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第56話 漆黒の陽動

ー/ー



 森の中へと入ったバタフィー王子たち王国軍。
 その進軍のさなかだった。

「うん? あれは……」

 遠くに何かを見つけたようだ。

「ギギ……」

「あれは、俺をこんな風にしやがったアリじゃねえか。くそっ、行くぞ!」

「ちょっと、ホッパー?!」

「ホッパー様、待って下さい。いくらなんでも怪しすぎます!」

 スチールアントを見つけたホッパーが、恨みのあまりに暴走を始めたのだ。
 ビーとディックが止めようとするも、傭兵たちの一部を率いてホッパーが森の中を走り始めていた。

「あちゃあ……、完全に我を見失ってますよ、あれは」

「放っておきましょう。嫌な予感がするわ」

「ですな。ホッパー様には悪いですけど、自分たちの命が惜しいですからね」

 ホッパーの暴走に置いていかれたビーとディックは、王国軍から離れず、そのまま残ることにしたようだ。

「どうした」

 騒ぎに気が付いたバタフィー王子がビーたちに問いかけてくる。

「すみません、殿下。ホッパー様がスチールアントを見つけて、傭兵たちを連れて追いかけていっちまったんですよ」

 バタフィー王子の確認に、ディックが正直に答えている。
 その話を聞いたバタフィー王子は、まったく顔色を変えずに慌てることもなかった。

「ふん。しょせん傭兵など信用していない。それよりも、お前たちの仲間だったというコークロッチヌス子爵邸のメイドの隠れ家の位置は、把握しているのか?」

「は、はい。一応私どもも把握しておりますので、案内は大丈夫ですよ、はい……」

 鋭く睨み付けるバタフィー王子に対して、震えながらディックは答えている。
 答えを聞いたバタフィー王子は二人を見た後、ホッパーたちが走り去っていった方向へと目をやる。

「……そうか、ならば捨て置こう。軍の規律を乱すやつは、最初から必要ない。ちょっとした自分勝手が、戦場では命取りになる。それはお前たち傭兵も心得ていることだろう?」

「は、はい。その通りでございますです」

「あたいも、命が惜しいからね。殿下についていきますよ」

「ならば、俺の命令に従っていることだな。魔族相手となれば、一兵たりとも欠くのは避けたいからな。軍規を乱すやつは最初から我が兵にあらずだ」

 バタフィー王子はくるりと振り向いて、先頭へと戻っていこうとする。ところが、すぐにぴたりと止まって二人に振り返ってくる。

「どうした、来ないのか? 誰が道案内をするというのだ」

「はっ! し、失礼致しました。では、僭越ながら私が案内しましょう」

 バタフィー王子に指摘され、慌ててディックが前へと向かうことになった。

「ビー姐さん、後ろは頼みますよ」

「任せておきな。あのバカとは違って、あたいは生き残ってやるんだからね」

 ホッパーについて行かなかった傭兵の二人は、イクセン王国軍の前後に分かれてそのまま同行することに決めたようだ。
 ちょっとした騒ぎはあったものの、バタフィー王子率いる王国軍は、そのまま国境の山脈にあるブラナのアジトへと向かって進んでいった。

 一方、スチールアントを見つけて王国軍から飛び出していったホッパーたちはというと……。

「待ちやがれ、くそが!」

 左半身をほぼ失った状態ながらも、ホッパーはものすごい速度でスチールアントを追いかけていっていた。

「ホッパーの兄貴、あれを見てくだせえ!」

「なんだ?!」

 ホッパーは目の前に、人影を見つける。
 その人影をよく見てみると、ホッパーは思わずにやついてしまう。

「へっ、こいつはついてるぜ。魔族のガキだ、てめえらっ!」

「おおーっ!」

 遠くに見えた人影を狙っている聖女を騙った魔族と認めたホッパーは、仲間に向かって呼び掛ける。
 仲間の傭兵たちも、思わず歓喜の声を上げてしまう。

「ひっ!」

 大きな叫び声を聞いた人影は、振り返って走り始める。
 まだ距離があるとはいえども、大人と子どもの足である。その差はだんだんと縮まっていく。

「慌てんじゃねえぞ、てめえら。あいつは魔族とはいっても、俺たちの攻撃を何度もしのいできた相手だ。機を狙うんだ」

「合点でさぁっ!」

 ホッパーの声に、手下の傭兵たちは声をあげる。
 追いかけながら、ホッパーは左腕に取り付けたボウガンのセットを行う。
 照準をつけながら追いかけているのだが、功を急ぐホッパーはその影の違和感に気が付かない。

「くたばりやがれ!」

 ある程度距離を詰めたところで、ホッパーが矢を放つ。
 人影に命中して、よしと思ったホッパーだったが、思わぬ事態が起きた。

「おん?」

 矢は確かに刺さっているというのに、影が止まらない。そのままどこかへと駆け続けている。

「なんだよ、あれ……。くそっ、魔族め!」

 すぐさま二発目をセットして放つ。今度もしっかり影に命中するものの、その足は止められなかった。一体何が起きているのだろうか。

(くそっ、何か幻に騙されている感じがするぜ……。なぜ、命中しているのに倒れないし止まらないんだよ)

 あまりの異常事態に、ホッパーは苛立ちを感じていた。

 やがて、ホッパーたちは森を抜ける。

「なんだ、こりゃ……」

 ホッパーたちの目の前に、すでに滅びた集落が姿を見せたのだ。
 思わぬ光景を目の当たりにして、ホッパーたちの動きは止まってしまう。

「はっ! さっきの人影はどこだ?」

 追いかけてきていたはずの人影もスチールアントも、その姿はどこにも見当たらない。
 不可解な事態に、ホッパーたちは一気に警戒を強める。

「まさか、誘い込まれたというのか? てめえら、慎重に進むぞ!」

「わかりやした」

 なんとも気になる場所ではあるが、今はそれどころではない。
 誘いこまれたということは、逆にいえば狙いがいる可能性があるからだ。
 ホッパーたち傭兵隊は、周りを警戒しながら慎重に廃墟の中を調べ始めたのだった。


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 森の中へと入ったバタフィー王子たち王国軍。
 その進軍のさなかだった。
「うん? あれは……」
 遠くに何かを見つけたようだ。
「ギギ……」
「あれは、俺をこんな風にしやがったアリじゃねえか。くそっ、行くぞ!」
「ちょっと、ホッパー?!」
「ホッパー様、待って下さい。いくらなんでも怪しすぎます!」
 スチールアントを見つけたホッパーが、恨みのあまりに暴走を始めたのだ。
 ビーとディックが止めようとするも、傭兵たちの一部を率いてホッパーが森の中を走り始めていた。
「あちゃあ……、完全に我を見失ってますよ、あれは」
「放っておきましょう。嫌な予感がするわ」
「ですな。ホッパー様には悪いですけど、自分たちの命が惜しいですからね」
 ホッパーの暴走に置いていかれたビーとディックは、王国軍から離れず、そのまま残ることにしたようだ。
「どうした」
 騒ぎに気が付いたバタフィー王子がビーたちに問いかけてくる。
「すみません、殿下。ホッパー様がスチールアントを見つけて、傭兵たちを連れて追いかけていっちまったんですよ」
 バタフィー王子の確認に、ディックが正直に答えている。
 その話を聞いたバタフィー王子は、まったく顔色を変えずに慌てることもなかった。
「ふん。しょせん傭兵など信用していない。それよりも、お前たちの仲間だったというコークロッチヌス子爵邸のメイドの隠れ家の位置は、把握しているのか?」
「は、はい。一応私どもも把握しておりますので、案内は大丈夫ですよ、はい……」
 鋭く睨み付けるバタフィー王子に対して、震えながらディックは答えている。
 答えを聞いたバタフィー王子は二人を見た後、ホッパーたちが走り去っていった方向へと目をやる。
「……そうか、ならば捨て置こう。軍の規律を乱すやつは、最初から必要ない。ちょっとした自分勝手が、戦場では命取りになる。それはお前たち傭兵も心得ていることだろう?」
「は、はい。その通りでございますです」
「あたいも、命が惜しいからね。殿下についていきますよ」
「ならば、俺の命令に従っていることだな。魔族相手となれば、一兵たりとも欠くのは避けたいからな。軍規を乱すやつは最初から我が兵にあらずだ」
 バタフィー王子はくるりと振り向いて、先頭へと戻っていこうとする。ところが、すぐにぴたりと止まって二人に振り返ってくる。
「どうした、来ないのか? 誰が道案内をするというのだ」
「はっ! し、失礼致しました。では、僭越ながら私が案内しましょう」
 バタフィー王子に指摘され、慌ててディックが前へと向かうことになった。
「ビー姐さん、後ろは頼みますよ」
「任せておきな。あのバカとは違って、あたいは生き残ってやるんだからね」
 ホッパーについて行かなかった傭兵の二人は、イクセン王国軍の前後に分かれてそのまま同行することに決めたようだ。
 ちょっとした騒ぎはあったものの、バタフィー王子率いる王国軍は、そのまま国境の山脈にあるブラナのアジトへと向かって進んでいった。
 一方、スチールアントを見つけて王国軍から飛び出していったホッパーたちはというと……。
「待ちやがれ、くそが!」
 左半身をほぼ失った状態ながらも、ホッパーはものすごい速度でスチールアントを追いかけていっていた。
「ホッパーの兄貴、あれを見てくだせえ!」
「なんだ?!」
 ホッパーは目の前に、人影を見つける。
 その人影をよく見てみると、ホッパーは思わずにやついてしまう。
「へっ、こいつはついてるぜ。魔族のガキだ、てめえらっ!」
「おおーっ!」
 遠くに見えた人影を狙っている聖女を騙った魔族と認めたホッパーは、仲間に向かって呼び掛ける。
 仲間の傭兵たちも、思わず歓喜の声を上げてしまう。
「ひっ!」
 大きな叫び声を聞いた人影は、振り返って走り始める。
 まだ距離があるとはいえども、大人と子どもの足である。その差はだんだんと縮まっていく。
「慌てんじゃねえぞ、てめえら。あいつは魔族とはいっても、俺たちの攻撃を何度もしのいできた相手だ。機を狙うんだ」
「合点でさぁっ!」
 ホッパーの声に、手下の傭兵たちは声をあげる。
 追いかけながら、ホッパーは左腕に取り付けたボウガンのセットを行う。
 照準をつけながら追いかけているのだが、功を急ぐホッパーはその影の違和感に気が付かない。
「くたばりやがれ!」
 ある程度距離を詰めたところで、ホッパーが矢を放つ。
 人影に命中して、よしと思ったホッパーだったが、思わぬ事態が起きた。
「おん?」
 矢は確かに刺さっているというのに、影が止まらない。そのままどこかへと駆け続けている。
「なんだよ、あれ……。くそっ、魔族め!」
 すぐさま二発目をセットして放つ。今度もしっかり影に命中するものの、その足は止められなかった。一体何が起きているのだろうか。
(くそっ、何か幻に騙されている感じがするぜ……。なぜ、命中しているのに倒れないし止まらないんだよ)
 あまりの異常事態に、ホッパーは苛立ちを感じていた。
 やがて、ホッパーたちは森を抜ける。
「なんだ、こりゃ……」
 ホッパーたちの目の前に、すでに滅びた集落が姿を見せたのだ。
 思わぬ光景を目の当たりにして、ホッパーたちの動きは止まってしまう。
「はっ! さっきの人影はどこだ?」
 追いかけてきていたはずの人影もスチールアントも、その姿はどこにも見当たらない。
 不可解な事態に、ホッパーたちは一気に警戒を強める。
「まさか、誘い込まれたというのか? てめえら、慎重に進むぞ!」
「わかりやした」
 なんとも気になる場所ではあるが、今はそれどころではない。
 誘いこまれたということは、逆にいえば狙いがいる可能性があるからだ。
 ホッパーたち傭兵隊は、周りを警戒しながら慎重に廃墟の中を調べ始めたのだった。