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301 トリックプレー

ー/ー



 五年生の先攻でドッジボールのゲームが始まった。使用するボールは2個。最初は女子が投げるということにしたので、月映冴子(つくばえさえこ)入屋千智(いりやちさと)がボールを持っている。
 冴子がボールを投げると、手から離れる瞬間にピッと鋭い音がした。冴子の投げたボールはスピンがよく効いており、五年男子の誰よりも速かった。
 油断していたのか、いきなり月花博紀(げっかひろき)が当てられた。ワンバウンドしそうな低さから浮き上がるような球筋で、ジャンプが間に合わなくて、博紀の足首に当たった。この時、コートの外の他のクラスの女子から歓声が上がった。
「馬鹿野郎。月花の奴、何やってんだ。(いて)っ!」
 山なりのボールが村中茂之(むらなかしげゆき)の肩に直撃すると、5年3組の男子たちが(かちどき)の如く雄叫びを上げた。いきなり主力の二人を沈めたことで盛り上がっている。
 博紀にボールが当たった瞬間、千智が3ポイントシュートのような放物線を描く山なりの球道でボールを投げた。一瞬の隙を突いた千智の奇襲が成功して茂之に当たった。茂之も博紀同様、女子が相手だからと完全に油断していた。
(やるなぁ! 千智)
 ボールを拾った筒井美耶(つついみや)が物凄い球を投げて男子を仕留めた。彼は果敢に美耶の球を受けようとしたが、球が強すぎて弾いてしまった。
 皐月は茂之に当たったこぼれ球を拾って千智に狙いをつけた。自分から手加減しようと言った皐月だが、千智には思いっきりボールを投げつけた。バスケの上手い千智の実力を試してみたかったからだ。
 だが、皐月の全力投球は千智にあっさりと受け止められた。自分としてはかなりいい球がいったと思ったが、皐月のボールは千智には全く通用しなかった。五年生の男子と女子、両方から歓声が上がった。

 その直後、皐月は千智にボールを当てられてしまった。1対1ならどんなボールでも受け止める自信のあったはずだが、知らないうちにボールが当たっていた。千智が投げると思った瞬間、すでに膝元に球が来ていた。緩い球だった。
「あれっ? いつの間に?」
 少し遅れて五年生の男子から歓声が上がった。彼らも何が起こったのかよくわかっていなかったようだ。皐月がコートから出て外野へ移動すると、博紀が話し掛けてきた。
「お前、今のわからなかったんだ。あれ、トリックだぞ」
「トリック?」
「投げるモーションはフェイクで、予備動作の時にはもう球を投げてた」
「は? 何言ってんの?」
「バカ! 後で教えてやるよ」
 外野に出た博紀は飛んできたボールを拾って、近くにいた女の子に軽く当てた。博紀はあっという間に内野に戻っていった。
 五年生に冴子と千智が加わったことで戦力が六年生に近づいた。外野になった博紀や茂之はすぐに内野に戻り、試合は徐々に六年生ペースになった。
 博紀と茂之が程よい感じに緩いボールを投げ、五年生の女子にキャッチさせて投げる機会を作ってやった。博紀のボールをキャッチした女子は大いに喜んだ。
 ギャラリーの他のクラスの女子も5年3組のチームに入りたがったので、直紀はその場にいた女子を全員チームに入れた。こんなに賑やかなドッジボールはこの場にいるみんなにとっても初めてだった。

 予鈴が鳴ったので、試合の途中だったがドッヂボールをやめた。五年生たちは教室へ帰っていったが、6年4組は5時間目が体育の授業なので、みんなそのまま校庭に残った。ここにいる4組の児童は体操服に着替えてから遊びに来ているので、着替えに教室に戻る必要がない。
 博紀と茂之がボールを持って片付けに行くと、松井晴香(まついはるか)たちファンクラブの女子が博紀を取り巻くようについて行った。校庭にある手洗い場で皐月と花岡聡(はなおかさとし)が水を飲んでいると、千智と冴子とステファニーの三人組が隣に来た。
「おい、先生。彼女が来たぞ」
 皐月は聡に千智のことを紹介したことがあるので、千智も聡のことを知っている。
「お疲れ。千智ってバスケだけじゃなく、ドッジも上手いんだな」
「皐月君も上手だったよ。2つのボールを同時に受けちゃうんだもん。凄いっ」
 皐月はあのあと、大いに活躍した。千智にいいところを見せられて気分が良くなっていた。
「2方向同時捕球は俺の必殺技なんだ。ディフェンスは得意なんだよ。でも千智の球は受けられなかったな……。あれって何?」
「トリックプレーってところかな。家で一人でバスケの練習をしていると、そんな練習ばかりしてる」
「わかるわかる。俺も一人で麻雀をする時って、イカサマの練習ばかりしてるわ」
 二人の話を聞いていた冴子が突然笑い出した。
「入屋さんも藤城さんも変! トリックプレーとイカサマの練習って、普通じゃないよ」
 高笑いする冴子が珍しいのか、教室に帰ろうとしていた直紀のクラスメートが振り向いて、皐月たちの方を見ている。
「そんなに笑わないでよ……」
「ごめんね〜。私たちも教室に戻りましょう。授業に遅れちゃう」

 千智たち三人は皐月たちに軽く会釈をして、校舎に戻って行った。途中で体操服に着替えた二橋絵梨花(にはしえりか)と入屋千智が出会い、手を振って挨拶を交わしていた。
「先生。あの背の高い子っていい女だな。さすがの俺も五年生はチェックしてなかったわ」
 聡は冴子のことが気に入ったようだ。皐月もドッジボールの第一投以来、冴子のことがずっと気になっていた。
 冴子はドッジボールが上手くて格好よかったので、女子たちが崇めるような目で冴子のことを見ていた。皐月は冴子のことをミステリアスな子だなと、異性として気になっていた。



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 五年生の先攻でドッジボールのゲームが始まった。使用するボールは2個。最初は女子が投げるということにしたので、|月映冴子《つくばえさえこ》と|入屋千智《いりやちさと》がボールを持っている。
 冴子がボールを投げると、手から離れる瞬間にピッと鋭い音がした。冴子の投げたボールはスピンがよく効いており、五年男子の誰よりも速かった。
 油断していたのか、いきなり|月花博紀《げっかひろき》が当てられた。ワンバウンドしそうな低さから浮き上がるような球筋で、ジャンプが間に合わなくて、博紀の足首に当たった。この時、コートの外の他のクラスの女子から歓声が上がった。
「馬鹿野郎。月花の奴、何やってんだ。|痛《いて》っ!」
 山なりのボールが|村中茂之《むらなかしげゆき》の肩に直撃すると、5年3組の男子たちが|凱《かちどき》の如く雄叫びを上げた。いきなり主力の二人を沈めたことで盛り上がっている。
 博紀にボールが当たった瞬間、千智が3ポイントシュートのような放物線を描く山なりの球道でボールを投げた。一瞬の隙を突いた千智の奇襲が成功して茂之に当たった。茂之も博紀同様、女子が相手だからと完全に油断していた。
(やるなぁ! 千智)
 ボールを拾った|筒井美耶《つついみや》が物凄い球を投げて男子を仕留めた。彼は果敢に美耶の球を受けようとしたが、球が強すぎて弾いてしまった。
 皐月は茂之に当たったこぼれ球を拾って千智に狙いをつけた。自分から手加減しようと言った皐月だが、千智には思いっきりボールを投げつけた。バスケの上手い千智の実力を試してみたかったからだ。
 だが、皐月の全力投球は千智にあっさりと受け止められた。自分としてはかなりいい球がいったと思ったが、皐月のボールは千智には全く通用しなかった。五年生の男子と女子、両方から歓声が上がった。
 その直後、皐月は千智にボールを当てられてしまった。1対1ならどんなボールでも受け止める自信のあったはずだが、知らないうちにボールが当たっていた。千智が投げると思った瞬間、すでに膝元に球が来ていた。緩い球だった。
「あれっ? いつの間に?」
 少し遅れて五年生の男子から歓声が上がった。彼らも何が起こったのかよくわかっていなかったようだ。皐月がコートから出て外野へ移動すると、博紀が話し掛けてきた。
「お前、今のわからなかったんだ。あれ、トリックだぞ」
「トリック?」
「投げるモーションはフェイクで、予備動作の時にはもう球を投げてた」
「は? 何言ってんの?」
「バカ! 後で教えてやるよ」
 外野に出た博紀は飛んできたボールを拾って、近くにいた女の子に軽く当てた。博紀はあっという間に内野に戻っていった。
 五年生に冴子と千智が加わったことで戦力が六年生に近づいた。外野になった博紀や茂之はすぐに内野に戻り、試合は徐々に六年生ペースになった。
 博紀と茂之が程よい感じに緩いボールを投げ、五年生の女子にキャッチさせて投げる機会を作ってやった。博紀のボールをキャッチした女子は大いに喜んだ。
 ギャラリーの他のクラスの女子も5年3組のチームに入りたがったので、直紀はその場にいた女子を全員チームに入れた。こんなに賑やかなドッジボールはこの場にいるみんなにとっても初めてだった。
 予鈴が鳴ったので、試合の途中だったがドッヂボールをやめた。五年生たちは教室へ帰っていったが、6年4組は5時間目が体育の授業なので、みんなそのまま校庭に残った。ここにいる4組の児童は体操服に着替えてから遊びに来ているので、着替えに教室に戻る必要がない。
 博紀と茂之がボールを持って片付けに行くと、|松井晴香《まついはるか》たちファンクラブの女子が博紀を取り巻くようについて行った。校庭にある手洗い場で皐月と|花岡聡《はなおかさとし》が水を飲んでいると、千智と冴子とステファニーの三人組が隣に来た。
「おい、先生。彼女が来たぞ」
 皐月は聡に千智のことを紹介したことがあるので、千智も聡のことを知っている。
「お疲れ。千智ってバスケだけじゃなく、ドッジも上手いんだな」
「皐月君も上手だったよ。2つのボールを同時に受けちゃうんだもん。凄いっ」
 皐月はあのあと、大いに活躍した。千智にいいところを見せられて気分が良くなっていた。
「2方向同時捕球は俺の必殺技なんだ。ディフェンスは得意なんだよ。でも千智の球は受けられなかったな……。あれって何?」
「トリックプレーってところかな。家で一人でバスケの練習をしていると、そんな練習ばかりしてる」
「わかるわかる。俺も一人で麻雀をする時って、イカサマの練習ばかりしてるわ」
 二人の話を聞いていた冴子が突然笑い出した。
「入屋さんも藤城さんも変! トリックプレーとイカサマの練習って、普通じゃないよ」
 高笑いする冴子が珍しいのか、教室に帰ろうとしていた直紀のクラスメートが振り向いて、皐月たちの方を見ている。
「そんなに笑わないでよ……」
「ごめんね〜。私たちも教室に戻りましょう。授業に遅れちゃう」
 千智たち三人は皐月たちに軽く会釈をして、校舎に戻って行った。途中で体操服に着替えた|二橋絵梨花《にはしえりか》と入屋千智が出会い、手を振って挨拶を交わしていた。
「先生。あの背の高い子っていい女だな。さすがの俺も五年生はチェックしてなかったわ」
 聡は冴子のことが気に入ったようだ。皐月もドッジボールの第一投以来、冴子のことがずっと気になっていた。
 冴子はドッジボールが上手くて格好よかったので、女子たちが崇めるような目で冴子のことを見ていた。皐月は冴子のことをミステリアスな子だなと、異性として気になっていた。