【勇者組】エルフと令嬢騒動

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「それで、フィーの様子は?」
「マルペルが診てるけど……まあ相当ショックだったみたいね。昨日からずっとうなされてるわ」

 パエデロスの教会の奥。暖炉をあしらえた談話室の中で、勇者ロータスと女魔法使いのダリアの二人が対談していた。
 空気は傍から見ただけでは分からないくらいに重く、圧があった。

「そうか……ミモザちゃんの方の足取りは?」
「それもペケ。というか、今もフィーの使用人たちが必死になって街中を探し回ってて見つからないんだから、もうとっくにパエデロスの外でしょうね」

 まいったな、という面持ちでロータスは深い溜め息をつく。あからさま疲労感を露にするロータスからは今にも倒れてしまいそうな危なっかしさも見てとれた。
 状況は酷く、悪い方向性に向かっているということだけは明白だろう。

 事の発端は、つい先日のこと。
 異種族同士の交流が盛んなこの辺境の街パエデロスでも随一の有名人でもある魔具技師エルフのミモザが、突然の失踪をしてしまった。

 そして、その親友として知られる亜人令嬢のフィーはそれを知るやいなや、雇っていた屋敷の使用人たち総出でミモザ捜索にあたった。
 また令嬢自身も日がくれるまでパエデロス中を走り回り、倒れる瞬間までミモザの名前を叫び続けていたのだという。

 当然のことながら、このミモザ失踪事件は瞬く間にパエデロス中に知れわたることとなり、二人の知名度の高さも相まって、とてつもない大混乱にまで発展してしまっていた。

 ミモザの営む店の周辺には常連客たちが詰め寄り、何処何処で見かけただの、誰々がさらっていっただの、信憑性の薄い目撃証言が飛び交い、フィーの住む屋敷にはお見舞いとして貢ぎ物や捧げ物が山のように積まれ、快復をお祈りする参列者たちで道も埋め尽くされている始末だ。

 この状況はパエデロスの治安を守るロータスの立場としては大変よろしくないことは明白であり、一刻も早くこの事件を解決させなければならない。

「フィーとの約束を破ることになってしまったな」
「あんま一人で気負わないでよロータス。私にも責任あるんだしさ」

 そうなぐさめてみるも、フィーとの約束を守れなかったことはその実、決して軽いものなどではなかった。下手をすれば、パエデロスそのものが崩壊するトリガーにさえなりうる。

 どうしたものかと頭を抱えそうになっていると――

「おうおうおう! 勇者がいるってのはここの教会かぁ!」

 突然、ドタンドタンと裏口の方から騒々しい物音と、仰々しい大音声が響いてロータスたちのところまで届いた。

 何事だろうかと思い、ロータスとダリアの二人が騒がしい方に向かうと、黒光りする巨体を有する筋肉ムキムキの女がドスドスと中に立ち入ってくるところと鉢合わせした。

「よお、ダリアさん。どもっす。つーことは、お前がロータスだな?」
「あ、ああ。そうだけど、キミは?」
 ロータスは自分より頭ひとつ大きい女性を見上げて訊ねる。

「この子はノイデスちゃんよ。ほらミモザちゃんのとこに新しく入った従業員の」
 横からダリアが紹介を入れる。事前に名前だけは聞かされていたのか、ロータスも小さく「ああ」と理解する。

「よろしくな、勇者さん」

 笑顔で手を差し伸べ、ロータスはそれに応じる。革袋を絞るようなメキメキ音が聞こえたような気がしたが、どちらも表情を変えることなくお互いの手が離れた。

「ほぉ、さすが勇者さん。握力あるんだな」
「これでも伊達に世界を救っていないんでね」

 今のやり取りで二人の間にどういうわけか、暗黙のうちに和解がなされたようで、その笑顔を絶やさぬうちにノイデスは用件を告げる。

「あんたに話があるんだ。分かっていると思うが、うちの師しょ……店長の件についてだ。何処まで調べがついてるんだ? 俺は気が気じゃねぇのよ」
「俺が不甲斐ないばかりに申し訳ない。今の段階で分かっていることは、昨晩のうちに何者かに説得されパエデロスの外まで出ていったというところまでだ」
「説得って、誰が説得すんだよ。フィー様や俺たち以外に師匠がホイホイついていく奴がいんのか?」

 このパエデロスにおいて、ミモザには親友と呼べるものは令嬢フィー以外にいないだろう。

 その他での知り合いとなると、しょっちゅう顔をあわせている魔具店の常連客か、フィーの屋敷に雇われている使用人、そして最近フィーに雇われた従業員くらいに絞られる。

「店内では争った形跡もなかった。勿論、近辺で調査もしたが、ミモザちゃんと思わしきエルフが誰かにさらわれた現場も目撃されていない。つまり、穏便に連れていかれた可能性が高いということだ」
「まあ、あの子が本気で抵抗したら尋常じゃないくらい大事になるしね」

 何かを思い出したかのようにダリアが顔を引きつらせて言う。冗談ではなく、本当に尋常ではない何かが起こるということだろう。

 仮にも、このパエデロスで人気を博している魔具店の店長だ。護身用の強力な魔具の一つや二つ、携帯していても何ら不思議なことではない。
 ともなれば、無理矢理誰かに連れ去られたという線は必然と消えることになる。証拠も残っていないのだから尚更だ。

「そもそも……どうしてミモザちゃんが連れていかれたのかが皆目見当着かない」
「はぁ? 何言ってんだよ。勇者さん、あんたが注意喚起してたんじゃねえのかよ。最近治安が悪くなってきて変な輩がパエデロスをうろついてるって」

 ノイデス、並びにミモザの店で働いている従業員全員はそのような通達をダリアから受けていた。だからこそ防犯には気を遣っていたはずだった。

「ここまで大事になってしまうと混同が避けられないだろうな。仕方ないことだが、キミにはハッキリとしたことを言おう」

 半ば、観念したかのように、ロータスは包み隠さず自分の知りうる限りの情報をノイデスに伝える。

 ロータスが言うには、最近水面下ではエルフを狙った襲撃事件が横行しているということ。そしてその要因となっているのは、レッドアイズ国内で起きた事件から派生した私怨である可能性が高いということ。

 そして、どうやらその事件に関わりが深いものとして、魔具店のミモザが噂の候補に上がっているというところまで突き止めてあった。

 しかし、それでもロータスは今回の件は腑に落ちていなかった。
 何故なら私怨による犯行であれば、わざわざミモザをさらう必要などないからだ。

 実際、これまでパエデロス内で報告に上がっている被害は、通り魔のように暴行を加えられているケースばかりで、誘拐となると毛色が異なる。
 だからこそ、ロータスにはこの事件の全容が分からなくなっているのだ。

「つまりさ、勇者さんはこう言いたいのか? 犯人の目的が分からない。だからそれまで自分の警戒してきた事件と関わりがないんじゃねぇのかって思ってると」

 そこまで話を聞いて、オウム返しのようにノイデスが言葉を返す。

「概ねその通りだ。こちらの見解ではエルフ襲撃事件の犯人は突発的な不特定多数なのでね。誘拐するとなると単独犯はまずありえない。だから何らかの方法で説得をした、と思ったのさ」

 そこまで聞いてノイデスも「ふぅむ」と腕を組む。あまり合点のいった顔ではないが、的外れな発言をしているとも思っていない様子。

「ん~、まぁ~、師匠も無理やりさらわれてったわけじゃなさそうなんだし、人質っつーことになる、のか? 分からんね。こういう頭を使うのは苦手だ」

 ノイデスは頭を抱え、ロータスは何度目かの溜め息をついた。


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次のエピソードへ進む 第97話 病床の令嬢


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「それで、フィーの様子は?」
「マルペルが診てるけど……まあ相当ショックだったみたいね。昨日からずっとうなされてるわ」
 パエデロスの教会の奥。暖炉をあしらえた談話室の中で、勇者ロータスと女魔法使いのダリアの二人が対談していた。
 空気は傍から見ただけでは分からないくらいに重く、圧があった。
「そうか……ミモザちゃんの方の足取りは?」
「それもペケ。というか、今もフィーの使用人たちが必死になって街中を探し回ってて見つからないんだから、もうとっくにパエデロスの外でしょうね」
 まいったな、という面持ちでロータスは深い溜め息をつく。あからさま疲労感を露にするロータスからは今にも倒れてしまいそうな危なっかしさも見てとれた。
 状況は酷く、悪い方向性に向かっているということだけは明白だろう。
 事の発端は、つい先日のこと。
 異種族同士の交流が盛んなこの辺境の街パエデロスでも随一の有名人でもある魔具技師エルフのミモザが、突然の失踪をしてしまった。
 そして、その親友として知られる亜人令嬢のフィーはそれを知るやいなや、雇っていた屋敷の使用人たち総出でミモザ捜索にあたった。
 また令嬢自身も日がくれるまでパエデロス中を走り回り、倒れる瞬間までミモザの名前を叫び続けていたのだという。
 当然のことながら、このミモザ失踪事件は瞬く間にパエデロス中に知れわたることとなり、二人の知名度の高さも相まって、とてつもない大混乱にまで発展してしまっていた。
 ミモザの営む店の周辺には常連客たちが詰め寄り、何処何処で見かけただの、誰々がさらっていっただの、信憑性の薄い目撃証言が飛び交い、フィーの住む屋敷にはお見舞いとして貢ぎ物や捧げ物が山のように積まれ、快復をお祈りする参列者たちで道も埋め尽くされている始末だ。
 この状況はパエデロスの治安を守るロータスの立場としては大変よろしくないことは明白であり、一刻も早くこの事件を解決させなければならない。
「フィーとの約束を破ることになってしまったな」
「あんま一人で気負わないでよロータス。私にも責任あるんだしさ」
 そうなぐさめてみるも、フィーとの約束を守れなかったことはその実、決して軽いものなどではなかった。下手をすれば、パエデロスそのものが崩壊するトリガーにさえなりうる。
 どうしたものかと頭を抱えそうになっていると――
「おうおうおう! 勇者がいるってのはここの教会かぁ!」
 突然、ドタンドタンと裏口の方から騒々しい物音と、仰々しい大音声が響いてロータスたちのところまで届いた。
 何事だろうかと思い、ロータスとダリアの二人が騒がしい方に向かうと、黒光りする巨体を有する筋肉ムキムキの女がドスドスと中に立ち入ってくるところと鉢合わせした。
「よお、ダリアさん。どもっす。つーことは、お前がロータスだな?」
「あ、ああ。そうだけど、キミは?」
 ロータスは自分より頭ひとつ大きい女性を見上げて訊ねる。
「この子はノイデスちゃんよ。ほらミモザちゃんのとこに新しく入った従業員の」
 横からダリアが紹介を入れる。事前に名前だけは聞かされていたのか、ロータスも小さく「ああ」と理解する。
「よろしくな、勇者さん」
 笑顔で手を差し伸べ、ロータスはそれに応じる。革袋を絞るようなメキメキ音が聞こえたような気がしたが、どちらも表情を変えることなくお互いの手が離れた。
「ほぉ、さすが勇者さん。握力あるんだな」
「これでも伊達に世界を救っていないんでね」
 今のやり取りで二人の間にどういうわけか、暗黙のうちに和解がなされたようで、その笑顔を絶やさぬうちにノイデスは用件を告げる。
「あんたに話があるんだ。分かっていると思うが、うちの師しょ……店長の件についてだ。何処まで調べがついてるんだ? 俺は気が気じゃねぇのよ」
「俺が不甲斐ないばかりに申し訳ない。今の段階で分かっていることは、昨晩のうちに何者かに説得されパエデロスの外まで出ていったというところまでだ」
「説得って、誰が説得すんだよ。フィー様や俺たち以外に師匠がホイホイついていく奴がいんのか?」
 このパエデロスにおいて、ミモザには親友と呼べるものは令嬢フィー以外にいないだろう。
 その他での知り合いとなると、しょっちゅう顔をあわせている魔具店の常連客か、フィーの屋敷に雇われている使用人、そして最近フィーに雇われた従業員くらいに絞られる。
「店内では争った形跡もなかった。勿論、近辺で調査もしたが、ミモザちゃんと思わしきエルフが誰かにさらわれた現場も目撃されていない。つまり、穏便に連れていかれた可能性が高いということだ」
「まあ、あの子が本気で抵抗したら尋常じゃないくらい大事になるしね」
 何かを思い出したかのようにダリアが顔を引きつらせて言う。冗談ではなく、本当に尋常ではない何かが起こるということだろう。
 仮にも、このパエデロスで人気を博している魔具店の店長だ。護身用の強力な魔具の一つや二つ、携帯していても何ら不思議なことではない。
 ともなれば、無理矢理誰かに連れ去られたという線は必然と消えることになる。証拠も残っていないのだから尚更だ。
「そもそも……どうしてミモザちゃんが連れていかれたのかが皆目見当着かない」
「はぁ? 何言ってんだよ。勇者さん、あんたが注意喚起してたんじゃねえのかよ。最近治安が悪くなってきて変な輩がパエデロスをうろついてるって」
 ノイデス、並びにミモザの店で働いている従業員全員はそのような通達をダリアから受けていた。だからこそ防犯には気を遣っていたはずだった。
「ここまで大事になってしまうと混同が避けられないだろうな。仕方ないことだが、キミにはハッキリとしたことを言おう」
 半ば、観念したかのように、ロータスは包み隠さず自分の知りうる限りの情報をノイデスに伝える。
 ロータスが言うには、最近水面下ではエルフを狙った襲撃事件が横行しているということ。そしてその要因となっているのは、レッドアイズ国内で起きた事件から派生した私怨である可能性が高いということ。
 そして、どうやらその事件に関わりが深いものとして、魔具店のミモザが噂の候補に上がっているというところまで突き止めてあった。
 しかし、それでもロータスは今回の件は腑に落ちていなかった。
 何故なら私怨による犯行であれば、わざわざミモザをさらう必要などないからだ。
 実際、これまでパエデロス内で報告に上がっている被害は、通り魔のように暴行を加えられているケースばかりで、誘拐となると毛色が異なる。
 だからこそ、ロータスにはこの事件の全容が分からなくなっているのだ。
「つまりさ、勇者さんはこう言いたいのか? 犯人の目的が分からない。だからそれまで自分の警戒してきた事件と関わりがないんじゃねぇのかって思ってると」
 そこまで話を聞いて、オウム返しのようにノイデスが言葉を返す。
「概ねその通りだ。こちらの見解ではエルフ襲撃事件の犯人は突発的な不特定多数なのでね。誘拐するとなると単独犯はまずありえない。だから何らかの方法で説得をした、と思ったのさ」
 そこまで聞いてノイデスも「ふぅむ」と腕を組む。あまり合点のいった顔ではないが、的外れな発言をしているとも思っていない様子。
「ん~、まぁ~、師匠も無理やりさらわれてったわけじゃなさそうなんだし、人質っつーことになる、のか? 分からんね。こういう頭を使うのは苦手だ」
 ノイデスは頭を抱え、ロータスは何度目かの溜め息をついた。