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「んーーーー……。あれ? オレ、ベッド……にいる? ……いつの間に宿屋のベッドなんかで寝てたんだ? しかも体、クソ軽いんだけど」
天井をぼんやり見つめながら、アデルはゆっくり上半身を起こした。
全身を貫いていたあの激痛も、毒の痺れもない。体を軽く回してみても、きしむような痛みがほとんど感じられない。
「マジかよ……夢オチってやつか? いやでも……」
まだ頭の中には、オークとの死闘とクイーンベアーの感触がべったりと張り付いている。
アデルはベッドから降り、裸足のまま床に足をつける。冷たい木の床の感触がしっかりと返ってきた。
開け放たれた窓からは、ひんやりと気持ちの良い風が吹き込み、薄いカーテンがふわりと揺れる。
だが、村の喧騒がない。人の声も、家畜の鳴き声も、足音も、不自然なほど一切聞こえない。
「……静かすぎだろ」
胸の奥に小さな違和感が灯る。
アデルは眉をひそめながら窓辺に歩み寄って外を覗くが、通りには誰もいない。
いつもなら朝から動き回っているはずの村人の姿が、一人として見えない。
「なんだこれ……。リノア達も、グレックも、村人も、誰もいねえ。どうなってんだ?」
ざわつく不安を押さえつけるように、アデルは部屋を出る。
宿の廊下を歩くが、誰一人すれ違わない。
一階に降りてみても、食堂にも宿の主人にも、人影はない。
それどころか、生活の気配そのものがごっそり消えたかのようだった。
ギィ、と軋む音を立てて宿の扉を押し開ける。
冷たい風が頬を撫でた瞬間――
「きゃあああああああ!!!」
女の甲高い悲鳴が、村の中心から突き刺さってきた。
「っ! なんだ!? 今の悲鳴……あっちか!!」
考えるより先に足が動く。アデルは地面を蹴り、一直線に広場の方へ駆け出した。
角を曲がるたび、嫌な予感が膨らみ、胸の鼓動が痛いほど早くなる。
そして広場に飛び込んだ瞬間、アデルはその光景を目にして、膝から崩れ落ちた。
「……は、ぁ……?」
広場の中心にいたのは――巨大な黄色い胴体に黒い頭部を持つ、あの熊。
クイーンホーネットベアー。
さっき、自分が命懸けで殴り倒したはずの魔獣が、何事もなかったかのようにそこにいた。
「な、なんで……クイーンベアーが……ここに、いるんだよ……」
クイーンベアーは片腕をだらりと伸ばし、その手にはぐにゃりとした“何か”を掴んでいる。
赤黒い液体を滴らせながら、無造作に口へと運び、もぎ取るように噛み千切る。
咀嚼されるそれは、服を着ていた。
人の腕。
人の胴。
人の、形。
「……や、やめ……」
目を凝らしたアデルは、それが村人であることを理解した瞬間、喉の奥が勝手に震えた。
「なん……で……だよ……。オレは、あいつを……倒した、だろ……? なん、で……オレはコイツに……ま、負けた……?」
声にならない声が漏れる。
クイーンベアーは血まみれの肉片を咀嚼し続け、アデルの存在をまるで認識していないかのように、ただ黙々と食事を続けていた。
アデルはふらつく足を無理やり動かし、クイーンベアーから視線を外して広場の奥へと進む。
視界に広がったのは――地獄だった。
あちこちに転がる村人の死体。
腕だけ、足だけ、胴体だけ。
原形を留めていない者も多く、血溜まりは広場を真赤に染めて湖のようになっている。
「なん……なんだよ……これ……」
喉の奥が熱く、苦しくなる。
足元でぐちゃ、と何か柔らかいものを踏みしめる音がした。
「なんなんだよおおおおおおっ!!!」
怒号とも悲鳴ともつかない叫びが、勝手に口から飛び出る。
そのとき、血と土の中から白いものがちらりと見えた。
雪のように白い髪。
血に濡れた、見慣れた銀白の髪が、複数の死体の下敷きになっている。
「……っ!」
アデルは無我夢中で死体をどけ、白い髪の持ち主を引っ張り出す。
そこにいたのは――
「リ……リノア……? ……嘘だろ……」
胸元から腹にかけて深く裂かれ、血に染まった聖女服。
力なく閉じられた瞳。
温もりを失いかけた体。
アデルは崩れ落ちるようにその細い体を抱きしめた。
ガクガクと震える手で必死にその顔を覗き込むが、そこにいつもの勝ち気な笑顔はない。
周りを見渡すと、すぐそばにゼーラの細い腕が投げ出されており、その少し離れた場所にはルイン、さらにその向こうにはグレックの死体が転がっていた。
皆、それぞれの武器を握ったまま、無残な姿で倒れている。
「な……なんで……なんでだよ……なんで、なんで……なんでえええええええええッ!!」
喉が裂けるほど叫んでも、返ってくるものはない。
胸のど真ん中を素手で鷲掴みにされたような痛みが、アデルの意識を白く塗りつぶしていく。
そのとき、足元に影が落ちた。
反射的に顔を上げると、見下ろしていたのは巨大な黒い爪。
クイーンベアーの腕が、轟音と共に振り下ろされる。
視界いっぱいに迫る漆黒の爪。
リノアを抱きしめたまま動けないアデルの体を、何かが斜めに切り裂いた。
激痛。
そして、真っ黒な闇。
・
・
・
「――――ッ!! はっ……! はあ、はあ、はあっ……!」
アデルは叫び声と共に飛び起きた。
視界には、見慣れた木造の天井。
さっきまで目の前にあった血の海も、惨殺された仲間たちの姿もどこにもない。
布団の中で荒く肩を上下させながら、しばらくぼうっと天井を見つめた。
「……胸糞わりぃ夢だな。マジでクソだわ……」
心臓がまだ全力で暴れている。
額にはじっとりと汗が滲んでいた。
「……ってか、なんだこれ。腹のあたりがやけに重いんだけど」
ぶつぶつ言いながら視線だけ下に動かす。
そこには、自分の腹の上に顔を埋めて、すやすやと寝息を立てている白髪の少女――リノアの姿があった。
「……」
さっきまで見ていた悪夢の光景が、一瞬で遠のいていく。
涙の跡が乾きかけた頬。安心したような、少しだけ眉を寄せた寝顔。
「あー……なんか……生きてる感あるな、これ」
胸の奥に、じわっと温かいものが広がった。
いつもなら盛大に蹴り飛ばして起こすところだが、今のアデルはそれをする気になれなかった。
「んったくよ……。おーい、リノア。起きろー」
腹の上で軽く揺すりながら声をかけるが、リノアは「むに……」と小さく唸るだけで起きる気配がない。
目元をこすりもせず、アデルの腹に頬を擦り寄せて、さらに気持ちよさそうに寝息を立て始める。
「……起きねえな。こいつ、ここまで寝つき良かったっけ」
いつもならちょっとつつけば文句を言いながら飛び起きるのに。
それだけ、今まで張り詰めていたのだろう。
「ああークソッ!!」
アデルは寝癖のついた頭をがしがし掻きむしる。
ふと、その動きの中で違和感に気付いた。
「……ん? オレの左手……」
ゆっくりと左手を持ち上げてみる。
指がちゃんと動く。握って、開いて、また握る。
「動く……。痺れが……ねえ。毒、消えてんのか」
クイーンベアーの毒爪にやられ、感覚どころか腕ごと失うかと思った左腕が、今は問題なく動いている。
その事実に安堵していると、部屋の扉が勢いよく開いた。
「……ん? アデル、目ぇ覚めたのかよ!! おい、グレック! アデル目ぇ覚ましてるぞ!!」
ルインの声が廊下に響き渡り、その声に呼応するように、廊下の向こうからドタドタと複数の足音が近づいてくる。
「アデルーー!! 目ぇ覚めてんじゃねえか!!!」
「おめーら……声でけえよ。鼓膜破れるわ……」
二人の大声に、腹の上の重みがもぞりと動く。
眠そうに目をこすったリノアが顔を上げ、ぼんやりとアデルの顔を見つめ――瞬時に目を見開いた。
「ア、アデル……!? 起きてる……?」
次の瞬間。
「この、バカアデルッ!! 無茶してえ!!」
パァン! と乾いた音が部屋に響いた。
リノアの掌がアデルの頬を綺麗に捉える。
「いってええええ!!! 何すんだよっ!! アホリノア!!!」
ビリビリと頬が痛い。思わず両手で押さえ込む。
「無茶するバカアデルが悪いんですぅー!!」
リノアはぷくっと頬を膨らませ、アデルに舌をべーっと突き出すと、そのままくるりと踵を返して部屋を飛び出していった。
走り去る途中、袖で何度も目元をこする仕草をしていたのを、アデルは見逃さなかった。
「お転婆な聖女だなぁ、おい、アデル!」
「うるせえ、ツルッツル」
「まあまあ、そんなピリピリすんなよ。ほら、グレックと俺で飯持ってきたからよ。腹減ってんだろ?」
ルインとグレックが持ってきた皿から、湯気と共に香ばしい匂いが立ち上る。
アデルの腹がぐう、と素直に鳴った。
「……うるせえ。減ってるに決まってんだろ……」
遠慮もなく皿を受け取り、アデルは勢いよくパンにかぶりつく。
スープを流し込み、肉をもぐもぐと咀嚼する。
「アデルー、誰も取らねえんだから、もう少し噛んで食えっての」
「うっせ。腹が、クソ減ってんだよ。……そういや、ルイン。ゼーラはどうした?」
「ゼーラなら食べ物買いに市場に行ってる。多分すぐここに来ると思うぞ」
ルインが答えたところで、グレックが真剣な眼差しでアデルに向き直る。
「アデルよ!! 俺は聞きてえことがあるんだ!!」
「なんだよツルッツル?」
「おまえ!! なんで俺達を頼らなかったんだ!!!」
ルインも頷く。
「そうだぜ。なんで一人でクイーンベアーと戦ったんだよ」
問いかけられても、アデルは黙々とパンを噛み続ける。
視線を皿から上げないまま、無言で咀嚼音だけが部屋に響く。
その態度に堪忍袋の緒が切れたのか、グレックがずい、と詰め寄り、アデルの胸ぐらを掴み上げた。
「おい、グレック!!」
ルインが慌てて声を上げるが、グレックは構わず怒鳴る。
「アデルッ!! てめえ、なんとか言えよ!! おまえは俺らが足手まといだと思ってたから、頼らず一人で挑んだのか!? なんとか言ってみろよおお!! アデルッ!!!」
「グレック!! いい加減落ち着け!!」
「ルイン!! おまえはどう思うんだよ!! どれだけ俺達が心配したか!! おまえもわかってるだろ!! 俺達はアデルに足手まといだと思われてたんだぞ!!」
ルインは口をつぐみ、アデルを見つめる。
胸ぐらを掴まれている当人は、抵抗もせず、ただグレックの顔をじっと見返していた。
そのとき。
「なに……してるんですか?」
少し戸惑ったような声音が背後から飛んできた。
全員がそちらを振り向くと、果物の入った籠を抱えたゼーラと、その横で眉をひそめているリノアが立っていた。
「ツルッツル!! 何してるの!!」
リノアがキッとグレックを睨む。
「丁度いい!! おまえらも気にならねえのか!? アデルはなんで俺達を頼らず、一人で挑んだのか!! おい!! アデルッ!! 今回はクイーンベアーに挑んで勝ったからいいけどよ、死んでた場合だってあったんだぞ!! なんで頼ってくれなかったんだよ!! 俺達仲間じゃねえのかよおお!!! アデルッ!!!」
グレックは目にうっすら涙を浮かべながら、叫ぶように問い詰める。
部屋の空気が一気に張り詰めた。
アデルは掴まれた胸ぐらに手を添えるでもなく、グレックの顔をじっと見上げた。
視線をそこからリノア、ゼーラ、ルインへと順番に移し――ゆっくり口を開く。
「オレは、一回もおまえらのこと足手まといだと思ってねえ」
その一言で、グレックの握力が僅かに緩む。
「オレだってよくわかんねえんだよ……。おまえらがクイーンベアーと戦って、もし今より酷い傷を負ったらって考えると、胸が苦しくなんだよ」
ぎゅっと奥歯を噛み締める音がした。
「おまえらと友達になってから、この旅を始めてから……今まで一度も感じたことねえ感情が、いちいち出てくんだよ。クソが……。今までこんなことなかったのによ……」
言葉を吐き捨てるように言いながらも、その声は震えている。
「オレは――友達を亡くしたくねえ。嫌なんだよ。それが怖くて、イラついて、ムカついて……だからオレは一人で挑んだんだ。……これが答えだ。わかったか、グレック」
グレックはしばらく何も言わず、アデルの顔を見つめていた。
やがて、肩の力を抜き、掴んでいた胸ぐらから手を離す。
「……もしそれでおまえが死んだら、意味ねえだろ……アデル……」
押し殺したような声が漏れる。
アデルはふっと口元を歪めた。
「オレが死ぬ? はっ、舐めんな。オレは“龍極者”になる男だぞ。龍極者になって、世界にオレの名を知らしめる。だからオレは、それまで絶っっ対に死なねえよ!! わかったか!!」
その宣言は、いつものアデルらしい大言壮語――のはずなのに、不思議と誰も笑えなかった。
それだけ、本気の覚悟が籠もっていた。
グレックはそんなアデルの顔を見て、ふっと噴き出す。
「くっ、くっ、くっ……はははははっ、はははは!!」
「なんだよツルッツル。変なもんでも食ったか? あと急に大声で笑うな! 耳がキーンってなったわ!」
「はははは……はあー……すまん、すまん、アデル!! おまえは龍極者になれる!! 俺はここで断言してやる!! おまえが生きててよかった! ……よし、俺は他のメンバーに今後どうするか話し合いしてくるわ!! おまえはゆっくり休んでろ!!」
そう言い残し、グレックは勢いよく部屋を飛び出して行った。
「なんだツルッツル。マジで変なもん食ったんじゃねーか?」
肩を竦めるアデルに、ルインがずかずかと近寄ってくる。
「アデルゥ!! 俺はおまえと肩を並べてやるっ!! 見てろよ!!!」
やたらと熱い宣言を叩きつけると、ルインもまた駆け足で部屋を出ていく。
すぐ後ろからゼーラが「ルインさん、待ってください」と慌てて追いかける。
残されたのは、アデルとリノアの二人きり。
「マジ……なんなんだよ、あいつら」
天井を仰ぎながらぼそっと漏らす。
「リノア。おまえも出てかねえのか?」
ベッドの横に腰掛けたままのリノアが、柔らかく笑う。
「アデルってさ、最初の頃は自分のこと優先してたけど……少しずつ変わったよね」
「オレは変わってねえ。オレはオレだ!!」
即答するアデルに、リノアは肩をすくめる。
「はいはい、アデルはアデルだよ。でも、わたしは前のアデルよりも、今の“仲間思い”のアデルの方が好きかな」
「……急になんだよ。オレのこと褒めちゃって」
「わたしだって褒める時は褒めるの! ……まあ、誰にも相談せずに勝手にクイーンベアーに挑んだことに関しては、やっぱりバカは変わらないな、とは思ったけどね」
「なんだと!! アホリノア!!」
「だからさ、今度はちゃんと話してよ。わたし達に」
リノアは真っ直ぐな目でアデルを見る。
その視線から、責めるよりも心配する気持ちの方が強いのがはっきり伝わってきた。
アデルはわずかに視線を逸らし、短く答える。
「ああ……すまん」
ふたりの間に、少しだけ静かな時間が流れる。
どちらかが何か言おうと口を開きかけた、そのとき――
廊下の方からざわざわとした人の気配が近づいてくる。
「……わたし、ちょっと見てくるね」
リノアは立ち上がり、扉を開けて外に出る。
廊下に出た途端、多くの人の背中が視界に入った。アデルの部屋の前に人だかりができている。
「えっと……どうしたんですか?」
声をかけると、先頭にいた男が振り向いた。
顔には疲労と安堵が入り混じったような表情。
「村の英雄に会いに来たんだよ!! 俺達のためにアデルって奴は一人でクイーンを討伐してくれたんだろ! だから礼を言いてえんだ!」
「俺もだ!! まだガキのくせに大した奴だぜ!!」
「僕も、アデルって英雄に会いたい!」
「わたしもー!」
年配の男、腰の曲がった老婆、小さな子ども、若い娘――年齢も性別もバラバラな村人たちが、口々にそう言いながら、手に花や果物、素朴な細工物などを抱えていた。
リノアは少し驚きつつも、自然と頬が緩む。
「じゃあ、順番にね。アデル、まだ本調子じゃないから、一人ずつだよー」
リノアの誘導で、村人たちは入れ替わり立ち替わりアデルの部屋へ入っていき、「ありがとう」「助けてくれて」「本当にありがとう」と口々に感謝の言葉を伝えては、深く頭を下げて部屋を後にする。
子ども達は、拙い手つきで編んだ花の冠や、捕まえたばかりの虫を「これあげる!」と嬉しそうに差し出してくる。
アデルは最初こそ戸惑っていたものの、次第にむず痒そうにしながらも、ひとりひとりの言葉を黙って受け止めていった。
村人たちの列がようやく途切れた頃、リノアは部屋に戻ってくる。
「アデル、すごい感謝されてたね!」
「……別に感謝されるようなこと、してねえよ」
「でも、村の人達にとっては、本当に命を救ってくれた恩人なんだよ。それは事実。……これで、アデルの名前を世界に知らしめる一歩が踏み出せたね!」
「……そうか。……そう、だな」
完全には納得していないような、けれどどこか嬉しそうな、そんな複雑な表情でアデルは天井を見上げる。
「じゃあ、わたしは自分の部屋に戻って荷物の整理してくるね。グレックが言うには、明日ここを出発してトーメル王国に帰るみたい」
リノアはそう言って軽く手を振り、部屋を出ていった。
残されたアデルは、静かになった部屋をぐるりと見渡し、ぽつりと呟く。
「……クル村の英雄、ね。悪くねえ……」
そのままベッドに横になり、再び目を閉じる。
だが、すぐには眠れなかった。
胸の中に、慣れない“感謝”の重さとくすぐったさが残っていて、なんとなく落ち着かない。
「……あの時、体の中を巡ってた熱いの。あれ、やっぱマナでいいんだよな……。なんで、あの瞬間だけあんなハッキリ感じ取れたんだ? 今は全っ然感じねえのに……」
アデルは右手をゆっくりと掲げ、指先をじっと見つめる。
拳を握り締めるたび、クイーンベアーに叩き込んだあの一撃の感触がよみがえる。
そのまま、ふと村人たちの無残な死体の光景が脳裏に蘇る。
「一体、誰が村人を殺したんだ……」
その疑問を胸に抱えたまま、アデルはようやく眠りに落ちていく。
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「あ〜あ〜あ〜、やっと並び終えたよ。サラ、ごめんねぇ〜」
湿った夜風の吹く、人気のない森の奥。
月明かりの届く小さな開けた場所で、少年がぽつりと呟いた。
彼は腕の中に抱えた人形をそっと持ち上げ、衣服についた土埃を丁寧に払ってやる。
人形は一メートルほどの大きさで、白い髪に、布ではなく何かの“皮”で作られたような不気味な肌。
縫い目が蜘蛛の巣のように這い回っている、妙に生々しい少女の人形だ。
少年はその人形――“サラ”を両手で大事そうに抱え、石を積み上げて作った小さな台座の前まで歩いていく。
周囲には、円を描くように平たい石が並べられており、その上には何か丸いものがずらりと置かれていた。
雲に隠れていた月が顔を出し、白い光がその場を照らし出す。
「お〜、やっとお月様が出てきたね! よかったね、サラ。心臓も三十個くらい並べたし、あの村人達には感謝しないとだね♪」
並べられた丸いものを、少年は満足そうに眺める。
それは、まだ新鮮な血を滴らせる“心臓”だった。人間の心臓が、ずらりと。
「さあ〜サラ、今からちゃんと肉体が手に入るように、穢闇神テキウス様にお願いするから、待っててね♪」
少年は人形を台座の上にそっと寝かせると、一歩下がり、月に向かって両手を大きく広げる。
「テキウスさまぁああ!! こちらで心臓を三十個用意しましたぁあ!! 月の明かりで照らされていますので、よーくご確認ください!! この三十個の心臓を貴方様に献上しますので、どうかボクの妹サラに魂と肉体を授けてもらえませんかぁ?! どうか!! お願いします!!」
甲高い声が、森の静寂を切り裂く。
少年はしばらく叫び続けた後、懐から小瓶を取り出した。
小瓶の中には、ドロリとした赤黒い液体――血が詰まっている。
少年はそれを口に含み、人形の頭部へと顔を近づける。
人形の顔には、縫い付けられたような小さな“口”があり、そこへ先ほど含んだ血をゆっくりと流し込んだ。
ベチャ、ベチャ……。
血が人形の内部へ染み込んでいく音だけが、妙に生々しく響く。
しかし、数分待っても人形に変化はない。
動く気配も、喋る気配もない。
森には、虫の囀りだけが虚しく響いていた。
「あ〜あ〜ダメだったか〜。これで三回目だよ……。ごめんね、サラ。やっぱりただの人間の心臓じゃ意味ないみたい……。血もそうだよね、きっと」
少年は肩を落としてため息をつく。
「はあ〜……面倒くさいけど、聖女の心臓と血を手に入れないとな〜。そうすればテキウス様、喜んでくれるかもね♪」
手を伸ばし、人形の白い髪を撫でながら、甘えるように囁く。
「サラ、待っててね。ボクが必ずサラを生き返らせる。よしっ! 早速、聖女探しに行かないとな〜」
踵を返して森の奥へ歩き出そうとしたところで、少年は首をかしげる。
「ん〜、でも下手に聖女殺しまくると、“戒罪の七印(かいざいのなないん)“に目をつけられるからな〜。どうしよっかな〜……」
しばらく悩んだ後、ぽんっと手を叩いた。
「あっ、そうだ! 盗賊に依頼すればいいか♪ バレそうになったら殺しても大丈夫だし、うん、そうしよ♪ どの盗賊に依頼しよっかな〜」
楽しそうに人形へ話しかけながら、少年はその場から離れていく。
「あ! これこのままだとバレたらマズイよね……」
思い出したように振り返り、円状に並べられた石と、その上の心臓へ軽く手を仰ぐ。
ふわりと砂埃が舞い、次の瞬間、石も心臓も、跡形もなく消え去った。
「よしっ! これで大丈夫! じゃ〜出発だ〜」
足取り軽く、少年は人形を抱えて暗い森の中へと消えていった。
ーーー
「アデルーーーーーーー!!! 起きた!? 早く出発の準備するよ!!」
翌朝。
勢いよく扉が開き、リノアの明るい声が部屋に飛び込んでくる。
「……朝っぱらからうるせえ。今から広場に向かうところだよ」
布団から半身を起こしながらアデルが答えると、リノアはむっと頬を膨らませる。
「ちょっと、挨拶ぐらいしなさいよ!! 『おはよう』とか!」
「リノアもしてねえだろ」
「……おはよう」
「おう。おはよう」
しょうがなさそうに交わされた朝の挨拶。
二人はそんな他愛ないやり取りを続けながら、荷物を持って部屋を出る。
宿を出て広場へ向かう道すがら、村人たちと何度もすれ違った。
「あ、アデルさん! 昨日は本当に……!」
「ありがとうな、坊主!」
「アデルお兄ちゃん、これあげる!」
花を握りしめた子ども、果物を差し出す老婆、ぎこちない笑顔で頭を下げる若い男。
少年少女からは、野の花の束や、虫籠に入った虫まで渡される。
「やっぱりツノムシはカッコいいぜ!!」
アデルは子どもからもらった角の生えた虫を、目を輝かせて観察する。
手の上でつんつんと触っても平気そうだ。
「アデル、よく触れるよね……。わたしはもう無理だよ……」
リノアは顔を引き攣らせ、一歩後ろに下がる。
広場付近まで来ると、遠くから声が飛んできた。
「おーい!」
「ルイン、ゼーラ! もう着いてたの!? 早いね!」
「まあな! 早いに越したことはないだろ!」
胸を張るルインの横で、ゼーラがさらりと冷静に言い放つ。
「ルインさん、何言ってるんですか。私が起こさなかったら、絶対寝坊してましたよね?」
「ゼーラ、余計なこと言わなくていい!!」
「なーんだっ。ルインもアデルと一緒で、お寝坊さんなんだ!」
「おいリノア!! オレは寝坊してねえだろ! ちゃんと準備してたし!」
「普段からよく寝坊するくせに、よく言うよね〜?」
「なんだと、アホリノア!!」
いつものように言い合いを始める二人を見て、呆れたような声が割り込む。
「おいおい、朝から元気すぎだろ。まったく、おまえらってやつはよ〜」
グレックが片手を振りながら近づいてきた。
両手には村人から渡されたらしい小袋や包みがいくつもぶら下がっており、かなりの量を受け取ってきたようだ。
広場には、既にギルドのメンバーと多くの村人が集まっていた。
中央に立つ村長が、一歩前へ出る。
「ギルドの方々。この村を救ってくれて、本当にありがとう。貴方方がいなければ、村は今頃滅んでいたかもしれん。本当に、ありがとう」
村長が深々と頭を下げると、周りの村人たちも一斉に頭を下げ、「ありがとう」「助かった」と口々に感謝の言葉を述べる。
グレックは頭をかきながら前に出た。
「俺達はほとんど何にもしてねえ。一番頑張ったのは、ギルドメンバーの中で一番若いこの四人だ。だから村長、こいつらに特別報酬金を渡してもらっていいか?」
「ちょ、グレック何言ってるの?」
「そうですよ、グレックさん! 皆さんがいてくれたから、私たちも思いっきりオークに集中して戦えました!」
リノアとゼーラが慌てて否定する。
その様子を見ながら、アデルは小声でルインに尋ねる。
「なあルイン。特別報酬金ってなんだ? ギルドの報酬とは別モンなのか?」
「アデル、そんなことも知らんのかよ」
ルインは肩をすくめながらも、ちゃんと説明してくれる。
「特別報酬ってのはな、今回の村長からの依頼は《ホーネットベアー》の討伐依頼だっただろ。でも村に着いたら、まさかの《はぐれオーク》が村を襲ってた。依頼内容とは違う魔物だ。こういう場合、本当は“依頼内容とは違った段階”で依頼を拒否してもいいんだよ」
「依頼って、途中で急に辞めてもいいのかよ!!」
「今回みたいな“討伐対象が違う”場合だけだぞ。普段からクエスト受注したのにキャンセルしまくってたら、依頼主の信頼を失って、『あいつには依頼出すな』ってなって、二度とクエスト受けられなくなる」
「そりゃそうだわ」
アデルも頷く。
「話を戻すけどな。俺達は依頼を中止することなく、本来の目的とは違う魔物――オークを追い払うことができた。だから、“契約外の働き”として、追加で報酬を貰えるようになってんだ」
「なるほどな。……でも村長も、追加報酬渡さなくてもよくねえか?」
「まあ、確かに“義務”じゃねえけどな。でもギルドのほとんどの奴らは、金を稼ぐために魔物を狩ってる。命懸けで戦ったのに何も貰えなかったら、『この依頼主は依頼内容と違う魔物討伐しても特別報酬くれねえケチな奴』ってレッテル貼られて、二度とクエスト受けてもらえねえ。だから、特別報酬を渡すんだよ」
「へえー、そういうことなんだな!」
そこでふと、アデルの耳にグレックとリノア達のやり取りが飛び込んできた。
「だからツルツル達も一緒に貰えばいいじゃない!!」
「それができねえから言ってんだ!! 俺達はただ避難誘導と、いなくなった村人を探しただけで、他何にもしてねえ!! ここでこれ、俺らも貰ったらダサい!!」
「ダサくないよ!! いいからつべこべ言わずにツルツル達も貰って!!」
「なんか揉めてんな……」
「だな。アデル、仲裁入るぞ」
ルインとアデルは顔を見合わせ、グレックたちのところへ歩いていく。
「おいおい、どうしたんだよ。口論なんかしちゃってよ。早く特別報酬もらって、ギルド戻ろうぜ」
「ルイン!! このツルツル、わたし達“ガキ組”が全部貰えって言うんだけど、おかしいでしょ!! ツルツル達も頑張ってたのに、なんでわたし達だけが貰わないといけないのよ!! ツルツル達も貰ってよ!!」
「俺達はただ避難誘導といなくなった村人を探しただけで、他何にもしてねーー!! ここでこれ俺らも貰ったらダサいって!!」
村長は両者の押し問答に完全におろおろし、どうしていいかわからない様子だ。
「おいアデル!! だったらおまえが貰え!! クイーンベアーを一人で倒したんだ! おまえが全部貰え! 村長! この坊主に金を渡してくれ!」
「えっ、あ、ああ」
グレックに背中を押され、村長は慌ててアデルのところへ歩み寄る。
「アデルさん。他の冒険者達がああ言っているので、どうか受け取ってください」
差し出された小袋を受け取り、中を覗く。
中には、金貨が二枚、きらりと光っていた。
「おお!! これが金貨ってやつか!! よし! 満足したわ!」
アデルはにやりと笑い、金貨を袋に戻すと――そのまま袋ごと村長に突き返した。
「あ、あの……? 受け取って欲しいんですが……」
「んなもんいらねえよ。オレにその金渡すなら、村の復興に使え。わかったな!」
短く言い捨てると、アデルはくるりと背を向け、鳥車がある方へ歩き出す。
「お、おい、アデル! 俺を置いてくなよー!」
ルインが慌てて後を追いかける。
村長は一瞬呆然としたが、すぐにゼーラがそっと近づいてきた。
「アデルくんがそう言っているので、そのお金は村の復興に使ってください」
ゼーラも軽く頭を下げ、アデルとルインの後を追う。
リノアとグレックは顔を見合わせ、同時に苦笑いを浮かべた。
「……ったく。しょうがないわね」
「ま、あれがアデルだ」
二人も鳥車の方へ向かい、他の冒険者達もそれに続く。
村長と村人たちは、去っていく冒険者たちの背中に向けて、深く、何度も頭を下げた。
「鳥車に乗るのも、なんか久しぶりな感じがするぜ」
荷台に腰を下ろしながら、アデルがぽつりと言う。
「なかなか“濃い一日”だったからな。そう感じるのも仕方ねえさ。……なんかそう言われると、俺も久しぶりに感じるわ」
ルインが笑いながら同意する。
「それよりアデル。金、本当にいらなかったのか? せっかくだし貰っとけばよかったのによ」
「んなもんいらねーよ。ギルドに戻ってクエストじゃんじゃんこなせばいいだけだ」
「……そうか」
二人が話していると、程なくしてゼーラ、リノア、グレックも鳥車に乗り込んでくる。
「もう! アデル!! なんで受け取らなかったのよ!! さっきまでの口論が余計恥ずかしくなったじゃない!!」
リノアが頬を赤くして文句を言うと、ゼーラが柔らかく笑う。
「でもリノアさん。お互いのことを思っての口論だったのは、いいことだと思いますよ?」
グレックも気まずそうに頭を掻く。
「リノア、悪かったな……。でもどうしても、あの金は俺達じゃ受け取れなかった。あんなボロボロになったおまえらを見て、『俺達何してんだ』って思ったから……。だから受け取れなかった。……だけどよ、ありがとな。俺達のこと気にかけてくれて!」
「急に……何ツルツル……。だって、わたし達『仲間』でしょ? わたしはギルドのみんな、仲間だと思ってるよ」
真正面からそんなことを言われ、グレックは耳まで真っ赤になる。
「なんかそんな真正面で言われると、こそばゆくなるぜ……!」
そのやり取りを見ていたルインは、にやりと笑ってアデルの腕を小突く。
「おいアデル。二人、仲直りしたみてえだぞ……って、おい。おまえ何ボーッとしてるんだ?」
アデルは荷台の端にもたれかかり、じっと空を見上げていた。
「別にボーッとしてねえよ。ちょっと考え事してただけだ」
「え! 何!! アデルも考えることあるのかよ!」
「ルインてめえ! オレだってあるわボケ!」
「そんな怒んなって。で、何考えてたんだ?」
少しだけ間を置いてから、アデルは口を開く。
「なあ、オレ達って今の実力で塔を攻略できるのか?」
その一言で、ゼーラ、リノア、ルインが一斉にアデルの方を向く。
「塔の魔物って、俺たちが戦った猪頭より強ぇのか? それとも、遥かに強すぎる魔物なのか。わかんねーんだよな」
静かになった荷台の中で、ゼーラが口を開く。
「噂では聞いたことあるんですけど……塔の魔物に挑む際、“全員が倒せるレベル”の魔物が出てくるらしいですよ。塔が挑戦者を見て判断するって」
「え?! そうなのゼーラ!? わたし、もっと物凄い強い魔物が出ると思ってた!」
「塔に挑む聖女は、私達以外にもいますから。誰もクリアできないような難易度にしても仕方ありませんし」
「そうだよね……。わたし達と同じ時期に旅に出た聖女達って、どれくらいいるんだろうね!」
「少し気になりますね」
ゼーラとリノアは、それだけでひとしきり盛り上がり始める。
その横で、アデルは再び何か考え込むように黙り込んだ。
ルインがまた話しかけようとしたところで、グレックが口を開く。
「おいアデルよ。いつ頃トラウスの塔に行くんだ? 段取りとか、決めてたのか?」
「段取り? んなもん考えてねーよ。オレはそのまま塔に挑もうとしてたけど、そこまで行く金がなくて、“ギルドで稼ぐために寄った”だけだ。まあ、ギルドに来る間にいろいろあったけどな」
「ならギルドに戻ったら、リノア達と一緒にもう旅立っちまうのか?」
「いや。オレにはまだやらなきゃいけねえことがあるからな。それが済むまで、まだトーメル王国を離れるわけにはいかねえんだよ」
「やらなきゃいけねーことって、なんだよ」
「気にするな」
「おい、“気にするな”ってなんだよ! 余計気になっちまうだろ!」
「まあまあグレック。アデルがそう言ってんだから、そこまで首突っ込まなくていいだろ? 言いたくなったら、アデルの方から言うだろ。な? アデル!」
ルインがそう言って振り向くと、アデルはすでに目を閉じていた。
「寝るの早すぎだろ……。まだガキだなあ。ルインも寝ていいぞ。まだガキだから眠いだろ」
「うるせえハゲ頭! 俺は大丈夫だ!!」
「なんだと!! 俺の優しさを無駄にしやがって!!」
グレックとルインが再び睨み合いを始める中、リノアがルインに声をかける。
「ねえ、ルイン。ギルドに着いたら、今後どうするか話し合おう。ゼーラも、それでいい?」
「はい。分かりました、リノアさん」
鳥車は揺れながらも順調に進み、何事もなくギルドのある街へと戻ってきた。
「着いたああああ!! ひっさしぶりな気がするぜええ!!」
鳥車から飛び降りながら、アデルが元気よく叫ぶ。
「アデル、声でかすぎ! 一日しか経ってないじゃん!」
「それだけ濃い一日だったってことだと思いますよ」
ゼーラが苦笑する。
「まあ、アデルはクイーンベアーも一人でぶっ倒してるからなぁ。それよりグレック、何してんだよ。早く鳥車から出てこいよ」
「変な体勢で座ってたら、足が痺れた……」
「はいはい。俺達は先に入ってるからな」
リノア、ゼーラ、ルイン、アデルの四人は先にギルドの中へ入って行く。
少し遅れて痺れた足を引きずりながら、グレック達も後に続いた。
扉をくぐると、カウンターの奥からギルドマスター・ガロンが大声で迎える。
「おお! おまえら、帰ってきたか! ……ん? ガキ共、なんか最初に見た時より強くなってんな。特にアデル! おまえ、ギリギリの戦闘してきただろ。マナ量がかなり増えてやがる!」
「は? なんでマナ量増えてるってわかんだよ!」
「俺はなんとなくわかるのさ。人は生死を賭けた戦いをして生き残れば、次第にマナ量が上がるもんだ。……その調子でおまえら頑張れよ。まだまだ小便くせーガキだから、いくらでも強くなれるぞ!」
ガロンは笑いながら、ちらりと他の冒険者たちにも目を向ける。
「それに比べて、グレック含めた残りの冒険者共。おまえら全然雰囲気変わってねえな!! ……それよりグレックは?」
ガロンが辺りを見回したところで、ギルドの扉が勢いよく開く。
「す、すまねえ! やっと足の痺れ治ったぜ!!」
「おいグレック。何してんだよ。おまえ、ほんと雰囲気変わってねえな」
「雰囲気? マスター、何言ってるんですか!?」
「あーもういい。何はともあれ、おまえら全員無事に帰ってきてよかったわ。命落とす奴が出ると思っていたからな。リンダちゃんから報酬受け取ってきな」
ガロンはそう言って手をひらひらさせ、奥へと引っ込んでいく。
リノア達は受付のリンダの元へ向かい、報酬を受け取ることにした。
「皆さん、任務お疲れ様でした。特にアデル君達……生きて帰ってきてくれて、本当に嬉しいです。職業柄、亡くなる方が多くいますので……だから、こうやって帰ってきてくれるのが、一番嬉しいんです」
リンダは少し目を潤ませながら言うが、アデルはそっけなく鼻を鳴らす。
「あっそ……」
「……あれ? アデル君、どうしたんですか? あんまり元気がないような……」
心配そうに覗き込むリンダに、リノアが明るい声で割り込んだ。
「リンダさん、アデルも色々と今回の任務で学んだんですよ。わたし達も初任務で、学ばないといけないことがたくさん見つかりましたので、一足先に宿に戻って反省会してますね! アデル、行くよ!」
「お、おい、腕引っ張んなって!」
リノアはアデルの手首を掴んで強引に引っ張り、ギルドを出て行く。
ルインとゼーラも軽く会釈してから、二人の後を追った。
その様子を眺めていた冒険者のひとりが、グレックに話しかける。
「おいグレック。あの坊主、最初見た時より元気ねえな。あんまり活躍できなくて、しょんぼりしちゃったのか? ホーネットベアーはグレック達がほとんど倒して、坊主達は初任務で緊張しちゃって活躍できなかったって、あのガキ共だろ?」
グレックは「はあ」と大きくため息をつき、呆れた顔でその冒険者を見る。
「あのよ。おまえ何か勘違いしてるか知らんけどよ。今回もっとも活躍したのはアデルだ。ホーネットベアーなんていなかった。いたのは、《はぐれオーク》と――そして《クイーンベアー》だ!」
その言葉に、周囲の冒険者たちが一斉にざわめいた。
「はぐれオークとクイーンベアーだって!!?」
「アデル達四人がはぐれオークと戦って、追い払うことができた。クイーンベアーに関しては――アデル一人で倒したんだ」
「お、おい……それ、本当かよ……」
「嘘言ってどうすんだよ。俺達は正直、何もしてねえんだよ。……俺も疲れたから、宿戻るわ」
「ちょ、ちょっと詳しく話聞かせてくれよー!」
他の冒険者が慌てて引き留めようとするが、グレック達は報酬を受け取った後、その場から逃げるようにギルドを後にする。
残った冒険者たちは、顔を見合わせ、騒ぎ始めた。
「いったい何があったんだ……?」
「俺だって気になるわ!」
「まあ、あいつらがまたギルドに顔出したら話聞こうぜ」
それぞれが勝手に想像を膨らませながら、酒を飲みつつ魔物やクエストの話に花を咲かせる。
そんな中、天井の近くに設置された止まり木に、一羽の灰色の鳥――イルバードがひらりと舞い降りた。
背中には小さな鞄が括りつけられている。
「イルバードが何か情報持ってきたぞ!!」
一人の冒険者が駆け寄り、鞄から紙を一枚取り出してテーブルの上に広げる。
「おい! なんて書いてるんだよ!!」
「焦るなって……えーっと、なになに……――――……っ!? こりゃ、まずいな……」
紙を読んでいた冒険者の顔色が変わる。
「何が書いてあんだよ!! 字、俺読めねえんだ!!」
「俺もだ!!」
字の読めない二人が食いつくように身を乗り出す。
「えーっとだな……ラバン王国周辺で、グールが現れたらしい。見つけた場所が――クウロの丘ら辺だとよ」
「ウソだろおおお!!! 《黒雪》が現れたのか?!!」
「グールが現れたら、そういうことだよな!!」
「まだ倒されてねえってことだろ……」
「そういうことになるな……」
黒雪――それはこの世界に災厄をもたらす存在の総称。
その影がまたひとつ、世界のどこかで蠢き始めたという情報に、場の空気が一瞬重くなる。
「他にも何か書かれてねえのか? グール目撃情報だけか!!?」
「後は……魔獣目撃情報だ!」
「魔獣だと!! どんなやつだ!!」
「《シルバーメイグリズリー》」
その名を聞いた途端、冒険者達の間にさらに大きなどよめきが走る。
「おい! 本当かよ!!」
「まだ討伐されてなかったのかよ!! 情報がないから、てっきりもう倒されたかと……」
「目撃場所は……クウロの丘付近にある森林だ!!!」
「当分落ち着くまで、あそこ周辺は行きたくねえなぁ……」
「あの熊討伐で、何人の三つ星プレート冒険者が死んじまったか……」
「魔獣は恐ろしいな。出会いたくねえもんだ……」
「他に書かれてないか?」
「いや、これくらいしかないな……。……はあ……」
紙を持っていた冒険者が大きなため息をつく。
「どうしたんだ? ため息なんかついて」
「ここ最近、黒雪が多いって言うだろ。いずれこっちにも来るのかなぁって、つい考えちまってな……」
「俺は知らね。とりあえず“一日一日をしっかり生きる”ことが大事だぞ。そんなこと考えてたらキリねえって」
「……確かにな。考えてもどうにもなんねえこと考えるより、目の前の依頼こなす方がマシか」
気持ちを切り替えるように頭を振る。
「それよりさっきの話。アデルって坊主がクイーンベアー一人で倒したって、グレック言ってただろ。……俺はまだ信じられねえぞ」
「確かにあのガキ強えけどよ。さすがに“人一人”じゃキツイだろ。……アデルって奴がギルド来た時、俺勝負仕掛けるわ。本当かどうか確かめてやる!!」
「なら俺も勝負挑むわ!」
「俺も!!」
「俺も混ぜろ!」
次々と名乗りを上げる冒険者たち。
ギルドの酒場スペースは、いつの間にか“アデル討伐戦――もとい腕試し大会”の話題で持ちきりになっていた。
誰もが、クイーンベアーを単独で討伐したという少年の実力と、その行く末に興味を隠せないでいた。
ーーーーー
イルバード
ギルドでの役割では、主にギルド同士情報交換する為の役割を果たす、他にも届け便として使う時もある、ギルド内には十羽くらいイルバードを飼っている
昆虫
アカバネ
羽が赤い虫、三十匹で集団で移動する、天敵が現れると一斉に塊、羽を赤く光らせビビらせる、ラーフ草を好んで食べる
植物 ラーフ草
ラーフ草は、長寿の草として有名である、見つけて食べれば、寿命が十年伸びると噂されている、実際はアカバネが食べ尽くす為、中々見つける事が出来ない、珍しいあまりそんな噂がついた
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