及川祐希は親の離婚と引っ越しで人生が変わってしまった。今の生活は不満でしかないのだろう、と
藤城皐月は祐希のことを気の毒に思っている。祐希がこの先どうしたいのか気になるが、皐月はそのことを祐希に聞くことができない。
「ドライブはどこに行ってきたの?」
根掘り葉掘り聞いてくる祐希に、皐月はまるで監視されているような感覚になった。学校にいる時もそうだが、女子から尋問を受けるのはいつまでたっても慣れない。
祐希が自分の行動を知りたがるのは、
入屋千智に事細かに報告するためじゃないかと、警戒を強めざるを得ない。
「よくわかんない。暗い田舎道を走ってただけだから。それに夜の道って知っている道でも、昼に見るのと全然景色が違うから地理感覚がバグる」
皐月は明日美の家にいたことを隠しておきたいから嘘をついた。最近、皐月は嘘ばかりついている。
「夜のドライブって、大人のデートって感じがして憧れるな……。皐月の方が私よりも早く大人の経験をしてるよね」
「何言ってんの。大人の経験なんてしてねえよ」
今の祐希の言葉に皐月は含みがあるように感じ、祐希との会話をさっさと切り上げたくなった。祐希のことが少しウザくなってきたし、嘘を重ねなければならないのも嫌だ。
胡坐を崩し、部屋に戻ろうとすると、祐希は皐月の腕を取った。
「ねえ、今日行ったレストランの場所を教えて」
祐希は笑顔で話しかけてきたが、少し攻撃的な感じがした。
「……いいよ。スマホでマップを開いて」
皐月は自分のスマホを見られたくなかったので、祐希のスマホでマップを起ち上げてもらった。そうすれば祐希のスマホに検索履歴が残るので、適当なことを言って逃げても大丈夫だと考えた。
『スヴァーハー』で検索し、タップして確認した。自転車での経路を算出させると、およそ15分で行けることがわかった。店が
佐奈川より手前にあることがわかり、案外近いことを知った。
皐月は祐希も一緒に見ているのを忘れて、画面をピンチアウトして経路と自分の記憶を照らし合わせることに夢中になっていた。祐希が頬を寄せてきて、温かい吐息を感じた。
「祐希、顔が近い」
「なによ、そんな嫌そうな言い方しなくてもいいでしょ?」
「別に嫌じゃないけどさ……」
嫌ではなく、むしろ興奮しそうになった。皐月はただ、明日美のことを思って祐希に変な気を起こしたくないだけだ。
祐希の吐息は明日美と似ていて、甘い香りがする。皐月は体の反応を抑えられなかった。明日美の家では明日美の健康状態に配慮していたので、皐月は身も心も不完全燃焼だった。
「ごめん。ちょっと夢中になっちゃった。後で自分のスマホで調べるから、これ祐希に返すよ」
皐月がスマホを返そうとすると、祐希は皐月の手を取って、元の位置に戻して顔を寄せてきた。
「写真も見たいな」
祐希は皐月の手を取ったまま、スマホを操作し始めた。皐月の手はスマホと祐希の手でサンドイッチにされているので、引き抜こうにも抜けない。
「お店の中って、こんな風になってるんだ。素敵だね。皐月はさっきまで、ここにいたんだね。わぁ〜、カレーも美味しそう! いいな〜。お弁当じゃなくて、この店でカレーを食べてみたいな〜」
皐月には祐希がわざとはしゃいでいるように見えた。少し体を引いて祐希を見ると、祐希も皐月を見た。顔が近すぎて、しようと思えば簡単にキスができる。
「どうしたの? 祐希、なんか変」
「別に変じゃないよ。なんでそんなこと言うの?」
祐希が皐月の手からスマホを引き剥した。皐月は自分が変になりそうだったのを、祐希のことにすり替えていた。怒られても仕方がないと思った。
「だって……このインド料理の店って彼氏を連れて行けるところじゃないよ? 駅から遠いじゃん」
「別に蓮君と一緒に行きたいから見てたわけじゃない。ただ単に興味があっただけ。悪い?」
「悪くないけどさ……ごめん。変とか言っちゃって」
「いいよ、もう。……そのお店って自転車で15分くらいで行けるんだよね。それなら皐月に連れて行ってもらえるかなって思ったのに……。せっかくインドのカレーを食べるなら、スーパーで買うお弁当よりもレストランで食べたいなって思っただけ」
祐希の機嫌が悪くなったのは、レストランに連れていかないで弁当で済ませようとしたことかもしれないと皐月は考えた。それなら写真を見て喜んでいたのも辻褄が合う。