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優れた魔女になるために大切なこと1選(前編)

ー/ー



 初めての台風戦から一夜明け。
 台風一過の街には本格的な夏がやってきた。

 この街の海岸には長い砂浜があった。
 そこは夏のあいだ海水浴場になり、王都からたくさんの観光客がやってくる。

「お、さっそく盛り上がってますなあ」

 モチコは今年も賑わい始めた浜辺を見ながら、灯台(タワー)とお屋敷へ通勤する日々を過ごしていた。

 忙しくも充実した日々。
 しばらくは天気の良い日ばかりで、台風は来なかった。

 そのあいだもミライアの変な実験は続いていて、この前は制服の内側に手を入れさせられたりした。
 いまも思いだすと、先輩の肌のなめらかな感触がちょっと手に残っている気がする。

 フライトのあとにはミライアの家でご飯を作った。
 お屋敷のほうの仕事もこなしていった。
 空いた時間で少しずつ、魔窟の本棚の開拓も進めている。


 今日はお屋敷での仕事の日だ。

 朝、メイド服に着替えて担当場所の掃除へ向かおうとすると、メイド長に声をかけられた。
 今日も赤いアンダーリムのメガネが、キリリとよく似合っている。

「カザミモリさん、今日の昼休みについてなんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
「午前中にメイド館のワックスを塗りなおすから、乾くまで休憩に使えないのよ」

 メイド館はメイドの控え室として使われている建物だ。
 今日はここの定期メンテナンスで、床のワックスを塗りなおすらしい。

「わかりました。では、休憩は別の場所を探します」
「代わりに、本館の屋根裏を休憩用に確保してあるから。カザミモリさんはここを使って」

 メイド長はそう言いながら、お屋敷の間取り図を広げて指をさす。
 お屋敷の本館は2階建てで、さらにその上に屋根裏がある。

 屋根裏はたくさんの小さい部屋に仕切られていて、それぞれの小部屋にベッドや小さい机が置かれていた。
 昔は住み込みのメイドの寝室として使われていたらしい。

 いまは時代が変わって住み込みで働くメイドは居ないので、体調がすぐれない時の仮眠室や物置きになっていた。
 メイド長が指をさしているのは、一番端にある小部屋のようだ。

「では、そこを使わせていただきます。助かります」
「メイド一人につき一部屋ずつ用意したから、休み時間にベッドで昼寝しても構わないわよ」
「わお。豪華待遇ですね」

 それからメイド長と別れて、今日の担当場所である本館2階の廊下へ向かう。
 途中、階段を上ったところで、旦那様と奥様を描いた肖像画が目に入った。

 旦那様はオールバックの黒髪に細いフレームのメガネが似合う、知的な雰囲気の紳士。
 奥様はウェーブのかかった金髪に、金色の瞳。そしてミステリアスな印象の整った顔立ち。
 誰が見てもすごい美人だと言うだろう。

 肖像画を少し眺めてから前を通り過ぎ、廊下へたどり着いた。

 よし、掃除を始めよう。
 まずは廊下の床をモップで磨き、つぎに壁と窓をきれいにしていく。

 掃除ひとつとっても最初は大変だったが、メイド長の丁寧な指導のおかげもあって、だいぶこの仕事にも慣れたと思う。
 今では最初からキレイだと物足りないくらいだ。
 汚れを見つけるとちょっと嬉しかったりする。

 今日も床に頑固な汚れを見つけたので、わしわしと磨いた。
 ガラス窓から射し込む真夏の太陽のせいもあって、額が汗ばむ。

 最後に窓ガラスをきゅきゅっとやって完了だ。

「よし、ばっちりグー」


 午前中の仕事を終え、昼休みを取るために屋根裏部屋へ向かった。
 モチコに割り当てられた小部屋に入り、小さい窓を開ける。

 窓から海風が入ってきて、屋根裏にこもっていた熱を吹き飛ばしてくれた。

 持ってきたお弁当を食べ終わると、隅にあるベッドが目に入る。
 メイド長は昼寝に使ってもいいって言っていたな。
 まあ本当に寝るわけではないにしても、せっかくだからちょっと横になってみようか。

 モチコはメイド服のスカートにしわがつかないように気をつけながら、ベッドに仰向けで寝ころんだ。

 さっき必死に床を磨いたからか、心地よい疲労感がある。
 窓から入って来る海風も気持ちよく、しだいに頭がぼんやりしてきた。


 ――モチコは短い夢を見た。

 これは……いつもの夢だ。
 いつの間にか眠ってしまったらしい。

 魔法学校の学生服を着ていた。

 定期試験が始まり、クラスメイトが1人ずつ先生の前に呼ばれる。
 そこで指定された魔法を正しく披露できれば、試験はクリア。
 クラスメイトがみな合格していくなか、モチコの順番が来る。

 深呼吸をして、何度もトライする。
 が、やっぱり魔法は発動しない。
 呼吸が浅くなり、手のひらや額に嫌な汗がにじむ。

 最初は応援していたクラスメイトや先生が、ひとり、またひとりと失望した様子で離れていく。
 なんとなくマルシャやチャンチャルに面影の似ている生徒もいる。

「君には才能が無い」

 誰かが言った言葉が、夢の中で反響してどんどん大きくなる。
 いつもの夢。大丈夫、大丈夫。
 もうすぐ目が覚めるはずだ。

 ぼやけた視界の先に、ミライアが立っているのが見えた。
 振り返った先輩の表情は見えない。
 だけど口元だけは動いているのが分かった。

「モチコには――」
 
 ダメ! やめて!!

 身体に何かがのしかかってくるような重さを感じ、全身に力を込めて拒絶する。
 その先は……聞きたくない!!


 ――はっと目が覚めた。

 大きく息を吐き、身体中に入っている力を少しづつ抜いていく。

 目の前の視界が暗かった。
 夕方まで寝過ごしたかと思って焦ったが、目の前にピンク色の光が瞬いたのを見て理解する。

「……ランラン、何してんの?」

 ベッドで寝ているモチコに覆いかぶさるような姿勢で、ランランが静止していた。

 顔が近い。
 目の前で光るピンク色の瞳が寝起きのモチコには眩しく、ランランの金髪の毛先がモチコの首筋に当たってくすぐったかった。

「ぃんやぁー。腕立て伏せ?」
「なんで私の上で腕立て伏せしてんねん。嘘だろ」
「ほんとは、モチコが寝てるあぃだに、ちゅーしようとしてぃました」
「もっとなにしとんねん!」

 モチコは両手でランランをぐいぐい押しながら上半身を起こす。
 ふたりがベットの上で座って向かい合っている格好になった。

「ランラン氏は、心のコンパスに従って生きてぃるだけですょ?」
「そのコンパス、絶対壊れてるじゃん。まあ、ランランならキスくらい別に良いけども」
「ぬふぉあ!」
「うわっ、びっくりした。変な声を出すな!」

 突然、ランランが奇声を発したので驚いた。
 まあ、いつものことだけど。

「ありがたき許可をぃただきましたゅぇ、ではさっそく……」

 ランランがふたたびモチコをベッドに押し倒そうとするのを、全力で阻止する。

「待てっ、ランラン! いまはやめろ!」
「モチコのぃけずぅ。じらしプレィ?」
「なんか恥ずかしすぎて無理」
「目をつぶってぃれば、すぐ終わりますよ?」
「……私が寝てて気づかない時にしてくれ。ランランの前では絶対寝ないけど」

 モチコはそう言いながらランランを押しのけてベッドから起き上がる。

 立ってメイド服のしわを直すと、ランランのおでこに強めのデコピンを叩きこんでおいた。
 ランランのおかげであの夢から覚めることが出来たので、少しは感謝もしてるけど。

(中編へ続く)


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 初めての台風戦から一夜明け。
 台風一過の街には本格的な夏がやってきた。
 この街の海岸には長い砂浜があった。
 そこは夏のあいだ海水浴場になり、王都からたくさんの観光客がやってくる。
「お、さっそく盛り上がってますなあ」
 モチコは今年も賑わい始めた浜辺を見ながら、|灯台《タワー》とお屋敷へ通勤する日々を過ごしていた。
 忙しくも充実した日々。
 しばらくは天気の良い日ばかりで、台風は来なかった。
 そのあいだもミライアの変な実験は続いていて、この前は制服の内側に手を入れさせられたりした。
 いまも思いだすと、先輩の肌のなめらかな感触がちょっと手に残っている気がする。
 フライトのあとにはミライアの家でご飯を作った。
 お屋敷のほうの仕事もこなしていった。
 空いた時間で少しずつ、魔窟の本棚の開拓も進めている。
 今日はお屋敷での仕事の日だ。
 朝、メイド服に着替えて担当場所の掃除へ向かおうとすると、メイド長に声をかけられた。
 今日も赤いアンダーリムのメガネが、キリリとよく似合っている。
「カザミモリさん、今日の昼休みについてなんだけど」
「はい、なんでしょうか?」
「午前中にメイド館のワックスを塗りなおすから、乾くまで休憩に使えないのよ」
 メイド館はメイドの控え室として使われている建物だ。
 今日はここの定期メンテナンスで、床のワックスを塗りなおすらしい。
「わかりました。では、休憩は別の場所を探します」
「代わりに、本館の屋根裏を休憩用に確保してあるから。カザミモリさんはここを使って」
 メイド長はそう言いながら、お屋敷の間取り図を広げて指をさす。
 お屋敷の本館は2階建てで、さらにその上に屋根裏がある。
 屋根裏はたくさんの小さい部屋に仕切られていて、それぞれの小部屋にベッドや小さい机が置かれていた。
 昔は住み込みのメイドの寝室として使われていたらしい。
 いまは時代が変わって住み込みで働くメイドは居ないので、体調がすぐれない時の仮眠室や物置きになっていた。
 メイド長が指をさしているのは、一番端にある小部屋のようだ。
「では、そこを使わせていただきます。助かります」
「メイド一人につき一部屋ずつ用意したから、休み時間にベッドで昼寝しても構わないわよ」
「わお。豪華待遇ですね」
 それからメイド長と別れて、今日の担当場所である本館2階の廊下へ向かう。
 途中、階段を上ったところで、旦那様と奥様を描いた肖像画が目に入った。
 旦那様はオールバックの黒髪に細いフレームのメガネが似合う、知的な雰囲気の紳士。
 奥様はウェーブのかかった金髪に、金色の瞳。そしてミステリアスな印象の整った顔立ち。
 誰が見てもすごい美人だと言うだろう。
 肖像画を少し眺めてから前を通り過ぎ、廊下へたどり着いた。
 よし、掃除を始めよう。
 まずは廊下の床をモップで磨き、つぎに壁と窓をきれいにしていく。
 掃除ひとつとっても最初は大変だったが、メイド長の丁寧な指導のおかげもあって、だいぶこの仕事にも慣れたと思う。
 今では最初からキレイだと物足りないくらいだ。
 汚れを見つけるとちょっと嬉しかったりする。
 今日も床に頑固な汚れを見つけたので、わしわしと磨いた。
 ガラス窓から射し込む真夏の太陽のせいもあって、額が汗ばむ。
 最後に窓ガラスをきゅきゅっとやって完了だ。
「よし、ばっちりグー」
 午前中の仕事を終え、昼休みを取るために屋根裏部屋へ向かった。
 モチコに割り当てられた小部屋に入り、小さい窓を開ける。
 窓から海風が入ってきて、屋根裏にこもっていた熱を吹き飛ばしてくれた。
 持ってきたお弁当を食べ終わると、隅にあるベッドが目に入る。
 メイド長は昼寝に使ってもいいって言っていたな。
 まあ本当に寝るわけではないにしても、せっかくだからちょっと横になってみようか。
 モチコはメイド服のスカートにしわがつかないように気をつけながら、ベッドに仰向けで寝ころんだ。
 さっき必死に床を磨いたからか、心地よい疲労感がある。
 窓から入って来る海風も気持ちよく、しだいに頭がぼんやりしてきた。
 ――モチコは短い夢を見た。
 これは……いつもの夢だ。
 いつの間にか眠ってしまったらしい。
 魔法学校の学生服を着ていた。
 定期試験が始まり、クラスメイトが1人ずつ先生の前に呼ばれる。
 そこで指定された魔法を正しく披露できれば、試験はクリア。
 クラスメイトがみな合格していくなか、モチコの順番が来る。
 深呼吸をして、何度もトライする。
 が、やっぱり魔法は発動しない。
 呼吸が浅くなり、手のひらや額に嫌な汗がにじむ。
 最初は応援していたクラスメイトや先生が、ひとり、またひとりと失望した様子で離れていく。
 なんとなくマルシャやチャンチャルに面影の似ている生徒もいる。
「君には才能が無い」
 誰かが言った言葉が、夢の中で反響してどんどん大きくなる。
 いつもの夢。大丈夫、大丈夫。
 もうすぐ目が覚めるはずだ。
 ぼやけた視界の先に、ミライアが立っているのが見えた。
 振り返った先輩の表情は見えない。
 だけど口元だけは動いているのが分かった。
「モチコには――」
 ダメ! やめて!!
 身体に何かがのしかかってくるような重さを感じ、全身に力を込めて拒絶する。
 その先は……聞きたくない!!
 ――はっと目が覚めた。
 大きく息を吐き、身体中に入っている力を少しづつ抜いていく。
 目の前の視界が暗かった。
 夕方まで寝過ごしたかと思って焦ったが、目の前にピンク色の光が瞬いたのを見て理解する。
「……ランラン、何してんの?」
 ベッドで寝ているモチコに覆いかぶさるような姿勢で、ランランが静止していた。
 顔が近い。
 目の前で光るピンク色の瞳が寝起きのモチコには眩しく、ランランの金髪の毛先がモチコの首筋に当たってくすぐったかった。
「ぃんやぁー。腕立て伏せ?」
「なんで私の上で腕立て伏せしてんねん。嘘だろ」
「ほんとは、モチコが寝てるあぃだに、ちゅーしようとしてぃました」
「もっとなにしとんねん!」
 モチコは両手でランランをぐいぐい押しながら上半身を起こす。
 ふたりがベットの上で座って向かい合っている格好になった。
「ランラン氏は、心のコンパスに従って生きてぃるだけですょ?」
「そのコンパス、絶対壊れてるじゃん。まあ、ランランならキスくらい別に良いけども」
「ぬふぉあ!」
「うわっ、びっくりした。変な声を出すな!」
 突然、ランランが奇声を発したので驚いた。
 まあ、いつものことだけど。
「ありがたき許可をぃただきましたゅぇ、ではさっそく……」
 ランランがふたたびモチコをベッドに押し倒そうとするのを、全力で阻止する。
「待てっ、ランラン! いまはやめろ!」
「モチコのぃけずぅ。じらしプレィ?」
「なんか恥ずかしすぎて無理」
「目をつぶってぃれば、すぐ終わりますよ?」
「……私が寝てて気づかない時にしてくれ。ランランの前では絶対寝ないけど」
 モチコはそう言いながらランランを押しのけてベッドから起き上がる。
 立ってメイド服のしわを直すと、ランランのおでこに強めのデコピンを叩きこんでおいた。
 ランランのおかげであの夢から覚めることが出来たので、少しは感謝もしてるけど。
(中編へ続く)