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真夜中の指先

ー/ー




      ー*ー*ー*ー

​  抜こうとて 指をこぼるる柔き棘
  心に刺さりて 夜を更かしぬ

      ー*ー*ー*ー



​ 都会の片隅、古いアパートの三階にその店はある。看板はない。ただ、夜が深まると窓から琥珀色の灯りが漏れるだけだ。


 僕はその夜、左手の人差し指に違和感を覚えて階段を上がった。棘が刺さったのだ。目に見えないほど細く、けれど確かに神経を逆撫でする、柔らかな棘が。



​「おや、それは『追憶の棘』ですね」
​ 店主の老人は、僕の指先をルーペで覗き込んで言った。


 この店は、身体に刺さった「形のないもの」を抜く専門店だ。

​「抜こうとしたでしょう?」
「ええ。でも、なかなかうまくいきません。掴もうとすると、するりと逃げるんです」

​ 老人は頷き、真鍮のピンセットをアルコールランプで炙った。

「それはそうです。この棘は、あなたが忘れたくないと願った言葉や、誰かの体温からできている。無理に抜こうとすれば、より深く、心の方へと逃げていく」


​ 老人の言葉通り、棘は指先から腕を伝い、今は胸のあたりでチリチリと熱を持っている。

 処置は簡単だった。老人が差し出したのは、銀色の小さな針ではなく、一杯の温かいカモミールティーだった。

​「今夜は、その棘と夜を更かしてください。抜く必要はありません。溶けるのを待つのです」

​ 僕は釈然としないまま自宅に戻った。
 ベッドに入ると、棘の場所がはっきりとわかった。それは今日、街角ですれ違ったかつての恋人の、名前を呼びかけて飲み込んだ瞬間の痛みだった。


 抜こうとして指をこぼれたあの感触。拒絶されたのではなく、自分から手放せなかった記憶。

​ 暗闇の中で、僕は自分の胸に手を当てた。
 刺さっているのは、痛みという名の優しさだ。

 
 夜が更けるにつれ、棘は少しずつ、けれど確実に僕の心に馴染んでいった。それはもう「異物」ではなかった。

 翌朝、目が覚めたとき、指先の違和感は消えていた。

 けれど、心臓の奥がほんの少しだけ重い。

 それは、僕が一生かけて持ち歩くことに決めた、目に見えない輝きだった。



*日記風雑感*
棘、刺さると意外に取れにくい。
刺抜き、って家にあったかなー。

バラの棘なんかはまだ「いたっっ」
はあるけど、刺さって抜けないほどまでにはならないから……

むしろ、他の草木のちっさい棘が危ない。
いつの間に?
通りすがりにやられたーが。

小さくて、でも、威力はあるんだよなあ……




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      ー*ー*ー*ー
​  抜こうとて 指をこぼるる柔き棘
  心に刺さりて 夜を更かしぬ
      ー*ー*ー*ー
​ 都会の片隅、古いアパートの三階にその店はある。看板はない。ただ、夜が深まると窓から琥珀色の灯りが漏れるだけだ。
 僕はその夜、左手の人差し指に違和感を覚えて階段を上がった。棘が刺さったのだ。目に見えないほど細く、けれど確かに神経を逆撫でする、柔らかな棘が。
​「おや、それは『追憶の棘』ですね」
​ 店主の老人は、僕の指先をルーペで覗き込んで言った。
 この店は、身体に刺さった「形のないもの」を抜く専門店だ。
​「抜こうとしたでしょう?」
「ええ。でも、なかなかうまくいきません。掴もうとすると、するりと逃げるんです」
​ 老人は頷き、真鍮のピンセットをアルコールランプで炙った。
「それはそうです。この棘は、あなたが忘れたくないと願った言葉や、誰かの体温からできている。無理に抜こうとすれば、より深く、心の方へと逃げていく」
​ 老人の言葉通り、棘は指先から腕を伝い、今は胸のあたりでチリチリと熱を持っている。
 処置は簡単だった。老人が差し出したのは、銀色の小さな針ではなく、一杯の温かいカモミールティーだった。
​「今夜は、その棘と夜を更かしてください。抜く必要はありません。溶けるのを待つのです」
​ 僕は釈然としないまま自宅に戻った。
 ベッドに入ると、棘の場所がはっきりとわかった。それは今日、街角ですれ違ったかつての恋人の、名前を呼びかけて飲み込んだ瞬間の痛みだった。
 抜こうとして指をこぼれたあの感触。拒絶されたのではなく、自分から手放せなかった記憶。
​ 暗闇の中で、僕は自分の胸に手を当てた。
 刺さっているのは、痛みという名の優しさだ。
 夜が更けるにつれ、棘は少しずつ、けれど確実に僕の心に馴染んでいった。それはもう「異物」ではなかった。
 翌朝、目が覚めたとき、指先の違和感は消えていた。
 けれど、心臓の奥がほんの少しだけ重い。
 それは、僕が一生かけて持ち歩くことに決めた、目に見えない輝きだった。
*日記風雑感*
棘、刺さると意外に取れにくい。
刺抜き、って家にあったかなー。
バラの棘なんかはまだ「いたっっ」
はあるけど、刺さって抜けないほどまでにはならないから……
むしろ、他の草木のちっさい棘が危ない。
いつの間に?
通りすがりにやられたーが。
小さくて、でも、威力はあるんだよなあ……