親父に頼まれて、街へ買い物に出た。
龍魂寺明王堂から山を下りるのは、慣れていてもそれなりに時間がかかる。
昼過ぎに出たはずなのに、用事を終えて山へ戻る頃には、空はもう傾き始めていた。
買い物袋を提げて、山のふもとへ続く道を歩く。
街の音が遠ざかり、代わりに、風の音がはっきりと聞こえてくる。
「ワカ!」
弾んだ声と一緒に、軽い気配がいくつも跳ねた。
「公園だよ!」
「ブランコ!」
「遊んでいい?」
山のふもとにある小さな公園が見えた瞬間、水子たちが一斉に走り出した。
長女のエリカ、次女のアヤメ、長男のトウヤ。
夕暮れの遊具に、嬉しそうに散っていく。
俺はベンチに腰を下ろし、袋を足元に置いた。
空は、昼と夜の境目。
逢魔が時だ。
そのときだった。
――ぎい……。
音もなく、一つのブランコが揺れている。
風は、ない。
前後に、ゆっくりと。
まるで、誰かがそこに座っているみたいに。
「……あれ?」
自転車のブレーキ音がして、声をかけられた。
「よぉ、タケル。買い物か?」
コウジだった。
通学路の途中らしく、気軽な調子で笑っている。
「ああ、頼まれもの」
「お前ん家、山の中だから大変だよな。
そういえばさ、金縛り、あれから
不思議と大丈夫だ」
「マジか。効いたんだな」
少し話してから、コウジが視線を公園に向けた。
「……なあ」
俺も同じ方向を見る。
「なんか、あのブランコだけ揺れてねぇか?」
「風吹いてないよな?」
「……怖っ」
俺は、軽く肩をすくめた。
「金具の歪みとか、共振だろ。
日中、人が使ってたら余韻で揺れることもある」
「へぇ……」
納得したように頷いて、コウジは自転車にまたがる。
「じゃあな。
山道、気をつけろよ」
「ああ」
手を振って見送る。
コウジの背中が角を曲がると、公園はまた静かになった。
ブランコは、まだ揺れている。
俺は、ぽつりと呟いた。
「……でもな」
風のない夕暮れに、言葉が落ちる。
「まだ遊びたいと思う子もいるんだよ」
「それだけのことなんだ」
肩に、軽い重み。
「イズナ」
「なに?」
「そろそろ帰るって、伝えてくれ」
「わかった」
管狐が跳び、ブランコの方へ向かう。
エリカたちが名残惜しそうに手を振った。
やがて、揺れは止まった。
逢魔が時が、静かに終わる。
俺は買い物袋を持ち直し、山への道を歩き出した。
ブランコは、ただの遊具に戻っていた。