」
「私は司祭。全ての罪なき者を赦し、救うのが宿命です。そのためには、時として残酷な手も使わざるを得ません」
「…えっと、それってどういう…」
苺は、それには答えなかった。
彼女はうつむいて目を閉じ、黙り込んだ。
「…苺、さん…?」
数秒後、ナイアの声で彼女は再び目覚めた。
だが、それはナイアのよく知る彼女ではなかった。
「…あなたは…ナイア、だったわね」
「え、ええ…」
明らかに雰囲気が変わった苺に、ナイアは一種戸惑った。
「協力して欲しいことがあるの。町の人達を、全員拘束する」
「えっ…!?」
ナイアが驚きの声を上げた所に、ミロウが出てきた。
「おい、まだかよ…って、ええ!?どういう状況だこれ!?」
「ミロウ…」
苺は、彼にも声をかけた。
「ミロウ、丁度よかった。あなたにも手伝ってもらえるかしら」
「え…?おれが?何をすればいいんですかい?」
「簡単よ。この町の人を、全員拘束するの」
「は…?いや、それって…」
「詳しく説明してる暇はないわ。中にいる人達は私が呼びに行くから、あなた達は人々を拘束して!」
「…で、でもどうやって…!」
「なんでもいい!とにかく…自由に動けないように拘束して!」
「いや、だから何で…!」
「皆の命に関わる事なのよ!…お願い、私の言う通りにして!」
声を荒げ、焦る苺を前にして、二人はそれを承諾する以外の選択肢を失った。