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291 ファッションショー

ー/ー



 門限に間に合うギリギリの時刻に藤城皐月(ふじしろさつき)明日美(あすみ)の部屋を後にした。外に出ると空気が澄んでいた。月と街灯に照らされながら歩道を歩いていると、今別れたばかりの明日美のことばかり思い出す。
 視線の先のスクランブル交差点はアーケードの明かりで歩道だけが明るく浮いていた。振り返って明日美のマンションを見ると、夜の底に輝きながらそびえ立っていた。
 皐月はスマホを取り出して写真を撮った。HDRで撮影された明日美の住むマンションはまるで夢の城のように見えた。
 明るいアーケードの下を歩き、暗く細い路地裏に入ると、焼肉屋の『五十鈴川(いすずがわ)』の看板が煌々と光を放っていた。換気扇から肉を焼くいい匂いがした。皐月はいつか、明日美と焼肉を食べに行ってみたいと思った。
 街燈もない暗い路地に小百合(さゆり)寮の行燈(あんどん)が淡く光っていた。スマホの時計で門限の9時に間に合っているのを確認し、玄関の鍵を開けた。

 家の中に入ると、玄関と取次の間を仕切る硝子戸が開け放たれていた。居間には及川頼子(おいかわよりこ)祐希(ゆうき)の親子が音楽の映像を流したまま談笑していた。祐希はちょうど風呂上がりだったようだ。
「ただいま」
「おかえり」「おかえり」
 味も素気もない挨拶だが、これがかえって家族らしくて皐月は気に入り始めていた。
「皐月ちゃん、どんな服を買って来たの?」
 頼子(よりこ)が席を立ち、皐月の方へ歩いて寄って来た。
「ちょっと待って。見せるから」
 皐月は玄関を上がった所にある楽器置場の部屋から明るい居間まで移動し、『コンパル』の紙袋から服を取り出した。まずは白のクルーネックニットを身体に当てて見せ、次に黒のテーパードパンツを腰に当てて見せた。頼子がトップスを皐月の身体に当てて、皐月の上下揃った姿を祐希に見せた。
「格好いいじゃない。こういうのが明日美さんの趣味なんだね」
 祐希が明日美のことを名指しで言うのを、皐月はこの時初めて聞いた。
「そうらしいね。白と黒のモノトーンのシンプルな組み合わせのコーデが好きみたい」
「皐月ちゃん、ちょっと着て見せてくれない?」
 頼子からリクエストが出た。皐月はこういう遠慮のなさを嬉しいと思えるようになった。
「じゃあ、ママの部屋で着替えてくる。今着ている服は洗濯かごに入れておくね」

 皐月は小百合の部屋に入り、照明をつけて襖を閉めた。風呂に入る前に新しい服を着たら汚れやしないかと気になったが、とりあえず着替えてみた。姿見で全身を見ると、中性的なデザインがなかなかいい感じだ。
(俺って結構カッコいいかも)
 いい気分になったところで、襖を開けて頼子と祐希に披露した。
「どう?」
「あら! 皐月ちゃん、格好良くなったね。アイドルみたい」
「へへへっ、ありがとう」
 想像以上に頼子に褒められ、顔がニヤついてしまった。
「これなら千智ちゃんとデートしても恥ずかしくないね」
 祐希に入屋千智(いりやちさと)の名を言われ、皐月は急に現実に引き戻された。自分が今置かれている複雑な恋模様を思うと、気持ちが重くなってくる。明日美に買ってもらった服を着て、千智と会うわけにはいかない。
「まあ、似合っているみたいでよかった。でも、こんな服着て学校に行けるかな……」
「いいじゃない。お洒落して学校に行けば」
「でもさ……俺ってそういうキャラじゃないし」
 頼子はあまり細かいことを気にしない性格のようだ。だが皐月は自分がどういう風に人から見られているのかを気にする性格だ。今までおしゃれな服を着て学校に行ったことがなかったので、急にキャラ変することに抵抗がある。
「修学旅行でクラスの女の子に聞いてみれば? その服で学校に行って、千智ちゃんに見せてあげるといいよ」
 祐希はやたらと千智のことを引き合いに出す。現実的な意見を言った祐希に感心したのに、その直後に千智のことを持ち出されるとあまりいい気がしない。

 三人で話をしていると、玄関の前が赤く光った。家の前に車が止まったようだ。呼び鈴が鳴ったので、玄関まで出た皐月が鍵を開けた。
 母の小百合(さゆり)がお座敷を終えて帰ってきた。皐月と小百合は玄関先でタクシーを見送り、皐月は和服姿の母を家に迎え入れた。
「ただいま」
「おかえり」
 皐月が起きている間に小百合が帰宅した時は、皐月が三味線や鼓を取次の間の楽器置場に仕舞う。これはこの家に住むようになってから皐月が自分で考えた小百合寮の習わしだ。
「それって、今日買った服?」
「そうだよ。似合ってる?」
「いいねぇ。やっぱり明日美は私じゃ考えもしない服を選ぶわね。良かった。ところでその服、随分高そうだけどお金足りたの?」
「ちょっとオーバーしちゃった。夕食も御馳走になった」
「そう……。明日美には悪いことしちゃったわね」
 皐月はお金のことで小百合に怒られるものだと思っていた。だが小百合はこうなることを予想していたのか、特に怒ることもなかった。
「あんた、その服に合う靴はあるの? 家にある靴じゃバランスがおかしいでしょ」
「あぁ……確かにそうかも」
 三和土(たたき)に出ているのは外遊びで汚れたスニーカーだ。今まで通学ファッションに気を使ってこなかったせいか、皐月は運動のしやすい靴しか持っていない。持っている靴は私服に合わせた子供っぽいものと、小学校の体操服に合わせたものの2足だけだ。
(みちる)と買い物に行く前に、新しい靴を買っておきなさいよ。服を買うときは靴に合うかどうかを考えるようにね」
 修学旅行の初日の京都観光では10キロ以上歩くことになる。足に負担のかからない靴を用意しなければならない。用途を考えれば手持ちの靴で事足りるが、明日美に買ってもらった服に合わせるとなると、黒っぽい靴が必要だ。



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 門限に間に合うギリギリの時刻に|藤城皐月《ふじしろさつき》は|明日美《あすみ》の部屋を後にした。外に出ると空気が澄んでいた。月と街灯に照らされながら歩道を歩いていると、今別れたばかりの明日美のことばかり思い出す。
 視線の先のスクランブル交差点はアーケードの明かりで歩道だけが明るく浮いていた。振り返って明日美のマンションを見ると、夜の底に輝きながらそびえ立っていた。
 皐月はスマホを取り出して写真を撮った。HDRで撮影された明日美の住むマンションはまるで夢の城のように見えた。
 明るいアーケードの下を歩き、暗く細い路地裏に入ると、焼肉屋の『|五十鈴川《いすずがわ》』の看板が煌々と光を放っていた。換気扇から肉を焼くいい匂いがした。皐月はいつか、明日美と焼肉を食べに行ってみたいと思った。
 街燈もない暗い路地に|小百合《さゆり》寮の|行燈《あんどん》が淡く光っていた。スマホの時計で門限の9時に間に合っているのを確認し、玄関の鍵を開けた。
 家の中に入ると、玄関と取次の間を仕切る硝子戸が開け放たれていた。居間には|及川頼子《おいかわよりこ》と|祐希《ゆうき》の親子が音楽の映像を流したまま談笑していた。祐希はちょうど風呂上がりだったようだ。
「ただいま」
「おかえり」「おかえり」
 味も素気もない挨拶だが、これがかえって家族らしくて皐月は気に入り始めていた。
「皐月ちゃん、どんな服を買って来たの?」
 |頼子《よりこ》が席を立ち、皐月の方へ歩いて寄って来た。
「ちょっと待って。見せるから」
 皐月は玄関を上がった所にある楽器置場の部屋から明るい居間まで移動し、『コンパル』の紙袋から服を取り出した。まずは白のクルーネックニットを身体に当てて見せ、次に黒のテーパードパンツを腰に当てて見せた。頼子がトップスを皐月の身体に当てて、皐月の上下揃った姿を祐希に見せた。
「格好いいじゃない。こういうのが明日美さんの趣味なんだね」
 祐希が明日美のことを名指しで言うのを、皐月はこの時初めて聞いた。
「そうらしいね。白と黒のモノトーンのシンプルな組み合わせのコーデが好きみたい」
「皐月ちゃん、ちょっと着て見せてくれない?」
 頼子からリクエストが出た。皐月はこういう遠慮のなさを嬉しいと思えるようになった。
「じゃあ、ママの部屋で着替えてくる。今着ている服は洗濯かごに入れておくね」
 皐月は小百合の部屋に入り、照明をつけて襖を閉めた。風呂に入る前に新しい服を着たら汚れやしないかと気になったが、とりあえず着替えてみた。姿見で全身を見ると、中性的なデザインがなかなかいい感じだ。
(俺って結構カッコいいかも)
 いい気分になったところで、襖を開けて頼子と祐希に披露した。
「どう?」
「あら! 皐月ちゃん、格好良くなったね。アイドルみたい」
「へへへっ、ありがとう」
 想像以上に頼子に褒められ、顔がニヤついてしまった。
「これなら千智ちゃんとデートしても恥ずかしくないね」
 祐希に|入屋千智《いりやちさと》の名を言われ、皐月は急に現実に引き戻された。自分が今置かれている複雑な恋模様を思うと、気持ちが重くなってくる。明日美に買ってもらった服を着て、千智と会うわけにはいかない。
「まあ、似合っているみたいでよかった。でも、こんな服着て学校に行けるかな……」
「いいじゃない。お洒落して学校に行けば」
「でもさ……俺ってそういうキャラじゃないし」
 頼子はあまり細かいことを気にしない性格のようだ。だが皐月は自分がどういう風に人から見られているのかを気にする性格だ。今までおしゃれな服を着て学校に行ったことがなかったので、急にキャラ変することに抵抗がある。
「修学旅行でクラスの女の子に聞いてみれば? その服で学校に行って、千智ちゃんに見せてあげるといいよ」
 祐希はやたらと千智のことを引き合いに出す。現実的な意見を言った祐希に感心したのに、その直後に千智のことを持ち出されるとあまりいい気がしない。
 三人で話をしていると、玄関の前が赤く光った。家の前に車が止まったようだ。呼び鈴が鳴ったので、玄関まで出た皐月が鍵を開けた。
 母の|小百合《さゆり》がお座敷を終えて帰ってきた。皐月と小百合は玄関先でタクシーを見送り、皐月は和服姿の母を家に迎え入れた。
「ただいま」
「おかえり」
 皐月が起きている間に小百合が帰宅した時は、皐月が三味線や鼓を取次の間の楽器置場に仕舞う。これはこの家に住むようになってから皐月が自分で考えた小百合寮の習わしだ。
「それって、今日買った服?」
「そうだよ。似合ってる?」
「いいねぇ。やっぱり明日美は私じゃ考えもしない服を選ぶわね。良かった。ところでその服、随分高そうだけどお金足りたの?」
「ちょっとオーバーしちゃった。夕食も御馳走になった」
「そう……。明日美には悪いことしちゃったわね」
 皐月はお金のことで小百合に怒られるものだと思っていた。だが小百合はこうなることを予想していたのか、特に怒ることもなかった。
「あんた、その服に合う靴はあるの? 家にある靴じゃバランスがおかしいでしょ」
「あぁ……確かにそうかも」
 |三和土《たたき》に出ているのは外遊びで汚れたスニーカーだ。今まで通学ファッションに気を使ってこなかったせいか、皐月は運動のしやすい靴しか持っていない。持っている靴は私服に合わせた子供っぽいものと、小学校の体操服に合わせたものの2足だけだ。
「|満《みちる》と買い物に行く前に、新しい靴を買っておきなさいよ。服を買うときは靴に合うかどうかを考えるようにね」
 修学旅行の初日の京都観光では10キロ以上歩くことになる。足に負担のかからない靴を用意しなければならない。用途を考えれば手持ちの靴で事足りるが、明日美に買ってもらった服に合わせるとなると、黒っぽい靴が必要だ。