「月へ行かしたですって…………!?」
「はい……連絡出来ずに申し訳ありません。こちらも、色々とバタバタしてたもので」
目の前で、神妙な顔をして正座する小竜姫を見ながら、私は眼の前が真っ暗になるような錯覚を味合わされる。
………ここは、妙神山の中にある屋敷の一室。
そこで、私達はちゃぶ台を挟む様にして向かい合っていた。
以前ここに来たのは、ハヌマンに修行を着けて貰って、そのあとに魔族と戦った時以来だから数ヶ月振りね。
先日、私の部屋を魔族(ベルゼブルだったかしら?)が見張ってた件に、彼女なら心当たりがあるんじゃないかと踏んでわざわざやって来たけど、事態はそんな生易しいもんじゃなかったわ。
かつて、香港を魔界に変えようと暗躍していたメドーサが、今度は月からエネルギーをアシュタロスへ送ろうとしていて、それを阻止するために送り出したのが横島と雪之丞の2人………
そして、2人はメドーサ達を倒した…………
既に終わった話だとしても、愕然とせずにはいられない…………
もう!本当になんなの、あいつ等!!?
武道大会で大暴れしたってのを噂で聞いたけど、ここに来て月って………
………………本当に何がなんだか………
「もっと……他に方法は、無かったの………?」
それでも、こめかみを押さえながら何とか言葉を絞り出す。
「とにかく、考えてる時間も無かったんです………手を拱いている内に奴等の計画が実行されてしまえば、地球は終わりでしたから」
「……………………」
…………彼女の言うことが、理解出来ないわけじゃないわ。
監視の付いてる私に強引に接触しようとしたら、それこそ敵にこちらの動向が筒抜けになる危険がある。
だとしても……だとしてもよ…………!!
私の代わりに行かしたのが、あの2人と言うのは全く納得出来ないわ!!
地球よ、地球の命運が掛かっているのよ!それをよりにもよって、あの馬鹿2人に託すなんて正気の沙汰とは思えない。
雪之丞なら百歩……いや、千歩くらい譲って何とか我慢出来るかもしれないけど、あの煩悩馬鹿は万歩どころか十万、百万譲っても我慢出来ない!!!
だけど、そんな私の心情お構いなしに目の前の女竜神族は淡々と続ける。
「賭けに近い選択だったとは、思っています………でも、2人とも無事任務をやり遂げてくれましたよ。特に横島さんの成長振りには、目を見張るものが在りました。元々、彼には才能があると思っていましたから、私も鼻が高いです♪」
ピキッ
後半、あの馬鹿の名前を若干得意そうに語るこいつに、よく解らない殺意めいた感情が芽生える。
「随分、アイツを褒めるわね〜……あいつの事だから、行くまでに相当大騒ぎしたんじゃない?「嫌じゃ〜〜!!死にたくな〜い!!!」とか言いながら」
「とんでもない!彼の中でも葛藤はあったと思いますけど、表面上は落ち着いていましたよ。本当に………初めて会った時とは、比べ物にならないくらい頼もしくなってくれました」
「……………………!?」
あり得ない………何なの、その意味不明な高評価は!?
自然と声色が剣呑としたものに変わってしまうけど、この時の私は気付いてなかった。
「小竜姫……あんた、あいつに何したの?」
「は……?」
「ここで奴の修業、着けてたんでしょ……?その時に、どんな手段で “洗脳” したか聞いてんのよ。そうじゃなきゃ、あいつが大人しく言うこと聞くわけないじゃないっ!!」
「…………ワルキューレにも、似たようなことを聞かれましたね。彼女は “矯正” と言う言葉を使いましたが……」
「どっちでも良いわよ……!で、結局何したの?」
「何もしていません。彼は自分で考え、悩みながら成長したんです」
「…………信じられない」
今度は、右手を額に当てながら思考の海に沈む……でも何度、考えてみても信じられない…………あの煩悩しか頭にない馬鹿が、そんな殊勝な姿勢見せるわけない。
きっと何か “ウラ” があるに決まってるわ。
だけど、そんな私を小竜姫は窘めるように続ける。そして、それが更に私の神経を逆撫でしてくれる。
「彼は、あなたが思っているような単純な人間じゃありませんよ。彼なりに苦しみ、悩み、傷つきながら前に進んで行ったんです」
「あんたに何が解んのよっ!!あいつは、私んとこに来てから1年以上面倒見てたのよ。たった数ヶ月面倒見たくらいで、解ったような面されたくないわねっ!!」
カッとなって反射的に捲し立ててしまった………目の前にいるのが、格の高い神と知っていても私は口を止めることが出来なかった。
子供染みた行動だとも、自分で思った。
だけど、あいつの言動、性格、行動パターンに至るまで全て把握してた積りなのにそれを完全否定されたようで、私は悔しくて仕方なかった。
なんなの?本当なんなの!??
なんで、私があんな奴の為に、ここまで苛つかなきゃならないのよっ!!?
だけど、私のそんな言い草に少し悲しそうな顔をしながら返してくる彼女の言葉は、私をドン底に突き落とすには十分過ぎた…………
「…………数年です、数ヶ月ではありません」
「は……!?」
す、数年……? 何言ってんの?
…………いや、以前ハヌマンの修業を受けた時も数分間で数ヶ月の時を過ごしたわね……
「じゃ……じゃあ、またハヌマンの………?」
「いえ、あれは一生に一度しか受けれませんよ。それとは別に時間の流れが緩やかな間がここにはあります、彼等はそれを利用したんです」
「は……!?そんなの、あるなんて聞いてないけど………」
何よ……何よ………
丁稚の癖に私の先を越すなんて、いい度胸してるじゃない!
「希望されるなら、美神さんも入れますよ。最難関の試練さえ突破すれば、誰でも入れますからね。ただ、あそこは時間の流れが違うだけで他は外界と変わりません。短期間で劇的にレベルアップなんて出来ませんし、長く篭もれば籠もるだけ歳を取ってしまいます……雪之丞さんはそうでも無かったんですが、横島さんは見た目が割と変わってしまいましたね」
歳を取る……? 見た目が変わる…………?
「じゃあ、今のアイツは……」
「肉体年齢で言えば、美神さんと大体同じくらいです。人というのは本当に簡単に歳を取ってしまうので、その辺は少し寂しいですね……出会った頃は、私と同じくらいの見た目だったのに」
「………………………………」
……………………小竜姫は、どっか遠くを見るような目をしてた気がするけど、そんな事はどうでも良かった。と言うより、その後の事はもう聞こえてなかった。
月の一件より、こっちの方が私には応えた気がしたから………
それじゃあ……何………?
あいつは私の元を飛び出してから既に数年の時を過ごして、心身共に別人のように変貌しちゃってるってこと?
あいつは既に私達以上の時間を、目の前のこの女や新しい仲間と一緒に過ごしてるってこと?
私の知ってるあいつは、既に居ないってこと……?
あいつは “私” のことなんか、既に見てないってこと………?
小竜姫はその後も色々喋っていたけど、私は殆ど上の空だった……