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 見覚えのある紐靴が落ちた椿の横を軽やかに駆けて来た。嫌いな手袋はいつも通り家に置き去ったらしく、指先が朱色に凍っている。テンポ良く吐き出される白い息に、染まった頬は桃の実のようで美味しそうだ。
「お姉ちゃんどうしよう」
 やはりか。
 私目がけて走って来た時点でこのセリフが飛び出す事は確実だった。あまつさえ彼の小さな腕は靴の箱程の段ボール箱を抱えている。私にとっては取るに足らないサイズだが、小学二年生にしてみれば扱いやすいとは言えない大きさだ。
「何を拾って来たの」
 この弟はとにかく拾う癖がある。今まで記憶しているだけでも、犬、猫、ウサギ、虫、鳥、亀などなど。そして拾ったらまず私の所へ持ち込むのだ。そもそもウサギなんてどこから拾って来るのだろう。どうやら母との交渉の窓口を私と決めてかかっているらしい。
 しかしかつて私も散々犬猫を拾い集めていた身分なので、人と爬虫類以外ならやってやらない事もない。ちなみに私の場合、拾った犬を台風の日に大脱走させてしまって以後、拾い癖を発揮しなくなった。
 さて、弟は気が動転していたらしく、
「ハネウオ」
と言った。
 息が喉に詰まった私を尻目に、綺麗な二重がこの切れ長の一重を返答を待つかのように見上げてきた。ちなみに母上からは既に、「逆だったら良かったのにね」との無責任な発言を頂戴済みだ。
 高校は春休みの真っ最中で、今は小春日和の昼間のまっただ中で、本日の午後の予定は何もない。つまり時間はあり余っている。
「なに、拾って来たの」
 しかし今度は回答がなく、弟は無言で私を見上げるだけだ。
 先程は聞き間違いだったのだろうか。ここは質問を変えてみる事にした。
「何処で拾って来たのよ」
「公園。あっちゃんから取って来た」
 これにはすんなり応答があった。「あっちゃん」とは近所にいる弟の同級生で、やや礼儀が不自由な子のことである。その乱暴者から奪って来るとは、温厚な弟にしては随分と無茶をしたものだ。
「お姉ちゃん」
 小さな手が音を立てないように優しく段ボール箱を持ち直した。
「ハネウオってどうやったら元気になるの?」
 今度は聞き間違いではないようだった。



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 見覚えのある紐靴が落ちた椿の横を軽やかに駆けて来た。嫌いな手袋はいつも通り家に置き去ったらしく、指先が朱色に凍っている。テンポ良く吐き出される白い息に、染まった頬は桃の実のようで美味しそうだ。
「お姉ちゃんどうしよう」
 やはりか。
 私目がけて走って来た時点でこのセリフが飛び出す事は確実だった。あまつさえ彼の小さな腕は靴の箱程の段ボール箱を抱えている。私にとっては取るに足らないサイズだが、小学二年生にしてみれば扱いやすいとは言えない大きさだ。
「何を拾って来たの」
 この弟はとにかく拾う癖がある。今まで記憶しているだけでも、犬、猫、ウサギ、虫、鳥、亀などなど。そして拾ったらまず私の所へ持ち込むのだ。そもそもウサギなんてどこから拾って来るのだろう。どうやら母との交渉の窓口を私と決めてかかっているらしい。
 しかしかつて私も散々犬猫を拾い集めていた身分なので、人と爬虫類以外ならやってやらない事もない。ちなみに私の場合、拾った犬を台風の日に大脱走させてしまって以後、拾い癖を発揮しなくなった。
 さて、弟は気が動転していたらしく、
「ハネウオ」
と言った。
 息が喉に詰まった私を尻目に、綺麗な二重がこの切れ長の一重を返答を待つかのように見上げてきた。ちなみに母上からは既に、「逆だったら良かったのにね」との無責任な発言を頂戴済みだ。
 高校は春休みの真っ最中で、今は小春日和の昼間のまっただ中で、本日の午後の予定は何もない。つまり時間はあり余っている。
「なに、拾って来たの」
 しかし今度は回答がなく、弟は無言で私を見上げるだけだ。
 先程は聞き間違いだったのだろうか。ここは質問を変えてみる事にした。
「何処で拾って来たのよ」
「公園。あっちゃんから取って来た」
 これにはすんなり応答があった。「あっちゃん」とは近所にいる弟の同級生で、やや礼儀が不自由な子のことである。その乱暴者から奪って来るとは、温厚な弟にしては随分と無茶をしたものだ。
「お姉ちゃん」
 小さな手が音を立てないように優しく段ボール箱を持ち直した。
「ハネウオってどうやったら元気になるの?」
 今度は聞き間違いではないようだった。