表示設定
表示設定
目次 目次




ep.7 英雄変革

ー/ー



 西暦二一〇〇年――――

 年々深刻化していく温暖化による海面上昇が予測される中、人類は将来失われる生存圏を危惧し、『浮力』の研究に活路を見出した。

 元探鉱者でもある始まりの能力者(アクトプレイヤー)、ガールツ・アークライト博士が生み出した未知の石『ルフト石』。それは重力に反発する性質を持ち、わずかではあるが人工物を宙に浮かせることを可能にした。

 都市を浮かせるには程遠い、未完成の技術。それでも人類は、その小さな成功に未来を重ね、人工都市計画を進めていく。
 しかし、ルフト石は博士の異能によって造りだされた有限の資源だったことを、誰も知らなかった。



 スマホの画面をスクロールしながら、千寿流は地面にぺたりと座り込んだ。

「……ん~。そこから一、二、三、えっと六十年、くらいかな?」

 あれから他のコンセントに接続し、なんとかスマホは充電は出来たのでいろいろと調べることが出来た。
 しかし、初期化されていたのか連絡先などは全く無く、誰かに助けを求めるという点においては特に役に立たなかった。

「どうしたの? ちずる」

「っわ! シャルちゃん足元気を付けて!」

 前を見ずに歩いていたシャルは、地面を大きく引き裂くようにできた亀裂に、足元を掬われ転びそうになる。

「だ、大丈夫っ、シャルちゃんっ!?」

「うん ころばなかった」

 今、世界にはこんな亀裂のような傷跡がいくつも走っている。昔の豊かだった地球とは似ても似つかない。面影はあれど別物、特にこの辺りの被害は大きい様だ。

「今の世界がこんなんになっちゃったのはね、なんかね、おっきな実験が失敗したかららしいの」

 博士の死後、枯渇しつつあるルフト石は、世界再建委員会――通称『WRC』の管理下に置かれた。
その中核にいたのが、プロジェクトリーダーの黒部蓮(くろべれん)と、有佐(ありさ)トモヒロである。
 ルフト石を巡るWRCへの批判は日増しに激しさを増し、各地で暴動が起きていた。
 都市を浮かせ続けるには、もはやルフト石だけでは足りない。そこで有佐トモヒロは、新たなエネルギー源として『ブラックホール』に着目する。
 CERNの協力により試作機『ノア』は完成した。しかし、実験は失敗し、制御を失ったエネルギーは暴走。空に突如現れたブラックホールめいた異形は、海を、空を、大地を呑み込み、世界を絶望で覆い尽くすのだった。

「んー でも それならなんで このせかいは まだあるのかな?」

 千寿流は画面に残った名前を指でなぞった。

「えっとね、英雄クラウン・ベルベット。その人が糸紡ぎの異能(アクト)で、この世界を無理やり繋ぎ止めたって書いてある」

 英雄による救済――英雄変革(アドベントシフト)。実にブラックホールが現れてから七十時間の出来事。以後、人々は不思議な超能力『異能』の存在が認知されるようになった。
 異能(アクト)とも呼ばれるそれは、突如として現れた超常現象をさす言葉。超常現象という言葉通り、それは様々な形で顕現する。

「でもね、あたし、おかしいな~って思うんだよね」

 千寿流はネット情報を整理しながら、シャルに話しかける。

「だって、地球が壊れちゃって、いろんな星を糸でくっつけるってほんとに出来るのかな。すっごく丈夫な糸だとしても、壊れた地球と他の惑星をくっつけちゃったら、他の星の人が怒らないかな?」

 詳しくは分からない。周知されている情報だけで想像して補完して疑問を組み立てる。そうして考えた時、そんなに上手くいくとは思えなかった。

 もう一つ考えてみる。今この世界には人類の脅威が蔓延っている。
 それが異能(アクト)とともに現れたという魔獣(マインドイーター)の存在だ。魔獣という名の通り、魔に服した獣の意ではあるが、その姿形は一定では無い。
 実際に被害がニュースにもなっていて、その悪意を取り除くための組織なども存在するようだ。しかし、あれから一時間は歩いたものの、気候は穏やかそのもので、目の届く範囲に危険は存在しなかった。

「東京って、ここは昔大きな都市だった場所でしょ?じゃあ、そういうところにこそ魔獣(マインドイーター)っているんじゃないかって。でも、あたしたちがいるのが東京だよね?なのにいないってあたしたち夢でも見てるんじゃないのかな?それかVRみたいに本物のあたしたちはどっかで眠ってて――」

「ちずるのはなし つまんない! わけわかんないし おもしろくない!」

「……ごめん、シャルちゃん」

 自分で言っていて訳が分からなくなりそうなので、シャルの言うとおりにとりあえず考えるのは止めることにした。

 三日月館の周りはかつての東京の面影は無く、見渡す景色はほぼ緑。
 遠くに巨大な建造物のようなものがいくつも建っているのが見えるが、ネットで見た様な活気のある表情は見ることが出来なかった。

「あのさ、今更だけどシャルちゃんってスマホ持ってないの? もし持ってるならクラマちゃんに直接連絡取れそうだけど」

「もってるけど れんらく つながらない」

「……」

 相手の電源が落ちているから使えないのか、それとも圏外なのか。今この世界は地盤の変化や地形ごと変化していたりインフラが安定していない地区が多い。そうともなれば、クラマの行く先によっては通信が出来ない可能性も大いにある。
 考えながら少し歩くと都市とはいえないものの、長閑な雰囲気の軽く舗装された道に、ようやくぽつぽつと並ぶ民家が見えるようになった。

「そうですか。ありがとうございました」

 民家で聞き込みをしてみる。どうやらクラマという人物はここらでは有名人の様だった。何でもシャルの侍女であり、彼女の身の回りのお世話をしているんだとか。
 身の回りの世話となると、やはりシャルはそれなりの地位を持った人物なのだろうか?

「クラマみつかった ちずる?」

「ごめん、ダメだったよ。ただ、もっと大きな街に向かうところを見たって言う人はいたよ」

 スマホからマップアプリを開けば地図は出てくるが、現在地を含め地形の情報は滅茶苦茶で使い物にならなかった。

「あたしもどこに行けばわかんないし、マップもどこに行けばいいかわからないって出てる。千寿流だけにマップもわかんない! えひひ、どう面白い?」

「?」

「えっとね、あたしは千寿流。マップは地図っていうでしょ? ちずとちず、どっちも役に立たないなーって。えひひひ」

 自虐を含めた渾身のちずるギャグ。分かりにくいうえに面白くなかった。

「ごめん今のなし! えっとね、シャルちゃん。マップは役に立たなくても現在地は分かるんだよ。で、今あたしたちがいるのってここだよね。で、大きな街っていうとこっちのほうに向かえばいいと思うんだけど、どうかな」

 千寿流は少し照れ臭そうに早口でまくし立てる。
 誰が見てもGPSが働いていないのは明白だが、原因も仕組みも全く分からない千寿流は、ポリポリと頭を掻いてシャルにスマホの画面を向けながら尋ねるしかなかった。

「うん! ちずる こっちだよ! こっちに みちがあるから ちかみちだし! はやく クラマのところに いこ!」

 シャルは画面を数秒間見てそう答える。

「ん、ん~、おっけ! じゃあ、こっちに行こう!」

 千寿流は少し不安になりながらも、シャルに賛成し再度歩き始めるのだった。



「……迷った」

「ちずる?」

「迷った迷った迷ったぁ~~~!」

 うっそうと茂る森、周りには民家はおろか人影一人もいない。
 迷子というよりも、下手をすれば遭難となりかねないほどの危機的状況に彼女らはあった。

「ねえ、シャルちゃん! あたしたちどっちから来たか分かるっ!? とりあえずそっちに戻らないと!」

「う~ん あっちかな?」

 そう言いながら森の中を指さす。全く危機感を感じさせないあっけらかんとした仕草。
 楽観的にもほどがある。千寿流は今日何度目かの頭を抱えた。

(シャルちゃんの言ったこと信じちゃったからこうなっちゃった? いやいや、あたしのほうがお姉さんなんだから、シャルちゃんのせいにしちゃダメでしょ!)

 自問自答をする千寿流。シャルの言う通りにはしたが、彼女を信じたのは自分なんだから人のせいにはしたくない。
 かといって自分が悪いわけでもない。いや悪くない。これも一種の現実逃避か、その頭上に揺らめく影が迫っていることに気が付かなかった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む ep.8 先手必勝


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 西暦二一〇〇年――――
 年々深刻化していく温暖化による海面上昇が予測される中、人類は将来失われる生存圏を危惧し、『浮力』の研究に活路を見出した。
 元探鉱者でもある始まりの|能力者《アクトプレイヤー》、ガールツ・アークライト博士が生み出した未知の石『ルフト石』。それは重力に反発する性質を持ち、わずかではあるが人工物を宙に浮かせることを可能にした。
 都市を浮かせるには程遠い、未完成の技術。それでも人類は、その小さな成功に未来を重ね、人工都市計画を進めていく。
 しかし、ルフト石は博士の異能によって造りだされた有限の資源だったことを、誰も知らなかった。
 スマホの画面をスクロールしながら、千寿流は地面にぺたりと座り込んだ。
「……ん~。そこから一、二、三、えっと六十年、くらいかな?」
 あれから他のコンセントに接続し、なんとかスマホは充電は出来たのでいろいろと調べることが出来た。
 しかし、初期化されていたのか連絡先などは全く無く、誰かに助けを求めるという点においては特に役に立たなかった。
「どうしたの? ちずる」
「っわ! シャルちゃん足元気を付けて!」
 前を見ずに歩いていたシャルは、地面を大きく引き裂くようにできた亀裂に、足元を掬われ転びそうになる。
「だ、大丈夫っ、シャルちゃんっ!?」
「うん ころばなかった」
 今、世界にはこんな亀裂のような傷跡がいくつも走っている。昔の豊かだった地球とは似ても似つかない。面影はあれど別物、特にこの辺りの被害は大きい様だ。
「今の世界がこんなんになっちゃったのはね、なんかね、おっきな実験が失敗したかららしいの」
 博士の死後、枯渇しつつあるルフト石は、世界再建委員会――通称『WRC』の管理下に置かれた。
その中核にいたのが、プロジェクトリーダーの|黒部蓮《くろべれん》と、|有佐《ありさ》トモヒロである。
 ルフト石を巡るWRCへの批判は日増しに激しさを増し、各地で暴動が起きていた。
 都市を浮かせ続けるには、もはやルフト石だけでは足りない。そこで有佐トモヒロは、新たなエネルギー源として『ブラックホール』に着目する。
 CERNの協力により試作機『ノア』は完成した。しかし、実験は失敗し、制御を失ったエネルギーは暴走。空に突如現れたブラックホールめいた異形は、海を、空を、大地を呑み込み、世界を絶望で覆い尽くすのだった。
「んー でも それならなんで このせかいは まだあるのかな?」
 千寿流は画面に残った名前を指でなぞった。
「えっとね、英雄クラウン・ベルベット。その人が糸紡ぎの|異能《アクト》で、この世界を無理やり繋ぎ止めたって書いてある」
 英雄による救済――|英雄変革《アドベントシフト》。実にブラックホールが現れてから七十時間の出来事。以後、人々は不思議な超能力『異能』の存在が認知されるようになった。
 |異能《アクト》とも呼ばれるそれは、突如として現れた超常現象をさす言葉。超常現象という言葉通り、それは様々な形で顕現する。
「でもね、あたし、おかしいな~って思うんだよね」
 千寿流はネット情報を整理しながら、シャルに話しかける。
「だって、地球が壊れちゃって、いろんな星を糸でくっつけるってほんとに出来るのかな。すっごく丈夫な糸だとしても、壊れた地球と他の惑星をくっつけちゃったら、他の星の人が怒らないかな?」
 詳しくは分からない。周知されている情報だけで想像して補完して疑問を組み立てる。そうして考えた時、そんなに上手くいくとは思えなかった。
 もう一つ考えてみる。今この世界には人類の脅威が蔓延っている。
 それが|異能《アクト》とともに現れたという|魔獣《マインドイーター》の存在だ。魔獣という名の通り、魔に服した獣の意ではあるが、その姿形は一定では無い。
 実際に被害がニュースにもなっていて、その悪意を取り除くための組織なども存在するようだ。しかし、あれから一時間は歩いたものの、気候は穏やかそのもので、目の届く範囲に危険は存在しなかった。
「東京って、ここは昔大きな都市だった場所でしょ?じゃあ、そういうところにこそ|魔獣《マインドイーター》っているんじゃないかって。でも、あたしたちがいるのが東京だよね?なのにいないってあたしたち夢でも見てるんじゃないのかな?それかVRみたいに本物のあたしたちはどっかで眠ってて――」
「ちずるのはなし つまんない! わけわかんないし おもしろくない!」
「……ごめん、シャルちゃん」
 自分で言っていて訳が分からなくなりそうなので、シャルの言うとおりにとりあえず考えるのは止めることにした。
 三日月館の周りはかつての東京の面影は無く、見渡す景色はほぼ緑。
 遠くに巨大な建造物のようなものがいくつも建っているのが見えるが、ネットで見た様な活気のある表情は見ることが出来なかった。
「あのさ、今更だけどシャルちゃんってスマホ持ってないの? もし持ってるならクラマちゃんに直接連絡取れそうだけど」
「もってるけど れんらく つながらない」
「……」
 相手の電源が落ちているから使えないのか、それとも圏外なのか。今この世界は地盤の変化や地形ごと変化していたりインフラが安定していない地区が多い。そうともなれば、クラマの行く先によっては通信が出来ない可能性も大いにある。
 考えながら少し歩くと都市とはいえないものの、長閑な雰囲気の軽く舗装された道に、ようやくぽつぽつと並ぶ民家が見えるようになった。
「そうですか。ありがとうございました」
 民家で聞き込みをしてみる。どうやらクラマという人物はここらでは有名人の様だった。何でもシャルの侍女であり、彼女の身の回りのお世話をしているんだとか。
 身の回りの世話となると、やはりシャルはそれなりの地位を持った人物なのだろうか?
「クラマみつかった ちずる?」
「ごめん、ダメだったよ。ただ、もっと大きな街に向かうところを見たって言う人はいたよ」
 スマホからマップアプリを開けば地図は出てくるが、現在地を含め地形の情報は滅茶苦茶で使い物にならなかった。
「あたしもどこに行けばわかんないし、マップもどこに行けばいいかわからないって出てる。千寿流だけにマップもわかんない! えひひ、どう面白い?」
「?」
「えっとね、あたしは千寿流。マップは地図っていうでしょ? ちずとちず、どっちも役に立たないなーって。えひひひ」
 自虐を含めた渾身のちずるギャグ。分かりにくいうえに面白くなかった。
「ごめん今のなし! えっとね、シャルちゃん。マップは役に立たなくても現在地は分かるんだよ。で、今あたしたちがいるのってここだよね。で、大きな街っていうとこっちのほうに向かえばいいと思うんだけど、どうかな」
 千寿流は少し照れ臭そうに早口でまくし立てる。
 誰が見てもGPSが働いていないのは明白だが、原因も仕組みも全く分からない千寿流は、ポリポリと頭を掻いてシャルにスマホの画面を向けながら尋ねるしかなかった。
「うん! ちずる こっちだよ! こっちに みちがあるから ちかみちだし! はやく クラマのところに いこ!」
 シャルは画面を数秒間見てそう答える。
「ん、ん~、おっけ! じゃあ、こっちに行こう!」
 千寿流は少し不安になりながらも、シャルに賛成し再度歩き始めるのだった。
「……迷った」
「ちずる?」
「迷った迷った迷ったぁ~~~!」
 うっそうと茂る森、周りには民家はおろか人影一人もいない。
 迷子というよりも、下手をすれば遭難となりかねないほどの危機的状況に彼女らはあった。
「ねえ、シャルちゃん! あたしたちどっちから来たか分かるっ!? とりあえずそっちに戻らないと!」
「う~ん あっちかな?」
 そう言いながら森の中を指さす。全く危機感を感じさせないあっけらかんとした仕草。
 楽観的にもほどがある。千寿流は今日何度目かの頭を抱えた。
(シャルちゃんの言ったこと信じちゃったからこうなっちゃった? いやいや、あたしのほうがお姉さんなんだから、シャルちゃんのせいにしちゃダメでしょ!)
 自問自答をする千寿流。シャルの言う通りにはしたが、彼女を信じたのは自分なんだから人のせいにはしたくない。
 かといって自分が悪いわけでもない。いや悪くない。これも一種の現実逃避か、その頭上に揺らめく影が迫っていることに気が付かなかった。