第114話 人化の秘法

ー/ー



「……人間、ですね」
「マジか」

 静寂を極める教会の片隅に、そんな言葉が小さく木霊した。目の前に立っている女僧侶のマルペルは至って真面目な顔をしており、信憑性を高めるばかりだ。

 さて、今、我は一体何を宣告されたのだろうか?

 それは遡ること、ついぞ先日のこと。アレフヘイムの森に押しかけた際、ミモザを庇って浄血の儀式なるものをこの我自身が肩代わりしたことより始まる。

 あれ以来、我は魔法というものが一切使えなくなった。というか、魔力を感知することも、魔力を操作することも、何もかもができなくなってしまった。

 一種の強力な呪いだと思い、解呪のエキスパートであるマルペルに何かできることはないのか訊ね、そして調べてもらった結果の答えがこれだ。

「どうやらこれは呪いというよりも、変質系統の魔法のようですね。身体の構造そのものを作り替えてしまうもので、フィーちゃんの中にはその儀式というものの痕跡すら残ってないみたい」

 なんかいかにもお悔やみ申し上げます、みたいな顔で言われてしまう。
 そんな、本当に手の打ちようのない悲痛の顔をされても困る。

「つまり、今、我の肉体は完全に人間のものとなってしまったということなのか?」
「そうです……、それも、一切の魔力の才がない」

 わざわざ追い打ちを掛けるようなことを言うでないわ。泣くぞ、我。

 浄血の儀式。我も知識くらいしかないが、種族としての血を浄化し、その特性の全てを消去することの総称である。

 我は亜人に属するからその血から月の民としての特性が消えれば、即ちそれは人間と同等ということなのだろう。

 これで、濃い獣人の血だったら知性も理性も取っ払われた野生の獣になっていたところだ。我、月の民で良かったな。いや、何も良くはないのだが。

「大丈夫ですよ、フィーちゃん。決して魔法が使えなくても不便はさせません。もっと私たちを頼っていいのですよ」
「ぐえー」

 マルペルのおっぱいが我の身体を締め付けに掛かってくる。お前のソレは本当にマジで凶器だ。もっと自覚しろ……説教おっぱいめ。

「ま、最近の研究では魔力の才がなくても、きっちり環境を整えた場所でみっちり修練を積めば魔法を使えるようになるって話もあるんだけどね」
「あら、ダリアさん。帰ってらしたのですね。お疲れ様です」

 我がこうしてマルペルに抱擁されている横で、ダリアが帰ってきたらしい。我の目の前は真っ暗で柔らかくて何も見えない状態なのだが。というか、離せコラ。

「――ぶはっ! 修練積んだ程度で魔法がどうにかなるものか?」
「魔法が使えないってのは、魔法の使い方が分からないって意味なの。分かる? それって生まれつき目が見えない人が色を認識できないのと同じ理屈なわけよ」

 なんかトンデモ理論をぶち込まれた気がするのだが。

「いやいや、魔法というのは感知能力や操作能力というものがあって――」
「だとしても、ソレを補助できるものがあれば、鍛えることはできるでしょ? 目が見えない人でも色を教える手段があれば色を知ることもできる」

 ダリア、無茶苦茶なことを言ってるな。

「あら? 荒唐無稽な話だと思ってる? アンタってそういうとこ、古くさくて固いのよね。最近では魔具の技術もグンと進歩してきて魔力を持たなくても魔法を使えるようになってきているじゃない」
「うむぅ? まあ、魔法の使い方を感覚で掴めるかもしれんが……だがそれでも、潜在魔力まではどうしようもあるまい」

 それを言い出したらミモザとかどうするんだ。エルフの森で過ごしてきて潜在魔力ゼロだったがために追い出されたのだぞ。修練積んでどうにかなったのなら酷だろ。
 エルフの森ほど魔素の濃い場所もないのだから。

「ねえ、フィー。アンタまた魔法使えるようになりたい?」
「なんだ、藪から棒に。そりゃあまあ……使いたいのは本音だが」

 魔力感知能力も剥奪され、なけなしの潜在魔力もごっそりとすっからかんにされ、この状況から始められる修練があるんですか、という話だ。

「今のアンタには眉唾な話だけど……、実は近々パエデロスに魔導士学院を設立する予定なの。勿論、ロータスの意向でね」
「が、学校……だと? なんだってまた急に」
「急、ってほどでもないんだけどね。前々から準備は進めてたのよ。ほら、ここって貴族の移住者も多いじゃない? 勉学が疎かにならないようにって希望もあったの」

 確かにパエデロスに住んでたら冒険者スキルと金勘定スキルは達者にはなりそうだが、ちゃんとした教育という面ではなかなか程遠い。
 しっかり勉強したけりゃパエデロスから出ていかないとどうにもならん。

「で、さっきの話の続きなんだけどさ。この学校には魔法の才能のない人にも魔法が使えるようになるカリキュラムも組まれてるのよ」
「ま、まあ、興味深い話ではあるが……なんで我にその話を持ち出す? 無力でちっぽけな少女であった方がお前らとしては都合がいいのではないのか?」

 今も一応は形式だけは勇者と停戦協定を結んでいることにはなっているが、別に今の我の状況からしたら何をどうしようが勇者とのパワーバランスは崩れない。
 ぶっちゃけ莫大な財力だけが命綱みたいなもんだ。

 そこで我がまともに魔法を使えるようになったら勇者に直接危害が及ぶことはなくとも、向こうにとって都合の悪い力を得ることには変わりない。

「アンタを信用しての話よ。それに、魔法の勉強だけが学校の主旨じゃないしね」
「先ほどの話では貴族の移住者からの要望とは言っていたな」
「そうそう。歴史や時代は変わるの。辺境の地に閉じこもってちゃ世界に遅れるってものよ。だからアンタもいつまでも過去の自分の栄光にすがって頭の中の時間を止めてないで、情報を更新すべきだって言ってるの」

 グサッ。なんかめちゃくちゃ刺さった。すっごいエグいところまで刺さった。
 我はもう魔王じゃない。それは事実だ。

 人間にはない圧倒的な力を振るい、世界を恐怖に陥れたことも今や過去の話であり、レッドアイズ国の技術革新に前に敗れたのが現実だ。
 何百年もあぐらをかき続けた結果、我は勇者ロータスに心臓を貫かれたのだ。

 実情から言ってしまえば、もうここ数年、十数年の歴史は我の知識の中にはないに等しい。ダリアの言うように、我の頭の中の時間は止まっているわけだ。

「フィーちゃんにとっていい機会ではないですか。魔法も使えるようになって、最新の知識も学べて。とってもいいことずくめですよ!」

 マルペルがパァーっとお気楽な顔で言ってくれる。

「しかしだなぁ……我も数千年生きておるのに、今さら学校など……」
「なぁに変なところでプライド持ってんだか。入学者の年齢は制限してないわよ。なんといってもパエデロスには人間以外の移住者も多いしね。数千歳はいないかもしれないけど、数十歳だろうが数百歳だろうが受け入れるわ」

 それはそれで年齢の差がえげつないことになるのでは? 我は訝しんだ。
 いわば、赤子と大人が隣同士に座って同じ勉強をするようなことであろう?
 ことと次第によってはよからぬ事態に発展していくのでは……。

 悪いが、この話は断るべきだな。

「なんだったらミモザちゃんと通ってもいいんじゃない? あの子にも魔法の知識を学ばせるためにアンタが横で一緒に勉強を教えてあげればいいじゃない。いつもよりもずっとミモザちゃんのそばにいられると思うわよ」
「よし、その魔導士学院とやらに入学してやろうではないか。ふははははははははははっ!!!!」


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「……人間、ですね」
「マジか」
 静寂を極める教会の片隅に、そんな言葉が小さく木霊した。目の前に立っている女僧侶のマルペルは至って真面目な顔をしており、信憑性を高めるばかりだ。
 さて、今、我は一体何を宣告されたのだろうか?
 それは遡ること、ついぞ先日のこと。アレフヘイムの森に押しかけた際、ミモザを庇って浄血の儀式なるものをこの我自身が肩代わりしたことより始まる。
 あれ以来、我は魔法というものが一切使えなくなった。というか、魔力を感知することも、魔力を操作することも、何もかもができなくなってしまった。
 一種の強力な呪いだと思い、解呪のエキスパートであるマルペルに何かできることはないのか訊ね、そして調べてもらった結果の答えがこれだ。
「どうやらこれは呪いというよりも、変質系統の魔法のようですね。身体の構造そのものを作り替えてしまうもので、フィーちゃんの中にはその儀式というものの痕跡すら残ってないみたい」
 なんかいかにもお悔やみ申し上げます、みたいな顔で言われてしまう。
 そんな、本当に手の打ちようのない悲痛の顔をされても困る。
「つまり、今、我の肉体は完全に人間のものとなってしまったということなのか?」
「そうです……、それも、一切の魔力の才がない」
 わざわざ追い打ちを掛けるようなことを言うでないわ。泣くぞ、我。
 浄血の儀式。我も知識くらいしかないが、種族としての血を浄化し、その特性の全てを消去することの総称である。
 我は亜人に属するからその血から月の民としての特性が消えれば、即ちそれは人間と同等ということなのだろう。
 これで、濃い獣人の血だったら知性も理性も取っ払われた野生の獣になっていたところだ。我、月の民で良かったな。いや、何も良くはないのだが。
「大丈夫ですよ、フィーちゃん。決して魔法が使えなくても不便はさせません。もっと私たちを頼っていいのですよ」
「ぐえー」
 マルペルのおっぱいが我の身体を締め付けに掛かってくる。お前のソレは本当にマジで凶器だ。もっと自覚しろ……説教おっぱいめ。
「ま、最近の研究では魔力の才がなくても、きっちり環境を整えた場所でみっちり修練を積めば魔法を使えるようになるって話もあるんだけどね」
「あら、ダリアさん。帰ってらしたのですね。お疲れ様です」
 我がこうしてマルペルに抱擁されている横で、ダリアが帰ってきたらしい。我の目の前は真っ暗で柔らかくて何も見えない状態なのだが。というか、離せコラ。
「――ぶはっ! 修練積んだ程度で魔法がどうにかなるものか?」
「魔法が使えないってのは、魔法の使い方が分からないって意味なの。分かる? それって生まれつき目が見えない人が色を認識できないのと同じ理屈なわけよ」
 なんかトンデモ理論をぶち込まれた気がするのだが。
「いやいや、魔法というのは感知能力や操作能力というものがあって――」
「だとしても、ソレを補助できるものがあれば、鍛えることはできるでしょ? 目が見えない人でも色を教える手段があれば色を知ることもできる」
 ダリア、無茶苦茶なことを言ってるな。
「あら? 荒唐無稽な話だと思ってる? アンタってそういうとこ、古くさくて固いのよね。最近では魔具の技術もグンと進歩してきて魔力を持たなくても魔法を使えるようになってきているじゃない」
「うむぅ? まあ、魔法の使い方を感覚で掴めるかもしれんが……だがそれでも、潜在魔力まではどうしようもあるまい」
 それを言い出したらミモザとかどうするんだ。エルフの森で過ごしてきて潜在魔力ゼロだったがために追い出されたのだぞ。修練積んでどうにかなったのなら酷だろ。
 エルフの森ほど魔素の濃い場所もないのだから。
「ねえ、フィー。アンタまた魔法使えるようになりたい?」
「なんだ、藪から棒に。そりゃあまあ……使いたいのは本音だが」
 魔力感知能力も剥奪され、なけなしの潜在魔力もごっそりとすっからかんにされ、この状況から始められる修練があるんですか、という話だ。
「今のアンタには眉唾な話だけど……、実は近々パエデロスに魔導士学院を設立する予定なの。勿論、ロータスの意向でね」
「が、学校……だと? なんだってまた急に」
「急、ってほどでもないんだけどね。前々から準備は進めてたのよ。ほら、ここって貴族の移住者も多いじゃない? 勉学が疎かにならないようにって希望もあったの」
 確かにパエデロスに住んでたら冒険者スキルと金勘定スキルは達者にはなりそうだが、ちゃんとした教育という面ではなかなか程遠い。
 しっかり勉強したけりゃパエデロスから出ていかないとどうにもならん。
「で、さっきの話の続きなんだけどさ。この学校には魔法の才能のない人にも魔法が使えるようになるカリキュラムも組まれてるのよ」
「ま、まあ、興味深い話ではあるが……なんで我にその話を持ち出す? 無力でちっぽけな少女であった方がお前らとしては都合がいいのではないのか?」
 今も一応は形式だけは勇者と停戦協定を結んでいることにはなっているが、別に今の我の状況からしたら何をどうしようが勇者とのパワーバランスは崩れない。
 ぶっちゃけ莫大な財力だけが命綱みたいなもんだ。
 そこで我がまともに魔法を使えるようになったら勇者に直接危害が及ぶことはなくとも、向こうにとって都合の悪い力を得ることには変わりない。
「アンタを信用しての話よ。それに、魔法の勉強だけが学校の主旨じゃないしね」
「先ほどの話では貴族の移住者からの要望とは言っていたな」
「そうそう。歴史や時代は変わるの。辺境の地に閉じこもってちゃ世界に遅れるってものよ。だからアンタもいつまでも過去の自分の栄光にすがって頭の中の時間を止めてないで、情報を更新すべきだって言ってるの」
 グサッ。なんかめちゃくちゃ刺さった。すっごいエグいところまで刺さった。
 我はもう魔王じゃない。それは事実だ。
 人間にはない圧倒的な力を振るい、世界を恐怖に陥れたことも今や過去の話であり、レッドアイズ国の技術革新に前に敗れたのが現実だ。
 何百年もあぐらをかき続けた結果、我は勇者ロータスに心臓を貫かれたのだ。
 実情から言ってしまえば、もうここ数年、十数年の歴史は我の知識の中にはないに等しい。ダリアの言うように、我の頭の中の時間は止まっているわけだ。
「フィーちゃんにとっていい機会ではないですか。魔法も使えるようになって、最新の知識も学べて。とってもいいことずくめですよ!」
 マルペルがパァーっとお気楽な顔で言ってくれる。
「しかしだなぁ……我も数千年生きておるのに、今さら学校など……」
「なぁに変なところでプライド持ってんだか。入学者の年齢は制限してないわよ。なんといってもパエデロスには人間以外の移住者も多いしね。数千歳はいないかもしれないけど、数十歳だろうが数百歳だろうが受け入れるわ」
 それはそれで年齢の差がえげつないことになるのでは? 我は訝しんだ。
 いわば、赤子と大人が隣同士に座って同じ勉強をするようなことであろう?
 ことと次第によってはよからぬ事態に発展していくのでは……。
 悪いが、この話は断るべきだな。
「なんだったらミモザちゃんと通ってもいいんじゃない? あの子にも魔法の知識を学ばせるためにアンタが横で一緒に勉強を教えてあげればいいじゃない。いつもよりもずっとミモザちゃんのそばにいられると思うわよ」
「よし、その魔導士学院とやらに入学してやろうではないか。ふははははははははははっ!!!!」