表示設定
表示設定
目次 目次




第90話 チップスと炭酸を添えて

ー/ー



 皿の上に盛り付けられたチップスを口元に運ぶ。
 パリパリサクサクと小気味良い音を立てて、塩味が口の中に広がる。
 こうやって間食としていただくのも存外いいのかもしれない。

 そんなことを思いながらも、我は私室でぼんやりとしていた。

 我のジャガイモ農園は期待以上の成果を上げて収益も安定。
 ミモザの店も新装開店してから評判がまた一段グンと上がった。
 あまりにも物事が上手くいきすぎているような気がして、不安を覚え始めていた。

 こんなにも胸の奥がひりつくような気持ちになるのはどうしてだろうな。

 本来は我の仇であったはずの勇者ロータスとの関係も何だかんだ良好。
 その仲間のダリアにしても、マルペルにしても、我と敵対する意思すらない。
 まあ、パエデロスの平穏のために日夜頑張っていて忙しいのもあるだろうが。

 もう一口、チップスを口に放り込む。

 思えば、我は長いこと戦争をしておったのだな。
 今になってそんなことを思い返すのも今さらが過ぎるのだが。
 何処かの町を制圧し、何処かの国を滅ぼし、平和な世界とは無縁に生きてきた。

 それがどうしたことだろう。
 勇者ロータスの聖剣に胸を刺され、一度は殺され、そして蘇った後の我ときたら随分とまあぬるい生活を続けてばかりなのではないか。

 あの頃に従えていた手下どもはもう残っていない。多分残っていた奴らの大半はレッドアイズ国の捕虜にされ、実験体にされ、ゴーレムの材料にされてしまっただろうから、我の陣営など跡形もない。

 ついでにいってしまえば、そのレッドアイズ国も国王の陰謀が暴かれてしまったことにより著しい崩壊を迎えつつある。あれほど強大な軍事力を抱えていたレッドアイズ国がこの有様。平和を掻き乱す不穏因子は、当面出てくることはないだろう。

 もしも、今のこのパエデロスの平穏が潰えるようなことがあるとするならば、それはきっと、我の正体が元・魔王であったことが公表されるほかないだろう。

 さしもの異種族の連中、みな友達、みな家族みたいな平和な街、パエデロスの住民と言えど、かつて世界を恐怖に陥れた魔王がのうのうと生きてるともなれば手のひらなど千切れるほどひっくり返すに違いない。

 そうなるかもしれないというこの状況下で、我は一体何をしている?

 パエデロスでも随一の大富豪であり、謎の令嬢として名を馳せて、遠方の国にもその名を轟かせている、だと?
 なんだ、我はそんなに早死にしたいのか。自殺願望強すぎじゃね?

 有名になることのリスクを、それまで魔王として生きてきた我が一番よく分かっている。馬脚を現した瞬間が即ち失脚よ。
 ああ、そうか。この胸のざわつく不安の正体が、その輪郭がくっきりはっきりと見えてきた。我は恐れているのだ。我自身が魔王であったことを。

 どっぷりと頭の先まで平和に浸かってしまっている今だからこそ、かつての自分のしてきたことを否が応でも理解せざるを得ない。

 知らなかったわけでもないし、分からなかったわけでもない。
 しかし、知っていることを、分かっていることを、延々と目の前に突きつけられ続けているようなものだ。

 魔王として君臨していた頃の我に後悔などなかったはずだ。勇者と停戦協定を結んでしまったあの日から、明瞭なる罪悪が我にまとわりつくようになった。
 いっそのこと、あのときにすっぱり殺されてしまっていれば、こんな粘っこい陰気な感情に苛まれることもなかったのだろう。

 なら、今の我は、過去の自分を後悔しているのか? 否。そうではない。
 我は今、過去の我の束ねてきたものを刃物のように突きつけられているだけだ。
 それをただ、恐れているだけなのだ。

 我が今、魔王であったことが明かされ、世界から糾弾されてしまうことは仕方ない。それで再び殺されてしまうこともまた仕方ない。
 だが、その後はどうなるというのか。

 そうだ。今の我はたった一人ではない。
 同じ志を持って人間どもと戦い続けていた者もいない。

 ミモザ。あとそれとロータスとかダリアとかマルペルとかその他諸々。
 そいつらに我の束ねてきたものが降りかかることは容易に想像できる。
 我一人だけで終えるべきことが、それに留まらないところまで来ているのだ。

 パエデロスはロータスたちの功績によって大きく繁栄してきた。
 ミモザも新しいお店を構え、新しい従業員も雇い、順調に成長してきている。
 それを、一瞬で全て破壊する要因を、我が持っているこの事実が、恐ろしいのだ。

 いつの間にやら、これほどまでに大きなものを背負い込んでいようとは。

 それまでも下手に目立つ行動はすべきではないと分かりきっていたのだが、あれからずっと目立ちに目立つ行動ばかりとり続けて、その末が今の現状だ。
 我のことながら呆れ果ててものもいえないな。

 溜め息の漏れる口を塞ぐべく、もう一口、チップスを抓もうとした。
 そんな矢先に、室内にノックの音が飛んできた。

「フィーしゃ~ん」

 ミモザの声だ。なんて分かりやすい。
 我は直ぐさま椅子を降り、扉までスタッと駆けていき開けた。

「どうした、ミモザ」

 扉の開いた先には愛くるしい小動物のようなエルフがそこに立っていた。
 見てみると、その手には何やら小瓶を抱えている。

「ちょっと面白そうなものを作ってみましら」
「その小瓶のことか?」

 色のついた液体が入っていることは分かった。
 しかし、ミモザには医学や薬学の知識はなかったはずだ。
 せいぜい、簡単な薬草を調合できる程度。魔具の分野とは遠く掛け離れている。

「はい。この前、フィーしゃんが持ち帰った炭酸水で何かできないかと思って、色々と試してみたんでふけど、果汁やスパイスと掛け合わしたら面白いかなって」

 確かに見てみると、小瓶の中は泡がプクプクしている。だが、その液体の色は真っ黒に染まっている。果汁といったか? どう見ても危険な色合いをしているのだが。

「飲めるもの、なのか?」
「はいっ。デニアしゃんが薬学に詳しくて、頭痛薬の作り方を教えてくれたのれすが、ちょっとレシピを変えてみたらこんな感じになりましら!」

 なんだかウッキウキなご様子。ミモザが楽しそうで何よりだ。
 そうこうしていると、ミモザがその手元の小瓶を我に向けて差し出す。
 飲めということなのだろう。

 こんなシュワシュワした黒い液体を飲んで大丈夫なのだろうか。
 そこいらの毒ぐらいなら何てことはないが、調合されたものとなれば未知数だ。
 だが、ミモザに手渡されたともなれば飲まないわけにもいくまい。

「では、いただこうか」

 意を決して、我は小瓶の蓋を開封し、それを口元につける。
 炭酸独特の刺激が舌の上を通過し、喉奥にたどり着くまでに、なんとも甘い風味が押し寄せてきた。ほのかに果汁のような香りも混じっている。

「美味しかったでふか?」
「ふむ、甘いな、これは。喉が渇いていたので丁度よかったぞ」

 それは素直で率直な感想だ。我の好む酒類とは異なるテイストだが、けっしてまずくはない、むしろこれまで飲んだことのない美味。
 先ほどまで塩っ気の利いたチップスばかり食べていたせいもあってか、この甘い味が妙にマッチしているようにも感じられた。

「えへへ、フィーしゃんに喜んでもらえてうれしいれす。炭酸ガスの作り方も分かってきたのでこれも商品として並べられそうでふね」

 あまりにも眩しいくらいの笑顔で話すものだから、我は我の中にあった不安をそっと引っ込めることにした。

「それはいいな。チップスと併せて売ればきっとまた人気が出るぞ」

 我は、笑顔で返したつもりだ。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第91話 有能すぎる従業員たち


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 皿の上に盛り付けられたチップスを口元に運ぶ。
 パリパリサクサクと小気味良い音を立てて、塩味が口の中に広がる。
 こうやって間食としていただくのも存外いいのかもしれない。
 そんなことを思いながらも、我は私室でぼんやりとしていた。
 我のジャガイモ農園は期待以上の成果を上げて収益も安定。
 ミモザの店も新装開店してから評判がまた一段グンと上がった。
 あまりにも物事が上手くいきすぎているような気がして、不安を覚え始めていた。
 こんなにも胸の奥がひりつくような気持ちになるのはどうしてだろうな。
 本来は我の仇であったはずの勇者ロータスとの関係も何だかんだ良好。
 その仲間のダリアにしても、マルペルにしても、我と敵対する意思すらない。
 まあ、パエデロスの平穏のために日夜頑張っていて忙しいのもあるだろうが。
 もう一口、チップスを口に放り込む。
 思えば、我は長いこと戦争をしておったのだな。
 今になってそんなことを思い返すのも今さらが過ぎるのだが。
 何処かの町を制圧し、何処かの国を滅ぼし、平和な世界とは無縁に生きてきた。
 それがどうしたことだろう。
 勇者ロータスの聖剣に胸を刺され、一度は殺され、そして蘇った後の我ときたら随分とまあぬるい生活を続けてばかりなのではないか。
 あの頃に従えていた手下どもはもう残っていない。多分残っていた奴らの大半はレッドアイズ国の捕虜にされ、実験体にされ、ゴーレムの材料にされてしまっただろうから、我の陣営など跡形もない。
 ついでにいってしまえば、そのレッドアイズ国も国王の陰謀が暴かれてしまったことにより著しい崩壊を迎えつつある。あれほど強大な軍事力を抱えていたレッドアイズ国がこの有様。平和を掻き乱す不穏因子は、当面出てくることはないだろう。
 もしも、今のこのパエデロスの平穏が潰えるようなことがあるとするならば、それはきっと、我の正体が元・魔王であったことが公表されるほかないだろう。
 さしもの異種族の連中、みな友達、みな家族みたいな平和な街、パエデロスの住民と言えど、かつて世界を恐怖に陥れた魔王がのうのうと生きてるともなれば手のひらなど千切れるほどひっくり返すに違いない。
 そうなるかもしれないというこの状況下で、我は一体何をしている?
 パエデロスでも随一の大富豪であり、謎の令嬢として名を馳せて、遠方の国にもその名を轟かせている、だと?
 なんだ、我はそんなに早死にしたいのか。自殺願望強すぎじゃね?
 有名になることのリスクを、それまで魔王として生きてきた我が一番よく分かっている。馬脚を現した瞬間が即ち失脚よ。
 ああ、そうか。この胸のざわつく不安の正体が、その輪郭がくっきりはっきりと見えてきた。我は恐れているのだ。我自身が魔王であったことを。
 どっぷりと頭の先まで平和に浸かってしまっている今だからこそ、かつての自分のしてきたことを否が応でも理解せざるを得ない。
 知らなかったわけでもないし、分からなかったわけでもない。
 しかし、知っていることを、分かっていることを、延々と目の前に突きつけられ続けているようなものだ。
 魔王として君臨していた頃の我に後悔などなかったはずだ。勇者と停戦協定を結んでしまったあの日から、明瞭なる罪悪が我にまとわりつくようになった。
 いっそのこと、あのときにすっぱり殺されてしまっていれば、こんな粘っこい陰気な感情に苛まれることもなかったのだろう。
 なら、今の我は、過去の自分を後悔しているのか? 否。そうではない。
 我は今、過去の我の束ねてきたものを刃物のように突きつけられているだけだ。
 それをただ、恐れているだけなのだ。
 我が今、魔王であったことが明かされ、世界から糾弾されてしまうことは仕方ない。それで再び殺されてしまうこともまた仕方ない。
 だが、その後はどうなるというのか。
 そうだ。今の我はたった一人ではない。
 同じ志を持って人間どもと戦い続けていた者もいない。
 ミモザ。あとそれとロータスとかダリアとかマルペルとかその他諸々。
 そいつらに我の束ねてきたものが降りかかることは容易に想像できる。
 我一人だけで終えるべきことが、それに留まらないところまで来ているのだ。
 パエデロスはロータスたちの功績によって大きく繁栄してきた。
 ミモザも新しいお店を構え、新しい従業員も雇い、順調に成長してきている。
 それを、一瞬で全て破壊する要因を、我が持っているこの事実が、恐ろしいのだ。
 いつの間にやら、これほどまでに大きなものを背負い込んでいようとは。
 それまでも下手に目立つ行動はすべきではないと分かりきっていたのだが、あれからずっと目立ちに目立つ行動ばかりとり続けて、その末が今の現状だ。
 我のことながら呆れ果ててものもいえないな。
 溜め息の漏れる口を塞ぐべく、もう一口、チップスを抓もうとした。
 そんな矢先に、室内にノックの音が飛んできた。
「フィーしゃ~ん」
 ミモザの声だ。なんて分かりやすい。
 我は直ぐさま椅子を降り、扉までスタッと駆けていき開けた。
「どうした、ミモザ」
 扉の開いた先には愛くるしい小動物のようなエルフがそこに立っていた。
 見てみると、その手には何やら小瓶を抱えている。
「ちょっと面白そうなものを作ってみましら」
「その小瓶のことか?」
 色のついた液体が入っていることは分かった。
 しかし、ミモザには医学や薬学の知識はなかったはずだ。
 せいぜい、簡単な薬草を調合できる程度。魔具の分野とは遠く掛け離れている。
「はい。この前、フィーしゃんが持ち帰った炭酸水で何かできないかと思って、色々と試してみたんでふけど、果汁やスパイスと掛け合わしたら面白いかなって」
 確かに見てみると、小瓶の中は泡がプクプクしている。だが、その液体の色は真っ黒に染まっている。果汁といったか? どう見ても危険な色合いをしているのだが。
「飲めるもの、なのか?」
「はいっ。デニアしゃんが薬学に詳しくて、頭痛薬の作り方を教えてくれたのれすが、ちょっとレシピを変えてみたらこんな感じになりましら!」
 なんだかウッキウキなご様子。ミモザが楽しそうで何よりだ。
 そうこうしていると、ミモザがその手元の小瓶を我に向けて差し出す。
 飲めということなのだろう。
 こんなシュワシュワした黒い液体を飲んで大丈夫なのだろうか。
 そこいらの毒ぐらいなら何てことはないが、調合されたものとなれば未知数だ。
 だが、ミモザに手渡されたともなれば飲まないわけにもいくまい。
「では、いただこうか」
 意を決して、我は小瓶の蓋を開封し、それを口元につける。
 炭酸独特の刺激が舌の上を通過し、喉奥にたどり着くまでに、なんとも甘い風味が押し寄せてきた。ほのかに果汁のような香りも混じっている。
「美味しかったでふか?」
「ふむ、甘いな、これは。喉が渇いていたので丁度よかったぞ」
 それは素直で率直な感想だ。我の好む酒類とは異なるテイストだが、けっしてまずくはない、むしろこれまで飲んだことのない美味。
 先ほどまで塩っ気の利いたチップスばかり食べていたせいもあってか、この甘い味が妙にマッチしているようにも感じられた。
「えへへ、フィーしゃんに喜んでもらえてうれしいれす。炭酸ガスの作り方も分かってきたのでこれも商品として並べられそうでふね」
 あまりにも眩しいくらいの笑顔で話すものだから、我は我の中にあった不安をそっと引っ込めることにした。
「それはいいな。チップスと併せて売ればきっとまた人気が出るぞ」
 我は、笑顔で返したつもりだ。