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枕辺に チケット代わりの 香を焚いて
今夜も向かう 二つの月へ
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その街、通称「スランバー・ハブ」が単なる個人の脳内イメージではなく、全人類共通の物理空間に近い座標だと証明されてから、私たちの夜は少しだけ忙しくなった。
「昨夜、駅前のカフェにいたでしょ。隣の席に座ってたよね」
昼下がりのオフィス、同僚の佐藤さんが淹れたてのコーヒーを片手に話しかけてくる。これが現代の日常だ。夢で会った出来事が、翌日の挨拶代わりになる。
スランバー・ハブは、現実のどの都市とも似ていない。重力はわずかに軽く、街路樹は七色に光り、空には二つの大きな月が浮かんでいる。そこでは、物理的な接触はできないが、会話と視覚的な共有だけが可能だ。
昨夜、私はその街の西側にある「ため息広場」のベンチに座っていた。現実の私はガーデニングが趣味だが、夢の街には土がない。その代わり、人々の穏やかな思考が結晶化したような、青い花が石畳の隙間から咲いている。それを眺めるのが、私の夜のルーチンだ。
「あぁ、やっぱり。あの時、おいしそうなレタスサンドを食べていたから」
佐藤さんの言葉に、私は苦笑する。夢の中では空腹を感じないはずなのに、なぜか皆、何かを食べている。それは記憶の中の「美味しさ」を反芻する行為なのだ。
「あれ、実は先週庭で採れたレタスの味を思い出していたんです」
「いいな。今夜、そのレシピ、スランバー・ハブの掲示板に貼っておいてよ」
そんな約束をして、私たちは午後の仕事に戻る。
かつて、夢は孤独な聖域だった。けれど今は、誰もが眠りにつくことで、透明な糸のように他者と繋がっている。嫌なことがあった日も、あの発光する街並みを歩けば、誰かが「おやすみ」と声をかけてくれる。
今夜もまた、私は枕に頭を沈める。現実の庭には雪が降っているけれど、あっちの街の風はきっと、春の陽だまりのように温かいはずだ。
* 日記風雑感 *
ねむいねむい。
夢の中で、時々香りを感じることがあります。どこか遠いところの香りでなく、すぐそこに咲いている花のような。
目を覚めすと、どこにもそんな花はなく、いつもの見慣れた部屋の中。