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第28話:家族というスパイス、和解の熱さ(夏野菜のキーマカレー)

ー/ー



 1.    19:00 帰省の疲労と、面接前の緊張

 8月下旬。東京は連日の猛暑で、夜になってもアスファルトの熱が冷めない異常な暑さだった。

 飯田菜々子(28歳)の部屋のエアコンが唸る中、二宮颯太(26歳)が帰ってきた。彼は、数年ぶりに実家(都内近郊)へ日帰りで帰省し、来週に控えたプロ養成コースの面接試験の報告を終えたところだった。

「おかえり、颯太くん! ねぇ、反応どうだったの!? ドキドキするわね」

 飯田は、彼の顔に張り付いた疲労と緊張の色を見て取りながらも、彼が自分のことを両親に話したという事実に、主任としての冷静さを完全に失っていた。

「ただいま、菜々子さん。……ええっと、その、面接の許可は一応得られました。詳しくは……とりあえず、腹が減りました。汗もすごいので、シャワーを浴びてから話を聞いてもらえませんか?」

 二宮は、話の核心に入るのを避け、空腹を口実にして照れたように額の汗を拭った。

 飯田は、彼の話をごまかす態度に、一瞬不満そうな顔をしたが、彼の疲労困憊の様子を見て、すぐに理性を取り戻した。

「もう、焦らすんだから! でも、そうね、この暑さだもの。疲れたでしょう? さあ、早くシャワー浴びてきなさい。熱中症になるわよ。シャワーの後にゆっくり聞かせてよね! その間に私がパパッと作っておくから」

 飯田は、乙女のように頬を染めて彼の腕を軽く叩くと、すぐに気を取り直した。

「で、今晩は何が食べたいの?」

 二宮は、疲労から思考が停止しているようで、少し困ったように答えた。

「何でもいいよ。菜々子さんが決めてくれたものなら、何でも」

 飯田は、その答えに不安そうに眉をひそめた。

「え~、そういうの困るなぁ。う~ん、どうしよう。私、今、颯太くんの話を聞く前の緊張のせいで、全然メニューが思いつかないわ」

 飯田は、自身の不安と緊張からメニューが決められないでいる。二宮は、そんな菜々子の焦燥を見て、ふと荷物を思い出した。

「菜々子さんも緊張するんですね。あ、そうだ」

 二宮は、実家から持って帰ってきた小さな紙袋を指さした。

「母が、家庭菜園で採れたばかりのナスとピーマンを持たせてくれたんです。これ、もしよかったら使えませんか?」

 飯田は、ナスとピーマンを見て、ハッとしたように顔を輝かせた。

「おっ、これね。ありがとう、颯太くん! よし、決めたわ! この猛暑と、あなたの新しい挑戦を応援するための、夏野菜のキーマカレーよ」

 飯田は、彼が実家から持ち帰った新鮮な夏野菜を取り出し、冷蔵庫の奥から粗挽き肉のパックを引っ張り出した。

 2.    19:30 実家産のスパイスと、キーマの構造

 二宮がシャワーを浴びている間、飯田はキッチンで手際よくキーマカレーを作り始めた。

 キーマカレーには、彼女なりの「攻めの姿勢」と「マネジメント」の意図が込められていた。挽き肉は、あえて粗挽き肉を使用し、食べ応えと食感に強さを出した。さらに、颯太の実家のナスとピーマン、そして赤と黄のパプリカをゴロゴロと入れ、視覚的な刺激と栄養価を高めた。

「最終面接前に夏バテで食欲が落ちてたらダメだからね。スパイスで胃袋を叩き起こして、攻めの姿勢で栄養を摂らせないとね」

 彼女は、複数のスパイスを組み合わせながら、最後に隠し味のガラムマサラを少量加えた。高温で炒められたスパイスの刺激的な香りが、エアコンの冷気を切り裂いて部屋に充満する。

「よし、完璧!」

 飯田は、カレーの鍋に蓋をし、ヨーグルトのラッシーとサラダの準備に取り掛かった。

 20:00 家族の承認と、年上彼女の赤面

 二宮がシャワーから戻り、スッキリとした顔でテーブルにつくと、キーマカレーは最高潮の香りを放っていた。

「うわ、すごい匂い。食欲が爆発しそうです」

「そうでしょう? さあ、食べましょう。でもその前に、さっきの話の続きよ」

 飯田は、二宮の席の対面に座り、肘をついて真剣な眼差しを向けた。

「ねぇ、私のこと、両親にどう話したの? 反応はどうだったのよ。正直に言って。私のこと、どう思っているのかを」

 二宮は、スプーンを手に取ろうとしていた手を止め、その真剣な質問に戸惑った。

「ええっと……正直に言います。最初は、『役者以外の道を選んだ男の逃げ』だと、特に父はなかなか理解してくれませんでした」

 飯田の顔が、一瞬だけ青ざめる。

「でも、母は、俺の挑戦を応援してくれました。そして、菜々子さんの話をした時……実は、菜々子さんの写真を見せたんです」

 飯田は、その言葉に思わずコーヒーカップを取り落としそうになる。

「ええっ!? し、写真を!? ど、どうだったのよ!?」

 二宮は、その前のめりな反応に、面白そうにニヤリと笑った。

「母は、『この女性は、きっと彼を支えてくれる』と言ってくれました。父は……」

 二宮は、そこで言葉を切り、飯田の目をじっと見つめた。

「父は、『こんな美人でデキる女は、もったいない。お前みたいな不安定な男に、一生かけても報いることができるのか』って、初めて、俺の将来について真剣に怒鳴ってくれました。でも、最後は『面接、頑張れよ』って、静かに言ってくれたんです」

 飯田は、「こんな美人、もったいない」という言葉を聞いた瞬間、顔がカァッと真っ赤に染まった。彼女の主任としての冷静な仮面が一瞬で剥がれ落ち、年上として、女性として、心底恥ずかしいという感情が顔に出たのだ。

「な、なによそれ! も、もう、恥ずかしいでしょう!」

 二宮は、そんな珍しい菜々子の赤面を見て、心から楽しそうに笑った。

「ふふ。でも、それは父が菜々子さんを認めたってことです。僕にとって、大きな一歩でした。母は、このナスとピーマンを『これを食べて、二人で頑張りなさい』って」

 3.    20:30 究極のキーマと、家族の優しさ

 飯田は、赤面した顔を誤魔化すように、自分の皿にキーマカレーを盛り付け、一心不乱に頬張った。

 二宮は、そんな菜々子の様子を微笑ましく見つめながら、自分もキーマカレーを口に運んだ。

「美味しい! このキーマ、お母さんのナスとピーマンの甘みが、すごく優しい」

 二宮は、そのキーマカレーを一口食べて、目を見開いた。

「うまい! スパイシーなのに、夏野菜のゴロゴロした食感と、黄身の濃厚さが、疲れた体に染み渡る……」

 飯田は、ヨーグルトのラッシーを二宮に差し出した。

「そう。この優しさが、お母さんの承認よ。そして、面接で全てを出し切るためには、最後にもう一押し、物理的な証拠が必要ね」

 二宮は、カレーを食べ終えた皿を片付けながら、その言葉を受けて、強い決意の眼差しを菜々子に向けた。

「そうですね。僕も、そう思っていました。言葉は流れるけど、覚悟は形に残さないと」

 二宮は、自分の覚悟をさらに強固にするため、自ら提案した。

「菜々子さん。父に宛てて、僕の決意を手紙で書きます。俺が菜々子さんの隣に立つ資格を得るため、そして家族の不安を消すための『人生の契約書』です。それを面接に持って行ってもいいでしょうか」

 飯田は、彼の主体的な提案に、目を大きく見開いた。そして、すぐに主任の顔に戻り、力強く頷いた。

「ええ、いいわ。それがあなたの面接の、最高の武器になる。手紙……それが、あなたの覚悟の証明よ。さあ、最高のエネルギーをチャージしたわ。面接まで、私と二人三脚で、絶対勝ち取るわよ」

 二宮は、飯田の料理というエネルギーと、彼女のマネジメントという知恵によって、家族とのわだかまりと面接への不安という二つの壁を乗り越えるための、最後の決定的な一歩を踏み出したのだった。




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 1.    19:00 帰省の疲労と、面接前の緊張
 8月下旬。東京は連日の猛暑で、夜になってもアスファルトの熱が冷めない異常な暑さだった。
 飯田菜々子(28歳)の部屋のエアコンが唸る中、二宮颯太(26歳)が帰ってきた。彼は、数年ぶりに実家(都内近郊)へ日帰りで帰省し、来週に控えたプロ養成コースの面接試験の報告を終えたところだった。
「おかえり、颯太くん! ねぇ、反応どうだったの!? ドキドキするわね」
 飯田は、彼の顔に張り付いた疲労と緊張の色を見て取りながらも、彼が自分のことを両親に話したという事実に、主任としての冷静さを完全に失っていた。
「ただいま、菜々子さん。……ええっと、その、面接の許可は一応得られました。詳しくは……とりあえず、腹が減りました。汗もすごいので、シャワーを浴びてから話を聞いてもらえませんか?」
 二宮は、話の核心に入るのを避け、空腹を口実にして照れたように額の汗を拭った。
 飯田は、彼の話をごまかす態度に、一瞬不満そうな顔をしたが、彼の疲労困憊の様子を見て、すぐに理性を取り戻した。
「もう、焦らすんだから! でも、そうね、この暑さだもの。疲れたでしょう? さあ、早くシャワー浴びてきなさい。熱中症になるわよ。シャワーの後にゆっくり聞かせてよね! その間に私がパパッと作っておくから」
 飯田は、乙女のように頬を染めて彼の腕を軽く叩くと、すぐに気を取り直した。
「で、今晩は何が食べたいの?」
 二宮は、疲労から思考が停止しているようで、少し困ったように答えた。
「何でもいいよ。菜々子さんが決めてくれたものなら、何でも」
 飯田は、その答えに不安そうに眉をひそめた。
「え~、そういうの困るなぁ。う~ん、どうしよう。私、今、颯太くんの話を聞く前の緊張のせいで、全然メニューが思いつかないわ」
 飯田は、自身の不安と緊張からメニューが決められないでいる。二宮は、そんな菜々子の焦燥を見て、ふと荷物を思い出した。
「菜々子さんも緊張するんですね。あ、そうだ」
 二宮は、実家から持って帰ってきた小さな紙袋を指さした。
「母が、家庭菜園で採れたばかりのナスとピーマンを持たせてくれたんです。これ、もしよかったら使えませんか?」
 飯田は、ナスとピーマンを見て、ハッとしたように顔を輝かせた。
「おっ、これね。ありがとう、颯太くん! よし、決めたわ! この猛暑と、あなたの新しい挑戦を応援するための、夏野菜のキーマカレーよ」
 飯田は、彼が実家から持ち帰った新鮮な夏野菜を取り出し、冷蔵庫の奥から粗挽き肉のパックを引っ張り出した。
 2.    19:30 実家産のスパイスと、キーマの構造
 二宮がシャワーを浴びている間、飯田はキッチンで手際よくキーマカレーを作り始めた。
 キーマカレーには、彼女なりの「攻めの姿勢」と「マネジメント」の意図が込められていた。挽き肉は、あえて粗挽き肉を使用し、食べ応えと食感に強さを出した。さらに、颯太の実家のナスとピーマン、そして赤と黄のパプリカをゴロゴロと入れ、視覚的な刺激と栄養価を高めた。
「最終面接前に夏バテで食欲が落ちてたらダメだからね。スパイスで胃袋を叩き起こして、攻めの姿勢で栄養を摂らせないとね」
 彼女は、複数のスパイスを組み合わせながら、最後に隠し味のガラムマサラを少量加えた。高温で炒められたスパイスの刺激的な香りが、エアコンの冷気を切り裂いて部屋に充満する。
「よし、完璧!」
 飯田は、カレーの鍋に蓋をし、ヨーグルトのラッシーとサラダの準備に取り掛かった。
 20:00 家族の承認と、年上彼女の赤面
 二宮がシャワーから戻り、スッキリとした顔でテーブルにつくと、キーマカレーは最高潮の香りを放っていた。
「うわ、すごい匂い。食欲が爆発しそうです」
「そうでしょう? さあ、食べましょう。でもその前に、さっきの話の続きよ」
 飯田は、二宮の席の対面に座り、肘をついて真剣な眼差しを向けた。
「ねぇ、私のこと、両親にどう話したの? 反応はどうだったのよ。正直に言って。私のこと、どう思っているのかを」
 二宮は、スプーンを手に取ろうとしていた手を止め、その真剣な質問に戸惑った。
「ええっと……正直に言います。最初は、『役者以外の道を選んだ男の逃げ』だと、特に父はなかなか理解してくれませんでした」
 飯田の顔が、一瞬だけ青ざめる。
「でも、母は、俺の挑戦を応援してくれました。そして、菜々子さんの話をした時……実は、菜々子さんの写真を見せたんです」
 飯田は、その言葉に思わずコーヒーカップを取り落としそうになる。
「ええっ!? し、写真を!? ど、どうだったのよ!?」
 二宮は、その前のめりな反応に、面白そうにニヤリと笑った。
「母は、『この女性は、きっと彼を支えてくれる』と言ってくれました。父は……」
 二宮は、そこで言葉を切り、飯田の目をじっと見つめた。
「父は、『こんな美人でデキる女は、もったいない。お前みたいな不安定な男に、一生かけても報いることができるのか』って、初めて、俺の将来について真剣に怒鳴ってくれました。でも、最後は『面接、頑張れよ』って、静かに言ってくれたんです」
 飯田は、「こんな美人、もったいない」という言葉を聞いた瞬間、顔がカァッと真っ赤に染まった。彼女の主任としての冷静な仮面が一瞬で剥がれ落ち、年上として、女性として、心底恥ずかしいという感情が顔に出たのだ。
「な、なによそれ! も、もう、恥ずかしいでしょう!」
 二宮は、そんな珍しい菜々子の赤面を見て、心から楽しそうに笑った。
「ふふ。でも、それは父が菜々子さんを認めたってことです。僕にとって、大きな一歩でした。母は、このナスとピーマンを『これを食べて、二人で頑張りなさい』って」
 3.    20:30 究極のキーマと、家族の優しさ
 飯田は、赤面した顔を誤魔化すように、自分の皿にキーマカレーを盛り付け、一心不乱に頬張った。
 二宮は、そんな菜々子の様子を微笑ましく見つめながら、自分もキーマカレーを口に運んだ。
「美味しい! このキーマ、お母さんのナスとピーマンの甘みが、すごく優しい」
 二宮は、そのキーマカレーを一口食べて、目を見開いた。
「うまい! スパイシーなのに、夏野菜のゴロゴロした食感と、黄身の濃厚さが、疲れた体に染み渡る……」
 飯田は、ヨーグルトのラッシーを二宮に差し出した。
「そう。この優しさが、お母さんの承認よ。そして、面接で全てを出し切るためには、最後にもう一押し、物理的な証拠が必要ね」
 二宮は、カレーを食べ終えた皿を片付けながら、その言葉を受けて、強い決意の眼差しを菜々子に向けた。
「そうですね。僕も、そう思っていました。言葉は流れるけど、覚悟は形に残さないと」
 二宮は、自分の覚悟をさらに強固にするため、自ら提案した。
「菜々子さん。父に宛てて、僕の決意を手紙で書きます。俺が菜々子さんの隣に立つ資格を得るため、そして家族の不安を消すための『人生の契約書』です。それを面接に持って行ってもいいでしょうか」
 飯田は、彼の主体的な提案に、目を大きく見開いた。そして、すぐに主任の顔に戻り、力強く頷いた。
「ええ、いいわ。それがあなたの面接の、最高の武器になる。手紙……それが、あなたの覚悟の証明よ。さあ、最高のエネルギーをチャージしたわ。面接まで、私と二人三脚で、絶対勝ち取るわよ」
 二宮は、飯田の料理というエネルギーと、彼女のマネジメントという知恵によって、家族とのわだかまりと面接への不安という二つの壁を乗り越えるための、最後の決定的な一歩を踏み出したのだった。