第98話 森の民

ー/ー



「ところでフィー様。アレフヘイムの森って何処にあるんだ?」
「知らん」

 ノイデスの顔が瞬時に硬直する様がよく見えた。
 我なら何でも知っておるとでも思ったのか。

「ええっ!? 名前が分かってんだから地図のどっか探せばあんじゃねえの!?」
「森の名前なんぞ、そのエルフの集落が勝手に付けてる場合も多いし、元より閉塞的な文化を持つエルフが自分たちの里を堂々と外に漏らすものか」

 人間どもにはナントカ地方だとか、ナニナニ国の領土とか、そういうのを事細かに記録してとりまとめた地図があるのだろうが、殆どのエルフは自分たちの定住できる場所を見つけたら森とともに永住するような種族ばかりだ。
 根本的に、外に情報が出ていかない。

 森を焼かれて行き場を失って放浪したり、ミモザのように追放されて旅をしたりするエルフもいるが、自ら積極的に森の外に出ていこうとするエルフはいない。

「じゃあ結局手がかりねぇってことじゃんか!」
「まあ待て。縄張り意識の高いエルフ同士であれば他の森の名を知っている可能性は高い。それはエルフにとっての死活問題だからな」

 エルフ間における縄張り争いは苛烈なものと聞く。ほんの木一本を隔てた先に一歩踏み出しただけで戦争の火種になるくらいなのだとか。
 そのため、他の種族には違いも何も分からずとも、エルフ同士であるならば何処から何処までが何の森なのか把握していて当然な風潮もある。

 と、我の持ちうる知識では、そのようにエルフはとてつもなく偏執な種族であるイメージが根強いのだが、このパエデロスにいると常識が崩壊するから困る。

「ふぅん? ま、よく分かんねぇけど、エルフに聞きゃ分かるんだな。うっし、そこら辺のエルフを掻き集めてくっか!」

 おい、バカやめろ。
 お前の言い回しだと言葉通りにエルフを両腕いっぱい束にして運んできそうだ。

「あくまで平和的に頼むぞ!」
 と付け加えるのが精一杯で、バカノイデスはドッスンドッスンと我の屋敷を破壊するのではないかという勢いで地響きと共に去っていった。

 ※ ※ ※

「あのぅー……これはどういうことなのでしょう」
 それは我が聞きたい。

 戻ってきたノイデスの肩には、褐色肌の白髪エルフ、デニアが捕獲されていた。
 そんな丸太をかつぐみたいにぶっきらぼうに連れてこなくてもよいのではないか。

「ノイデス、ちゃんとデニアには話をしたのだろうな」
「いんや、なんかいろいろと面倒臭そうだったし、俺、あんま話聞くのも苦手だからとりあえず連れてきた」

 そりゃあデニアの顔もきょとんとしていて当然だったわ。
 この状況をまるで何も把握していないことがよく分かった。

 相手がおっとりとした性格のデニアでよかったな。
 むしろデニアだから連れてこられたのか。

「とりあえず話をするからデニアを降ろせ」
「あいよ!」

 本格的に荷物のようにデニアが床に置かれる。
 全く以てノイデスの行動力の早さには驚かされるものだ。

「さて、何処から話したものだろうな……」

 とかく、ほとんど何の事情も知らないデニアに対しては最初から説明せざるを得ず、ミモザのためだと前置きをして、話を切り出した。

 デニアもミモザが失踪していること以外は把握しておらず、まさかこの平和な街パエデロスでエルフ襲撃事件なるものが水面下で起きていたことも知らなければ、レッドアイズ国の民がエルフに逆恨みを覚えているなど寝耳に水。

 ミモザがいなくなったその日、店の様子をよく見ていたデニアは、店が荒らされていなかったことに疑問を持っていたようだが、顔見知りの誰かに連れていかれたという発想にまでは至らなかった様子だ。

「そうですか……店長さんの身内が連れていった可能性が……」

 ふむふむと考え込むように我の話を反芻する。
 途中途中でノイデスが中途半端に口を出してくるものだから少々余計に時間が掛かってしまった気がするが、とりあえずは我の意図するところは伝わったようだ。

「単刀直入に言いますとぉ……アレフヘイムの森は知ってます」
「何? それは本当か?」
「じゃあ行こうぜ! 案内してくれよ!」

 ノイデスが先走る。危うくデニアの腕を持っていかれそうになったので、我はちょっと待ったと腕を添えて制止させた。

「デニアは遠方の大陸出身であろう? アレフヘイムというのはそんなに遠くにある森なのか?」
「いいえ、アレフヘイムはもう少し近いですね。私も放浪生活も長いものですからぁ、住める場所を探して転々としていた時期もあったんですよぉ。そのときに一度立ち寄りまして……ぁぁ、立ち寄ったというのは少し違うかもしれませんが」

 いつもおっとり口調で、やわらかい表情のデニアの顔が、徐々に険しいものになっていくのが見てとれた。

「店長さんがアレフヘイム出身とは知りませんでした。ですが、そうですね。そうなると納得がいくと言いますか……」
「つまり、何が言いたいのだ?」
 急に、デニアが言葉を濁し始め、我の中にもやもやが溜まってくる。

「あそこは、二百年くらい前に族長が変わって以来、ろくでもない集落です。良い意味では伝統や文化を重んじる硬派とも言えるのですがぁ……、ぁのー……、そのぅ……、身内であってもかなり厳しい、という言い方をすればいいでしょうかぁ」

 ミモザはエルフの里から追放されたとは聞いていた。そこでは魔法を使えないばかりに酷い扱いを受けていたとも。だからミモザの故郷の話は実に不愉快だったのを覚えている。

 まさか外部からもそんな伝聞を聞かされるとは思ってもみなかった。

「ほら、あの、私、ちょっと肌の色がこちらの地方の方と違うじゃないですかぁ。そのせいもあって、まあ、門前払いですよねぇ。アレフヘイムでは、危うく殺されかけたくらいで」

 あはは、と笑ってみせるが、それはまた随分と笑えない話じゃないか。
 我の知る限りのオールドスタイルなエルフのイメージ像そのままだ。

「ここ最近、八十年くらいは、エルフの中でも風習慣習は移り変わりつつあるんですけどねぇ。あそこばかりは本当、古いまま……って、私、愚痴ばかりですね。すみません。ですけどぉ、店長さんが関わってるとなると……」

 我の中では不安がふつふつと沸き上がっていくばかりだ。
 何かの手がかりになるだろう程度に考えてはいたが、デニアの話を聞いていく度に、むしろ手がかりにはなってほしくないという思いが強くなる。

「ぁー……と、別にミモザが関わっているか確定したわけではないからな。そもそもミモザも追放された身。今さら接触しようとは思わないのではないか?」

 などと、不安を拭おうと否定してしまう。

「むしろぉ……、アレフヘイムのエルフは仕来りに厳格ですからぁ、里を出ていったエルフにも目を光らせているような話もありますねぇ……」

 逆に余計に不安が煽られてしまった。

「なんだよそれ。てめぇで追い出しておいて、外に出てっても監視されんのかよ。気色悪ぃ集落じゃねえか」
「別に、常に監視されているとかじゃなくて、斥候みたいな人たちを定期的に送り込んで情報収集する程度ですよぉ。よっぽど目に余るようなものでもない限り、早々里に連れ戻されるなんてことないと思いますしぃ……」

 よっぽどのこと。それがミモザを指してのこととなると、我には心当たりがありすぎて、安心という気持ちが砂のようにさらさらと脆く崩れていくようだった。

 そうであって欲しくない。取り越し苦労であって欲しい。
 だが現状、ミモザに関わりのある情報が限られているのも事実だった。


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「知らん」
 ノイデスの顔が瞬時に硬直する様がよく見えた。
 我なら何でも知っておるとでも思ったのか。
「ええっ!? 名前が分かってんだから地図のどっか探せばあんじゃねえの!?」
「森の名前なんぞ、そのエルフの集落が勝手に付けてる場合も多いし、元より閉塞的な文化を持つエルフが自分たちの里を堂々と外に漏らすものか」
 人間どもにはナントカ地方だとか、ナニナニ国の領土とか、そういうのを事細かに記録してとりまとめた地図があるのだろうが、殆どのエルフは自分たちの定住できる場所を見つけたら森とともに永住するような種族ばかりだ。
 根本的に、外に情報が出ていかない。
 森を焼かれて行き場を失って放浪したり、ミモザのように追放されて旅をしたりするエルフもいるが、自ら積極的に森の外に出ていこうとするエルフはいない。
「じゃあ結局手がかりねぇってことじゃんか!」
「まあ待て。縄張り意識の高いエルフ同士であれば他の森の名を知っている可能性は高い。それはエルフにとっての死活問題だからな」
 エルフ間における縄張り争いは苛烈なものと聞く。ほんの木一本を隔てた先に一歩踏み出しただけで戦争の火種になるくらいなのだとか。
 そのため、他の種族には違いも何も分からずとも、エルフ同士であるならば何処から何処までが何の森なのか把握していて当然な風潮もある。
 と、我の持ちうる知識では、そのようにエルフはとてつもなく偏執な種族であるイメージが根強いのだが、このパエデロスにいると常識が崩壊するから困る。
「ふぅん? ま、よく分かんねぇけど、エルフに聞きゃ分かるんだな。うっし、そこら辺のエルフを掻き集めてくっか!」
 おい、バカやめろ。
 お前の言い回しだと言葉通りにエルフを両腕いっぱい束にして運んできそうだ。
「あくまで平和的に頼むぞ!」
 と付け加えるのが精一杯で、バカノイデスはドッスンドッスンと我の屋敷を破壊するのではないかという勢いで地響きと共に去っていった。
 ※ ※ ※
「あのぅー……これはどういうことなのでしょう」
 それは我が聞きたい。
 戻ってきたノイデスの肩には、褐色肌の白髪エルフ、デニアが捕獲されていた。
 そんな丸太をかつぐみたいにぶっきらぼうに連れてこなくてもよいのではないか。
「ノイデス、ちゃんとデニアには話をしたのだろうな」
「いんや、なんかいろいろと面倒臭そうだったし、俺、あんま話聞くのも苦手だからとりあえず連れてきた」
 そりゃあデニアの顔もきょとんとしていて当然だったわ。
 この状況をまるで何も把握していないことがよく分かった。
 相手がおっとりとした性格のデニアでよかったな。
 むしろデニアだから連れてこられたのか。
「とりあえず話をするからデニアを降ろせ」
「あいよ!」
 本格的に荷物のようにデニアが床に置かれる。
 全く以てノイデスの行動力の早さには驚かされるものだ。
「さて、何処から話したものだろうな……」
 とかく、ほとんど何の事情も知らないデニアに対しては最初から説明せざるを得ず、ミモザのためだと前置きをして、話を切り出した。
 デニアもミモザが失踪していること以外は把握しておらず、まさかこの平和な街パエデロスでエルフ襲撃事件なるものが水面下で起きていたことも知らなければ、レッドアイズ国の民がエルフに逆恨みを覚えているなど寝耳に水。
 ミモザがいなくなったその日、店の様子をよく見ていたデニアは、店が荒らされていなかったことに疑問を持っていたようだが、顔見知りの誰かに連れていかれたという発想にまでは至らなかった様子だ。
「そうですか……店長さんの身内が連れていった可能性が……」
 ふむふむと考え込むように我の話を反芻する。
 途中途中でノイデスが中途半端に口を出してくるものだから少々余計に時間が掛かってしまった気がするが、とりあえずは我の意図するところは伝わったようだ。
「単刀直入に言いますとぉ……アレフヘイムの森は知ってます」
「何? それは本当か?」
「じゃあ行こうぜ! 案内してくれよ!」
 ノイデスが先走る。危うくデニアの腕を持っていかれそうになったので、我はちょっと待ったと腕を添えて制止させた。
「デニアは遠方の大陸出身であろう? アレフヘイムというのはそんなに遠くにある森なのか?」
「いいえ、アレフヘイムはもう少し近いですね。私も放浪生活も長いものですからぁ、住める場所を探して転々としていた時期もあったんですよぉ。そのときに一度立ち寄りまして……ぁぁ、立ち寄ったというのは少し違うかもしれませんが」
 いつもおっとり口調で、やわらかい表情のデニアの顔が、徐々に険しいものになっていくのが見てとれた。
「店長さんがアレフヘイム出身とは知りませんでした。ですが、そうですね。そうなると納得がいくと言いますか……」
「つまり、何が言いたいのだ?」
 急に、デニアが言葉を濁し始め、我の中にもやもやが溜まってくる。
「あそこは、二百年くらい前に族長が変わって以来、ろくでもない集落です。良い意味では伝統や文化を重んじる硬派とも言えるのですがぁ……、ぁのー……、そのぅ……、身内であってもかなり厳しい、という言い方をすればいいでしょうかぁ」
 ミモザはエルフの里から追放されたとは聞いていた。そこでは魔法を使えないばかりに酷い扱いを受けていたとも。だからミモザの故郷の話は実に不愉快だったのを覚えている。
 まさか外部からもそんな伝聞を聞かされるとは思ってもみなかった。
「ほら、あの、私、ちょっと肌の色がこちらの地方の方と違うじゃないですかぁ。そのせいもあって、まあ、門前払いですよねぇ。アレフヘイムでは、危うく殺されかけたくらいで」
 あはは、と笑ってみせるが、それはまた随分と笑えない話じゃないか。
 我の知る限りのオールドスタイルなエルフのイメージ像そのままだ。
「ここ最近、八十年くらいは、エルフの中でも風習慣習は移り変わりつつあるんですけどねぇ。あそこばかりは本当、古いまま……って、私、愚痴ばかりですね。すみません。ですけどぉ、店長さんが関わってるとなると……」
 我の中では不安がふつふつと沸き上がっていくばかりだ。
 何かの手がかりになるだろう程度に考えてはいたが、デニアの話を聞いていく度に、むしろ手がかりにはなってほしくないという思いが強くなる。
「ぁー……と、別にミモザが関わっているか確定したわけではないからな。そもそもミモザも追放された身。今さら接触しようとは思わないのではないか?」
 などと、不安を拭おうと否定してしまう。
「むしろぉ……、アレフヘイムのエルフは仕来りに厳格ですからぁ、里を出ていったエルフにも目を光らせているような話もありますねぇ……」
 逆に余計に不安が煽られてしまった。
「なんだよそれ。てめぇで追い出しておいて、外に出てっても監視されんのかよ。気色悪ぃ集落じゃねえか」
「別に、常に監視されているとかじゃなくて、斥候みたいな人たちを定期的に送り込んで情報収集する程度ですよぉ。よっぽど目に余るようなものでもない限り、早々里に連れ戻されるなんてことないと思いますしぃ……」
 よっぽどのこと。それがミモザを指してのこととなると、我には心当たりがありすぎて、安心という気持ちが砂のようにさらさらと脆く崩れていくようだった。
 そうであって欲しくない。取り越し苦労であって欲しい。
 だが現状、ミモザに関わりのある情報が限られているのも事実だった。