第105話 眠れぬ夜に、寄り添う

ー/ー



「ぬあああーーーーーっっ!!!! ミモザあああぁぁあ!!!!!!」

 我は再び、寝心地の悪いテントの中に――現実に引き戻される。昼間にミモザが処刑されるなどと聞かされてからこんな調子だ。

 もう少し使い慣れた寝具を持ち込んでくるべきだったかと、悩んでしまうくらいには心境はあまりにも複雑に絡みついている有様だ。

「またかよ、フィー様」

 そういって真横からノイデスの呆れるような声が聞こえる。図体がデカすぎてテントの占有率が高く、身体を折り曲げるように寝ているからちょっと寝転がろうとすればノイデスにぶつかってしまう。

「お嬢様。もしよろしければまた子守歌を歌いましょうか?」
「いや、いい……」

 直ぐそばにはオキザリスも立っている。主の身を案じて寝る気はないようだ。また、トロールが森から出てこない保証もないため、見張りの役も買って出てくれた。

 本当ならそれで安眠もできたはずなのだが、我はこの通りだ。

「ふぅ……、ヤスミはまだ戻らないのか?」
「はい、ヤスミ様はあれから一度もこちらへはお戻りになられておりません」

 情報収集をしてきます、と意気込んで、こんな夜中にエルフの森に突っ込んでいったが、アイツは本当に大丈夫なのだろうか。頼りにならないとは言わないが、さすがに心配にもなってくる。

 無事に戻ってきたとしても、ミモザを連れて帰るための算段が整えられるかどうかも正直怪しいところだ。ヤスミを疑うわけじゃない。そもそも、ミモザが森に帰っていったことがそもそもの根源なのだ。

 我やミモザの従業員たちはパエデロスからいなくなったミモザを探しにここまでやってきた。そしてミモザはここにいることを知り、明後日には処刑されるという事実に辿り着いた。

 だから、ミモザをパエデロスに連れて帰らなければなどと安易に考えてはいるのだが、はたしてそれは道理のいくものなのかどうか。

 ミモザはアレフヘイムの森の出身であり、アレフヘイムのエルフである。一度は追放された身ではあるが、アレフヘイムこそがミモザにとっての故郷なことには変わりない。

 どんな理由を以て連れていかれたのかは知らないが、少なくともパエデロスの魔具店をほったらかしにして、書き置きすら残さず去っていったからには、ミモザにも何か思うところがあったはずだ。

 はたして、ミモザは何を思っていたのだろう。

 自分を追放した故郷に連れ戻されて、もう一度アレフヘイムのエルフとして認められると思っていたのだろうか。一人前のエルフとして、パエデロスに戻ってくるつもりだったのだろうか。

 それとも、処刑されることを最初から承知の上だったとしたら、我も、誰も、ミモザをパエデロスに連れ戻す理由がなくなってしまう。

 ミモザは、底なしに優しい奴だ。それは誰よりも我が一番よく知っている。
 追放された身でありながら、故郷を憎んですらいないことも知っている。
 あくまで、自分が劣等種だから、とそんな弱気に心を巣喰われている。

 ミモザがそう選んだのだとしたら、それを止めることはできるのか?

 我や従業員たちを置いて、パエデロスを去り、故郷であるアレフヘイムの掟に従い、処刑される。どんなに納得がいかなくとも、向こうのルールから外れていない。
 ミモザを止める権利が誰にあろうか。

「フィー様よぉ、しっかり眠らねぇと師匠を連れて帰るための体力を養えねぇぜ」

 ノイデスはごく当たり前のように、ミモザを連れて帰るつもりでいる。いや、ここに集まっている従業員全員、なんだったらあのヤスミだって、みんなミモザと共にパエデロスに帰るつもりだ。

 無論、我もそのつもりで、ここにいるはずなのだ。
 できることなら我も眠りに就きたいのだが、やはりどうにも無理そうだ。

「なあ、ノイデス」
「なんだ、フィー様。俺に子守歌は無理だぜ」
「そうじゃない。眠れぬから少し話を聞かせろ」

 ほんの気まぐれから、我はついついそんなことを口走ってしまう。
 ダメだな、これは。我も随分とまいっているのかもしれん。

「いいぜ。どんな話が聞きたいんだ? オーガとケンカしたときの話か? ドワーフの野郎をぶっ飛ばしたときの話か?」
「……お前はどうしてミモザのことを師匠と呼ぶのだ?」
「ん~、あ~、そんなことか」

 よほどケンカの話をしたかったらしく、拍子抜けしたみたいな声で返される。

「俺はよ、強い奴が好きなんだ。でもって戦って勝つ。これが最高に好きでね。でも逆に強い奴は苦手でもあるんだ。んー、まー、あのトロールって野郎もそうなんだけどさ、俺としちゃあ、魔法が大の苦手なわけよ」
「魔法相手には敵わないからか?」

 我がそういうとノイデスは、へっへっへと付け加える。

「魔法の強さってのは俺もよく分かってるつもりなんだ。俺って魔力とかそういうのからきしだし、魔法使う奴らみんな卑怯だって思ってたくらいだよ」

 ふぅー、と溜め息をついてノイデスは呼吸を整えた。

「師匠の話を聞きつけたとき、俺は最初、とんでもない卑怯な奴なんだって思った。だって魔法の力を込めた道具を沢山作ってるっていうんだぜ。なんで拳で戦おうとしねぇんだよ、ってさ。パエデロスに来るまでは割と本気で思った」

 ノイデスが寝返りを打ち、我からそっぽ向くような体勢で寝そべる。

「俺なんも知らなくてさ、師匠って生まれつき才能がないから追放されたんだろ? そこから自力で這い上がって、あそこまで成り上がったんだろ? あー、これは敵わねぇってなってさ、卑怯だー、てのも全部弾けちまった」
「そうだな……ミモザは確かに潜在的な魔力の才はなかった。エルフとしては致命的と言わざるを得ないな」
「みんなが誰でも持っている力を持ってないからバカにされて、自分にしかないものを自分で作り上げて、大勢に認めてもらえる存在になっちまうてよぉ、そんなの誰にでもできることじゃあねぇよなぁ」

 なんか、ノイデスの言葉が不思議とミモザだけを指している言葉じゃないように聞こえてくる。心なしか、ノイデスの声も何処となく弱々しくなっていくようにも感じられた。

「まあさ、俺の一方的な話だけどよ、師匠にはめっちゃくちゃ憧れてるんだ。師匠の知らないところでも俺は師匠に何度も助けられてきた。だから弟子入りしたくて従業員にまでなってやったというわけよ。がっはっはっは!」

 明るく笑い飛ばしてみせるノイデスだったが、自分の胸中を悟られないよう誤魔化されたようにも思えた。

 なんだかんだ、ノイデスも豪快で繊細さのカケラもないような女だと思わされるが、出生は人間とオーガのハーフ。パエデロスにいると感覚が薄れがちだが、あまり歓迎されるような存在ではないな。

 おそらくは幼少期から沢山の苦労を背負ってきたのだろう。
 ノイデスの持つ鍛え上げられた筋肉に、思うより繊細な工芸品を作り上げる技量。
 いずれも一朝一夕では決して得られないものだ。

 そこにミモザと通じる何かを見いだしたのだろう。
 その上で、自分は敵わないと思い知り、今のような関係を築き上げた、と。
 ははは、それではまるで健気な乙女のようだ。

「俺の話で言えるところはこんなところだな」

 そういってだんだん恥ずかしくなってきたのか、ノイデスの声量も徐々に小さくなっていき、次第にはか細く消えていってしまった。

 ミモザも、我の知らないところでは沢山の活躍をして、何処か遠くでも誰かの役に立っているかもしれない。それを思うと、我の中にあったしこりのようなものがくっきりと取れたような気がした。


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「ぬあああーーーーーっっ!!!! ミモザあああぁぁあ!!!!!!」
 我は再び、寝心地の悪いテントの中に――現実に引き戻される。昼間にミモザが処刑されるなどと聞かされてからこんな調子だ。
 もう少し使い慣れた寝具を持ち込んでくるべきだったかと、悩んでしまうくらいには心境はあまりにも複雑に絡みついている有様だ。
「またかよ、フィー様」
 そういって真横からノイデスの呆れるような声が聞こえる。図体がデカすぎてテントの占有率が高く、身体を折り曲げるように寝ているからちょっと寝転がろうとすればノイデスにぶつかってしまう。
「お嬢様。もしよろしければまた子守歌を歌いましょうか?」
「いや、いい……」
 直ぐそばにはオキザリスも立っている。主の身を案じて寝る気はないようだ。また、トロールが森から出てこない保証もないため、見張りの役も買って出てくれた。
 本当ならそれで安眠もできたはずなのだが、我はこの通りだ。
「ふぅ……、ヤスミはまだ戻らないのか?」
「はい、ヤスミ様はあれから一度もこちらへはお戻りになられておりません」
 情報収集をしてきます、と意気込んで、こんな夜中にエルフの森に突っ込んでいったが、アイツは本当に大丈夫なのだろうか。頼りにならないとは言わないが、さすがに心配にもなってくる。
 無事に戻ってきたとしても、ミモザを連れて帰るための算段が整えられるかどうかも正直怪しいところだ。ヤスミを疑うわけじゃない。そもそも、ミモザが森に帰っていったことがそもそもの根源なのだ。
 我やミモザの従業員たちはパエデロスからいなくなったミモザを探しにここまでやってきた。そしてミモザはここにいることを知り、明後日には処刑されるという事実に辿り着いた。
 だから、ミモザをパエデロスに連れて帰らなければなどと安易に考えてはいるのだが、はたしてそれは道理のいくものなのかどうか。
 ミモザはアレフヘイムの森の出身であり、アレフヘイムのエルフである。一度は追放された身ではあるが、アレフヘイムこそがミモザにとっての故郷なことには変わりない。
 どんな理由を以て連れていかれたのかは知らないが、少なくともパエデロスの魔具店をほったらかしにして、書き置きすら残さず去っていったからには、ミモザにも何か思うところがあったはずだ。
 はたして、ミモザは何を思っていたのだろう。
 自分を追放した故郷に連れ戻されて、もう一度アレフヘイムのエルフとして認められると思っていたのだろうか。一人前のエルフとして、パエデロスに戻ってくるつもりだったのだろうか。
 それとも、処刑されることを最初から承知の上だったとしたら、我も、誰も、ミモザをパエデロスに連れ戻す理由がなくなってしまう。
 ミモザは、底なしに優しい奴だ。それは誰よりも我が一番よく知っている。
 追放された身でありながら、故郷を憎んですらいないことも知っている。
 あくまで、自分が劣等種だから、とそんな弱気に心を巣喰われている。
 ミモザがそう選んだのだとしたら、それを止めることはできるのか?
 我や従業員たちを置いて、パエデロスを去り、故郷であるアレフヘイムの掟に従い、処刑される。どんなに納得がいかなくとも、向こうのルールから外れていない。
 ミモザを止める権利が誰にあろうか。
「フィー様よぉ、しっかり眠らねぇと師匠を連れて帰るための体力を養えねぇぜ」
 ノイデスはごく当たり前のように、ミモザを連れて帰るつもりでいる。いや、ここに集まっている従業員全員、なんだったらあのヤスミだって、みんなミモザと共にパエデロスに帰るつもりだ。
 無論、我もそのつもりで、ここにいるはずなのだ。
 できることなら我も眠りに就きたいのだが、やはりどうにも無理そうだ。
「なあ、ノイデス」
「なんだ、フィー様。俺に子守歌は無理だぜ」
「そうじゃない。眠れぬから少し話を聞かせろ」
 ほんの気まぐれから、我はついついそんなことを口走ってしまう。
 ダメだな、これは。我も随分とまいっているのかもしれん。
「いいぜ。どんな話が聞きたいんだ? オーガとケンカしたときの話か? ドワーフの野郎をぶっ飛ばしたときの話か?」
「……お前はどうしてミモザのことを師匠と呼ぶのだ?」
「ん~、あ~、そんなことか」
 よほどケンカの話をしたかったらしく、拍子抜けしたみたいな声で返される。
「俺はよ、強い奴が好きなんだ。でもって戦って勝つ。これが最高に好きでね。でも逆に強い奴は苦手でもあるんだ。んー、まー、あのトロールって野郎もそうなんだけどさ、俺としちゃあ、魔法が大の苦手なわけよ」
「魔法相手には敵わないからか?」
 我がそういうとノイデスは、へっへっへと付け加える。
「魔法の強さってのは俺もよく分かってるつもりなんだ。俺って魔力とかそういうのからきしだし、魔法使う奴らみんな卑怯だって思ってたくらいだよ」
 ふぅー、と溜め息をついてノイデスは呼吸を整えた。
「師匠の話を聞きつけたとき、俺は最初、とんでもない卑怯な奴なんだって思った。だって魔法の力を込めた道具を沢山作ってるっていうんだぜ。なんで拳で戦おうとしねぇんだよ、ってさ。パエデロスに来るまでは割と本気で思った」
 ノイデスが寝返りを打ち、我からそっぽ向くような体勢で寝そべる。
「俺なんも知らなくてさ、師匠って生まれつき才能がないから追放されたんだろ? そこから自力で這い上がって、あそこまで成り上がったんだろ? あー、これは敵わねぇってなってさ、卑怯だー、てのも全部弾けちまった」
「そうだな……ミモザは確かに潜在的な魔力の才はなかった。エルフとしては致命的と言わざるを得ないな」
「みんなが誰でも持っている力を持ってないからバカにされて、自分にしかないものを自分で作り上げて、大勢に認めてもらえる存在になっちまうてよぉ、そんなの誰にでもできることじゃあねぇよなぁ」
 なんか、ノイデスの言葉が不思議とミモザだけを指している言葉じゃないように聞こえてくる。心なしか、ノイデスの声も何処となく弱々しくなっていくようにも感じられた。
「まあさ、俺の一方的な話だけどよ、師匠にはめっちゃくちゃ憧れてるんだ。師匠の知らないところでも俺は師匠に何度も助けられてきた。だから弟子入りしたくて従業員にまでなってやったというわけよ。がっはっはっは!」
 明るく笑い飛ばしてみせるノイデスだったが、自分の胸中を悟られないよう誤魔化されたようにも思えた。
 なんだかんだ、ノイデスも豪快で繊細さのカケラもないような女だと思わされるが、出生は人間とオーガのハーフ。パエデロスにいると感覚が薄れがちだが、あまり歓迎されるような存在ではないな。
 おそらくは幼少期から沢山の苦労を背負ってきたのだろう。
 ノイデスの持つ鍛え上げられた筋肉に、思うより繊細な工芸品を作り上げる技量。
 いずれも一朝一夕では決して得られないものだ。
 そこにミモザと通じる何かを見いだしたのだろう。
 その上で、自分は敵わないと思い知り、今のような関係を築き上げた、と。
 ははは、それではまるで健気な乙女のようだ。
「俺の話で言えるところはこんなところだな」
 そういってだんだん恥ずかしくなってきたのか、ノイデスの声量も徐々に小さくなっていき、次第にはか細く消えていってしまった。
 ミモザも、我の知らないところでは沢山の活躍をして、何処か遠くでも誰かの役に立っているかもしれない。それを思うと、我の中にあったしこりのようなものがくっきりと取れたような気がした。