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第113話 全てを失い、全てが終わっていた

ー/ー



 これは一体、どういうことなのか、意味が分からない。
 どうして我は馬車に乗っていて、どうして我の前には真顔のロータスがいて、その隣でミモザが泣いているのか。記憶が繋がらなさすぎて、混乱してしまう。

「フィー、気がついたようだな」
「フィーしゃん!!」

 ミモザに抱き起こされながら、我はこれが夢なのか現実なのか判断つかないまま、とりあえずミモザのいい匂いを堪能することにした。
 何故だかよくは分からんが、物凄く身体の感覚がおかしい。重いとか軽いとかじゃなくて、何かがすっかり抜け落ちてしまったかのような、そんな気分だ。

 我は確か、アレフヘイムのエルフに連れていかれたミモザを連れ戻しに、アレフヘイムの集落に向かって、それでミモザが処刑されることを知り、そのミモザの処刑の儀式の途中に割り込んで――。

「すまない。もう少し俺も早く到着できていれば」

 で、なんでここにロータスがいるのかが一番の謎だ。呼んだ覚えもないし、アレフヘイムのことだって何も知らないはずだろう。

「何が何だかよく分からんが、我はミモザが無事ならそれでいい。……しかし、あの族長は一体どうしたんだ? あれだけ処刑すると息巻いておったのに、ミモザを解放してくれたのか?」
「はい! ロータスしゃんがおかーさんを説得してくれましら!」

 何それ、どういう風の吹き回し? というか、ソレ、どう考えても我の役割だろう。なんで何も関係ないお前がそういうのを持っていくんだ。納得いかんぞ。
 ロータスの目を睨み付けてやると、観念したように口を開く。

「説明すると少々長くなるんだが――」

 ロータスの話曰く、ミモザ失踪の真相を探るべく、例のレッドアイズ国からの逆恨みによるエルフ襲撃事件を追っていたところ、パエデロスに潜伏していたアレフヘイムのエルフと遭遇したらしい。

 連中は口を割ることはなかったが、そこからミモザとの関連性を嗅ぎつけて、アレフヘイムの集落に向かうことにしたそうだ。切り口は大きく異なるが、丁度、我らと同じような経緯ではある。

 それで集落に辿り着いた頃、そのタイミングだった。ノイデスがヘマをやらかしてトロールを里にぶち込んだ後、ヤスミ以外が全員檻の中に閉じ込められた――くらいのときに、ロータスがやってきていたわけだ。

 さすがのヤスミも単独で全員の脱獄をさせることは無理だと諦め掛けていたそのタイミングで、まさかのロータスとご対面。そこでヤスミは自分の知る限りの情報をロータスに教えて、処刑の儀式の中断を考えたわけだ。

 ここで手違いだったのが、族長のプディカに呼び出されてしまい、そのまま処刑の儀式に連れていかれたことだろう。

 一方その頃、ヤスミはロータスを引き連れて収容施設に立ち入り、難なくデニアやノイデス、サンシにオキザリスを解放していったのだが、肝心の我とミモザがいないことを知り、探し回っていたせいで儀式への突入が遅れたそうだ。

 結果、我はミモザの身代わりとなって浄血の儀式を受け、その後、遅れてヤスミたちが突入してきて、最終的にロータスがどうにかこうにかあの族長のプディカを説得して、みんな無事に解放されたというわけだ。

「いや、どういう説得を試みたらそうなるんだ! あの固い石頭女、掟がどうとか誇りがどうとかで全然聞く耳を持たなかったんだぞ!」

 状況的に考えれば遅かれ早かれ、全員何かしらの処罰をされる予定だったはずだ。それを無罪放免でさようならなんて逆に納得がいくはずもない。
 なんといっても古い仕来りを重んじるアレフヘイムの誇りってものがあるんじゃなかったのか。

「あの……それはわたしの方から説明しまふ」

 ロータスより代わり今度はミモザの方から説明が引き継がれる。
 正直、ミモザの説明だと要点が定まってなくて、これだったらロータスがそのまま説明してくれた方がまだマシだったような気がしたが、掻い摘まんで言うとこうだ。

 どうやらあのプディカ族長は、我の思ったようにかなり好き勝手にやっていたところがあったらしい。特に実の娘に関してはワタシ権限とやらを過剰に発令して、アレフヘイムの先代族長やらお偉いさん方から酷い反感を買っていたんだとか。

 誇り高きアレフヘイムを、とは建前で、おおよそやっていることは私利私欲――というか、ミモザを擁護する意図が強く、今回のことでそれがまた大きく露呈してしまったことから、事実上、族長としての権限を剥奪されたそう。いい気味だ。

 そして、今回の騒動は族長の娘ミモザが深く関わっているだけに留まらず、まさかのロータスの登場によりビビり散らかしたアレフヘイムの重鎮どもは、大体のことを不問としてくれたとのことだ。すげぇな、勇者権限。

 プディカ当人も言っていたように、アレフヘイムの里の内部でも、里を捨てて出ていくエルフも深刻な状況だったことも関係しているのだろう。ようやくして温故知新から吐故納新へと切り替えるきっかけになったようだ。

 決して丸くは収まってはいないが、一件落着といったところか。

 ……解せぬのは、結局我は浄血の儀式によって魔法に関する全てを失ってしまったということ。そして、我が気を失っている間に、我が成そうとしたことを全部ロータスが持っていってしまったことだろう。

 これだったら、最初から全部ロータスに任せていたらもっとサクサクっと全てを終わらせていたのでは。なんだか全ての努力が無駄だったように思えてしまうぞ。

「ごめんなさい……フィーしゃん……わたしのせいで……」

 ああそうか。だからさっきからミモザはずっと泣いておったのか。
 そんなことに今さらのように気付く。

「泣くなミモザ。我に後悔などない。これは我が決めて我がやったことだ」
 などといってミモザの頭をなでてやるのが精一杯だった。
 むしろ一番辛いのは故郷が滅茶苦茶になったミモザの方だろう。

――しかし。

 ふと、ポケットにあった石ころを取り出し、見てみる。
 何も感じない。まるで本当にただの石ころ。だが、これは確かに魔石のはずだ。
 ミモザが調整して生成した、魔力の蓄積石(パワージェム)であるはず。

 魔力を練ろうと意識を集中させてみたが、何の反応もない。
 やはり、我は魔法の全てを失ってしまったらしい。

 ただでさえ貧弱にして脆弱であり虚弱なる我から魔法を取り上げたら本格的にザコザコのよわよわのヘボヘボではないか。

「すまない、フィー。俺ももう少し到着が早ければ……」

 ロータスよ。お前さっきからずっと同じ言葉で謝ってばかりだな。いや、まあ、実際この有様は絶望的ではある。だが、元を正せば大体我のせいだったりすることもあり、あまり強くどうこう責めることもできない。

 エルフ襲撃事件のきっかけを作ったのは我。
 それをきっかけにあのポンコツ分からず屋のミモザ母は族長権限で動いたのだ。
 我は結局のところ、己の尻ぬぐいをしただけに過ぎない。

「ふん……どうせ、平穏に暮らす予定だったのだ。余計な力など不要よ。まあ、ミモザの指導ができなくなるのは少々心残りはあるが――今のミモザには頼もしい仲間も多い。そう苦労することはないだろう」

 むしろ、これでよかったのかもしれない。
 我は元魔王としてのプライドに固執しすぎていた。その実、力なんてとうに失っていたというのに、インチキアイテムに頼って、強者のつもりでいた。

 あのポンコツ族長だってそうだ。アレフヘイムの誇りだかに固執して、己の力のままに統率をとろうとして無様に失敗していっただろう。
 ああいうのを同じ穴の狢というのかもしれん。

 我もいい加減、自分のあり方を見直すときなのだろう。
 今回の一件は、それを改めるための機会だったのだと、我は思った。

「ふぅー……、ミモザ。帰ったら開店の準備をやり直すぞ。お前がいないとパエデロスの活気が下がって仕方ない」
「……はい! 分かりました!」

 ミモザは涙を袖で拭い、太陽のように明るく眩しい笑顔で、そう答えられた。
 この笑顔にはどうにも敵わない。全てを許してしまう。

 ※ ※ ※

 ※ ※

 ※

 辺境の地に位置するその都会の名はパエデロス。どうしてこんなところが発展してしまったのか、おそらく後年の歴史学者どもも頭を悩ますことに違いない。
 そんな街に、我は令嬢として、どっしりと屋敷を構えていた。

 ついぞ先日は、この街の歴史上で最も恐慌状態だったと言えるほどの大混乱が起きていたが、それもどうにか治まってきた様子だ。
 何せ、今日も天使の店がいつも通りに開かれるのだから。

 店の玄関を潜ってまず出迎えてくれるのが、おっとりとしたポヤポヤな褐色肌エルフのデニア、へんちくりんな髪型をしているが元気たっぷりのヤスミ、黒光りする筋肉隆々の肉体美で威圧してくるハーフオーガのノイデス。
 その少し奥の工房では、静かに黙々と鍛冶に集中している小さな女ドワーフ、サンシの姿もある。

 目移りするくらい品揃えの整った魔具の商品棚を抜けてカウンターまで辿り着けば、目つきの悪いメイド服の少女オキザリスがギロリと睨み、それを潜り抜けてようやくして会計するにまで至る。ここで多くの客は二つに分かれることだろう。

 右のカウンターには、太陽に照らされる小麦のような金髪と、空色の瞳を持った何とも愛くるしいエルフの少女ミモザがにこやかにちょこんと座っている。

 そして左のカウンターには、月の如く美しき銀髪と、血の如く紅い瞳を持ったこの街で最も金持ちの資産家でもある令嬢フィー……つまり、我が座っている。

 この我の正体を知っている者は――まあ、そんなにはいない。
 かつては世界を恐怖に陥れた魔王だったが、勇者ロータスに破れ、その魔力の全てを失い蘇ったが、魔王軍からも追放され、なんやかんやパエデロスに居着いた。

 パエデロスで地位を確立した結果、今では勇者も我には頭の上がらない、そんな悪役令嬢のポジションを獲得しつつ、これこのようにしてこの街に忍び込んでいる。

 偽の令嬢にして、偽の魔王。それが今の我だ。
 もうしばらくは、我の平穏な日々も続いていきそうだ。


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 これは一体、どういうことなのか、意味が分からない。
 どうして我は馬車に乗っていて、どうして我の前には真顔のロータスがいて、その隣でミモザが泣いているのか。記憶が繋がらなさすぎて、混乱してしまう。
「フィー、気がついたようだな」
「フィーしゃん!!」
 ミモザに抱き起こされながら、我はこれが夢なのか現実なのか判断つかないまま、とりあえずミモザのいい匂いを堪能することにした。
 何故だかよくは分からんが、物凄く身体の感覚がおかしい。重いとか軽いとかじゃなくて、何かがすっかり抜け落ちてしまったかのような、そんな気分だ。
 我は確か、アレフヘイムのエルフに連れていかれたミモザを連れ戻しに、アレフヘイムの集落に向かって、それでミモザが処刑されることを知り、そのミモザの処刑の儀式の途中に割り込んで――。
「すまない。もう少し俺も早く到着できていれば」
 で、なんでここにロータスがいるのかが一番の謎だ。呼んだ覚えもないし、アレフヘイムのことだって何も知らないはずだろう。
「何が何だかよく分からんが、我はミモザが無事ならそれでいい。……しかし、あの族長は一体どうしたんだ? あれだけ処刑すると息巻いておったのに、ミモザを解放してくれたのか?」
「はい! ロータスしゃんがおかーさんを説得してくれましら!」
 何それ、どういう風の吹き回し? というか、ソレ、どう考えても我の役割だろう。なんで何も関係ないお前がそういうのを持っていくんだ。納得いかんぞ。
 ロータスの目を睨み付けてやると、観念したように口を開く。
「説明すると少々長くなるんだが――」
 ロータスの話曰く、ミモザ失踪の真相を探るべく、例のレッドアイズ国からの逆恨みによるエルフ襲撃事件を追っていたところ、パエデロスに潜伏していたアレフヘイムのエルフと遭遇したらしい。
 連中は口を割ることはなかったが、そこからミモザとの関連性を嗅ぎつけて、アレフヘイムの集落に向かうことにしたそうだ。切り口は大きく異なるが、丁度、我らと同じような経緯ではある。
 それで集落に辿り着いた頃、そのタイミングだった。ノイデスがヘマをやらかしてトロールを里にぶち込んだ後、ヤスミ以外が全員檻の中に閉じ込められた――くらいのときに、ロータスがやってきていたわけだ。
 さすがのヤスミも単独で全員の脱獄をさせることは無理だと諦め掛けていたそのタイミングで、まさかのロータスとご対面。そこでヤスミは自分の知る限りの情報をロータスに教えて、処刑の儀式の中断を考えたわけだ。
 ここで手違いだったのが、族長のプディカに呼び出されてしまい、そのまま処刑の儀式に連れていかれたことだろう。
 一方その頃、ヤスミはロータスを引き連れて収容施設に立ち入り、難なくデニアやノイデス、サンシにオキザリスを解放していったのだが、肝心の我とミモザがいないことを知り、探し回っていたせいで儀式への突入が遅れたそうだ。
 結果、我はミモザの身代わりとなって浄血の儀式を受け、その後、遅れてヤスミたちが突入してきて、最終的にロータスがどうにかこうにかあの族長のプディカを説得して、みんな無事に解放されたというわけだ。
「いや、どういう説得を試みたらそうなるんだ! あの固い石頭女、掟がどうとか誇りがどうとかで全然聞く耳を持たなかったんだぞ!」
 状況的に考えれば遅かれ早かれ、全員何かしらの処罰をされる予定だったはずだ。それを無罪放免でさようならなんて逆に納得がいくはずもない。
 なんといっても古い仕来りを重んじるアレフヘイムの誇りってものがあるんじゃなかったのか。
「あの……それはわたしの方から説明しまふ」
 ロータスより代わり今度はミモザの方から説明が引き継がれる。
 正直、ミモザの説明だと要点が定まってなくて、これだったらロータスがそのまま説明してくれた方がまだマシだったような気がしたが、掻い摘まんで言うとこうだ。
 どうやらあのプディカ族長は、我の思ったようにかなり好き勝手にやっていたところがあったらしい。特に実の娘に関してはワタシ権限とやらを過剰に発令して、アレフヘイムの先代族長やらお偉いさん方から酷い反感を買っていたんだとか。
 誇り高きアレフヘイムを、とは建前で、おおよそやっていることは私利私欲――というか、ミモザを擁護する意図が強く、今回のことでそれがまた大きく露呈してしまったことから、事実上、族長としての権限を剥奪されたそう。いい気味だ。
 そして、今回の騒動は族長の娘ミモザが深く関わっているだけに留まらず、まさかのロータスの登場によりビビり散らかしたアレフヘイムの重鎮どもは、大体のことを不問としてくれたとのことだ。すげぇな、勇者権限。
 プディカ当人も言っていたように、アレフヘイムの里の内部でも、里を捨てて出ていくエルフも深刻な状況だったことも関係しているのだろう。ようやくして温故知新から吐故納新へと切り替えるきっかけになったようだ。
 決して丸くは収まってはいないが、一件落着といったところか。
 ……解せぬのは、結局我は浄血の儀式によって魔法に関する全てを失ってしまったということ。そして、我が気を失っている間に、我が成そうとしたことを全部ロータスが持っていってしまったことだろう。
 これだったら、最初から全部ロータスに任せていたらもっとサクサクっと全てを終わらせていたのでは。なんだか全ての努力が無駄だったように思えてしまうぞ。
「ごめんなさい……フィーしゃん……わたしのせいで……」
 ああそうか。だからさっきからミモザはずっと泣いておったのか。
 そんなことに今さらのように気付く。
「泣くなミモザ。我に後悔などない。これは我が決めて我がやったことだ」
 などといってミモザの頭をなでてやるのが精一杯だった。
 むしろ一番辛いのは故郷が滅茶苦茶になったミモザの方だろう。
――しかし。
 ふと、ポケットにあった石ころを取り出し、見てみる。
 何も感じない。まるで本当にただの石ころ。だが、これは確かに魔石のはずだ。
 ミモザが調整して生成した、|魔力の蓄積石《パワージェム》であるはず。
 魔力を練ろうと意識を集中させてみたが、何の反応もない。
 やはり、我は魔法の全てを失ってしまったらしい。
 ただでさえ貧弱にして脆弱であり虚弱なる我から魔法を取り上げたら本格的にザコザコのよわよわのヘボヘボではないか。
「すまない、フィー。俺ももう少し到着が早ければ……」
 ロータスよ。お前さっきからずっと同じ言葉で謝ってばかりだな。いや、まあ、実際この有様は絶望的ではある。だが、元を正せば大体我のせいだったりすることもあり、あまり強くどうこう責めることもできない。
 エルフ襲撃事件のきっかけを作ったのは我。
 それをきっかけにあのポンコツ分からず屋のミモザ母は族長権限で動いたのだ。
 我は結局のところ、己の尻ぬぐいをしただけに過ぎない。
「ふん……どうせ、平穏に暮らす予定だったのだ。余計な力など不要よ。まあ、ミモザの指導ができなくなるのは少々心残りはあるが――今のミモザには頼もしい仲間も多い。そう苦労することはないだろう」
 むしろ、これでよかったのかもしれない。
 我は元魔王としてのプライドに固執しすぎていた。その実、力なんてとうに失っていたというのに、インチキアイテムに頼って、強者のつもりでいた。
 あのポンコツ族長だってそうだ。アレフヘイムの誇りだかに固執して、己の力のままに統率をとろうとして無様に失敗していっただろう。
 ああいうのを同じ穴の狢というのかもしれん。
 我もいい加減、自分のあり方を見直すときなのだろう。
 今回の一件は、それを改めるための機会だったのだと、我は思った。
「ふぅー……、ミモザ。帰ったら開店の準備をやり直すぞ。お前がいないとパエデロスの活気が下がって仕方ない」
「……はい! 分かりました!」
 ミモザは涙を袖で拭い、太陽のように明るく眩しい笑顔で、そう答えられた。
 この笑顔にはどうにも敵わない。全てを許してしまう。
 ※ ※ ※
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 ※
 辺境の地に位置するその都会の名はパエデロス。どうしてこんなところが発展してしまったのか、おそらく後年の歴史学者どもも頭を悩ますことに違いない。
 そんな街に、我は令嬢として、どっしりと屋敷を構えていた。
 ついぞ先日は、この街の歴史上で最も恐慌状態だったと言えるほどの大混乱が起きていたが、それもどうにか治まってきた様子だ。
 何せ、今日も天使の店がいつも通りに開かれるのだから。
 店の玄関を潜ってまず出迎えてくれるのが、おっとりとしたポヤポヤな褐色肌エルフのデニア、へんちくりんな髪型をしているが元気たっぷりのヤスミ、黒光りする筋肉隆々の肉体美で威圧してくるハーフオーガのノイデス。
 その少し奥の工房では、静かに黙々と鍛冶に集中している小さな女ドワーフ、サンシの姿もある。
 目移りするくらい品揃えの整った魔具の商品棚を抜けてカウンターまで辿り着けば、目つきの悪いメイド服の少女オキザリスがギロリと睨み、それを潜り抜けてようやくして会計するにまで至る。ここで多くの客は二つに分かれることだろう。
 右のカウンターには、太陽に照らされる小麦のような金髪と、空色の瞳を持った何とも愛くるしいエルフの少女ミモザがにこやかにちょこんと座っている。
 そして左のカウンターには、月の如く美しき銀髪と、血の如く紅い瞳を持ったこの街で最も金持ちの資産家でもある令嬢フィー……つまり、我が座っている。
 この我の正体を知っている者は――まあ、そんなにはいない。
 かつては世界を恐怖に陥れた魔王だったが、勇者ロータスに破れ、その魔力の全てを失い蘇ったが、魔王軍からも追放され、なんやかんやパエデロスに居着いた。
 パエデロスで地位を確立した結果、今では勇者も我には頭の上がらない、そんな悪役令嬢のポジションを獲得しつつ、これこのようにしてこの街に忍び込んでいる。
 偽の令嬢にして、偽の魔王。それが今の我だ。
 もうしばらくは、我の平穏な日々も続いていきそうだ。