表示設定
表示設定
目次 目次




ep.2 数奇なる人形師 タルトレット・アニエス

ー/ー



「ま、待ってよ!終わりって、なんでっ」

 ため息を吐きながら、タルトはやれやれと首を振った。

「……物わかり悪すぎ。あたしの表情、言葉、アナタの置かれてる状況。これでも解らない?」

「そんなの、あたしだって……」

「もしかして頭がスカスカ過ぎて野放しじゃ危険だから、牢屋に入れられたとかじゃないでしょうね?」

 小馬鹿にするように頭をコツコツと人差し指で叩きながら言う。
 牢屋に入れられているという事実。自分に向けられた杖先。そんなことは分かっている。ただ——思考が、追いつかないだけだ。

「じゃあ、ちゃんと言ってあげるね」

 タルトは楽しそうに声を弾ませる。

「アナタも……人形になるってことよ!それ以外っ、意味なんてっ、あるわけないじゃない!うふふふふふっ!」

 狂気すらも感じさせるタルトの憫笑。大袈裟にジェスチャーを加え、まるで歌劇場といわんばかりに喜劇的に煽ってみせた。

 千寿流はその姿に気圧されるように一歩後ずさる。流れ落ちるのは冷や汗か恐怖か。
 しかし、彼女には理解できなかった。目覚めると知らない景色。何も悪い事などしていない。思い出そうとすると記憶に靄がかって頭が回らない。まるで道が途切れたかのように記憶の線がプツリと途切れる。
 そして極めつけは目の前の少女だ。何故ここにいるのか。何故あたしなのか。今この現状が夢であればいいのに。そう逃避することしか出来ない。

「でも……っ」

「あはははは……ん〜?なになに?そんな睨んじゃって」

 下品な笑い声とともに、タルトは千寿流を見据える。

「別にアナタなんて怖くないわよ?実際、何もできないでしょ?」

 でも、違う。このまま人形にされるって意味が解らないから。何が正しいかはわからないけど、このまま黙って殺されるのは違う。

「そんなの嫌だよっ!好き勝手言わないでよ!タルトちゃん!」

 その言葉に、タルトは一瞬だけ目を瞬かせた。
 なるほど、正論だ。彼女の死はタルトの目的、その過程でしかない。けど、彼女の立場なら至極真っ当な訴え。倫理観が欠如したタルトの気まぐれが、皮肉にも千寿流の命を繋ぎとめた。

「ん、それもそうね。じゃあ、一つだけアナタの疑問に答えてあげる」

 そう言って、手にしていた杖を宙に浮かんだ魔法陣へと放り投げる。不敵な笑みを崩さないまま、腕を組み、人差し指を立てて告げる。

「あ、一つだけよ。あたしの気まぐれだから。長いのや面倒くさいのもNGね」

「ああ、えっと、その、んと……」

 近衛千寿流はとっさの判断が苦手だった。急を要する内容ならそれは顕著に。小さなころからその優柔不断な性格で、周りの人を無自覚にイラつかせることもあった。

「……早く」

 解り易く足踏みをし、先を促す。コツコツと響く無機質ともとれる脅迫の音に焦燥を隠せない千寿流。

「じ、じゃあ、その……あ、あなたはここの人ではないんですか?」

 おどおどしながらそう質問を返す千寿流。一つだけ許された質問。右も左もわからない状態でこんな質問を返すのは間抜けと言わざるを得ないが、頭がうまく回らない。

「あーその、本気?一つだけの質問…まあいいや、答えはNO。あたしはここの家主じゃないし、ついでに言うとアナタが牢にぶちこまれている理由も知らないわ」

「じゃ、じゃあ、その、開けてもらえませんか?あたしもよくわからなくて。おお、お願い、で、すっ」

「だーめ。一つって言ったでしょ?あ、今度はあたしからも一つだけ質問いいかな?」

 千寿流は額に汗を浮かべながら頷く。ここからは綱渡り。間違えればきっとそれで終わり。開けてもらえる選択肢が潰えたその時点で、相手のご機嫌を取り続けるしか出来ないのだから。
 内心を冷静に装ったつもりでも、焦点がぼやけて壁の升目が収縮するように滲みだす。千寿流の精神はもう限界だった。

「世界を救った英雄。たしかベルベットだっけかな?彼、どうやら日本人だったみたいなのよ。で、帰ってこなかったの。行方不明。状況を見るに死亡はほぼ確実らしいけどね」

 予想もしていなかった思い掛けない名前を出されて目を丸くする。
 誰だそれは。千寿流が聞いたこともない人物だった。

「ね、どうして英雄さんは帰ってこなかったと思う?」

「それは、その……そんなのわかんないよ。あたし、その英雄ってのもわかんないから」

 これまた予想外の質問に、先ほどまでの緊張感が鳴りを潜める。

「ん!じゃあ質問変えるね?悪いことをしたら殺されても仕方がない。どう?」

「こ、殺すって……そんなのダメだよ。だって普通に考えればそんなの当たり前だし。何でそんなこと言うのタルト……ちゃん」

 物騒な単語に脊髄反射で返答する。

「ふーん、真面目なんだ、アナタ。そーなんだ」

「……?」

 タルトの納得した様子に疑問を浮かべる千寿流。
 これから殺すと宣言されているのに自分に知識を説いたり、答えの分からない質問を問いかける。
 そんな彼女の考えていることがいよいよ理解できなかった。

「そうね、その英雄さん、きっと世界に嫌われたんでしょうね。あるべき形を望んだ世界と、それを嫌った英雄。だから消された。アナタも同じ」

 後方に広がる魔法陣から視えない糸に運ばれ杖はタルトの元に転がる。
 様々な光が撹拌し、放たれたのは眩い閃光。彼女の放つ刃は実態が無い。音もなく鉄格子を解体し、千寿流の横を切り裂き牢屋に鋭利な亀裂をつくる。

「っ!?」

 光は再度撹拌する。瞬間“逃げなきゃ”千寿流は殺されるという恐怖とともに、その一心でタルトの横を通り抜けようと駆け出す。

「ダメよ」

「ぶへぇっ!?」

 大きく開いた袖から延びるのは透明な腕。
 否、それは幾重にも重ねられた透明の糸。光の反射でその正体を現した視えない壁。
 顔から思い切りぶつかった千寿流は鼻を抑えてその場にうずくまる。

「ほら、まずは一発。あたしのお腹めがけて、腰を落としてパンチ!してみてよ。勝ちとか負けとか以前にさ、やられっぱなしってクソダサくない?ねえねえ、どう思う?」

「ぅ……うぅうぅ~。もう、知らないんだからっ!」

 どうにでもなれ、という気持ちでタルトに殴りかかる千寿流。

「っ!?」

 がむしゃらに放った拳。その拳はタルトの手前数センチのところでピタリと止まる。先ほどの視えない糸と違う。まるで自分の腕がそこで固定されたかのような奇妙な感覚。

理外の壁(アドベントフィールド)。うん、悪くないね。良好良好」

 手を引くことはできる。しかし、タルトに触れようとするとその数センチの隙間が縮まらない。
 その後も駄々っ子の様に見えない壁を叩き続ける千寿流。やっても無駄。もはや正常な思考などどこかに消え去ってしまっていた。

「一回やって無理なものは無理って解らない?アナタじゃやっぱり駄目ね。あたし、つまんなくなっちゃった。そろそろ終わりにしよっか」

「だ、だれか、助けて……ママ、パパっ」

 誰にでもなく懇願する。死の恐怖を前に少女は赤子へと還る。

「ざ~んねん。アナタとあたし以外には誰もいませ~ん。死んじゃえ、クソガキ」

 先端が花の様に変化した杖から迸るのは二度目の閃光。世界を塗りつぶすようなその眩さ、視界が白一色に擦り替わる。脳を直接揺さぶるようなその強烈な感覚に千寿流は意識を手放した。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む ep.3 幽霊屋敷は誰もいない


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「ま、待ってよ!終わりって、なんでっ」
 ため息を吐きながら、タルトはやれやれと首を振った。
「……物わかり悪すぎ。あたしの表情、言葉、アナタの置かれてる状況。これでも解らない?」
「そんなの、あたしだって……」
「もしかして頭がスカスカ過ぎて野放しじゃ危険だから、牢屋に入れられたとかじゃないでしょうね?」
 小馬鹿にするように頭をコツコツと人差し指で叩きながら言う。
 牢屋に入れられているという事実。自分に向けられた杖先。そんなことは分かっている。ただ——思考が、追いつかないだけだ。
「じゃあ、ちゃんと言ってあげるね」
 タルトは楽しそうに声を弾ませる。
「アナタも……人形になるってことよ!それ以外っ、意味なんてっ、あるわけないじゃない!うふふふふふっ!」
 狂気すらも感じさせるタルトの憫笑。大袈裟にジェスチャーを加え、まるで歌劇場といわんばかりに喜劇的に煽ってみせた。
 千寿流はその姿に気圧されるように一歩後ずさる。流れ落ちるのは冷や汗か恐怖か。
 しかし、彼女には理解できなかった。目覚めると知らない景色。何も悪い事などしていない。思い出そうとすると記憶に靄がかって頭が回らない。まるで道が途切れたかのように記憶の線がプツリと途切れる。
 そして極めつけは目の前の少女だ。何故ここにいるのか。何故あたしなのか。今この現状が夢であればいいのに。そう逃避することしか出来ない。
「でも……っ」
「あはははは……ん〜?なになに?そんな睨んじゃって」
 下品な笑い声とともに、タルトは千寿流を見据える。
「別にアナタなんて怖くないわよ?実際、何もできないでしょ?」
 でも、違う。このまま人形にされるって意味が解らないから。何が正しいかはわからないけど、このまま黙って殺されるのは違う。
「そんなの嫌だよっ!好き勝手言わないでよ!タルトちゃん!」
 その言葉に、タルトは一瞬だけ目を瞬かせた。
 なるほど、正論だ。彼女の死はタルトの目的、その過程でしかない。けど、彼女の立場なら至極真っ当な訴え。倫理観が欠如したタルトの気まぐれが、皮肉にも千寿流の命を繋ぎとめた。
「ん、それもそうね。じゃあ、一つだけアナタの疑問に答えてあげる」
 そう言って、手にしていた杖を宙に浮かんだ魔法陣へと放り投げる。不敵な笑みを崩さないまま、腕を組み、人差し指を立てて告げる。
「あ、一つだけよ。あたしの気まぐれだから。長いのや面倒くさいのもNGね」
「ああ、えっと、その、んと……」
 近衛千寿流はとっさの判断が苦手だった。急を要する内容ならそれは顕著に。小さなころからその優柔不断な性格で、周りの人を無自覚にイラつかせることもあった。
「……早く」
 解り易く足踏みをし、先を促す。コツコツと響く無機質ともとれる脅迫の音に焦燥を隠せない千寿流。
「じ、じゃあ、その……あ、あなたはここの人ではないんですか?」
 おどおどしながらそう質問を返す千寿流。一つだけ許された質問。右も左もわからない状態でこんな質問を返すのは間抜けと言わざるを得ないが、頭がうまく回らない。
「あーその、本気?一つだけの質問…まあいいや、答えはNO。あたしはここの家主じゃないし、ついでに言うとアナタが牢にぶちこまれている理由も知らないわ」
「じゃ、じゃあ、その、開けてもらえませんか?あたしもよくわからなくて。おお、お願い、で、すっ」
「だーめ。一つって言ったでしょ?あ、今度はあたしからも一つだけ質問いいかな?」
 千寿流は額に汗を浮かべながら頷く。ここからは綱渡り。間違えればきっとそれで終わり。開けてもらえる選択肢が潰えたその時点で、相手のご機嫌を取り続けるしか出来ないのだから。
 内心を冷静に装ったつもりでも、焦点がぼやけて壁の升目が収縮するように滲みだす。千寿流の精神はもう限界だった。
「世界を救った英雄。たしかベルベットだっけかな?彼、どうやら日本人だったみたいなのよ。で、帰ってこなかったの。行方不明。状況を見るに死亡はほぼ確実らしいけどね」
 予想もしていなかった思い掛けない名前を出されて目を丸くする。
 誰だそれは。千寿流が聞いたこともない人物だった。
「ね、どうして英雄さんは帰ってこなかったと思う?」
「それは、その……そんなのわかんないよ。あたし、その英雄ってのもわかんないから」
 これまた予想外の質問に、先ほどまでの緊張感が鳴りを潜める。
「ん!じゃあ質問変えるね?悪いことをしたら殺されても仕方がない。どう?」
「こ、殺すって……そんなのダメだよ。だって普通に考えればそんなの当たり前だし。何でそんなこと言うのタルト……ちゃん」
 物騒な単語に脊髄反射で返答する。
「ふーん、真面目なんだ、アナタ。そーなんだ」
「……?」
 タルトの納得した様子に疑問を浮かべる千寿流。
 これから殺すと宣言されているのに自分に知識を説いたり、答えの分からない質問を問いかける。
 そんな彼女の考えていることがいよいよ理解できなかった。
「そうね、その英雄さん、きっと世界に嫌われたんでしょうね。あるべき形を望んだ世界と、それを嫌った英雄。だから消された。アナタも同じ」
 後方に広がる魔法陣から視えない糸に運ばれ杖はタルトの元に転がる。
 様々な光が撹拌し、放たれたのは眩い閃光。彼女の放つ刃は実態が無い。音もなく鉄格子を解体し、千寿流の横を切り裂き牢屋に鋭利な亀裂をつくる。
「っ!?」
 光は再度撹拌する。瞬間“逃げなきゃ”千寿流は殺されるという恐怖とともに、その一心でタルトの横を通り抜けようと駆け出す。
「ダメよ」
「ぶへぇっ!?」
 大きく開いた袖から延びるのは透明な腕。
 否、それは幾重にも重ねられた透明の糸。光の反射でその正体を現した視えない壁。
 顔から思い切りぶつかった千寿流は鼻を抑えてその場にうずくまる。
「ほら、まずは一発。あたしのお腹めがけて、腰を落としてパンチ!してみてよ。勝ちとか負けとか以前にさ、やられっぱなしってクソダサくない?ねえねえ、どう思う?」
「ぅ……うぅうぅ~。もう、知らないんだからっ!」
 どうにでもなれ、という気持ちでタルトに殴りかかる千寿流。
「っ!?」
 がむしゃらに放った拳。その拳はタルトの手前数センチのところでピタリと止まる。先ほどの視えない糸と違う。まるで自分の腕がそこで固定されたかのような奇妙な感覚。
「|理外の壁《アドベントフィールド》。うん、悪くないね。良好良好」
 手を引くことはできる。しかし、タルトに触れようとするとその数センチの隙間が縮まらない。
 その後も駄々っ子の様に見えない壁を叩き続ける千寿流。やっても無駄。もはや正常な思考などどこかに消え去ってしまっていた。
「一回やって無理なものは無理って解らない?アナタじゃやっぱり駄目ね。あたし、つまんなくなっちゃった。そろそろ終わりにしよっか」
「だ、だれか、助けて……ママ、パパっ」
 誰にでもなく懇願する。死の恐怖を前に少女は赤子へと還る。
「ざ~んねん。アナタとあたし以外には誰もいませ~ん。死んじゃえ、クソガキ」
 先端が花の様に変化した杖から迸るのは二度目の閃光。世界を塗りつぶすようなその眩さ、視界が白一色に擦り替わる。脳を直接揺さぶるようなその強烈な感覚に千寿流は意識を手放した。