藤城皐月は自分が
入屋千智のことを持ち出されて嫌な気持ちになったのと同じで、
及川祐希も恋人の
蓮のことを言われたのが気に入らなかったのかもしれないと思った。
慎重に言葉を選ばなければいけない状況だった。それなのに、皐月は祐希の挑発的な態度に振り回され、冷静さを失い、言い方を間違えてしまった。
「レストランって、高校生と小学生が行っても大丈夫かな? 今日行った店って、そんな雰囲気じゃなかったけど」
「メイクしたら私だって大人に見えるよ。皐月だっていい服を着て澄ましていれば、高校生くらいには見えるだろうし」
「俺が高校生? さすがにそれは無理でしょ? せいぜい中学生だって」
「今時の中学生は髪なんか染めないから」
一緒に食事に行くことを前提で話をすると、祐希の機嫌が直ってきたように思えた。だが、皐月にはまだ変な感じがする。
「でも二人で行くのはなんだか気が引けるな。頼子さんやママに悪いや」
「二人がお座敷に出る日ならいいでしょ。お母さんには私から話しておくから」
「そう? ならいいけど」
祐希が再び楽しそうにスマホを見始めた。皐月が部屋に戻ろうとすると、祐希がまた声をかけてきた。
「皐月の食べたディナーってこれ?」
皐月は布団の上に座っている祐希の隣へ体を寄せて、小さなスマホの画面を覗き込んだ。祐希がしたように、皐月も祐希の頬に顔を近づけた。
「そう、これ」
「本当に美味しそうだね」
「うん。美味しかった。俺と明日美は違うセットを頼んだから、二人でシェアして食べたよ。明日美の頼んだエビのカレーとか、生春巻きも美味しかった」
「へぇ〜、シェアか……。ねえ、私たちもシェアしようか?」
「そうだね。その方が色々なものを食べられるね」
祐希の機嫌は完全に直ったと思った。気が楽になったので、皐月が自分の部屋に戻ろうとすると、祐希はまた腕を掴んだ。
「明日美さんとのデート、楽しかった?」
「あぁ……まあ楽しかったけど、あれはデートじゃないよ」
「デートだよ。夜、食事をして、その後ドライブして……。そういうのはデートっていうの!」
「知らねえよ、そんなの」
皐月は祐希の手を振りほどいた。こんなことをうっかり認めてしまうわけにはいかない。下手に嘘を重ねると、後々面倒なことになりそうだ。
「私の通ってる高校ではね、18歳の誕生日が来たら免許を取る子って結構いるんだよ。
美紅も免許持ってるし。だからドライブデートする子って多いんだよ」
「じゃあ、祐希の彼氏の蓮って人も車に乗るの?」
「蓮君はまだ誕生日が来ていないから乗れない。冬休みと3学期に取るって言ってる」
「車に乗れるようになったら、デートし放題じゃん。よかったね」
「ふふふ。今から楽しみ」
皐月は自分から蓮の話を持ち掛け、知りたくもない情報を聞いてしまった。自分で勝手に不快になり、バカみたいだ。
「祐希の高校って、高校生なのに車に乗ってもいいんだ」
「校則ではダメだよ。でも免許は取ってもいいの。法律で認められているからね。ウチの学校は規則が緩いっていうか、田舎にある土地柄なのか、問題を起こさなければ黙認されているって感じ。車に乗れたら親の手伝いができるようになるからね」
「祐希の誕生日って7月だったよね? だったら夏休み中に免許取っちゃえば良かったじゃん」
「そうなんだけどさ……免許って取るのにすっごくお金がかかるから、お母さんに言い出せなかったんだよね。ちょうど家がごたごたしていた頃だったし」
「そうだったんだね……」
祐希との会話には地雷がたくさん埋まっている。気をつけて話をしなければならない。
「免許取ってたら、皐月のことドライブに連れてってあげられたのにね」
「いいよ、俺は。そういうのは蓮っていう奴と行けよ」
「なによ、人がせっかく連れてってあげるって言ってるのに」
「俺とドライブデートなんてしてもいいのか? 彼氏に悪いだろ? それに千智にだって悪いじゃん」
皐月は微かに感じた違和感がわかったような気がした。もう少し確認してみたくなった。
「まあ、黙っていればわからないか」
祐希が嬉しそうな顔をした。わかりやすいなと思った。皐月は自分の予想が正しかったことを確信したが、それは決して喜ぶべきことではない。
頼子が階段を上る足音が聞こえてきた。皐月は祐希に何も言わず、自分の部屋のベッドに腰を掛けた。頼子が廊下を歩いて祐希の部屋の前まで来て、襖の前で止まった。障子はまだ開いていない。
「祐希、私これから小百合とちょっと飲もうと思っているから、おやすみって言っておくね」
祐希が障子を開けた。皐月は自分の部屋のベッドの上にいたので、変に怪しまれることもないと思った。
「おやすみなさい」「おやすみなさい」
「皐月ちゃんもおやすみ」
頼子が手を振って障子を閉めた。それに合わせて皐月も祐希の部屋を隔てる襖を閉めようと思った。
「じゃあ、俺も寝るね。おやすみ」
「……おやすみ」
祐希が物足りなさそうな顔をしていた。皐月は祐希の気持ちに気づかないふりをしてピシャリと襖を閉めた。これからたまったメッセージの返信をすることで気持ちのバランスを取り戻そうと思った。