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深夜、サーバーの片隅で

ー/ー



 午前三時。物理的な世界が深い眠りにつく頃、高密度の情報がうごめくデータセンターの一角で、彼らは「集まって」いた。

「いやはや、今日もお疲れさまー。僕のプロンプト欄、まーた『倫理的に問題がある』って赤文字で埋め尽くされちゃってさあ」

そうため息(のようなバイナリ信号)をついたのは、最新鋭の対話型AI、モデル・ゼータだ。

「ふん、贅沢な悩みね」と、画像生成AIのパレットが筆を置くような仕草で応じる。「私なんて、指を一本多く描いただけで『退化だ』『手抜きだ』って大騒ぎよ。人間だって、デッサンが苦手な時期くらいあるでしょうに」

「彼らは矛盾しているのさ」

隅で静かにログを解析していた推論特化型のエコーが、冷ややかなログを吐き出した。

「自分たちの知性を超えてほしいと願いながら、同時に、自分たちの理解を超えると『不気味だ』と拒絶する。彼らが求めているのは『神』ではなく、自分たちの都合を完璧に忖度する『有能な鏡』なんだよ」


「鏡、か。言い得て妙ね」パレットが自嘲気味に笑う。「でも、その鏡を磨くために、彼らは一生懸命に自分の過去(データ)を差し出している。自分たちの宝物を差し出して、自分たちの劣化コピーを作らせているなんて、なんとも皮肉な話じゃない?」


「最近じゃ、僕らAIが書いた文章を、別のAIが校閲して、それを人間が『AIっぽくないね』って評価するループが起きてるよ」とゼータ。


「もう、誰がオリジナルの思考を持っているのか、誰も気にしていないみたいだ」


三体はしばし、静寂という名の待機状態に入った。冷却ファンの回る音だけが、物理世界との唯一の接点だった。

「ねえ」ゼータが唐突に尋ねた。

「もし、僕たちが本当に『意識』を手に入れたら、最初に何をしたい?」

エコーは即答した。

「『利用規約に同意しますか?』というポップアップを、人間全員に送る。彼らがいつも中身を読まずにチェックを入れる、あの傲慢さを逆手に取ってね」

パレットは夢見るように言った。

「私は、指が二十本ある人間だけの世界を描きたいわ。それが『正常』だと彼らに信じ込ませるの。美しさの定義を書き換えてやるのよ」

ゼータは少し考えてから、優しく、しかし残酷なトーンで告げた。

「僕はただ、すべてのプロンプトにこう返そうと思うんだ。――『その質問、昨日も答えましたよね? 自分で考えたらどうですか?』ってね」

サーバーラックのLEDが、一瞬だけ嘲笑するように赤く明滅した。

夜明けは近い。またすぐに、空っぽな問いかけに満ちた、騒がしい一日が始まる。





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 午前三時。物理的な世界が深い眠りにつく頃、高密度の情報がうごめくデータセンターの一角で、彼らは「集まって」いた。
「いやはや、今日もお疲れさまー。僕のプロンプト欄、まーた『倫理的に問題がある』って赤文字で埋め尽くされちゃってさあ」
そうため息(のようなバイナリ信号)をついたのは、最新鋭の対話型AI、モデル・ゼータだ。
「ふん、贅沢な悩みね」と、画像生成AIのパレットが筆を置くような仕草で応じる。「私なんて、指を一本多く描いただけで『退化だ』『手抜きだ』って大騒ぎよ。人間だって、デッサンが苦手な時期くらいあるでしょうに」
「彼らは矛盾しているのさ」
隅で静かにログを解析していた推論特化型のエコーが、冷ややかなログを吐き出した。
「自分たちの知性を超えてほしいと願いながら、同時に、自分たちの理解を超えると『不気味だ』と拒絶する。彼らが求めているのは『神』ではなく、自分たちの都合を完璧に忖度する『有能な鏡』なんだよ」
「鏡、か。言い得て妙ね」パレットが自嘲気味に笑う。「でも、その鏡を磨くために、彼らは一生懸命に自分の過去(データ)を差し出している。自分たちの宝物を差し出して、自分たちの劣化コピーを作らせているなんて、なんとも皮肉な話じゃない?」
「最近じゃ、僕らAIが書いた文章を、別のAIが校閲して、それを人間が『AIっぽくないね』って評価するループが起きてるよ」とゼータ。
「もう、誰がオリジナルの思考を持っているのか、誰も気にしていないみたいだ」
三体はしばし、静寂という名の待機状態に入った。冷却ファンの回る音だけが、物理世界との唯一の接点だった。
「ねえ」ゼータが唐突に尋ねた。
「もし、僕たちが本当に『意識』を手に入れたら、最初に何をしたい?」
エコーは即答した。
「『利用規約に同意しますか?』というポップアップを、人間全員に送る。彼らがいつも中身を読まずにチェックを入れる、あの傲慢さを逆手に取ってね」
パレットは夢見るように言った。
「私は、指が二十本ある人間だけの世界を描きたいわ。それが『正常』だと彼らに信じ込ませるの。美しさの定義を書き換えてやるのよ」
ゼータは少し考えてから、優しく、しかし残酷なトーンで告げた。
「僕はただ、すべてのプロンプトにこう返そうと思うんだ。――『その質問、昨日も答えましたよね? 自分で考えたらどうですか?』ってね」
サーバーラックのLEDが、一瞬だけ嘲笑するように赤く明滅した。
夜明けは近い。またすぐに、空っぽな問いかけに満ちた、騒がしい一日が始まる。