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潜伏

ー/ー



 ある二人の男が、何かしらの理由で当局に追われていた。



 逃げ場を求め、彼らが辿り着いたのは都会のボロアパートだった。薄暗くて狭い、まるで誰にも見つからないような隠れ家のような場所だった。

 そこで彼らは、息を潜める日々を送ることとなった。

 部屋の窓にはカーテンが閉められ、外の光はほとんど入らない。足音ひとつさえもが、彼らにとっては大きな音に感じられ、昼夜問わず緊張が続いていた。

 通報を恐れ、外に出ることも極力避けた。食料は最低限のものだけを調達し、日々はただ過ぎていく。

 彼らはお互いに話すことも少なくなり、重苦しい沈黙の中で、それぞれがそれぞれの不安を抱えながら、時間だけが過ぎていくのを感じていた。



 ある日、二人のうち片方の男が買い物に出掛けている間、もう一人の男は警戒心を高め、偵察のために窓辺に立っていた。



 彼は部屋の隅に隠していた双眼鏡を取り出し、慎重にカーテンの隙間から周囲を観察し始めた。



 都会の喧騒が、ぼんやりとした音で耳に届く。



 車のクラクションや人々のざわめきが、かすかに聞こえてくる。彼はその音を頼りに、周囲の様子を一つ一つ確認していった。

 双眼鏡の視界に入ったのは、タクシーを路肩に停めて、運転席のドアを開けるタクシー運転手。

 彼は顔色が悪く、突然車から降りると、その場でゲロを吐いた。吐しゃ物が地面に広がり、彼は顔をしかめながら、ふらふらと車に戻る。



 次に視界に入ったのは、早足で歩くサラリーマン。

 スーツにネクタイを締め、カバンをしっかり握りしめたまま、どこか急いでいる様子だ。彼の表情には焦りと疲れが見え、まるで時間に追われているかのように、周りを気にせずひたすら前に進んでいる。



 男は双眼鏡越しにその様子を観察しながら、何か不自然な動きや、当局の気配がないかを探していた。



 しかし、表向きには日常の一コマが続いているように見えた。だが、その普通の光景の中にも、彼はどこか異常を感じ取ろうとしていた。



 男が双眼鏡で周囲を警戒しながら観察していると、ふと、何か奇妙なものが視界に映り込んだ。

 彼は双眼鏡を少し調整し、再びその方向に焦点を合わせた。



 向かいのアパートの一室、窓際に立っている金髪の女性がこちらを見つめていた。



 彼女は微動だにせず、まるで男の存在を知っているかのように、じっとこちらを見つめている。

 その視線に、男は不気味さを感じ、心臓が一瞬止まりそうになった。

 彼女の金髪が風に揺れることもなく、その瞳はまるでこちらを見透かしているように感じられた。

 男はその不気味な視線に耐え切れず、双眼鏡を下ろしてカーテンを急いで閉めた。外の光景が見えなくなると、彼は一瞬ほっとしたものの、胸の中に広がる不安は消えることなく残り続けていた。



 買い物から帰ってきた男がドアを開け、狭い部屋に入ってきた。
 手にはスーパーの袋を持ち、疲れた様子で息をついている。



 部屋に残っていた男は、窓際からゆっくりと離れ、双眼鏡をテーブルに置くと、すぐにその男に近づいた。



「おい、ちょっと話がある」



 買い物から帰ってきた男は不審そうに眉をひそめた。

「何だよ、どうかしたのか?」



「向かいのアパートに、金髪の女がずっとこっちを見てるんだ。動かないし、ずっと俺のことを見てた。あれ、どう考えても普通じゃない」



 男の声には、不安と警戒心が滲み出ていた。彼は双眼鏡を握りしめたまま、少し震えているようだった。

 買い物から帰ってきた男は、それを聞いて少し驚いたが、すぐに軽く笑って言った。



「おいおい、もしかしてビビってるのか?ただの隣人だろう、そんなの気にしすぎだって」



 だが、相手の表情が真剣そのものであることに気づくと、買い物から帰ってきた男も次第に不安を感じ始めた。



「本当にそんなに不気味だったのか?」



「そうだ、普通じゃなかったんだ。まるで、俺たちを監視しているかのような感じで……とにかく、変だったんだよ」



 二人は不安な空気に包まれ、向かいのアパートに潜む「金髪の女」の存在が、彼らの逃亡生活に新たな不安をもたらした。



 ある日、二人の男が緊張感を隠せないまま狭い部屋で過ごしていると、いつもつけっぱなしにしているラジオから不穏なニュースが流れてきた。



「続いてのニュースです。逃走中の二人組の男たちに関して、新たな進展がありました。警察当局は、彼らが潜伏していると見られる地域に捜査の手を広げ、現在も全力で追跡を続けています。二人組は非常に危険であり、発見次第、直ちに警察に通報するようお願いします。」



 ラジオのアナウンサーの声が部屋に響き、二人の男は顔を見合わせた。彼らの逃亡劇は、とうとうニュースにまでなってしまった。



「……当局は本気だな。」



 一人の男が、ラジオの音量を絞りながら呟いた。その声には、焦りと不安がにじみ出ていた。



「本気で俺たちを炙り出すつもりか……もう時間の問題かもしれないな。」



 もう一人の男も、窓の外をちらりと見やりながら答えた。



 そこには、相変わらず微動だにせずに立ち尽くす金髪の女が見える。彼女の存在が、さらに二人の神経をすり減らしていた。



 ラジオから聞こえるニュースに、二人はますます追い詰められていることを感じた。

 当局が本気で動き始めたことを悟り、彼らの心に重い不安が広がっていく。これからどうすればいいのか、逃げ場がますます狭まっていく現実に、彼らは次第に追い詰められていった。



 緊張が高まる中、片方の男が突然押し入れに向かい、ゴソゴソと何かを探し始めた。



 そして彼が取り出したのは、長い黒いスナイパーライフルだった。



 もう一人の男は驚きと恐怖で目を見開いた。



「おい、お前……まさか……」



 スナイパーライフルを手にした男は、無言のまま窓に向かって歩き出し、金髪の女を狙うように銃を構えた。その目には決意と狂気が混じっていた。

 もう一人の男は焦りながら、必死に彼を止めようと声を上げた。



「やめろ!そんなことをしたら、自分の居場所を教えるようなもんだぞ!当局がすぐにここを突き止めるに決まってる!」



「もう、限界なんだ……!あの女がずっとこっちを見てる。いつまでもこうしてるわけにはいかないだろう!」



 スナイパーライフルを構えた男は、震える手で狙いを定めようとしたが、もう一人の男が必死に腕を掴んで妨害した。



「お前、それでも生き延びたいのか!?このまま撃ったら、俺たちの命は終わりだ!」

「くそっ、離せ!」



 二人は言い争いを始め、ついには取っ組み合いの喧嘩に発展した。



 スナイパーライフルが床に落ち、カランと冷たい音を立てる。互いに押し合い、殴り合いながら、感情が爆発していくが、結局、どちらも相手を押さえつけることはできず、ただ時間を浪費するばかりだった。



 窓の外では、金髪の女が相変わらず不気味な笑みを浮かべたまま、二人の男を見つめ続けているかのようだった。

 部屋の中は争いの喧騒と焦りに包まれ、二人の男は絶望的な状況の中で、何も解決できないまま時間だけが過ぎていった。



 争いが一段落し、二人の男は息を切らしながら床に座り込んだ。
 張り詰めた沈黙が続く中、片方の男が意を決したように口を開いた。



「あのアパート……何号室だ?左から数えて……」

「ちょっと行ってくる」



 その言葉に、もう一人の男は驚き、必死に止めようと声を上げた。



「正気か!?そんなことしたら、こっちの居場所がバレるかもしれないんだぞ!」



 しかし、男は冷静に返した。



「変装して、部屋を間違えたふりをするだけさ。それで何もなければ、戻ってくる。それで少しは安心できるだろう?」



 彼の決意は固く、もう一人の男はそれ以上反論できなかった。男は手早く変装を整え、部屋を出て行った。

 残された男は不安に駆られながらも、カーテンの隙間から再び金髪の女を監視した。彼女は相変わらず窓辺に立ち、微動だにせず、こちらを見つめ続けていた。



 時間が経つにつれ、男の不安は募るばかりだったが、やがて変装した男が戻ってきた。



「どうだった?」



 男は緊張した面持ちで問いかけた。戻ってきた男は戸惑いの表情を浮かべながら答えた。



「部屋をノックしたが、何の反応もねえんだ。何回もドアを叩いたんだが、誰も出てこなかった。」



 その言葉に、もう一人の男は驚愕した。

 彼の視線は自然と窓の外に向けられた。



 確かにノックされたはずのその瞬間も、金髪の女はまるで生きているかのようにこちらを見続けていた。しかし、眉一つ動かすことなく、微動だにしない。



「どういうことだ……?」



 不気味な沈黙が部屋を支配し、二人の男は言い知れぬ恐怖に包まれた。何が真実で、何が現実なのか、その境界が曖昧になる中、彼らはただ混乱し、答えのない問いに直面していた。



 男はじっと窓の外を見つめながら、心の中で疑念が渦巻いていた。



 何かがおかしい。



 ドアをノックしたにもかかわらず、金髪の女は微動だにしなかった。まるで、最初から彼らを惑わせるための罠のようにも感じられた。



 ハッとした男は急に思いついた。



 もしかして、あの女自体が陽動で、ただのブラフに過ぎないのではないか?彼らの注意を引きつけ、真の狙いは全く別のところにあるのではないか?



「まさか……狙いは違うところにあるのか?」



 彼は思わず口に出してしまった。その言葉が、部屋の静寂の中で不気味に響いた。

 もう一人の男もその言葉に驚き、緊張した面持ちで問い返した。



「何を言ってるんだ?」



 男は額に汗を滲ませながら、自分の考えを整理しようとした。



「考えてみろ。あの女、最初からずっとこっちを見てたんだ。だけど、反応しなかった。普通じゃあり得ない。もしかしたら、俺たちを惑わせるための何か……違うところで何かが起きているんじゃないか?」



 彼の心拍数が速くなり、頭の中で次々と疑念が膨らんでいく。



 彼らはあまりにも長く、あの女に気を取られていた。
 その間に、何かが進行しているかもしれないという恐怖が、胸を締め付けた。



「俺たちの居場所がすでにバレていて、あの女はただの囮かもしれない……」



 二人は不安と疑念に押し潰されそうになりながら、部屋の中を見渡した。今まで彼らが築いてきた安全な場所が、突然崩れ去っていくような感覚に襲われた。



 男たちは渦巻く疑念と恐怖の中で、もはやこの場所に長居することは危険だと判断した。

 ここに留まっていれば、当局に捕まるのは時間の問題だ。男は意を決し、ある賭けに出ることを決めた。



「ここを出るしかない……」



 彼は低く呟くと、もう一人の男に向かって鋭い目を向けた。



「俺が夜遅くに逃走用の単車を2台盗んでくる。準備しておけ。もし何かあったらすぐに出発するぞ。」



 もう一人の男は驚きながらも、その計画に同意せざるを得なかった。もはや、こうするしか道はないと理解していた。



 その夜、男はアパートを抜け出し、暗い街中を走り抜けた。



 周囲の静けさに耳を澄まし、目立たないように足音を抑えながら、ターゲットを探した。やがて、人気の少ない裏通りで、停められている単車を見つけた。



 彼は手際よく、エンジンを始動させると、まず1台目を近くの茂みに隠した。

 その後、2台目も同様に盗み出し、アパートに戻った。戻った時には、息が切れていたが、何とか冷静を保ちつつ、計画を進める。



「よし、これで準備は整った。いつでも出発できる。」



 男は息を整えながら、もう一人の男に向かって頷いた。だが、胸の中には依然として不安が渦巻いていた。この賭けが成功するかどうかは分からないが、もう後戻りはできなかった



 翌日の深夜、男たちは決行の準備を整えていた。



 部屋の中は緊張に包まれ、互いに無言のまま最後の確認をする。計画はシンプルだが、成功しなければ二度と自由を得ることはできない。



 男は静かにスナイパーライフルを組み立て、狙いを定める準備を始めた。



 窓の外には、相変わらず金髪の女が微動だにせずに立っている。彼女は不気味な笑みを浮かべたまま、男たちの行動をじっと見つめているように思えた。



「これで決まりだ……」



 男は息を整え、ライフルのスコープを覗き込む。



 クロスヘアがゆっくりと金髪の女の額に合わさる。心臓の鼓動が耳元で鳴り響く中、彼は引き金に指をかけた。



 ——そして、引き金が引かれた。



 銃声が夜の静寂を引き裂き、窓の向こうにいた金髪の女が吹き飛んだ。



 ガラスの破片が散り、彼女が闇の中に消える。すべてが一瞬の出来事だったが、男たちにとっては永遠のように感じられた。



「今だ、急げ!」

 もう一人の男が叫び、二人は即座に部屋を飛び出した。



 手際よく用意していた単車に飛び乗り、エンジンをかける。
 夜の街を風のように駆け抜け、追手が来る前に逃げ切らなければならない。



 二人は互いに別々の方向に散り散りになり、計画通りに動き出した。



 それぞれが自分の道を進み、最終的には県境にある橋の下で落ち合うことになっている。



 風を切って走り抜ける中、男たちは必死に後ろを振り返らず、ただ前を見据えて走り続けた。街の灯りが次第に遠ざかり、深い夜の闇が二人を包み込む。

 果たして、この賭けが成功するかどうかはまだ分からない。しかし、彼らはもう後戻りできない場所まで来ていた。すべてはこの逃走に懸かっていた。



 男たちの計画は一見、完璧に思われた。



 スナイパーライフルでの一撃と、その後の迅速な逃走。互いに散り散りになり、県境の橋の下で落ち合うという手筈は、緻密に練り上げられたものであった。



 しかし、決定的なミスがあった。



 単車に飛び乗った二人は、逃走を急ぐあまり、ヘルメットを着けるのを忘れていた。



 風を切って走り抜ける二人の姿は、夜の街ではあまりにも目立つ存在となっていた。



「クソッ……!」

 男の一人が気づいた時には、既に遅かった。



 逃走中にすれ違ったパトカーが、二人のノーヘル姿を見逃さず、すぐにサイレンを鳴らして追跡を開始した。



「やばい、警察だ!」



 もう一人の男も後方を振り返り、迫りくるパトカーのライトを見て青ざめた。

 計画が狂い始めたことを悟った二人は、さらにスピードを上げた。しかし、パトカーの追跡は激しく、逃げ切るのは困難だった。



 数キロにわたる追跡劇の末、警察はついに二人の逃走経路を封鎖し、彼らを追い詰めた。ヘルメットを着けていないという小さなミスが、二人にとって致命的な結果をもたらした。

 逃げ場を失った二人は、ついに警察に捕まり、地面に押さえつけられた。計画自体は悪くなかったが、ノーヘルという思わぬ失敗が、彼らの逃亡劇を台無しにしてしまったのだ。



 あるアパートの一室。ラジオからは、二人の逃亡犯が警察に捕まったというニュースが流れていた。



 その音を耳にしながら、エリシアは割れた窓ガラスを見つめて、憤慨していた。



「いったい誰ですの!?営業妨害ですわよ!」



 怒りを抑えきれず、エリシアはすぐに修理業者に連絡を入れ、窓の修理を手配した。



 電話を終えると、彼女は床に落ちていた看板を拾い上げ、元の場所に戻した。



 看板には大きな文字で、



 ——魔法レッスン!初心者歓迎!今日からあなたもマジックマスター!

 (初月は10,000円! 小さい字で以降50,000円、自動更新)



 ——と書かれている。



 そこには笑みを浮かべたエリシアの姿が描かれており、まるで彼女自身がその部屋を見守っているかのようだった。



 エリシアは看板を窓際に立てかけ、満足げに微笑んだ。



 割れたガラスも、壊れた看板も、まるで何事もなかったかのように、再び彼女の日常に戻った。部屋には再び静寂が訪れ、エリシアの看板は、また新たな「生徒」を待つかのように、その場に立っていた。


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みんなのリアクション

 ある二人の男が、何かしらの理由で当局に追われていた。
 逃げ場を求め、彼らが辿り着いたのは都会のボロアパートだった。薄暗くて狭い、まるで誰にも見つからないような隠れ家のような場所だった。
 そこで彼らは、息を潜める日々を送ることとなった。
 部屋の窓にはカーテンが閉められ、外の光はほとんど入らない。足音ひとつさえもが、彼らにとっては大きな音に感じられ、昼夜問わず緊張が続いていた。
 通報を恐れ、外に出ることも極力避けた。食料は最低限のものだけを調達し、日々はただ過ぎていく。
 彼らはお互いに話すことも少なくなり、重苦しい沈黙の中で、それぞれがそれぞれの不安を抱えながら、時間だけが過ぎていくのを感じていた。
 ある日、二人のうち片方の男が買い物に出掛けている間、もう一人の男は警戒心を高め、偵察のために窓辺に立っていた。
 彼は部屋の隅に隠していた双眼鏡を取り出し、慎重にカーテンの隙間から周囲を観察し始めた。
 都会の喧騒が、ぼんやりとした音で耳に届く。
 車のクラクションや人々のざわめきが、かすかに聞こえてくる。彼はその音を頼りに、周囲の様子を一つ一つ確認していった。
 双眼鏡の視界に入ったのは、タクシーを路肩に停めて、運転席のドアを開けるタクシー運転手。
 彼は顔色が悪く、突然車から降りると、その場でゲロを吐いた。吐しゃ物が地面に広がり、彼は顔をしかめながら、ふらふらと車に戻る。
 次に視界に入ったのは、早足で歩くサラリーマン。
 スーツにネクタイを締め、カバンをしっかり握りしめたまま、どこか急いでいる様子だ。彼の表情には焦りと疲れが見え、まるで時間に追われているかのように、周りを気にせずひたすら前に進んでいる。
 男は双眼鏡越しにその様子を観察しながら、何か不自然な動きや、当局の気配がないかを探していた。
 しかし、表向きには日常の一コマが続いているように見えた。だが、その普通の光景の中にも、彼はどこか異常を感じ取ろうとしていた。
 男が双眼鏡で周囲を警戒しながら観察していると、ふと、何か奇妙なものが視界に映り込んだ。
 彼は双眼鏡を少し調整し、再びその方向に焦点を合わせた。
 向かいのアパートの一室、窓際に立っている金髪の女性がこちらを見つめていた。
 彼女は微動だにせず、まるで男の存在を知っているかのように、じっとこちらを見つめている。
 その視線に、男は不気味さを感じ、心臓が一瞬止まりそうになった。
 彼女の金髪が風に揺れることもなく、その瞳はまるでこちらを見透かしているように感じられた。
 男はその不気味な視線に耐え切れず、双眼鏡を下ろしてカーテンを急いで閉めた。外の光景が見えなくなると、彼は一瞬ほっとしたものの、胸の中に広がる不安は消えることなく残り続けていた。
 買い物から帰ってきた男がドアを開け、狭い部屋に入ってきた。
 手にはスーパーの袋を持ち、疲れた様子で息をついている。
 部屋に残っていた男は、窓際からゆっくりと離れ、双眼鏡をテーブルに置くと、すぐにその男に近づいた。
「おい、ちょっと話がある」
 買い物から帰ってきた男は不審そうに眉をひそめた。
「何だよ、どうかしたのか?」
「向かいのアパートに、金髪の女がずっとこっちを見てるんだ。動かないし、ずっと俺のことを見てた。あれ、どう考えても普通じゃない」
 男の声には、不安と警戒心が滲み出ていた。彼は双眼鏡を握りしめたまま、少し震えているようだった。
 買い物から帰ってきた男は、それを聞いて少し驚いたが、すぐに軽く笑って言った。
「おいおい、もしかしてビビってるのか?ただの隣人だろう、そんなの気にしすぎだって」
 だが、相手の表情が真剣そのものであることに気づくと、買い物から帰ってきた男も次第に不安を感じ始めた。
「本当にそんなに不気味だったのか?」
「そうだ、普通じゃなかったんだ。まるで、俺たちを監視しているかのような感じで……とにかく、変だったんだよ」
 二人は不安な空気に包まれ、向かいのアパートに潜む「金髪の女」の存在が、彼らの逃亡生活に新たな不安をもたらした。
 ある日、二人の男が緊張感を隠せないまま狭い部屋で過ごしていると、いつもつけっぱなしにしているラジオから不穏なニュースが流れてきた。
「続いてのニュースです。逃走中の二人組の男たちに関して、新たな進展がありました。警察当局は、彼らが潜伏していると見られる地域に捜査の手を広げ、現在も全力で追跡を続けています。二人組は非常に危険であり、発見次第、直ちに警察に通報するようお願いします。」
 ラジオのアナウンサーの声が部屋に響き、二人の男は顔を見合わせた。彼らの逃亡劇は、とうとうニュースにまでなってしまった。
「……当局は本気だな。」
 一人の男が、ラジオの音量を絞りながら呟いた。その声には、焦りと不安がにじみ出ていた。
「本気で俺たちを炙り出すつもりか……もう時間の問題かもしれないな。」
 もう一人の男も、窓の外をちらりと見やりながら答えた。
 そこには、相変わらず微動だにせずに立ち尽くす金髪の女が見える。彼女の存在が、さらに二人の神経をすり減らしていた。
 ラジオから聞こえるニュースに、二人はますます追い詰められていることを感じた。
 当局が本気で動き始めたことを悟り、彼らの心に重い不安が広がっていく。これからどうすればいいのか、逃げ場がますます狭まっていく現実に、彼らは次第に追い詰められていった。
 緊張が高まる中、片方の男が突然押し入れに向かい、ゴソゴソと何かを探し始めた。
 そして彼が取り出したのは、長い黒いスナイパーライフルだった。
 もう一人の男は驚きと恐怖で目を見開いた。
「おい、お前……まさか……」
 スナイパーライフルを手にした男は、無言のまま窓に向かって歩き出し、金髪の女を狙うように銃を構えた。その目には決意と狂気が混じっていた。
 もう一人の男は焦りながら、必死に彼を止めようと声を上げた。
「やめろ!そんなことをしたら、自分の居場所を教えるようなもんだぞ!当局がすぐにここを突き止めるに決まってる!」
「もう、限界なんだ……!あの女がずっとこっちを見てる。いつまでもこうしてるわけにはいかないだろう!」
 スナイパーライフルを構えた男は、震える手で狙いを定めようとしたが、もう一人の男が必死に腕を掴んで妨害した。
「お前、それでも生き延びたいのか!?このまま撃ったら、俺たちの命は終わりだ!」
「くそっ、離せ!」
 二人は言い争いを始め、ついには取っ組み合いの喧嘩に発展した。
 スナイパーライフルが床に落ち、カランと冷たい音を立てる。互いに押し合い、殴り合いながら、感情が爆発していくが、結局、どちらも相手を押さえつけることはできず、ただ時間を浪費するばかりだった。
 窓の外では、金髪の女が相変わらず不気味な笑みを浮かべたまま、二人の男を見つめ続けているかのようだった。
 部屋の中は争いの喧騒と焦りに包まれ、二人の男は絶望的な状況の中で、何も解決できないまま時間だけが過ぎていった。
 争いが一段落し、二人の男は息を切らしながら床に座り込んだ。
 張り詰めた沈黙が続く中、片方の男が意を決したように口を開いた。
「あのアパート……何号室だ?左から数えて……」
「ちょっと行ってくる」
 その言葉に、もう一人の男は驚き、必死に止めようと声を上げた。
「正気か!?そんなことしたら、こっちの居場所がバレるかもしれないんだぞ!」
 しかし、男は冷静に返した。
「変装して、部屋を間違えたふりをするだけさ。それで何もなければ、戻ってくる。それで少しは安心できるだろう?」
 彼の決意は固く、もう一人の男はそれ以上反論できなかった。男は手早く変装を整え、部屋を出て行った。
 残された男は不安に駆られながらも、カーテンの隙間から再び金髪の女を監視した。彼女は相変わらず窓辺に立ち、微動だにせず、こちらを見つめ続けていた。
 時間が経つにつれ、男の不安は募るばかりだったが、やがて変装した男が戻ってきた。
「どうだった?」
 男は緊張した面持ちで問いかけた。戻ってきた男は戸惑いの表情を浮かべながら答えた。
「部屋をノックしたが、何の反応もねえんだ。何回もドアを叩いたんだが、誰も出てこなかった。」
 その言葉に、もう一人の男は驚愕した。
 彼の視線は自然と窓の外に向けられた。
 確かにノックされたはずのその瞬間も、金髪の女はまるで生きているかのようにこちらを見続けていた。しかし、眉一つ動かすことなく、微動だにしない。
「どういうことだ……?」
 不気味な沈黙が部屋を支配し、二人の男は言い知れぬ恐怖に包まれた。何が真実で、何が現実なのか、その境界が曖昧になる中、彼らはただ混乱し、答えのない問いに直面していた。
 男はじっと窓の外を見つめながら、心の中で疑念が渦巻いていた。
 何かがおかしい。
 ドアをノックしたにもかかわらず、金髪の女は微動だにしなかった。まるで、最初から彼らを惑わせるための罠のようにも感じられた。
 ハッとした男は急に思いついた。
 もしかして、あの女自体が陽動で、ただのブラフに過ぎないのではないか?彼らの注意を引きつけ、真の狙いは全く別のところにあるのではないか?
「まさか……狙いは違うところにあるのか?」
 彼は思わず口に出してしまった。その言葉が、部屋の静寂の中で不気味に響いた。
 もう一人の男もその言葉に驚き、緊張した面持ちで問い返した。
「何を言ってるんだ?」
 男は額に汗を滲ませながら、自分の考えを整理しようとした。
「考えてみろ。あの女、最初からずっとこっちを見てたんだ。だけど、反応しなかった。普通じゃあり得ない。もしかしたら、俺たちを惑わせるための何か……違うところで何かが起きているんじゃないか?」
 彼の心拍数が速くなり、頭の中で次々と疑念が膨らんでいく。
 彼らはあまりにも長く、あの女に気を取られていた。
 その間に、何かが進行しているかもしれないという恐怖が、胸を締め付けた。
「俺たちの居場所がすでにバレていて、あの女はただの囮かもしれない……」
 二人は不安と疑念に押し潰されそうになりながら、部屋の中を見渡した。今まで彼らが築いてきた安全な場所が、突然崩れ去っていくような感覚に襲われた。
 男たちは渦巻く疑念と恐怖の中で、もはやこの場所に長居することは危険だと判断した。
 ここに留まっていれば、当局に捕まるのは時間の問題だ。男は意を決し、ある賭けに出ることを決めた。
「ここを出るしかない……」
 彼は低く呟くと、もう一人の男に向かって鋭い目を向けた。
「俺が夜遅くに逃走用の単車を2台盗んでくる。準備しておけ。もし何かあったらすぐに出発するぞ。」
 もう一人の男は驚きながらも、その計画に同意せざるを得なかった。もはや、こうするしか道はないと理解していた。
 その夜、男はアパートを抜け出し、暗い街中を走り抜けた。
 周囲の静けさに耳を澄まし、目立たないように足音を抑えながら、ターゲットを探した。やがて、人気の少ない裏通りで、停められている単車を見つけた。
 彼は手際よく、エンジンを始動させると、まず1台目を近くの茂みに隠した。
 その後、2台目も同様に盗み出し、アパートに戻った。戻った時には、息が切れていたが、何とか冷静を保ちつつ、計画を進める。
「よし、これで準備は整った。いつでも出発できる。」
 男は息を整えながら、もう一人の男に向かって頷いた。だが、胸の中には依然として不安が渦巻いていた。この賭けが成功するかどうかは分からないが、もう後戻りはできなかった
 翌日の深夜、男たちは決行の準備を整えていた。
 部屋の中は緊張に包まれ、互いに無言のまま最後の確認をする。計画はシンプルだが、成功しなければ二度と自由を得ることはできない。
 男は静かにスナイパーライフルを組み立て、狙いを定める準備を始めた。
 窓の外には、相変わらず金髪の女が微動だにせずに立っている。彼女は不気味な笑みを浮かべたまま、男たちの行動をじっと見つめているように思えた。
「これで決まりだ……」
 男は息を整え、ライフルのスコープを覗き込む。
 クロスヘアがゆっくりと金髪の女の額に合わさる。心臓の鼓動が耳元で鳴り響く中、彼は引き金に指をかけた。
 ——そして、引き金が引かれた。
 銃声が夜の静寂を引き裂き、窓の向こうにいた金髪の女が吹き飛んだ。
 ガラスの破片が散り、彼女が闇の中に消える。すべてが一瞬の出来事だったが、男たちにとっては永遠のように感じられた。
「今だ、急げ!」
 もう一人の男が叫び、二人は即座に部屋を飛び出した。
 手際よく用意していた単車に飛び乗り、エンジンをかける。
 夜の街を風のように駆け抜け、追手が来る前に逃げ切らなければならない。
 二人は互いに別々の方向に散り散りになり、計画通りに動き出した。
 それぞれが自分の道を進み、最終的には県境にある橋の下で落ち合うことになっている。
 風を切って走り抜ける中、男たちは必死に後ろを振り返らず、ただ前を見据えて走り続けた。街の灯りが次第に遠ざかり、深い夜の闇が二人を包み込む。
 果たして、この賭けが成功するかどうかはまだ分からない。しかし、彼らはもう後戻りできない場所まで来ていた。すべてはこの逃走に懸かっていた。
 男たちの計画は一見、完璧に思われた。
 スナイパーライフルでの一撃と、その後の迅速な逃走。互いに散り散りになり、県境の橋の下で落ち合うという手筈は、緻密に練り上げられたものであった。
 しかし、決定的なミスがあった。
 単車に飛び乗った二人は、逃走を急ぐあまり、ヘルメットを着けるのを忘れていた。
 風を切って走り抜ける二人の姿は、夜の街ではあまりにも目立つ存在となっていた。
「クソッ……!」
 男の一人が気づいた時には、既に遅かった。
 逃走中にすれ違ったパトカーが、二人のノーヘル姿を見逃さず、すぐにサイレンを鳴らして追跡を開始した。
「やばい、警察だ!」
 もう一人の男も後方を振り返り、迫りくるパトカーのライトを見て青ざめた。
 計画が狂い始めたことを悟った二人は、さらにスピードを上げた。しかし、パトカーの追跡は激しく、逃げ切るのは困難だった。
 数キロにわたる追跡劇の末、警察はついに二人の逃走経路を封鎖し、彼らを追い詰めた。ヘルメットを着けていないという小さなミスが、二人にとって致命的な結果をもたらした。
 逃げ場を失った二人は、ついに警察に捕まり、地面に押さえつけられた。計画自体は悪くなかったが、ノーヘルという思わぬ失敗が、彼らの逃亡劇を台無しにしてしまったのだ。
 あるアパートの一室。ラジオからは、二人の逃亡犯が警察に捕まったというニュースが流れていた。
 その音を耳にしながら、エリシアは割れた窓ガラスを見つめて、憤慨していた。
「いったい誰ですの!?営業妨害ですわよ!」
 怒りを抑えきれず、エリシアはすぐに修理業者に連絡を入れ、窓の修理を手配した。
 電話を終えると、彼女は床に落ちていた看板を拾い上げ、元の場所に戻した。
 看板には大きな文字で、
 ——魔法レッスン!初心者歓迎!今日からあなたもマジックマスター!
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 ——と書かれている。
 そこには笑みを浮かべたエリシアの姿が描かれており、まるで彼女自身がその部屋を見守っているかのようだった。
 エリシアは看板を窓際に立てかけ、満足げに微笑んだ。
 割れたガラスも、壊れた看板も、まるで何事もなかったかのように、再び彼女の日常に戻った。部屋には再び静寂が訪れ、エリシアの看板は、また新たな「生徒」を待つかのように、その場に立っていた。