第93話 勇者と酒と王子たちの手紙と
ー/ー
「こうして顔を合わせるのも久しぶりになるのかな。最近は忙しくて申し訳ない」
我の屋敷の応接室で、苦笑いを浮かべるその男は、このパエデロスにおいて最大の功労者でもあり、かつて我の胸元に飛び込んで剣をブッ刺してきた勇者のロータスだった。毎度思うのだが、どの面を下げて会いに来ているのだろう、この男は。
「我は貴様の顔も見たくないと言っておるだろう」
「ああ、分かっている。キミには頭が上がらないことを。だから今日はこうやって頭を下げにきたんだ。ありがとう、フィー」
こっちは露骨に不機嫌な態度を見せているのに、お礼を言ってくるとは珍妙すぎるシチュエーションではないか? 我は魔王ぞ。向こうは勇者ぞ。この取り合わせですら既に滑稽じゃないか。
「キミの出資のおかげで、この街はまた一段と成長できた」
「わざわざソレを報告しに来たのか?」
まだロータスが何か言葉を続けそうだったが、あえて遮るように問いかける。
確かに我はパエデロスでも随一の令嬢という立場で、このパエデロスの治安を守っているロータスに資金援助をした。
それが実を結んでか、かなり良い作用になったらしい。勿論、潤沢な資金を調達できただけの話ではない。かの有名な令嬢が手を貸したという事実が、ロータスの思惑通りに街の活性化に繋がったということだ。
だが、そんなお礼をするためだけにわざわざ足を運んできたとは、思えなかった。
なんといっても、コイツが我に顔を見せる度にろくでもないことばかりぶら下げてくるからだ。
「そう身構えなくてもいい。今日は本当に挨拶程度なんだ。手土産もある」
何を持ってきたのかと思えば、大きなボトルだった。どうやらワインのようだ。
そこに貼られていたラベルには見覚えがある。あれは確かレッドアイズ国のシンボルではないか。貴様、性懲りもせず、またそんなものを我に差し出してくるのか。
レッドアイズは、我の軍と戦争していた軍事国家だぞ。我をぶっ殺したことを盛大に世界に広めた忌まわしき国でもある。
一応、レッドアイズはワインが特産品で、その芳醇なる味わいは他にはない最上級であることは我も認めるところだ。
はたして、ロータスはどちらの意味でこの手土産を検討したのだろうな。
「噂がキミの耳に入っているかどうか……レッドアイズ国のいざこざは大分落ち着いてきているようでね。こうやって極上のワインもまた作れるようになったんだ」
「それは、なんとまあ。よほど王子が苦労してきたのだろうな」
美味い酒が差し出されているのに、酒が不味くなるような話をよく切り出せる。
我としては、レッドアイズにはもうこれ以上関わりたくはないというのが本音だ。
よもや、ロータスも我とレッドアイズとの関連性を忘れてしまったわけではあるまいな。あそこの国王がどんなことをしたのか、今一度羅列してやろうか?
戦争していたことはまあ許す許さないの範疇を超えた話だからあえてソレを除外したとして。あの国王は秘密裏に、我の同胞たちを実験材料にしたり、兵器の材料にしたり、好き勝手やって国を繁栄させておったのだ。
これだけでも我の顔から笑みを消失させるには十分すぎるくらいの話なのだが、よりにもよってそんな国の秘密を我自身が暴いてしまったことが痛く響いている。
経緯はさておいて、国王の不祥事が表沙汰になり、国としての信頼も失い、ドッタンバッタンと大騒ぎしちゃってまあ、レッドアイズ国の王子たちも苦汁やら辛酸やら舐め放題で苦労したことは間違いない。
何が嫌かって、国王の話を暴いた一件により、レッドアイズ国からは感謝の声もあり、また逆に国家転覆し掛けた要因を作ったことにより、怨恨の声もあり。かなり複雑なものが渦巻いてしまっていることだ。
不幸中の幸いだったのは、それがパエデロスの令嬢、フィーであるということまでが特定されていない点だろうか。丁度あのときはミモザの作ってくれた魔具で変装もしていたし、ピンポイントで我の正体は明かされてはいないらしい。
なんか、何処ぞのチャラい男にはバレてしまっていたような気がしたが、あのキモキモチャラ男が特別にヤバすぎただけであって、変装した我と令嬢の我を結びつけられた奴が他にはいなくてよかった。
で。
ソレで本当によかったよかった、めでたしめでたし、なのかといえば、やはりそうでもない。
正体こそ明かされてはいないが、謎の美女が国の秘密を暴いたことは広められており、第二王子のコリウスが将来結婚したいなどと吹聴しているとのことだ。
あのクソガキめ。遠方にいて姿も見えなくともろくなことをしない。
「王子についてだが――ああ、コリウス王子の方になるが、今もキミに会いたくて仕方がないそうだ」
「未だにミモザの店に恋文が届いておるぞ……いい加減にしてくれないものか」
悲しいことに、変装したときの我は、ミモザの姉だと名乗ってしまったのが運の尽きだったのかもしれない。ミモザの店と接触すれば我と連絡できると思っているようで、定期的にそういった手紙が届けられる。
レッドアイズ国内の事情についても、その手紙から得ているものが多い。
「一応、このワインと一緒にソレノス王子からの感謝状も同封されていたが、これは俺の方で処分させてもらうよ」
「ああ、そうしてくれ。……まったく律儀な王子たちだな。コリウスもソレノスも」
ロータスとしては穏便に事が運べるように配慮しているつもりなのだろうが、これなら屋敷前にワインだけ残して勝手に去っていってくれた方がよかったまであるぞ。
とりあえず差し出されたワインは我の方に引き寄せる。もらったものはありがたく頂戴させてもらうからな。
「ここから面白い話をして我を笑わせてくれるくらいの余興はあるのか?」
「すまない……期待には応えられそうにないな」
不愉快を振りまくことしかできんのか、この男は。
「これはキミの耳にも入れておいた方がいいと思ってね。どうか注意喚起として受け取ってほしい」
もしやと思うが、それが本題なんじゃなかろうな。
「ここ最近、パエデロスでの治安が揺らいでいるのは知っているかな。キミのお屋敷にも何度か投石があったという報告は聞いているが」
「ああ、まあな。街として大きくなってきた証拠だろう? 不届きなものは我の優秀な使用人たちに捕えてもらってそっちに突き出してるのだから問題あるまい」
このパエデロスは平穏な街と括ってはいるものの、悪人の根絶された理想郷などではない。よからぬ輩は何処ぞで息を潜めているだけに過ぎない。
そこで、ロータスが切り出しにくそうに、ふぅー、と息をつく。
「最近、エルフの襲撃事件が増えている」
我の目蓋が一瞬痙攣したような気がした。
「自警団のみんなにも奮闘してもらっているが、未然に防げている数はそれほど多くないのが現状だ」
「街の平和を守るのが貴様の仕事だろうが」
と、思わず言ってしまったが、ロータスの疲弊色の濃い顔を見て、何となしにさっきから漂ってきていたイヤな空気の正体が分かってきた。
「力及ばずで済まない。レッドアイズ国のような統率の取れた組織を組み立てていくのも容易なものではなくてね」
ふと、そういえば感謝状と口走っていたな。アレは誰に対する感謝状だ?
パエデロスの令嬢に対して、ソレノス王子が感謝することはないはず。
つまりアレは、我であって我ではない。ミモザの姉に向けての感謝状だ。
そこまで察し、我の中に、えも言われぬ悍ましい警鐘が鳴り響いた。
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「我は貴様の顔も見たくないと言っておるだろう」
「ああ、分かっている。キミには頭が上がらないことを。だから今日はこうやって頭を下げにきたんだ。ありがとう、フィー」
こっちは露骨に不機嫌な態度を見せているのに、お礼を言ってくるとは珍妙すぎるシチュエーションではないか? 我は魔王ぞ。向こうは勇者ぞ。この取り合わせですら既に滑稽じゃないか。
「キミの出資のおかげで、この街はまた一段と成長できた」
「わざわざソレを報告しに来たのか?」
まだロータスが何か言葉を続けそうだったが、あえて遮るように問いかける。
確かに我はパエデロスでも随一の令嬢という立場で、このパエデロスの治安を守っているロータスに資金援助をした。
それが実を結んでか、かなり良い作用になったらしい。勿論、潤沢な資金を調達できただけの話ではない。かの有名な令嬢が手を貸したという事実が、ロータスの思惑通りに街の活性化に繋がったということだ。
だが、そんなお礼をするためだけにわざわざ足を運んできたとは、思えなかった。
なんといっても、コイツが我に顔を見せる度にろくでもないことばかりぶら下げてくるからだ。
「そう身構えなくてもいい。今日は本当に挨拶程度なんだ。手土産もある」
何を持ってきたのかと思えば、大きなボトルだった。どうやらワインのようだ。
そこに貼られていたラベルには見覚えがある。あれは確かレッドアイズ国のシンボルではないか。貴様、性懲りもせず、またそんなものを我に差し出してくるのか。
レッドアイズは、我の軍と戦争していた軍事国家だぞ。我をぶっ殺したことを盛大に世界に広めた忌まわしき国でもある。
一応、レッドアイズはワインが特産品で、その芳醇なる味わいは他にはない最上級であることは我も認めるところだ。
はたして、ロータスはどちらの意味でこの手土産を検討したのだろうな。
「噂がキミの耳に入っているかどうか……レッドアイズ国のいざこざは大分落ち着いてきているようでね。こうやって極上のワインもまた作れるようになったんだ」
「それは、なんとまあ。よほど王子が苦労してきたのだろうな」
美味い酒が差し出されているのに、酒が不味くなるような話をよく切り出せる。
我としては、レッドアイズにはもうこれ以上関わりたくはないというのが本音だ。
よもや、ロータスも我とレッドアイズとの関連性を忘れてしまったわけではあるまいな。あそこの国王がどんなことをしたのか、今一度羅列してやろうか?
戦争していたことはまあ許す許さないの範疇を超えた話だからあえてソレを除外したとして。あの国王は秘密裏に、我の同胞たちを実験材料にしたり、兵器の材料にしたり、好き勝手やって国を繁栄させておったのだ。
これだけでも我の顔から笑みを消失させるには十分すぎるくらいの話なのだが、よりにもよってそんな国の秘密を我自身が暴いてしまったことが痛く響いている。
経緯はさておいて、国王の不祥事が表沙汰になり、国としての信頼も失い、ドッタンバッタンと大騒ぎしちゃってまあ、レッドアイズ国の王子たちも苦汁やら辛酸やら舐め放題で苦労したことは間違いない。
何が嫌かって、国王の話を暴いた一件により、レッドアイズ国からは感謝の声もあり、また逆に国家転覆し掛けた要因を作ったことにより、怨恨の声もあり。かなり複雑なものが渦巻いてしまっていることだ。
不幸中の幸いだったのは、それがパエデロスの令嬢、フィーであるということまでが特定されていない点だろうか。丁度あのときはミモザの作ってくれた魔具で変装もしていたし、ピンポイントで我の正体は明かされてはいないらしい。
なんか、何処ぞのチャラい男にはバレてしまっていたような気がしたが、あのキモキモチャラ男が特別にヤバすぎただけであって、変装した我と令嬢の我を結びつけられた奴が他にはいなくてよかった。
で。
ソレで本当によかったよかった、めでたしめでたし、なのかといえば、やはりそうでもない。
正体こそ明かされてはいないが、謎の美女が国の秘密を暴いたことは広められており、第二王子のコリウスが将来結婚したいなどと吹聴しているとのことだ。
あのクソガキめ。遠方にいて姿も見えなくともろくなことをしない。
「王子についてだが――ああ、コリウス王子の方になるが、今もキミに会いたくて仕方がないそうだ」
「未だにミモザの店に恋文が届いておるぞ……いい加減にしてくれないものか」
悲しいことに、変装したときの我は、ミモザの姉だと名乗ってしまったのが運の尽きだったのかもしれない。ミモザの店と接触すれば我と連絡できると思っているようで、定期的にそういった手紙が届けられる。
レッドアイズ国内の事情についても、その手紙から得ているものが多い。
「一応、このワインと一緒にソレノス王子からの感謝状も同封されていたが、これは俺の方で処分させてもらうよ」
「ああ、そうしてくれ。……まったく律儀な王子たちだな。コリウスもソレノスも」
ロータスとしては穏便に事が運べるように配慮しているつもりなのだろうが、これなら屋敷前にワインだけ残して勝手に去っていってくれた方がよかったまであるぞ。
とりあえず差し出されたワインは我の方に引き寄せる。もらったものはありがたく頂戴させてもらうからな。
「ここから面白い話をして我を笑わせてくれるくらいの余興はあるのか?」
「すまない……期待には応えられそうにないな」
不愉快を振りまくことしかできんのか、この男は。
「これはキミの耳にも入れておいた方がいいと思ってね。どうか注意喚起として受け取ってほしい」
もしやと思うが、それが本題なんじゃなかろうな。
「ここ最近、パエデロスでの治安が揺らいでいるのは知っているかな。キミのお屋敷にも何度か投石があったという報告は聞いているが」
「ああ、まあな。街として大きくなってきた証拠だろう? 不届きなものは我の優秀な使用人たちに捕えてもらってそっちに突き出してるのだから問題あるまい」
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そこで、ロータスが切り出しにくそうに、ふぅー、と息をつく。
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我の目蓋が一瞬痙攣したような気がした。
「自警団のみんなにも奮闘してもらっているが、未然に防げている数はそれほど多くないのが現状だ」
「街の平和を守るのが貴様の仕事だろうが」
と、思わず言ってしまったが、ロータスの疲弊色の濃い顔を見て、何となしにさっきから漂ってきていたイヤな空気の正体が分かってきた。
「力及ばずで済まない。レッドアイズ国のような統率の取れた組織を組み立てていくのも容易なものではなくてね」
ふと、そういえば感謝状と口走っていたな。アレは誰に対する感謝状だ?
パエデロスの令嬢に対して、ソレノス王子が感謝することはないはず。
つまりアレは、我であって我ではない。ミモザの姉に向けての感謝状だ。
そこまで察し、我の中に、えも言われぬ悍ましい警鐘が鳴り響いた。