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第10話:赤ワインが誘う背徳の週末(ミートソースパスタ)

ー/ー



 1. 14:00 週末の芳醇な誘惑(飯田 菜々子・27歳)


 土曜の午後2時。飯田菜々子の部屋からは、普段の平日の夜には決して漂わない、芳醇で深い香りが換気扇を通じて流れ出していた。

 飯田は週末の贅沢として、一日がかりでミートソースを仕込んでいる。彼女の料理哲学である「手間暇をかけることこそ、最高のご褒美」を具現化したメニューだ。

 タマネギ、ニンジン、セロリを飴色になるまでじっくりと炒め、合挽き肉を加えて、赤ワインをドバっと注ぐ。

「ふふ、これでポチの理性が、今夜は完全に崩壊するわ」

 彼女は誰に聞かせるでもなく、小さく笑った。赤ワインの渋みと、煮詰まった香味野菜の甘さが混ざり合った香りが、アパート全体を包み込む。

 そして、彼女は自家製のトマトピューレを入れ、さらにインスタントコーヒーの粉を少量、隠し味として加えた。これがソースに深いコクと苦味を与え、ジャンクフードとは思えない「大人」の味になるのだ。



 2. 15:00 忠犬の苦悩(二宮 颯太・25歳)



 二宮颯太は、自分の部屋で次の舞台の台本を読んでいたが、全く集中できていなかった。

(くそっ……! まるで、高級なレストランの厨房にいるようだ……)

 土曜の午後に赤ワインの香りがするミートソースを煮込む隣人など、世の中にいるはずがない。彼の週末のトレーニングスケジュールは、この「芳醇な香りテロ」によって完全に崩壊の危機に瀕していた。

 彼は我慢できず、立ち上がって換気扇のある壁を叩きそうになるが、理性が止める。彼は飯田の忠犬(ポチ)であることを受け入れた今、能動的に餌をねだるなど、自己管理に対する敗北を意味した。

 彼は冷たい水を一気に飲み干し、自室の窓を閉めた。しかし、窓を閉めても、換気扇を通ってきた香りは壁の薄いアパートの隙間から、容赦なく彼の鼻腔を刺激し続けた。



 3. 20:00 ギリギリのご褒美(飯田 菜々子・27歳)



 夕食時。飯田は、ミートソースの最終仕上げに入っていた。ソースは完全に煮詰まり、トロトロと濃厚な深紅の輝きを放っている。横では、パンの耳をカリッと揚げてガーリックオイルを塗った、背徳感満載の付け合わせも準備万端だ。

 飯田が茹でたてのパスタをソースと絡め、自分の皿に盛り付けていると、ドアのノック音が響いた。

「ノック!? ポチ、ついに自力でノックを覚えたのね!」

 飯田は慌てて手を拭き、ドアを開ける。

 そこに立っていた二宮は、いつものトレーニングウェアではなく、少しばかりきちんとしたTシャツ姿だった。その表情は、極度の空腹と、自分の理性への敗北を認めた羞恥心で、青白くなっていた。

「い、飯田さん。その、大変申し上げにくいのですが……今日の、その、煮詰める作業で出た、残りのパスタの茹で汁のような、カロリーのないものを……」

 彼は精一杯のストイックな言葉で、食べ物をねだっていた。

 飯田は、彼の様子を見て笑いをこらえきれなかった。

「ふふ、さすがポチ。よくわかっているわね。でも、茹で汁はさすがに飲ませないわよ」

 飯田は、鍋からソースを絡めていない、茹でただけのパスタ麺を少々、そしてガーリックトーストのパンの耳を小さくカットしたものを、小さな皿に盛り付けて差し出した。

「ほら、これは茹でただけのパスタ麺よ。カロリーは単なる炭水化物だから、筋トレで消費できるわ」

「あと、こっちはパンの耳。カリカリで美味しいわよ。炭水化物と脂質。はい、これもトレーニングで消費できる範囲内。さあ、食べて」

 飯田は、自分の制約を理解し、そのギリギリの範囲内で最大限のご褒美を提供してきたのだ。

 二宮は、その皿を両手で受け取った。湯気だけが残る、タレのない茹でパスタと、パンの耳。しかし、皿からは微かにミートソースの芳醇な香りが移っている。

 彼は、パンの耳を口に入れた。

「……ッ!」

 カリッとしたパンの耳の食感と、微かに感じるガーリックオイルの風味、そして隣の部屋で煮込まれているソースの香りが、彼の舌の上で最高のミートソースを疑似体験させた。

「……最高、です。飯田さん」

 彼の目には、感謝と、諦めにも似た愛情が宿っていた。

 飯田は、二宮が茹でパスタをすすり始めたのを確認し、目の前で自分のミートソースパスタを食べ始めた。

 一口食べると、彼女は静かに目を細めて小さく頷く。そして、頬を抑えながら、恍惚とした表情で囁いた。

「んんん! やっぱり、赤ワインとコーヒーのコクは正義ね! こんなの、我慢できるわけないでしょう?」

 二宮は、茹でパスタを食べる手が止まり、じっと彼女の皿を見つめていた。彼の瞳は、濃厚なソースの赤色を映し、揺れている。

「あら、ポチ。茹でパスタだけじゃ、物足りなかった?」

 飯田は、意地悪な笑みを浮かべると、フォークでミートソースパスタをクルクルと巻き、一口分を彼の口元へと差し出した。

「ほら、一口だけ。あ~ん、して。これもカロリーは、トレーニングで消費できるわ」

 二宮は、一瞬息を呑み、羞恥心と本能の限界に達したのを感じた。

「じ、じ、自分で……」

 二宮が言いかけるが、飯田は「ん?」と小首を傾げ、フォークをさらに一歩、彼の口元へと近づけた。その顔が異常に接近する。

 彼の目の前には、パスタを絡めたフォークと、ミートソースの赤色を映す飯田の涼しげな瞳だけがあった。

 彼は抗うことができなかった。羞恥心は、赤ワインとコーヒーの芳醇な香りの前では、無力だった。彼は、フォークごとミートソースパスタを口に入れた。

 赤ワインとトマト、コーヒーの深いコクと、ひき肉の旨味が爆発する。それは、彼が今までに食べたことのない、「大人」の背徳的な味だった。

 二宮は、感激のあまり言葉を失い、小さく俯いてしまった。

 飯田は、二宮のその反応に、胸の奥がキュンと締め付けられるのを感じた。

(あぁ、もう。こんなにストイックで可愛い子犬を、これ以上、どうしたらいいのよ……)

 彼女の心の中で、「飯テロの遊び」は、完全に「愛情表現」へと変化していた。



 4. 21:00 自室での悶絶



 二宮が自分の部屋に戻ってから三十分後。彼の部屋からは、発声練習の音も、筋トレの音も聞こえてこなかった。

 彼は、ベッドにうつ伏せになり、顔を毛布に埋めていた。

(くそっ……! くそっ……!!)

 口の中に残る、赤ワインの深い風味とミートソースの背徳的な余韻が彼を苛む。そして、それ以上に彼を苦しめていたのは、飯田の涼しげな微笑みと、顔が異常に接近した時の熱だった。

「あ~ん、して」

 その言葉が脳内で無限ループする。それは、単なる「一口のパスタ」ではなかった。それは、飯田の「私はあなたの全てを知っているわ」という支配的な愛情であり、彼にとって抗うことのできない、「恋」の味だった。

 彼は自身の理性の崩壊と、初めて受け入れた恋人らしい仕草の羞恥心で、朝まで悶絶し続けることになった。




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 1. 14:00 週末の芳醇な誘惑(飯田 菜々子・27歳)
 土曜の午後2時。飯田菜々子の部屋からは、普段の平日の夜には決して漂わない、芳醇で深い香りが換気扇を通じて流れ出していた。
 飯田は週末の贅沢として、一日がかりでミートソースを仕込んでいる。彼女の料理哲学である「手間暇をかけることこそ、最高のご褒美」を具現化したメニューだ。
 タマネギ、ニンジン、セロリを飴色になるまでじっくりと炒め、合挽き肉を加えて、赤ワインをドバっと注ぐ。
「ふふ、これでポチの理性が、今夜は完全に崩壊するわ」
 彼女は誰に聞かせるでもなく、小さく笑った。赤ワインの渋みと、煮詰まった香味野菜の甘さが混ざり合った香りが、アパート全体を包み込む。
 そして、彼女は自家製のトマトピューレを入れ、さらにインスタントコーヒーの粉を少量、隠し味として加えた。これがソースに深いコクと苦味を与え、ジャンクフードとは思えない「大人」の味になるのだ。
 2. 15:00 忠犬の苦悩(二宮 颯太・25歳)
 二宮颯太は、自分の部屋で次の舞台の台本を読んでいたが、全く集中できていなかった。
(くそっ……! まるで、高級なレストランの厨房にいるようだ……)
 土曜の午後に赤ワインの香りがするミートソースを煮込む隣人など、世の中にいるはずがない。彼の週末のトレーニングスケジュールは、この「芳醇な香りテロ」によって完全に崩壊の危機に瀕していた。
 彼は我慢できず、立ち上がって換気扇のある壁を叩きそうになるが、理性が止める。彼は飯田の忠犬(ポチ)であることを受け入れた今、能動的に餌をねだるなど、自己管理に対する敗北を意味した。
 彼は冷たい水を一気に飲み干し、自室の窓を閉めた。しかし、窓を閉めても、換気扇を通ってきた香りは壁の薄いアパートの隙間から、容赦なく彼の鼻腔を刺激し続けた。
 3. 20:00 ギリギリのご褒美(飯田 菜々子・27歳)
 夕食時。飯田は、ミートソースの最終仕上げに入っていた。ソースは完全に煮詰まり、トロトロと濃厚な深紅の輝きを放っている。横では、パンの耳をカリッと揚げてガーリックオイルを塗った、背徳感満載の付け合わせも準備万端だ。
 飯田が茹でたてのパスタをソースと絡め、自分の皿に盛り付けていると、ドアのノック音が響いた。
「ノック!? ポチ、ついに自力でノックを覚えたのね!」
 飯田は慌てて手を拭き、ドアを開ける。
 そこに立っていた二宮は、いつものトレーニングウェアではなく、少しばかりきちんとしたTシャツ姿だった。その表情は、極度の空腹と、自分の理性への敗北を認めた羞恥心で、青白くなっていた。
「い、飯田さん。その、大変申し上げにくいのですが……今日の、その、煮詰める作業で出た、残りのパスタの茹で汁のような、カロリーのないものを……」
 彼は精一杯のストイックな言葉で、食べ物をねだっていた。
 飯田は、彼の様子を見て笑いをこらえきれなかった。
「ふふ、さすがポチ。よくわかっているわね。でも、茹で汁はさすがに飲ませないわよ」
 飯田は、鍋からソースを絡めていない、茹でただけのパスタ麺を少々、そしてガーリックトーストのパンの耳を小さくカットしたものを、小さな皿に盛り付けて差し出した。
「ほら、これは茹でただけのパスタ麺よ。カロリーは単なる炭水化物だから、筋トレで消費できるわ」
「あと、こっちはパンの耳。カリカリで美味しいわよ。炭水化物と脂質。はい、これもトレーニングで消費できる範囲内。さあ、食べて」
 飯田は、自分の制約を理解し、そのギリギリの範囲内で最大限のご褒美を提供してきたのだ。
 二宮は、その皿を両手で受け取った。湯気だけが残る、タレのない茹でパスタと、パンの耳。しかし、皿からは微かにミートソースの芳醇な香りが移っている。
 彼は、パンの耳を口に入れた。
「……ッ!」
 カリッとしたパンの耳の食感と、微かに感じるガーリックオイルの風味、そして隣の部屋で煮込まれているソースの香りが、彼の舌の上で最高のミートソースを疑似体験させた。
「……最高、です。飯田さん」
 彼の目には、感謝と、諦めにも似た愛情が宿っていた。
 飯田は、二宮が茹でパスタをすすり始めたのを確認し、目の前で自分のミートソースパスタを食べ始めた。
 一口食べると、彼女は静かに目を細めて小さく頷く。そして、頬を抑えながら、恍惚とした表情で囁いた。
「んんん! やっぱり、赤ワインとコーヒーのコクは正義ね! こんなの、我慢できるわけないでしょう?」
 二宮は、茹でパスタを食べる手が止まり、じっと彼女の皿を見つめていた。彼の瞳は、濃厚なソースの赤色を映し、揺れている。
「あら、ポチ。茹でパスタだけじゃ、物足りなかった?」
 飯田は、意地悪な笑みを浮かべると、フォークでミートソースパスタをクルクルと巻き、一口分を彼の口元へと差し出した。
「ほら、一口だけ。あ~ん、して。これもカロリーは、トレーニングで消費できるわ」
 二宮は、一瞬息を呑み、羞恥心と本能の限界に達したのを感じた。
「じ、じ、自分で……」
 二宮が言いかけるが、飯田は「ん?」と小首を傾げ、フォークをさらに一歩、彼の口元へと近づけた。その顔が異常に接近する。
 彼の目の前には、パスタを絡めたフォークと、ミートソースの赤色を映す飯田の涼しげな瞳だけがあった。
 彼は抗うことができなかった。羞恥心は、赤ワインとコーヒーの芳醇な香りの前では、無力だった。彼は、フォークごとミートソースパスタを口に入れた。
 赤ワインとトマト、コーヒーの深いコクと、ひき肉の旨味が爆発する。それは、彼が今までに食べたことのない、「大人」の背徳的な味だった。
 二宮は、感激のあまり言葉を失い、小さく俯いてしまった。
 飯田は、二宮のその反応に、胸の奥がキュンと締め付けられるのを感じた。
(あぁ、もう。こんなにストイックで可愛い子犬を、これ以上、どうしたらいいのよ……)
 彼女の心の中で、「飯テロの遊び」は、完全に「愛情表現」へと変化していた。
 4. 21:00 自室での悶絶
 二宮が自分の部屋に戻ってから三十分後。彼の部屋からは、発声練習の音も、筋トレの音も聞こえてこなかった。
 彼は、ベッドにうつ伏せになり、顔を毛布に埋めていた。
(くそっ……! くそっ……!!)
 口の中に残る、赤ワインの深い風味とミートソースの背徳的な余韻が彼を苛む。そして、それ以上に彼を苦しめていたのは、飯田の涼しげな微笑みと、顔が異常に接近した時の熱だった。
「あ~ん、して」
 その言葉が脳内で無限ループする。それは、単なる「一口のパスタ」ではなかった。それは、飯田の「私はあなたの全てを知っているわ」という支配的な愛情であり、彼にとって抗うことのできない、「恋」の味だった。
 彼は自身の理性の崩壊と、初めて受け入れた恋人らしい仕草の羞恥心で、朝まで悶絶し続けることになった。