第92話 温度差

ー/ー



 工房の窓から、街灯の明かりが差し込んできた辺りで、今さらのように時間の経過を把握してしまった。随分と長いこと熱中してしまったような気がする。

「今日はこの辺りにしておこうか」
「ふぇ……?」

 我よりもずっと集中していたミモザは、まだとうに日が暮れてしまっていることなど気付かない様子で、きょとんとしている。

 ふと横に目を向けたら大量の魔具がどっさりと積み上げられているのが見えた。
 集中していたとはいえ、いつの間にこんなに作っていたのやら。

 なんか、途中で他の従業員がこそこそと声を掛けてきていたような記憶はあったのだが、何を遠慮してか、誰も深く割っては入ってこなかったみたいだ。

「もう外も暗くなってしまったしな。仕事に熱心なのは悪いことじゃないが、従業員のことも考えてやらねばならん」
「ふぁ……、みなさんのこと、忘れてましら……」

 だと思ったよ。

 ミモザのペースに合わせ続けていたら他の従業員がついてこれなくなってしまう。これまでは我や使用人たちがペース配分をなるべく調整するように動いてきたが、ミモザも上に立つものになったからには自制を覚えてもらわねば。

「これからじっくり慣れていけばいい。なぁに、皆、ミモザの腕前に惚れて集まってきた連中ばかりだ。多少の無茶くらいなら目をつむってくれるだろう」
「そうれすかねぇ……、ちょっとみなさんに声かけてきましゅ」
 そういってミモザは慌てて工房を飛び出す。我もそれについていった。

 店内の方は、実にピッカピカに清掃されており、商品の整理もバッチリ。このまま店を開けても問題なさそうなくらい、完璧に準備が整っていた。

「あ、店長ぉ~、お疲れ様ですぅ。今日はもう上がりますか?」
 白髪で褐色肌のたゆんたゆんエルフが箒とちりとりを持ちながらこちらに向き直る。まさか、ずっとやっていたわけじゃあるまいな。

「まだ何か手伝えることがあれば、拙者におまかせください!」
 あれ? 今日は来ていたんだっけ? と一瞬思ってしまうくらい、気配を殺していたのか、黒髪ツインテ娘のヤスミがスッと迅速に現れた。

「おう、師匠! 次は俺と作ろうぜ!」
 黒光りする筋肉をムキムキさせながらポージングしているデカ女が振り向きざまに笑顔を見せつける。何こいつ、ずっと筋トレして待機してたの?

「ノイデスさん……、あなたは徹夜するおつもりですか?」
 やれやれといった表情を浮かべるのはサンシだ。さっきまで我とミモザが作っていた魔具の最終調整もやってくれていたっぽい。

「はゃ~……しゅみましぇん。今日も遅くまで残ってもらっちゃって。商品は揃ってきたので今日のところはここまでにしましょう」

 あわあわした様子でミモザは指揮を執る。
 ノイデス以外は二つ返事で承諾し、とりあえずは解散となった。

 ※ ※ ※

「はぅぅ……、わたし、店長さんなのに店長しゃんらしくないでふかねぇ……」

 従業員みんなを帰して間もなく、顔を両手で覆うようにしてミモザが言う。

「気にするなと言っただろう。大丈夫だ。お前はしっかりと店長だ」
 ポンポンとミモザの頭を撫でてやる。

 我だって最初から完璧をミモザには求めてなどいない。
 ただ、少しずつ自分の目標に向かって前進し続けているミモザを助けてやりたいという気持ちが強く、思うよりも急かして早足にさせてしまっている点は否めない。

 我と出会った頃など、市場の片隅で見向きもされなかった小娘が、唐突に自分の店を持つようになり、一躍大人気に。
 それでもまだまだ将来に不安を覚えている最中、さらに大きな店を構え、従業員を雇うようになり、人に指示する上の立場になった。

 ただ、ソレも順調なステップアップのようでいて、その反面、ミモザにとっては大きなプレッシャーを与え続けているかもしれん。
 ソレも通過儀礼なのだと勝手に容認して、我も深く深くまでは思いが及んでいなかったのではないだろうか。

 ミモザにはミモザの、我には我の、思い悩むことがある。
 それらは混ざるものではなく、個々で解決すべきことだ。
 そろそろいい加減、いい加減な介入はすべきではないだろう。

 我とミモザは、対等でありたいのだ。

「店長っぽくないと思うのなら店長っぽくなればいい。それまでまた沢山の失敗をするだろうが、それも糧にしていけばいい」
「フィーさん……」

 はっきり言ってしまうと、だ。
 ミモザの魔具を作り上げる技術は抜きん出ているし、それは今もなお驚くほど向上し続けている。魔法の概念すらあやふやだった頃とはもう違う。

 何処かの王宮――それこそ軍事国家のレッドアイズ――とかでも専属になれていてもおかしくはないくらい。もし、我がまだ魔王であったのならば魔王軍に勧誘して兵器を作らせていた可能性すらある。

 当初より、我はミモザの腕に惚れ込んだのだ。

 魔法の才能がない。生まれつき魔力を持たない。そんな落ちこぼれのエルフと呼ばれていたミモザが、このパエデロスに流れ着き、そして我と出会ったことは奇跡のようなものなのではないだろうか。

 確かに、今のミモザに店長としての能力は足りないところはあるのかもしれない。
 だが、何処の誰にでも誇れるくらいの実力を持っていることだけは明白だ。

 それをたわいもないことでくじいてたまるものか。
 そう考えてしまうのは、我のエゴであり、勝手な押しつけか。

 魔法を使えないという劣等感をバネに、魔具という切り口から新しい自分を見つけたミモザに、これ以上の失望も絶望も味わわせたくはない。

「我にはミモザの不安を丸ごと理解することはできない。だが、もし溢れんばかりの不安があるのなら我にも分けてくれ。勿論それを引け目に感じることもないぞ。我が望んでいることだ」

 我も、いつまでミモザの傍にいられるのかは分からない。
 元魔王である我は明日にも、何処ぞの誰かに正体が明かされてしまって消されてしまう可能性すらあるのだから。

 無論、ミモザの思い悩んでいることがちっぽけなものだとは言わない。しかしそれでも、我とミモザの思い悩むことには、著しい温度差を感じる。

「フィーしゃん……ありがとうございましゅ……」

 まあ、これ以上は何も言うまい。
 元々ミモザは他のエルフと比べられて追放されてきた身だ。
 その自身を蝕むような劣等感はこびりついて離れないものに違いない。

 例え我から見て、ミモザの思う不安が単なる考えすぎ、単なる過小評価にしか思えなかったとしても、それは我の主観、我の価値観で見ているだけに過ぎん。

「さて、どうやら明日にもまた店を開けそうだ。今日のところは早めに休むといい。お前は凝り性だからな。夜更かしして魔具の調整しすぎて客の前で倒れられては困るだろう?」
「そうれすね……」

 そう言うなり、ミモザは我の方に身体を寄せてくる。対し我は肩を抱くようにして、ミモザの身を引き寄せる。

「じゃあ、今夜もフィーしゃんの隣で寝てもいいでふか?」
「ふははははははははははっ!!!! どうしてわざわざ許可を求めるのだ。我は一向に構わぬぞ」

 我は、まだミモザの不安を低く見積もっていたのかもしれない。
 そうでもなければ、その物憂げな顔を見ずに済んだであろう。

 実のところは、我もミモザの傍にいたくて仕方なかった。我にも我にしか分からないような不安がずんずんと積もってきていたから。

 ああ、結局はこういうことなのだろう。

 我がどんな不安を抱えようとも、ミモザがどんな不安を抱えようとも、お互いが傍にいればそんなものは存外どうにでもなるということだ。


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「今日はこの辺りにしておこうか」
「ふぇ……?」
 我よりもずっと集中していたミモザは、まだとうに日が暮れてしまっていることなど気付かない様子で、きょとんとしている。
 ふと横に目を向けたら大量の魔具がどっさりと積み上げられているのが見えた。
 集中していたとはいえ、いつの間にこんなに作っていたのやら。
 なんか、途中で他の従業員がこそこそと声を掛けてきていたような記憶はあったのだが、何を遠慮してか、誰も深く割っては入ってこなかったみたいだ。
「もう外も暗くなってしまったしな。仕事に熱心なのは悪いことじゃないが、従業員のことも考えてやらねばならん」
「ふぁ……、みなさんのこと、忘れてましら……」
 だと思ったよ。
 ミモザのペースに合わせ続けていたら他の従業員がついてこれなくなってしまう。これまでは我や使用人たちがペース配分をなるべく調整するように動いてきたが、ミモザも上に立つものになったからには自制を覚えてもらわねば。
「これからじっくり慣れていけばいい。なぁに、皆、ミモザの腕前に惚れて集まってきた連中ばかりだ。多少の無茶くらいなら目をつむってくれるだろう」
「そうれすかねぇ……、ちょっとみなさんに声かけてきましゅ」
 そういってミモザは慌てて工房を飛び出す。我もそれについていった。
 店内の方は、実にピッカピカに清掃されており、商品の整理もバッチリ。このまま店を開けても問題なさそうなくらい、完璧に準備が整っていた。
「あ、店長ぉ~、お疲れ様ですぅ。今日はもう上がりますか?」
 白髪で褐色肌のたゆんたゆんエルフが箒とちりとりを持ちながらこちらに向き直る。まさか、ずっとやっていたわけじゃあるまいな。
「まだ何か手伝えることがあれば、拙者におまかせください!」
 あれ? 今日は来ていたんだっけ? と一瞬思ってしまうくらい、気配を殺していたのか、黒髪ツインテ娘のヤスミがスッと迅速に現れた。
「おう、師匠! 次は俺と作ろうぜ!」
 黒光りする筋肉をムキムキさせながらポージングしているデカ女が振り向きざまに笑顔を見せつける。何こいつ、ずっと筋トレして待機してたの?
「ノイデスさん……、あなたは徹夜するおつもりですか?」
 やれやれといった表情を浮かべるのはサンシだ。さっきまで我とミモザが作っていた魔具の最終調整もやってくれていたっぽい。
「はゃ~……しゅみましぇん。今日も遅くまで残ってもらっちゃって。商品は揃ってきたので今日のところはここまでにしましょう」
 あわあわした様子でミモザは指揮を執る。
 ノイデス以外は二つ返事で承諾し、とりあえずは解散となった。
 ※ ※ ※
「はぅぅ……、わたし、店長さんなのに店長しゃんらしくないでふかねぇ……」
 従業員みんなを帰して間もなく、顔を両手で覆うようにしてミモザが言う。
「気にするなと言っただろう。大丈夫だ。お前はしっかりと店長だ」
 ポンポンとミモザの頭を撫でてやる。
 我だって最初から完璧をミモザには求めてなどいない。
 ただ、少しずつ自分の目標に向かって前進し続けているミモザを助けてやりたいという気持ちが強く、思うよりも急かして早足にさせてしまっている点は否めない。
 我と出会った頃など、市場の片隅で見向きもされなかった小娘が、唐突に自分の店を持つようになり、一躍大人気に。
 それでもまだまだ将来に不安を覚えている最中、さらに大きな店を構え、従業員を雇うようになり、人に指示する上の立場になった。
 ただ、ソレも順調なステップアップのようでいて、その反面、ミモザにとっては大きなプレッシャーを与え続けているかもしれん。
 ソレも通過儀礼なのだと勝手に容認して、我も深く深くまでは思いが及んでいなかったのではないだろうか。
 ミモザにはミモザの、我には我の、思い悩むことがある。
 それらは混ざるものではなく、個々で解決すべきことだ。
 そろそろいい加減、いい加減な介入はすべきではないだろう。
 我とミモザは、対等でありたいのだ。
「店長っぽくないと思うのなら店長っぽくなればいい。それまでまた沢山の失敗をするだろうが、それも糧にしていけばいい」
「フィーさん……」
 はっきり言ってしまうと、だ。
 ミモザの魔具を作り上げる技術は抜きん出ているし、それは今もなお驚くほど向上し続けている。魔法の概念すらあやふやだった頃とはもう違う。
 何処かの王宮――それこそ軍事国家のレッドアイズ――とかでも専属になれていてもおかしくはないくらい。もし、我がまだ魔王であったのならば魔王軍に勧誘して兵器を作らせていた可能性すらある。
 当初より、我はミモザの腕に惚れ込んだのだ。
 魔法の才能がない。生まれつき魔力を持たない。そんな落ちこぼれのエルフと呼ばれていたミモザが、このパエデロスに流れ着き、そして我と出会ったことは奇跡のようなものなのではないだろうか。
 確かに、今のミモザに店長としての能力は足りないところはあるのかもしれない。
 だが、何処の誰にでも誇れるくらいの実力を持っていることだけは明白だ。
 それをたわいもないことでくじいてたまるものか。
 そう考えてしまうのは、我のエゴであり、勝手な押しつけか。
 魔法を使えないという劣等感をバネに、魔具という切り口から新しい自分を見つけたミモザに、これ以上の失望も絶望も味わわせたくはない。
「我にはミモザの不安を丸ごと理解することはできない。だが、もし溢れんばかりの不安があるのなら我にも分けてくれ。勿論それを引け目に感じることもないぞ。我が望んでいることだ」
 我も、いつまでミモザの傍にいられるのかは分からない。
 元魔王である我は明日にも、何処ぞの誰かに正体が明かされてしまって消されてしまう可能性すらあるのだから。
 無論、ミモザの思い悩んでいることがちっぽけなものだとは言わない。しかしそれでも、我とミモザの思い悩むことには、著しい温度差を感じる。
「フィーしゃん……ありがとうございましゅ……」
 まあ、これ以上は何も言うまい。
 元々ミモザは他のエルフと比べられて追放されてきた身だ。
 その自身を蝕むような劣等感はこびりついて離れないものに違いない。
 例え我から見て、ミモザの思う不安が単なる考えすぎ、単なる過小評価にしか思えなかったとしても、それは我の主観、我の価値観で見ているだけに過ぎん。
「さて、どうやら明日にもまた店を開けそうだ。今日のところは早めに休むといい。お前は凝り性だからな。夜更かしして魔具の調整しすぎて客の前で倒れられては困るだろう?」
「そうれすね……」
 そう言うなり、ミモザは我の方に身体を寄せてくる。対し我は肩を抱くようにして、ミモザの身を引き寄せる。
「じゃあ、今夜もフィーしゃんの隣で寝てもいいでふか?」
「ふははははははははははっ!!!! どうしてわざわざ許可を求めるのだ。我は一向に構わぬぞ」
 我は、まだミモザの不安を低く見積もっていたのかもしれない。
 そうでもなければ、その物憂げな顔を見ずに済んだであろう。
 実のところは、我もミモザの傍にいたくて仕方なかった。我にも我にしか分からないような不安がずんずんと積もってきていたから。
 ああ、結局はこういうことなのだろう。
 我がどんな不安を抱えようとも、ミモザがどんな不安を抱えようとも、お互いが傍にいればそんなものは存外どうにでもなるということだ。