この社会では、老若男女を問わず、心にモヤモヤを抱えた方が大勢いらっしゃいます。
悩み事、苦しみ、後悔——それらが絡まり合い、人々の表情からは笑顔が消えていく。
でも、ご安心あそばせ!私が、皆様のお悩みを解決して差し上げますわ!
え?料金ですって?
オッホッホッホッホ!そんなものはいただきませんわよ!
さあ、どんなお悩みでもおっしゃいなさい。
このエリシア様がすべて解決して差し上げますから!
——オッホッホッホッホッホ!
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オフィスの一角。雑然とした書類の山とキーボードの音が響く中、青年はイラついた顔でデスクに向かっていた。
「——でさ、あの大物YouTuber、実は俺の高校の先輩だったんだよ!」
——また始まった。
少し離れたところで話し込む同僚が、これ見よがしに自慢話をしている。
「ほんとスゴイよな〜。あの登録者数、桁違いだよ。で、実はこの前、その先輩からDMもらっちゃってさぁ!」
青年は深くため息をついた。
「あいつ、またかよ……」
この同僚は何かにつけて自慢話を始めることで有名だった。
先週は「兄弟がプロゲーマー」、その前は「親戚が俳優」。今日は「YouTuberが先輩」らしい。
「でさ、俺が当時はどんな感じだったのか覚えてる?って話になって——」
話を聞かされている周囲の人たちも、最初こそ愛想笑いをしていたが、だんだん顔に疲れが見え始める。
青年はついに耐えられなくなり、イヤホンを取り出した。
「もう聞いてらんねぇ……」
昼休み、公園のベンチに座って雑誌をパラパラとめくる青年。
ページをめくる手が、ある記事で止まる。
そこには「有名人とのプライベートを語る一般男性」のインタビュー記事が。
「けっ!有名人と知り合いってだけで偉いのかよ!」
苛立ちを込めて雑誌を破り、紙くずを丸めてポイと投げる。
——ポスッ。
「あっ……」
紙くずは茂みに隠れていた誰かの頭に直撃してしまった。
「すいません!まさか人がいるとは……」
青年が慌てて謝ると、茂みから一人の女性が立ち上がる。
「いえいえ。」
品のある立ち居振る舞いと高貴な雰囲気を漂わせたエリシアだった。
「……ていうか、そんなところで何してたんですか?」
青年が怪訝そうに尋ねると、エリシアは平然と答えた。
「あー、バードウォッチングを。」
その答えに青年は少し驚きながらも、興味を惹かれる。
「……バードウォッチング?」
「そうですわよ。自然の中で鳥たちを観察するのは心が癒されますの。」
エリシアは軽く頭についた紙くずを払うと、ニコリと微笑んだ。
「それより、あなたもしかして少しイライラしてますの?」
ベンチに並んで座る二人。エリシアは足を組みながら、青年の話に耳を傾けていた。
「ほう……有名人との知り合い自慢ねぇ。」
青年は溜息交じりに続ける。
「そうなんですよ〜。毎日毎日、同僚がそんな話ばっかりで、もううんざりです。」
エリシアは少し考える素振りを見せ、肩をすくめて言った。
「まあ確かに、大物俳優、音楽バンド、スポーツ選手……彼らと知り合いであることは一種のステータスでしょうね。」
「えぇ!?あなたまでそんなこと言うんですか!」
思わず青年が声を上げると、エリシアは微笑みを浮かべながら青年に顔を近づけた。
「お仕事が終わった後、私のところに来てください。」
「え?」
エリシアは立ち上がりながら、自分のスマホで場所をメモした画面を青年に見せる。
それは繁華街にある、隠れ家的なBarの住所だった。
薄暗い照明が落ち着いた雰囲気を醸し出すBarの一角。
青年とエリシアはテーブルを挟んで座り、一杯ずつグラスを傾けていた。
エリシアが口元に微笑みを浮かべながら話を切り出す。
「さて、今日ここにお招きした理由をお話しますわ。」
青年は身を乗り出し、エリシアの言葉に耳を傾ける。
「なんですか?」
エリシアはスマホを取り出し、画面を操作すると、青年にそれを見せた。
「これをご覧なさい。」
画面にはどこか怪しげなデザインのホームページが表示されていた。
「……何ですかこれ?」
エリシアは得意げに微笑む。
「ふふふ……これは一般公開されていない特殊なサイトですわ。」
「ゴクリ……」
画面をスクロールすると、大物俳優、若手タレント、プロスポーツ選手の顔写真が次々に現れる。
「これって……一体何なんですか!?」
エリシアはグラスを置き、片肘をつきながら説明を始める。
「これはね、あなたのような人のためのものですの。『一日だけ有名人と知り合いになれるチケット』を販売するサイトですわよ。」
「なんだって!?」
青年の目が輝き始める。エリシアはさらに続けた。
「気軽に有名人と一緒に写真を撮るも良し、話をするも良し。お好きな形で、その日限りの知り合いを作れるのですわ。」
「そんなことが本当に可能なんですか!?」
「もちろん。ただし、これには厳密な契約がありますの。利用規約をよく読んでから決断なさい。」
青年は画面を食い入るように見つめながら、胸の高鳴りを抑えられなかった。
ある日、オフィスの一角が騒がしくなっていた。
青年がスマホ片手に、自信満々の笑みを浮かべている。
「今からあのプロ野球選手とビデオ通話してやるぜ……。」
周りの同僚たちは呆れ顔だ。
「おいおい……そんな嘘、誰が信じるんだよ。」
「忙しいプロ野球選手がお前みたいな一般人と話すわけねぇだろ。」
だが青年は気にする様子もなく、スマホの画面を操作していた。
——ピロリン
「ん?」
画面にビデオ通話の着信が表示される。同僚たちの視線がスマホに釘付けになった。
青年が通話を繋げると、画面にユニフォーム姿のプロ野球選手が現れた。
「もしもし?」
「よう!トレーニングはどうだ!?」
その声と姿に、一同の空気が変わる。
「ま、まじかよ……!」
「本物だ……!」
ざわざわとどよめきが広がる中、青年はさらに得意げな表情を浮かべた。
「いや〜最近忙しそうだな!こっちは応援してるぜ!」
選手も笑顔で答える。
「ありがとう!そっちも頑張れよ!」
通話が終わった後、同僚たちは騒然となった。
「本当にあの選手と繋がってるなんて……!」
「お前、どういうツテなんだよ!?」
青年は肩をすくめて軽く言った。
「まぁな、知り合いってやつだよ。」
またある日。
オフィス内がざわついている。
——ガチャ
入口のドアが開き、スーツ姿の来客が姿を現した。
「いらっしゃいませ、何かご用でしょうか……」
事務員が振り向いてその顔を見た瞬間、驚愕して固まる。
「あ、あああ……!」
そこに立っていたのは、最近話題の大物俳優。中小企業のオフィスに彼が来る理由など、誰にも想像がつかない。
「おいおい、あれって……」
「“3倍返しだ!”の人じゃん!」
「嘘だろ……!」
ざわざわとした空気が広がる中、俳優がオフィス内を見回し、青年を見つけるなり声を張り上げた。
「おい!俺だよ!近くを通ったから寄ってみたんだ!仕事サボってねえよな!?」
一同がその言葉に驚く中、青年は得意げに笑みを浮かべて言い返す。
「そんなことねえよ!お前だってドラマのセリフ忘れんなよ!」
俳優は豪快に笑い出す。
「——ぎゃっはっはっはっは!」
周囲の同僚たちは唖然としながらも、そのやり取りを目の当たりにして言葉を失った。
「あいつ……本当に大物俳優と知り合いなのかよ……!」
「マジでどういう繋がりなんだ!?」
その場にいた全員の視線が青年に集まり、彼の株は一気に急上昇した。
青年は来る日も来る日も自慢話を繰り返していた。
「ほら見ろよ、これ。音楽バンドのサイン入りCDだぜ!」
「このTシャツ?某アイドルがライブで実際に着てたやつ!」
「大物政治家とはメールでやり取りしてるんだよなぁ。」
オフィスの同僚たちは呆れ顔で彼の話を聞き流していたが、青年は意気揚々と吹聴して回る。
「そうだ!俺に言ってくれれば、最高のコンパが組めるぜ!」
そんなある日、青年は役員室に呼び出された。スーツ姿の役員たちが穏やかな笑みを浮かべて彼を迎える。
「君、少し話があるんだ。」
「は、はい!なんでしょうか!」
役員たちはビジネスライクに説明を始めた。
「新しい販路を広げるために、取引先を集めてパーティーをしようと思ってね。」
「パーティーですか?」
「そうだ。君、色々知り合いが多いみたいだし、ちょっと協力してほしいんだよね。」
青年は一瞬戸惑いながらも、自慢話の流れで応じてしまった。
「え、ええ、もちろんです!任せてください!」
役員たちは満足げに頷いた。
「頼むよ!期待してるからね。」
青年は今話題の有名人を何人かピックアップしてパーティーに呼んだ。
結果、パーティは大盛況。取引先も大喜び。
役員たちも青年を称えた。
そしてある日の夜。
青年は仕事帰りの帰路についている最中だった。
——トンッ
突然背後から肩を叩かれる。振り向くと、そこにはエリシアが立っていた。
「お楽しみのようですねぇ。」
「おお!エリシアさん!いやぁ、おかげさまで!役員たちも絶賛で、パーティーは大成功でしたよ!」
青年は誇らしげに胸を張る。
だが、エリシアの笑みは冷ややかだった。
「さて、お知らせなのですが……」
「ん?なんです?」
エリシアはポケットから書類のようなものを取り出した。
「最初にお伝えしたと思うのですが、お試し期間は終了です。」
「……へ?」
「今後は、正規の料金をいただきますわよ。」
青年の表情が固まった。慌ててスマホを取り出し、サイトを確認する。
そこには詳細な料金表が記載されていた。
大物俳優 …… 5,000,000円
プロ野球選手 …… 4,500,000円
若手女性タレント …… 10,000,000円
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
その場に崩れ落ちる青年を、エリシアは満足そうに見下ろしていた。
青年は震えながらエリシアに懇願した。
「た、頼むよ……もう少しだけお試し期間を……」
「無理です。」
エリシアは冷たく断じた。
「じゃ、じゃあ、料金を少しでも……半額とか、割引とか!」
「できません。」
エリシアの目は微動だにしない。
「わ、わかった!じゃあこうしよう!」
青年は必死に策を練る。
「これで大儲けしてさ!グッズとか記念品を転売して……儲けを山分けだ!もちろん、あ、あんたにも分前をやるよ!」
エリシアはため息をついた。
「やれやれ……ダメなものはダメですわねぇ。」
その冷たい態度に追い詰められた青年は、とうとう激昂した。
「そうか、わかったよ!ならな……!」
青年はポケットからスマホを取り出し、エリシアを指差す。
「確かこのサイトには有名なマフィアも登録されてたよな……あんたを消すことだって、俺にはできるんだぞ!」
その言葉にエリシアの目が細まる。
「ほう……」
声には冷ややかな響きが混ざっている。
エリシアはいきなり青年に指を突きつけて叫んだ。
——キエエええエエぇえ〜!
——ドカーン!
「ひえええええぇ!」
青年は何が起きたのか分からないまま、吹き飛ばされたような気分でその場を去った。
そして翌日。
オフィス内は騒然としていた。社員たちはテレビの報道に釘付けだ。
「次々と逮捕だってよ……」
「これ、全員がパーティーのゲストだった連中だろ!?」
画面には、相次ぐ有名人の逮捕劇が映し出されている。反社会勢力との黒い関係が暴かれ、薬物使用や過去の犯罪行為まで次々と明るみに。
——ガタン!
激昂した役員たちがオフィスに走り込んでくる。
「おい!どういうことだ!」
「パーティーのゲスト全員が闇営業だって言われてるぞ!」
「取引先から関係を切られた!反社と関係ある企業とは取引できない、だと!」
青年は顔面蒼白だ。
「えっ……そ、そんな……俺はただ、皆を盛り上げたくて……」
役員の一人が彼を指差して怒鳴る。
「お前はクビだ!二度とうちの敷居を跨ぐな!」
「そ、そんな……待ってくださいよ……俺は……!」
その時だった。
——ガチャッ!
警察がオフィスに入ってきた。
「失礼しますが、〇〇さんですね?お話を伺いたいので、少しご同行いただけますか?」
青年は何も言えずに連れて行かれた。彼は芸能人たちとの闇営業の関係者として、任意同行を求められたのだ。
オフィスの外ではエリシアが一部始終を眺めていた。
「ま、誰とお付き合いするかはよく考えたほうがいいですわね〜。」
彼女はくるりと踵を返し、どこかへ去って行った。