第14話 有朱とマクガフィンの関係 前半
ー/ー
「え、えっ?なんで?何処に行ったの?マクガフィン?」
頭が真っ白になる。分からない。彼はこの世界でずっと、私を守ってくれる存在のはずだ。それがどうしていきなり、こんな事を?どうして……
「おや。アリスさん。なぜ残られたのですか?」
「違う!違うのよ!マクガフィンが、マクガフィンが急に手を離したの!追い掛けないと……」
ランタンを投げ捨て、急いで逆行エリアの白い円に触れようとした私の手を、フーダニット卿が掴んで止めた。
「ちょっと!放してよ!」
「落ち着いて下さい。今更追い掛けようとしても彼には会えません、こちら側からいくら急いでも、逆行エリアに対しては無意味です。中ではそれぞれの時間軸が存在しているので、紛れて探せなくなるのです」
「グェッグェッ……やはり彼奴はその選択をしたか」
フーダニット卿の後ろから、聴き覚えのある声が飛んで来た。ぞろぞろと現れたのはお茶会のメンバー……ネコの侯爵とカエル男爵、サラリーの三人だ。
「おや、着いてきてしまったんですか。領地の見張り役は?」
「ネズミの彼に任せたよ。彼は眠っていたって見張れるからね」
ネコの侯爵が髭を撫でながら答えた。私はどうしようもなくなってカエルの男爵に詰め寄る。
「ねぇどういうこと!どうしてマクガフィンは私を置いて行ってしまったの!」
「落ち着きなされ、マクガフィンが悩んでいた事を考えれば分かるはずだ」
「悩んでたこと?何よそれ!私全然知らないわ!だって悩んでたら弱い筈でしょう?彼はちゃんと強かったじゃない!賢者の《ナイト》ド・タイプとも、愚者のハート岩とも対等に渡り合ってたのよ!」
「ド・タイプは基本的に戦いをせん。あの話ではアリスさんを敵と見做して倒そうとしていたから、マクガフィンを敵としては戦っておらんかった筈だ。ハート岩も存在は強大だが、特別に芯が強いワケではなかった」
「でも……!」
「仮に悩みを抱えていても、その悩みに気付くまでは存在の強さには影響しない。男爵の情報によれば彼が揺らぎ始めたのは時計塔の中、研究室に入ってからだ」
「ほう!確かに彼は研究室に入るのを躊躇ってはいましたが……」
「分からない!分からない!!分からない!!!」
頭がカッと熱くなる。全体を覆う様なその熱が、ギュッと脳の中心部に痛みを伴って集まったかと思うと、そのままじんわりと目の奥の方へと移動した。ダメだ、と思った次の瞬間、両目からとめどなく涙が溢れて来る。私はボロボロと泣きながら、今までマクガフィンが近くに居た事で自分がどれ程安心していたのかを自覚した。まるで迷子の気分だ。知らない場所で、周りに沢山人が居ても寂しさが襲って来る。彼はどうしてこんな仕打ちを私にしたの?私が彼の手を、もっと強く握り締めていれば……
「彼は去り際に、何か言っていませんでしたか?」
サラリーに尋ねられ、私は必死に頭を働かせて思い出す。混乱しているが、ついさっきの出来事だ。思い出せるはず……泣いて感情を爆発させたお陰で、少し頭の熱が冷めた気がする。泣いてばかりいてはダメだ。もうマクガフィンは居ない。とにかく、出来ることをしなくては。まず、何故彼があんな事をしたのか考えよう。今、此処にいる彼らはそれを探る為に、此処に来てくれたのだろうから。両手で涙を拭いながら、嗚咽を抑えて返事をしようと努力する。
「えぇと、確か……新品に、なったら……って」
「新品ですか、それで?」
「ごめんなさい、ちょっと待ってね。言うから……新品になったら、昔みたいに抱き締めてくれるかって。そう訊かれたの」
「抱き締めるかだって!?ゲッゲッ」
カエル男爵が飛び出た目玉を一層ギョロリとさせて反応すると、フーダニット卿が不思議そうにそれを見る。
「ぬいぐるみが抱き締められるのは当たり前の事でしょう?何も不自然な事は無い筈ですが、そんな驚く事ですか?」
「いや失礼……それは百も承知だが、見た目から察するに、アリスさん程の方となれば今更と言うか、対象年齢ではないのではないかと思ってな?求め過ぎな気がしたもので……グェッグェッグェッ」
「それこそ偏見というものでしょう。傍観の賢者としては珍しく、首を突っ込み過ぎですね」
「二人に関しては、何故か気になるのだ。不思議とな」
「もしかすると世界のバランスに関係しているのかも知れませんね……アリスさん、あなたとマクガフィンさんの関係は、一体どういったものなのですか?何故、彼はあなたを“姫”と呼び、あなたと行動を共にし、あなたを守ろうとしていたんでしょう?」
「それは……」
「そもそも、彼はまるで自身がこの世界の住人のように振る舞っていたが、元はアリスさんの居た世界から一緒に飛んで来たんだろう?そちらの世界でも、ぬいぐるみは喋るものなのか?」
「いいえ。喋らないわ。只のモノと意思疎通なんか出来るわけが無いじゃない」
「ゲッゲッ!それにしては彼奴、かなり流暢に喋っておったな」
「何か思い当たる事はないですか?どんな些細な事でも良いですよ」
「……マクガフィンは、私が幼い頃にお父さんからプレゼントされたものなの」
「なるほど、贈り物でしたか!」
「とっても素敵なぬいぐるみだった。ふわふわしてて可愛いのに、毛並みは気品を感じるくらいに艶やかでカッコ良くて……きっと子供の頃の思い出補正ってやつだと思うけど、当時の私の目にはとってもキラキラして、輝いて見えた。特別だった」
皆、静かに私の話を聞いている。話している間にだんだんと気持ちが落ち着いてきて、もう取り乱す事は無かった。あのぬいぐるみの事は誰にも話すつもりは無かったけれど、きっと誰かに話さなければいけなかったんだろう。この気持ちを吐き出さなければ、私はいつまでも先に進めない。不思議とそんな感情が湧いてきた。今こそ、私が大切にしていた思い出を、包み隠さず話す唯一の機会だ。
「“姫”っていうのはね、お父さんが私を呼ぶ時の愛称だったの。私は童話が大好きで、読み聞かせて貰っていた絵本の中のお姫様に憧れてたわ。典型的な女の子ね。私はぬいぐるみをプレゼントされた時に、直感的に“王子様”だって思ったのよ。それで私、渡された瞬間お父さんに伝えたわ。「このぬいぐるみ王子様みたい」って。お父さんは驚いた顔してた……今思えば当然よね、愛玩用のクマのぬいぐるみだもの。でも直ぐにお父さんは笑顔になって、「じゃあ、有朱はお姫様だな」って返してくれたの。私はそれがとっても嬉しくて気に入ったから、それからお父さんは私の事を姫って呼んでくれるようになった」
「つまり、彼がプレゼントされた事で、アリスさんは姫になったわけですか……なるほど」
サラリーが眼鏡を光らせて頷く。
「確かに、そう言えるかも知れないわね。彼がプレゼントされるまで私はお姫様を夢見る只の少女だったけど、彼が王子様として私のところに来てくれたお陰で、自分がお姫様なんだって信じる事が出来た。本当にずっと一緒に居たわ。外に遊びに出る時も、ご飯を食べる時も、寝る時だって……」
「とても大切になさっていた事が伝わります。彼の抱き締めて欲しいという願いは、きっとその頃を想っての事だったのでしょう。恐らく吾輩の研究室でまだ遊ばれているオモチャ達を見たのがキッカケか……」
「なるほど、その可能性は大いに有り得るな」
「そんなに彼を大切にしていたアリスさんがぬいぐるみを抱き締めなくなったのは何故ですか?ただ単に成長したからという訳では無さそうですが」
「御名答よ。私がぬいぐるみから離れたのは、お父さんが死んだから。小学校に上がって暫くしてから、病気で亡くなってしまったの」
「お父上様がお亡くなりになった事と、ぬいぐるみを避ける事にどんな関係が?」
「あのぬいぐるみには、ある特徴があってね。お腹を押すと喋るのよ。喋ると言っても、自由に話すわけじゃなくて、直前にぬいぐるみに吹き込んだ音声が録音されて、お腹を押すとそれが再生されるってボイスレコーダーみたいな機能が付いてただけなんだけど……」
「ふむ、話すのに慣れていたのはその為か」
「お父さんの具合が悪くなって入院し始めてからも、私はまさかお父さんが死んでしまうなんて思いもしてなかった。両親がまだ幼い私に、その話題をどう切り出すか迷って誤魔化していたことも影響したのかも知れないわ。ある日、いつも通り御見舞いに行ったら、お父さんがいつになく険しい顔をしてた。ぬいぐるみごと私を抱き締めて、「どんな事があっても、ずっと姫の事を守るから」そう言ってくれた。私はそれを、言葉の通りに受け取ったの。「嬉しい、ありがとう」って」
「お父上様は自分の寿命がもう長くはない事を悟られていたんですね。そして祈りの形で、願いを口にした。恐らくは御守りのように、自分が居なくなってからもアリスさんがその言葉を信じて生きていけるだろうと……」
「いま考えたら分かる事よ。けれど当時の私にはそんなの、ただの嘘でしかなかった。ずっと守るだなんて、死んでしまったら不可能じゃない。お母さんから、もうお父さんは居ないと聞かされた時に、置いて行かれたって思った。「ずっと守る」なんて酷い嘘で私を安心させて、ぬか喜びさせて……」
誰も、何も言わなかった。カエル男爵も、ひと鳴きもしてくれない。当然だ。こんな話、聞いたところでどんな言葉も掛けられる訳が無い。この悲しさは本来、誰とも共有する必要は無いのだ。ただ自然の摂理に従って亡くなった父親への、決して聞き入れられる事のない娘の我儘なのだから。
「それで……なんだっけ。あぁ、ぬいぐるみを抱き締めなくなった理由だったわね。私はお父さんが亡くなってからも、暫くはぬいぐるみを離さなかったわ。相変わらず……というか寧ろ、死の概念を知ってからは一層大切にした。お父さんの代わりに本当に彼が守ってくれている様な気がしたの。お父さんは生きていたから死んだけど、ぬいぐるみは絶対に死ぬことはない。だから私が死ぬまでずっと、私を守ってくれる王子様だって思った」
「……では何故?」
「最悪なことに、死ぬ前にお父さんが私に囁いたセリフを彼は録音してしまっていたのよ。元々、私はその機能を全然使ってなかったの。ぬいぐるみに付いてたお喋り機能は録音時の音声をそのまま流すんだけど、自分の声って何だか変に聞こえるでしょう?おままごとの時とかに自分の声が彼から聞こえてくるのが嫌で仕方なかったのよ。けれど、お父さんが亡くなってから一年後くらい経った頃かしら。不意な弾みでぬいぐるみから声が再生された。きっと病院で抱き締められた時に録音スイッチが入ってたんだと思う。突然、もう二度と聞けないと思っていたお父さんの声が流れて……私は取り乱して泣き喚いたわ。これ以上聞いたらダメだって思う気持ちと、もっと聞きたい、お父さんに会いたいって気持ちで揉みくちゃになった。大声で泣きながらぬいぐるみを抱き締め続けた。整理していたはずの気持ちがぐちゃぐちゃになるのを感じたわ。夕飯の支度をしてたお母さんが、何事かと駆け寄って来て……それからの事は憶えてない。泣き続けて、泣き疲れて、気絶する様に倒れたんだと思う。布団の中で目が覚めた時には、もうぬいぐるみは取り上げられてたわ」
「お母上様は、そのぬいぐるみに録音された声が娘にとって悪影響だと判断したのでしょうね。悪戯に思い出を想起させるだけだと」
「アリスさんとマクガフィンさんの別れは、成長から齎される純粋な精神の成熟による意識変化では無かったのだな。周囲の判断による、いわば強制的な分断だった訳だ」
「お母さんの判断は間違ってなかったと思うわ。私はどうしたって、もうぬいぐるみの王子様とお父さんのイメージを分ける事は出来なかったもの。あの声を聞いてしまってから……だから私も彼をまた返して貰おうとはしなかった。大人しく、ぬいぐるみを忘れることにしたの」
「けれど、良い父親だったのだろう?何もその思い出ごと忌避する事はなかったのではないか?」
「仕方ないわよ。ずっと守るって言ってくれたのに亡くなったお父さんは、出来もしない約束をした嘘吐き……幼い私の中で、優しくて大好きだったお父さんとの早過ぎる死別を、そのどうしようもない世界の理不尽を受け入れるには、そうやって無理矢理にでも誰かを悪者に仕立てるしかなかった」
「マクガフィンさんは、その解釈に巻き込まれたという事ですか」
「そうね。お父さんの声を再生したあの日から、ぬいぐるみはその嘘を象徴する存在になったわ……トラウマって言った方が良いのかしら。ずっと連れ回してボロボロになってたその見た目も、だんだん汚く、醜く見えた。私が王子様だと信じていた時のあの輝きが損われたって考えたら、なんだか許せなく思えて……だってそうでしょう?彼が輝いていなかったら、もう私はお姫様で居られなくなるじゃない。だからそれから私は自分が同じ様に醜くならない為に、必死で努力する事にしたの。老いに任せて輝きを鈍らせるのは、私を裏切った彼らと同じ許せない行為だから」
「アリスさんのトラウマが、マクガフィンさんにも憑ってしまったのでしょうか……まさかあの転移ドアのせいで!?やっぱり量子もつれ機構には問題があると思ってたんですよ!あれだけは寝ずに聞いたけど、全く分からず煙に巻かれたような感じでしたし」
「サラリー、その意見は聞き捨てなりませんね。また吾輩の発明にケチをつけるおつもりですか?」
「いや、そういうつもりではないですが……あくまで可能性の一つとしてですね。あの彼が急にアリスさんを放って行ってしまうなんて信じられなくて」
「感心しませんね。疑う事が悪いとは言いませんが、自分が理解出来ないからといって、その未知への恐怖心を流用して犯人扱いしてしまうのはナンセンスです。量子もつれは決して、その存在意識を混濁させる様な事はありません」
「な、なるほど。旦那様が仰るならそうなのでしょう。失礼致しました」
「そうか……ふむ!」
状況の把握を完了したのだろう。またしてもネコの侯爵が、長い髭を撫でながら大きく頷いた。
「アリスさん、安心なさい。マクガフィンはどうやらあなたの為に今回の行動を起こしたらしい」
「えっ?」
「冷静に考えれば分かるよ。まず第一にマクガフィンの役割はアリスさんを守る事。それを前提にすれば彼の行動には全て説明がつく」
「……どういう事なの?」
「彼はフーダニット卿の研究室にあるオモチャ達を見て、自分が元の世界でアリスさんから避けられていた事実を思い出し、意識してしまった。そしてそれは、間違いなく彼の存在を弱くする要素だったのだ。彼にとって存在が弱くなるという事は、アリスさんを守るという自分の役割を損なう事と同義……つまり存在の芯を喪失してしまう危険性がある。彼はそこに思い至って、どうにか問題を解決しようとした。結果、まだアリスさんに遊んで貰えていた頃にまで自分の状態を戻せば、同じ様にアリスさんに接して貰えると考えたのだろう」
「そういえば、マクガフィンはいやに時間逆行エリアに対して興味を示していましたね?自分の記憶ではお茶会の時に逆行エリアの話題が出た時の反応も、彼だけ大きかった気がします」
「マクガフィンはここに来る前から、時間の逆行するエリアに関しては話をしていたわよ」
「ほう……それは興味深い。ならば彼は既にこの世界に来た時から、アリスさんに受け入れて貰う為に、逆行エリアで昔出会った頃の輝きを取り戻そうとしていた可能性があるな。研究室に入った時の彼の揺らぎは、見て見ぬ振りをしていたぬいぐるみとしての自分の欲求を再認識した為かも知らん」
「では侯爵様、彼は特に弱くなっていた訳ではないと……?」
「そうだな。つまりこれは、アリスさんへの贖罪なのだ」
「贖罪だなんて!確かに私は彼を放ってしまったけど、あの時の私にはそれしか手段が無かっただけで……そもそもぬいぐるみが傷んでたのも私が連れ回してた所為で、彼は悪くないわ。それとこれとは話が違うじゃない!」
「同じなのだよ。アリスさん。幼い日のあなたが、理由付けに選んだ事だ。亡くなった人を生き返らせる事は出来ない。彼にとってあなたへの償いは、古くなって傷んだ身体を新品に戻すより他に方法が無かったのだ」
「それは……そうかも知れないけど」
「それにしても、彼女を一人で置いてきぼりにしてしまうのはどうなのだ?仕返しにしてはタチが悪い。この世界ではぐれてしまったら、また巡り会うのは大変だぞ」
「だからこそ、このタイミングしかなかったと言えるだろう。彼はフーダニット卿を信頼した。フーダニット卿の領地ほど安全な場所は無いし、彼女の安全が保証されている今だけが、彼にとって自分の問題を解決する唯一の好機だったという訳だ。仕返しなど全く考えに入っていないだろう」
「なるほど!それなら辻褄が合いますね、流石侯爵様だ!今しがた、自分の時計にもピタリと計算結果が出ました!マクガフィンさんの行動は十中八九、アリスさんを想っての行動です!」
「ふむ……確かに吾輩の領地は安全ですね、信頼して頂けたのは喜ばしい事です」
「確かに辻褄は合うし、私にとって一番安全なタイミングを選んだかも知れないけど、だったら何?私に一言言ってくれても良いじゃない!納得出来ないわ!彼が新品になって帰って来るのを、ただボーッとお茶会して待ってろって言うの?」
「ゲッゲッゲッ!言うねぇお嬢さん、ワシらもただボーッとしてるだけではないのだがな」
「あぁ、ごめんなさい。そういうつもりで言った訳じゃないんだけど……」
「構わんよ。もっと他にも言いたい事があるんだろう、ならば言えば良い」
「え?」
「例えばマクガフィンの選択が間違っていると、そう思っているのではないか?」
「それは……そうなんだけど、でも、私の感覚なのよ。ネコの侯爵の考察を聞いたら、彼の行動は理に適ってるって理解できるし、合理的な彼の判断を私の直感で否定するのは、それこそ間違ってるんじゃないかとも思えてしまう」
「合理的な選択が、必ずしも正しいとは限らんよ」
「その通り。合理的という言葉は字面は良いが、それだけが常に良い結果を生む訳ではない。それは歴史が証明している。世界の采配は常に論理だけで無く、感情的な選択が合わさってこそ成り立つものだ。俺はマクガフィンの行動が、彼の基準で正しい方向に選択された結果だとは説明したが、それはあくまで彼の中の最善の選択肢であって、このままでは最良の選択にはなり得ない。アリスさん、臆せず言ってごらんなさい」
彼らは私の言葉を待っている。それを言ってしまうと、もしかしたらマクガフィンの気遣いが全て無駄になるかも知れない……けれどダメだ。マクガフィンをこのまま大人しく待つなんて、我慢出来ない。
「じゃあ、言わせて貰うわ。本当に自分勝手と思われるかも知れないけど、今の私はマクガフィンが新品になることなんて望んでない!彼の選んだ解決方法は、きっと間違ってるわ!」
「よくぞ言った!素晴らしい」
「そうと決まれば話は早い。彼を追い掛けるとしましょう」
「ええ!是非そうしましょう!自分の時計も今が好機と示しています!」
「え?ちょっと待ってよ、この世界ではぐれたら探し出すのは大変なんじゃないの?」
「吾輩が彼に渡した懐中時計を憶えていますか?」
「あぁ、あの鎖の付いた円盤……?ペンダントかと思ってたわ」
「ペンダントに見えるように作りましたが、懐中の日時計なのです。アレには特別な処理が施されていまして、それが今世界のどこにあるのか、位置を割り出す事が出来るようになっているのです。その場所がどこであろうとね」
「GPS機能みたいなものね、もしかしてフーダニット卿、この事態を見越して……?」
「いやまさか!ただの落とし物対策ですよ……吾輩の制作したアイテムには全て、失くさないように同じ処理を施してあるのです。あの時はただ魔女にとんがり帽子を渡す為、怪しまれないよう皆さんにも、持っていたアイテムをテキトーに数合わせでお配りしただけで……アリスさんに渡したのもただの水筒なのですよ。けれど本当に良かった、備えあれば憂いなしとはこの事ですね」
「ちょっと違う気がするけど……何にせよ嬉しい偶然ね」
私達は時計塔の操縦室へと戻り、マクガフィンの居場所を探す事にした。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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頭が真っ白になる。分からない。彼はこの世界でずっと、私を守ってくれる存在のはずだ。それがどうしていきなり、こんな事を?どうして……
「おや。アリスさん。なぜ残られたのですか?」
「違う!違うのよ!マクガフィンが、マクガフィンが急に手を離したの!追い掛けないと……」
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「落ち着いて下さい。今更追い掛けようとしても彼には会えません、こちら側からいくら急いでも、逆行エリアに対しては無意味です。中ではそれぞれの時間軸が存在しているので、紛れて探せなくなるのです」
「グェッグェッ……やはり彼奴はその選択をしたか」
フーダニット卿の後ろから、聴き覚えのある声が飛んで来た。ぞろぞろと現れたのはお茶会のメンバー……ネコの侯爵とカエル男爵、サラリーの三人だ。
「おや、着いてきてしまったんですか。領地の見張り役は?」
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ネコの侯爵が髭を撫でながら答えた。私はどうしようもなくなってカエルの男爵に詰め寄る。
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「落ち着きなされ、マクガフィンが悩んでいた事を考えれば分かるはずだ」
「悩んでたこと?何よそれ!私全然知らないわ!だって悩んでたら弱い筈でしょう?彼はちゃんと強かったじゃない!賢者の《ナイト》ド・タイプとも、愚者のハート岩とも対等に渡り合ってたのよ!」
「《ナイト》ド・タイプは基本的に戦いをせん。あの話ではアリスさんを敵と見做して倒そうとしていたから、マクガフィンを敵としては戦っておらんかった筈だ。ハート岩も存在は強大だが、特別に芯が強いワケではなかった」
「でも……!」
「仮に悩みを抱えていても、その悩みに気付くまでは存在の強さには影響しない。男爵の情報によれば彼が揺らぎ始めたのは時計塔の中、研究室に入ってからだ」
「ほう!確かに彼は研究室に入るのを躊躇ってはいましたが……」
「分からない!分からない!!分からない!!!」
頭がカッと熱くなる。全体を覆う様なその熱が、ギュッと脳の中心部に痛みを伴って集まったかと思うと、そのままじんわりと目の奥の方へと移動した。ダメだ、と思った次の瞬間、両目からとめどなく涙が溢れて来る。私はボロボロと泣きながら、今までマクガフィンが近くに居た事で自分がどれ程安心していたのかを自覚した。まるで迷子の気分だ。知らない場所で、周りに沢山人が居ても寂しさが襲って来る。彼はどうしてこんな仕打ちを私にしたの?私が彼の手を、もっと強く握り締めていれば……
「彼は去り際に、何か言っていませんでしたか?」
サラリーに尋ねられ、私は必死に頭を働かせて思い出す。混乱しているが、ついさっきの出来事だ。思い出せるはず……泣いて感情を爆発させたお陰で、少し頭の熱が冷めた気がする。泣いてばかりいてはダメだ。もうマクガフィンは居ない。とにかく、出来ることをしなくては。まず、何故彼があんな事をしたのか考えよう。今、此処にいる彼らはそれを探る為に、此処に来てくれたのだろうから。両手で涙を拭いながら、嗚咽を抑えて返事をしようと努力する。
「えぇと、確か……新品に、なったら……って」
「新品ですか、それで?」
「ごめんなさい、ちょっと待ってね。言うから……新品になったら、昔みたいに抱き締めてくれるかって。そう訊かれたの」
「抱き締めるかだって!?ゲッゲッ」
カエル男爵が飛び出た目玉を一層ギョロリとさせて反応すると、フーダニット卿が不思議そうにそれを見る。
「ぬいぐるみが抱き締められるのは当たり前の事でしょう?何も不自然な事は無い筈ですが、そんな驚く事ですか?」
「いや失礼……それは百も承知だが、見た目から察するに、アリスさん程の方となれば今更と言うか、対象年齢ではないのではないかと思ってな?求め過ぎな気がしたもので……グェッグェッグェッ」
「それこそ偏見というものでしょう。傍観の賢者としては珍しく、首を突っ込み過ぎですね」
「二人に関しては、何故か気になるのだ。不思議とな」
「もしかすると世界のバランスに関係しているのかも知れませんね……アリスさん、あなたとマクガフィンさんの関係は、一体どういったものなのですか?何故、彼はあなたを“姫”と呼び、あなたと行動を共にし、あなたを守ろうとしていたんでしょう?」
「それは……」
「そもそも、彼はまるで自身がこの世界の住人のように振る舞っていたが、元はアリスさんの居た世界から一緒に飛んで来たんだろう?そちらの世界でも、ぬいぐるみは喋るものなのか?」
「いいえ。喋らないわ。只のモノと意思疎通なんか出来るわけが無いじゃない」
「ゲッゲッ!それにしては彼奴、かなり流暢に喋っておったな」
「何か思い当たる事はないですか?どんな些細な事でも良いですよ」
「……マクガフィンは、私が幼い頃にお父さんからプレゼントされたものなの」
「なるほど、贈り物でしたか!」
「とっても素敵なぬいぐるみだった。ふわふわしてて可愛いのに、毛並みは気品を感じるくらいに艶やかでカッコ良くて……きっと子供の頃の思い出補正ってやつだと思うけど、当時の私の目にはとってもキラキラして、輝いて見えた。特別だった」
皆、静かに私の話を聞いている。話している間にだんだんと気持ちが落ち着いてきて、もう取り乱す事は無かった。あのぬいぐるみの事は誰にも話すつもりは無かったけれど、きっと誰かに話さなければいけなかったんだろう。この気持ちを吐き出さなければ、私はいつまでも先に進めない。不思議とそんな感情が湧いてきた。今こそ、私が大切にしていた思い出を、包み隠さず話す唯一の機会だ。
「“姫”っていうのはね、お父さんが私を呼ぶ時の愛称だったの。私は童話が大好きで、読み聞かせて貰っていた絵本の中のお姫様に憧れてたわ。典型的な女の子ね。私はぬいぐるみをプレゼントされた時に、直感的に“王子様”だって思ったのよ。それで私、渡された瞬間お父さんに伝えたわ。「このぬいぐるみ王子様みたい」って。お父さんは驚いた顔してた……今思えば当然よね、愛玩用のクマのぬいぐるみだもの。でも直ぐにお父さんは笑顔になって、「じゃあ、有朱はお姫様だな」って返してくれたの。私はそれがとっても嬉しくて気に入ったから、それからお父さんは私の事を姫って呼んでくれるようになった」
「つまり、彼がプレゼントされた事で、アリスさんは姫になったわけですか……なるほど」
サラリーが眼鏡を光らせて頷く。
「確かに、そう言えるかも知れないわね。彼がプレゼントされるまで私はお姫様を夢見る只の少女だったけど、彼が王子様として私のところに来てくれたお陰で、自分がお姫様なんだって信じる事が出来た。本当にずっと一緒に居たわ。外に遊びに出る時も、ご飯を食べる時も、寝る時だって……」
「とても大切になさっていた事が伝わります。彼の抱き締めて欲しいという願いは、きっとその頃を想っての事だったのでしょう。恐らく吾輩の研究室でまだ遊ばれているオモチャ達を見たのがキッカケか……」
「なるほど、その可能性は大いに有り得るな」
「そんなに彼を大切にしていたアリスさんがぬいぐるみを抱き締めなくなったのは何故ですか?ただ単に成長したからという訳では無さそうですが」
「御名答よ。私がぬいぐるみから離れたのは、お父さんが死んだから。小学校に上がって暫くしてから、病気で亡くなってしまったの」
「お父上様がお亡くなりになった事と、ぬいぐるみを避ける事にどんな関係が?」
「あのぬいぐるみには、ある特徴があってね。お腹を押すと喋るのよ。喋ると言っても、自由に話すわけじゃなくて、直前にぬいぐるみに吹き込んだ音声が録音されて、お腹を押すとそれが再生されるってボイスレコーダーみたいな機能が付いてただけなんだけど……」
「ふむ、話すのに慣れていたのはその為か」
「お父さんの具合が悪くなって入院し始めてからも、私はまさかお父さんが死んでしまうなんて思いもしてなかった。両親がまだ幼い私に、その話題をどう切り出すか迷って誤魔化していたことも影響したのかも知れないわ。ある日、いつも通り御見舞いに行ったら、お父さんがいつになく険しい顔をしてた。ぬいぐるみごと私を抱き締めて、「どんな事があっても、ずっと姫の事を守るから」そう言ってくれた。私はそれを、言葉の通りに受け取ったの。「嬉しい、ありがとう」って」
「お父上様は自分の寿命がもう長くはない事を悟られていたんですね。そして祈りの形で、願いを口にした。恐らくは御守りのように、自分が居なくなってからもアリスさんがその言葉を信じて生きていけるだろうと……」
「いま考えたら分かる事よ。けれど当時の私にはそんなの、ただの嘘でしかなかった。ずっと守るだなんて、死んでしまったら不可能じゃない。お母さんから、もうお父さんは居ないと聞かされた時に、置いて行かれたって思った。「ずっと守る」なんて酷い嘘で私を安心させて、ぬか喜びさせて……」
誰も、何も言わなかった。カエル男爵も、ひと鳴きもしてくれない。当然だ。こんな話、聞いたところでどんな言葉も掛けられる訳が無い。この悲しさは本来、誰とも共有する必要は無いのだ。ただ自然の摂理に従って亡くなった父親への、決して聞き入れられる事のない娘の我儘なのだから。
「それで……なんだっけ。あぁ、ぬいぐるみを抱き締めなくなった理由だったわね。私はお父さんが亡くなってからも、暫くはぬいぐるみを離さなかったわ。相変わらず……というか寧ろ、死の概念を知ってからは一層大切にした。お父さんの代わりに本当に彼が守ってくれている様な気がしたの。お父さんは生きていたから死んだけど、ぬいぐるみは絶対に死ぬことはない。だから私が死ぬまでずっと、私を守ってくれる王子様だって思った」
「……では何故?」
「最悪なことに、死ぬ前にお父さんが私に囁いたセリフを彼は録音してしまっていたのよ。元々、私はその機能を全然使ってなかったの。ぬいぐるみに付いてたお喋り機能は録音時の音声をそのまま流すんだけど、自分の声って何だか変に聞こえるでしょう?おままごとの時とかに自分の声が彼から聞こえてくるのが嫌で仕方なかったのよ。けれど、お父さんが亡くなってから一年後くらい経った頃かしら。不意な弾みでぬいぐるみから声が再生された。きっと病院で抱き締められた時に録音スイッチが入ってたんだと思う。突然、もう二度と聞けないと思っていたお父さんの声が流れて……私は取り乱して泣き喚いたわ。これ以上聞いたらダメだって思う気持ちと、もっと聞きたい、お父さんに会いたいって気持ちで揉みくちゃになった。大声で泣きながらぬいぐるみを抱き締め続けた。整理していたはずの気持ちがぐちゃぐちゃになるのを感じたわ。夕飯の支度をしてたお母さんが、何事かと駆け寄って来て……それからの事は憶えてない。泣き続けて、泣き疲れて、気絶する様に倒れたんだと思う。布団の中で目が覚めた時には、もうぬいぐるみは取り上げられてたわ」
「お母上様は、そのぬいぐるみに録音された声が娘にとって悪影響だと判断したのでしょうね。悪戯に思い出を想起させるだけだと」
「アリスさんとマクガフィンさんの別れは、成長から齎される純粋な精神の成熟による意識変化では無かったのだな。周囲の判断による、いわば強制的な分断だった訳だ」
「お母さんの判断は間違ってなかったと思うわ。私はどうしたって、もうぬいぐるみの王子様とお父さんのイメージを分ける事は出来なかったもの。あの声を聞いてしまってから……だから私も彼をまた返して貰おうとはしなかった。大人しく、ぬいぐるみを忘れることにしたの」
「けれど、良い父親だったのだろう?何もその思い出ごと忌避する事はなかったのではないか?」
「仕方ないわよ。ずっと守るって言ってくれたのに亡くなったお父さんは、出来もしない約束をした嘘吐き……幼い私の中で、優しくて大好きだったお父さんとの早過ぎる死別を、そのどうしようもない世界の理不尽を受け入れるには、そうやって無理矢理にでも誰かを悪者に仕立てるしかなかった」
「マクガフィンさんは、その解釈に巻き込まれたという事ですか」
「そうね。お父さんの声を再生したあの日から、ぬいぐるみはその嘘を象徴する存在になったわ……トラウマって言った方が良いのかしら。ずっと連れ回してボロボロになってたその見た目も、だんだん汚く、醜く見えた。私が王子様だと信じていた時のあの輝きが損われたって考えたら、なんだか許せなく思えて……だってそうでしょう?彼が輝いていなかったら、もう私はお姫様で居られなくなるじゃない。だからそれから私は自分が同じ様に醜くならない為に、必死で努力する事にしたの。老いに任せて輝きを鈍らせるのは、私を裏切った彼らと同じ許せない行為だから」
「アリスさんのトラウマが、マクガフィンさんにも憑ってしまったのでしょうか……まさかあの転移ドアのせいで!?やっぱり量子もつれ機構には問題があると思ってたんですよ!あれだけは寝ずに聞いたけど、全く分からず煙に巻かれたような感じでしたし」
「サラリー、その意見は聞き捨てなりませんね。また吾輩の発明にケチをつけるおつもりですか?」
「いや、そういうつもりではないですが……あくまで可能性の一つとしてですね。あの彼が急にアリスさんを放って行ってしまうなんて信じられなくて」
「感心しませんね。疑う事が悪いとは言いませんが、自分が理解出来ないからといって、その未知への恐怖心を流用して犯人扱いしてしまうのはナンセンスです。量子もつれは決して、その存在意識を混濁させる様な事はありません」
「な、なるほど。旦那様が仰るならそうなのでしょう。失礼致しました」
「そうか……ふむ!」
状況の把握を完了したのだろう。またしてもネコの侯爵が、長い髭を撫でながら大きく頷いた。
「アリスさん、安心なさい。マクガフィンはどうやらあなたの為に今回の行動を起こしたらしい」
「えっ?」
「冷静に考えれば分かるよ。まず第一にマクガフィンの役割はアリスさんを守る事。それを前提にすれば彼の行動には全て説明がつく」
「……どういう事なの?」
「彼はフーダニット卿の研究室にあるオモチャ達を見て、自分が元の世界でアリスさんから避けられていた事実を思い出し、意識してしまった。そしてそれは、間違いなく彼の存在を弱くする要素だったのだ。彼にとって存在が弱くなるという事は、アリスさんを守るという自分の役割を損なう事と同義……つまり存在の芯を喪失してしまう危険性がある。彼はそこに思い至って、どうにか問題を解決しようとした。結果、まだアリスさんに遊んで貰えていた頃にまで自分の状態を戻せば、同じ様にアリスさんに接して貰えると考えたのだろう」
「そういえば、マクガフィンはいやに時間逆行エリアに対して興味を示していましたね?自分の記憶ではお茶会の時に逆行エリアの話題が出た時の反応も、彼だけ大きかった気がします」
「マクガフィンはここに来る前から、時間の逆行するエリアに関しては話をしていたわよ」
「ほう……それは興味深い。ならば彼は既にこの世界に来た時から、アリスさんに受け入れて貰う為に、逆行エリアで昔出会った頃の輝きを取り戻そうとしていた可能性があるな。研究室に入った時の彼の揺らぎは、見て見ぬ振りをしていたぬいぐるみとしての自分の欲求を再認識した為かも知らん」
「では侯爵様、彼は特に弱くなっていた訳ではないと……?」
「そうだな。つまりこれは、アリスさんへの贖罪なのだ」
「贖罪だなんて!確かに私は彼を放ってしまったけど、あの時の私にはそれしか手段が無かっただけで……そもそもぬいぐるみが傷んでたのも私が連れ回してた所為で、彼は悪くないわ。それとこれとは話が違うじゃない!」
「同じなのだよ。アリスさん。幼い日のあなたが、理由付けに選んだ事だ。亡くなった人を生き返らせる事は出来ない。彼にとってあなたへの償いは、古くなって傷んだ身体を新品に戻すより他に方法が無かったのだ」
「それは……そうかも知れないけど」
「それにしても、彼女を一人で置いてきぼりにしてしまうのはどうなのだ?仕返しにしてはタチが悪い。この世界ではぐれてしまったら、また巡り会うのは大変だぞ」
「だからこそ、このタイミングしかなかったと言えるだろう。彼はフーダニット卿を信頼した。フーダニット卿の領地ほど安全な場所は無いし、彼女の安全が保証されている今だけが、彼にとって自分の問題を解決する唯一の好機だったという訳だ。仕返しなど全く考えに入っていないだろう」
「なるほど!それなら辻褄が合いますね、流石侯爵様だ!今しがた、自分の時計にもピタリと計算結果が出ました!マクガフィンさんの行動は十中八九、アリスさんを想っての行動です!」
「ふむ……確かに吾輩の領地は安全ですね、信頼して頂けたのは喜ばしい事です」
「確かに辻褄は合うし、私にとって一番安全なタイミングを選んだかも知れないけど、だったら何?私に一言言ってくれても良いじゃない!納得出来ないわ!彼が新品になって帰って来るのを、ただボーッとお茶会して待ってろって言うの?」
「ゲッゲッゲッ!言うねぇお嬢さん、ワシらもただボーッとしてるだけではないのだがな」
「あぁ、ごめんなさい。そういうつもりで言った訳じゃないんだけど……」
「構わんよ。もっと他にも言いたい事があるんだろう、ならば言えば良い」
「え?」
「例えばマクガフィンの選択が間違っていると、そう思っているのではないか?」
「それは……そうなんだけど、でも、私の感覚なのよ。ネコの侯爵の考察を聞いたら、彼の行動は理に適ってるって理解できるし、合理的な彼の判断を私の直感で否定するのは、それこそ間違ってるんじゃないかとも思えてしまう」
「合理的な選択が、必ずしも正しいとは限らんよ」
「その通り。合理的という言葉は字面は良いが、それだけが常に良い結果を生む訳ではない。それは歴史が証明している。世界の采配は常に論理だけで無く、感情的な選択が合わさってこそ成り立つものだ。俺はマクガフィンの行動が、彼の基準で正しい方向に選択された結果だとは説明したが、それはあくまで彼の中の最善の選択肢であって、このままでは最良の選択にはなり得ない。アリスさん、臆せず言ってごらんなさい」
彼らは私の言葉を待っている。それを言ってしまうと、もしかしたらマクガフィンの気遣いが全て無駄になるかも知れない……けれどダメだ。マクガフィンをこのまま大人しく待つなんて、我慢出来ない。
「じゃあ、言わせて貰うわ。本当に自分勝手と思われるかも知れないけど、今の私はマクガフィンが新品になることなんて望んでない!彼の選んだ解決方法は、きっと間違ってるわ!」
「よくぞ言った!素晴らしい」
「そうと決まれば話は早い。彼を追い掛けるとしましょう」
「ええ!是非そうしましょう!自分の時計も今が好機と示しています!」
「え?ちょっと待ってよ、この世界ではぐれたら探し出すのは大変なんじゃないの?」
「吾輩が彼に渡した懐中時計を憶えていますか?」
「あぁ、あの鎖の付いた円盤……?ペンダントかと思ってたわ」
「ペンダントに見えるように作りましたが、懐中の日時計なのです。アレには特別な処理が施されていまして、それが今世界のどこにあるのか、位置を割り出す事が出来るようになっているのです。その場所がどこであろうとね」
「GPS機能みたいなものね、もしかしてフーダニット卿、この事態を見越して……?」
「いやまさか!ただの落とし物対策ですよ……吾輩の制作したアイテムには全て、失くさないように同じ処理を施してあるのです。あの時はただ魔女にとんがり帽子を渡す為、怪しまれないよう皆さんにも、持っていたアイテムをテキトーに数合わせでお配りしただけで……アリスさんに渡したのもただの水筒なのですよ。けれど本当に良かった、備えあれば憂いなしとはこの事ですね」
「ちょっと違う気がするけど……何にせよ嬉しい偶然ね」
私達は時計塔の操縦室へと戻り、マクガフィンの居場所を探す事にした。