第95話 些末に成る不安

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 ロータスにもああ言われて、ダリアにもこう言われて、我としては「分かった、頼む」以外の返事ができず歯痒いことこの上ない。

 何も今すぐミモザが危険に晒されるわけじゃあないことは分かっているつもりだ。
 第一、ミモザ自身だって自衛の手段を持っている。

 なんだったら基本スペック的な話をすれば、魔法を使えないことを除き、ミモザの方が大体我よりも優れていると言ってもいいくらいだ。

 加えて、魔具を持たせればパエデロスで右に出るものもいない。
 仮に悪漢オーガの一人二人、ミモザに襲いかかろうと返り討ちにできるだろう。

 なんか聞いた話によれば、あの勇者の仲間であり優れた魔法使いでもあるダリアも危うくミモザと刺し違えるところだったとか。それが事実なら割ととんでもない話なのだが。

 ならば、一体何が我の中にモヤモヤを生じさせているのか。
 それは単純な話、今パエデロスの水面下で起きているエルフ襲撃事件の発端となってしまったのが、我の軽率な行動によるものの可能性が高いからだ。

 我のせいで間接的にミモザに被害が及ぶなどとは耐えがたい。
 そんな気持ちも抑えきれず、我は既にミモザの店の玄関を潜っていた。

「フィーしゃんも心配性れすね。わたしのことなら全然! 大丈夫でふ!」

 駆けつけてきた我に、あっけらかんとそうあどけない笑顔で答えたのは、当然のことながらミモザだった。

「わたしだって自分の身も守れまふし、それに今は皆さんもいてくれましゅので」

 そういってミモザは従業員に目配せする。確かに大概のことなら対処できそうな人材も取りそろっている。

「でも、フィーしゃんが来てくれて嬉しいでしゅ」

 その言葉だけで我の中にガチガチに凝り固まったソレが静かに溶け落ちていくかのような心地になる。心配しすぎなのは無論、自分でも分かっていることだ。

「ふははははははははははっ!!!! ミモザに何かあったらいつでも駆けつけるからな。身の回りで何か異変を感じたらすぐに言うのだぞ?」
「ふぁい、分かりましら」
 素直で耳心地のよい二つ返事だ。

 さてと。

 この調子であれば、とりあえず今日のところはこれくらいしか言えることもなさそうだ。
 ロータスにもダリアにも、エルフ襲撃事件の詳細についてはなるべく伏せるようにとは釘を刺されているし、なんだったら必要以上に動くなとも言われている。

「従業員の皆も、くれぐれも用心することだ。何が何処で目を光らせておるのかも分からんのだからな」
 それぞれから承知した、という意図の返事をもらい、我は来て早々ながらミモザの店を後にすることとなった。

 ※ ※ ※

 気付けば空も赤く染まり、パエデロスの街並みも同じように色づいていた。
 近辺の宿屋は冒険者たちで埋め尽くされ、そこからあぶれた連中は、もっと酒場の多い繁華街の方へとなだれ込んでいく。

 種族人種もバラバラのまちまちで、何処の国、何処の大陸のものとも分からぬ格好をした輩が行き交うこの光景は、すっかりお馴染みだが、やはりあのような話を聞かされてしまうと、必要以上に警戒してしまう。

 あそこを歩いている角の生えた大男は大丈夫か。そこにいるローブを羽織った耳の長い女は危険じゃないだろうか。大量の武器を背負ったまま平然と歩いているあの小人みたいな奴も放っておいて良い奴なのか。

 誰も拒むことのない平和な街パエデロスは、見方を変えた途端、急速的に不安を煽られてしまう。異種族を差別する集落や街、国が多い理由の殆どがこの街に集約されているといっていいのかもしれない。

 元より、我自身もそこに紛れ込んでいるうちの一人に過ぎない。
 魔王であった過去を隠して、令嬢として忍び込んでいるなどと、他の住民からしてみればそちらの方が脅威であろうな。

 半ば自嘲気味に帰路についていたところで、ふとその姿が我の目についた。
 あんな小柄で、みすぼらしいメイド服を着ていて、巨大な買い物袋を軽々しく持ち上げているあの姿。

 心当たりのある人物は我の中では一人しか該当しなかった。

「オキザリス」
 我の呼びかけに、メイドが振り返る。

「お嬢様、今お帰りですか?」
 傍から見てかなりの重量に思えるのだが、顔色一つ変えず凜とした佇まいで我がメイドのオキザリスが返事する。

「うむ、そうだ。時に、つかぬことを聞くが、お前はこのパエデロスにおいて治安が揺らいでいることを知っておるか」
「……ええ、聞き及んでおります。ですが、お嬢様の身に降りかかる火の粉はワタクシめが振り払います故」

 かなり不意を打った突拍子もない質問ではあったが、オキザリスは瞬時にソレに応対する。
 やはり襲撃事件に関することは、どうやら我が把握しきれていなかっただけでその実、水面下ではこのように使用人ですら知っている話だったのか。

「最近では、お嬢様のお屋敷に投石や放火を企む者もかなり減らしましたので、安眠をお約束いたします」
 そういえば、そういう輩もまあまあいたんだよな。
 減りました、ではなく、減らしました、と答える辺り、オキザリスの水面下の行動が垣間見えるような気もする。

「頼もしい限りだ」
「自警団の方より注意喚起もございました。お嬢様にはご心配お掛けしないよう伏せておりましたが、行き過ぎた配慮でしたでしょうか」
「いや、それでよい」

 ロータスみたいなことを言う。むしろ、そちらから上手いこと取り繕うよう指示されたと見るべきか。なんだか我の行動がすっかり読まれているかのよう。
 我ってば、そんなに単純な思考をしておるのだろうか。

 ミモザの件にしてもそう。割と先手先手で動かれてる感が否めない。
 不安を煽ったら我がミモザの心配するであろうことを予測し、それによって我が暴走しないように情報もコントロールしている。

 腫れ物を扱うような対応にも思えてきて、些か癪に障るのだが、気の利いた使用人が指示を出す前に次の仕事、その次の次の仕事、さらにそのまた次の次の次の仕事までを終わらせるような華麗なやり口なのだと思えば、脱帽せざるを得まい。

「何も知らず平穏のまま今日も明日も過ごせるなら、それ以上の贅沢はあるまい」

 かつて世界を恐怖に陥れた魔王が、こんな些細な日常に潜む不安に飲まれようとは、失笑もいいところだ。こういうのを平和ボケと言うのだろう。

 いつか、この日常があっさりと壊れてしまう瞬間が訪れるのかもしれない。
 だが、それを支えてくれている連中は、いつの間にやらこうして我の周りにいるではないか。

「今後もよろしく頼むぞ、オキザリス」
「はい、お嬢様」
 二つ返事に、安心を覚えた。

 この隣を並んで歩く、小柄なくせして服の下はバッキバキの筋肉の鎧で武装したメイド小娘ほど便りがいのある奴もおるまい。そうでなくとも、我の下には沢山の選りすぐりの使用人たちがいる。

 いつか、このパエデロス中に我の正体が明かされてしまったときには、住民たちやロータスたちはどんな態度をとってくれるのだろうな。

 手のひらを返して石を投げてくるのか?
 ダリアやマルペルも黙ったまま見過ごすのか?

 ああ、だが、どうしてだろう。
 我の想像力が果てしなく貧困なだけなのだろうか。
 そのような光景がまるで、全く、微塵も目に浮かばない。

 恨まれていて当然なはずだと思っているのに、何故だかロータスもダリアもマルペルも、我のことを身を呈して守ってくれる気がしてしまう。

 あいつらの思い描く平和な世界の中に、我が組み込まれているような気がして、忌々しくもあり、安堵してしまう、そんな自分がいた。


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 ロータスにもああ言われて、ダリアにもこう言われて、我としては「分かった、頼む」以外の返事ができず歯痒いことこの上ない。
 何も今すぐミモザが危険に晒されるわけじゃあないことは分かっているつもりだ。
 第一、ミモザ自身だって自衛の手段を持っている。
 なんだったら基本スペック的な話をすれば、魔法を使えないことを除き、ミモザの方が大体我よりも優れていると言ってもいいくらいだ。
 加えて、魔具を持たせればパエデロスで右に出るものもいない。
 仮に悪漢オーガの一人二人、ミモザに襲いかかろうと返り討ちにできるだろう。
 なんか聞いた話によれば、あの勇者の仲間であり優れた魔法使いでもあるダリアも危うくミモザと刺し違えるところだったとか。それが事実なら割ととんでもない話なのだが。
 ならば、一体何が我の中にモヤモヤを生じさせているのか。
 それは単純な話、今パエデロスの水面下で起きているエルフ襲撃事件の発端となってしまったのが、我の軽率な行動によるものの可能性が高いからだ。
 我のせいで間接的にミモザに被害が及ぶなどとは耐えがたい。
 そんな気持ちも抑えきれず、我は既にミモザの店の玄関を潜っていた。
「フィーしゃんも心配性れすね。わたしのことなら全然! 大丈夫でふ!」
 駆けつけてきた我に、あっけらかんとそうあどけない笑顔で答えたのは、当然のことながらミモザだった。
「わたしだって自分の身も守れまふし、それに今は皆さんもいてくれましゅので」
 そういってミモザは従業員に目配せする。確かに大概のことなら対処できそうな人材も取りそろっている。
「でも、フィーしゃんが来てくれて嬉しいでしゅ」
 その言葉だけで我の中にガチガチに凝り固まったソレが静かに溶け落ちていくかのような心地になる。心配しすぎなのは無論、自分でも分かっていることだ。
「ふははははははははははっ!!!! ミモザに何かあったらいつでも駆けつけるからな。身の回りで何か異変を感じたらすぐに言うのだぞ?」
「ふぁい、分かりましら」
 素直で耳心地のよい二つ返事だ。
 さてと。
 この調子であれば、とりあえず今日のところはこれくらいしか言えることもなさそうだ。
 ロータスにもダリアにも、エルフ襲撃事件の詳細についてはなるべく伏せるようにとは釘を刺されているし、なんだったら必要以上に動くなとも言われている。
「従業員の皆も、くれぐれも用心することだ。何が何処で目を光らせておるのかも分からんのだからな」
 それぞれから承知した、という意図の返事をもらい、我は来て早々ながらミモザの店を後にすることとなった。
 ※ ※ ※
 気付けば空も赤く染まり、パエデロスの街並みも同じように色づいていた。
 近辺の宿屋は冒険者たちで埋め尽くされ、そこからあぶれた連中は、もっと酒場の多い繁華街の方へとなだれ込んでいく。
 種族人種もバラバラのまちまちで、何処の国、何処の大陸のものとも分からぬ格好をした輩が行き交うこの光景は、すっかりお馴染みだが、やはりあのような話を聞かされてしまうと、必要以上に警戒してしまう。
 あそこを歩いている角の生えた大男は大丈夫か。そこにいるローブを羽織った耳の長い女は危険じゃないだろうか。大量の武器を背負ったまま平然と歩いているあの小人みたいな奴も放っておいて良い奴なのか。
 誰も拒むことのない平和な街パエデロスは、見方を変えた途端、急速的に不安を煽られてしまう。異種族を差別する集落や街、国が多い理由の殆どがこの街に集約されているといっていいのかもしれない。
 元より、我自身もそこに紛れ込んでいるうちの一人に過ぎない。
 魔王であった過去を隠して、令嬢として忍び込んでいるなどと、他の住民からしてみればそちらの方が脅威であろうな。
 半ば自嘲気味に帰路についていたところで、ふとその姿が我の目についた。
 あんな小柄で、みすぼらしいメイド服を着ていて、巨大な買い物袋を軽々しく持ち上げているあの姿。
 心当たりのある人物は我の中では一人しか該当しなかった。
「オキザリス」
 我の呼びかけに、メイドが振り返る。
「お嬢様、今お帰りですか?」
 傍から見てかなりの重量に思えるのだが、顔色一つ変えず凜とした佇まいで我がメイドのオキザリスが返事する。
「うむ、そうだ。時に、つかぬことを聞くが、お前はこのパエデロスにおいて治安が揺らいでいることを知っておるか」
「……ええ、聞き及んでおります。ですが、お嬢様の身に降りかかる火の粉はワタクシめが振り払います故」
 かなり不意を打った突拍子もない質問ではあったが、オキザリスは瞬時にソレに応対する。
 やはり襲撃事件に関することは、どうやら我が把握しきれていなかっただけでその実、水面下ではこのように使用人ですら知っている話だったのか。
「最近では、お嬢様のお屋敷に投石や放火を企む者もかなり減らしましたので、安眠をお約束いたします」
 そういえば、そういう輩もまあまあいたんだよな。
 減りました、ではなく、減らしました、と答える辺り、オキザリスの水面下の行動が垣間見えるような気もする。
「頼もしい限りだ」
「自警団の方より注意喚起もございました。お嬢様にはご心配お掛けしないよう伏せておりましたが、行き過ぎた配慮でしたでしょうか」
「いや、それでよい」
 ロータスみたいなことを言う。むしろ、そちらから上手いこと取り繕うよう指示されたと見るべきか。なんだか我の行動がすっかり読まれているかのよう。
 我ってば、そんなに単純な思考をしておるのだろうか。
 ミモザの件にしてもそう。割と先手先手で動かれてる感が否めない。
 不安を煽ったら我がミモザの心配するであろうことを予測し、それによって我が暴走しないように情報もコントロールしている。
 腫れ物を扱うような対応にも思えてきて、些か癪に障るのだが、気の利いた使用人が指示を出す前に次の仕事、その次の次の仕事、さらにそのまた次の次の次の仕事までを終わらせるような華麗なやり口なのだと思えば、脱帽せざるを得まい。
「何も知らず平穏のまま今日も明日も過ごせるなら、それ以上の贅沢はあるまい」
 かつて世界を恐怖に陥れた魔王が、こんな些細な日常に潜む不安に飲まれようとは、失笑もいいところだ。こういうのを平和ボケと言うのだろう。
 いつか、この日常があっさりと壊れてしまう瞬間が訪れるのかもしれない。
 だが、それを支えてくれている連中は、いつの間にやらこうして我の周りにいるではないか。
「今後もよろしく頼むぞ、オキザリス」
「はい、お嬢様」
 二つ返事に、安心を覚えた。
 この隣を並んで歩く、小柄なくせして服の下はバッキバキの筋肉の鎧で武装したメイド小娘ほど便りがいのある奴もおるまい。そうでなくとも、我の下には沢山の選りすぐりの使用人たちがいる。
 いつか、このパエデロス中に我の正体が明かされてしまったときには、住民たちやロータスたちはどんな態度をとってくれるのだろうな。
 手のひらを返して石を投げてくるのか?
 ダリアやマルペルも黙ったまま見過ごすのか?
 ああ、だが、どうしてだろう。
 我の想像力が果てしなく貧困なだけなのだろうか。
 そのような光景がまるで、全く、微塵も目に浮かばない。
 恨まれていて当然なはずだと思っているのに、何故だかロータスもダリアもマルペルも、我のことを身を呈して守ってくれる気がしてしまう。
 あいつらの思い描く平和な世界の中に、我が組み込まれているような気がして、忌々しくもあり、安堵してしまう、そんな自分がいた。