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朝の色彩

ー/ー




​ 目が覚めたとき、まず感じたのは「音」の不在だった。


いつもなら聞こえるはずの遠い始発電車の音も、階下の住人がドアを閉める音も、すべてが深い雪の中に沈んだように静まり返っている。

​僕はリビングへ向かった。
テーブルの上、昨日たしかに置いたはずの卵はもうそこにはなかった。


代わりに残されていたのは、真珠のように滑らかな質感の、透明な殻の欠片。そして、そこから這い出した「何か」が窓の外へ消えていったような、淡い光の軌跡だけだ。


​「……あぁ」
​思わず声が漏れた。
窓から差し込む光が、明らかに昨日までのそれとは違っていたからだ。

​カーテンを開ける。

目に飛び込んできたのは、淡いペパーミントグリーンの空だった。
太陽はそこにある。けれど、その光は黄色ではなく、柔らかな銀色。


地上にあるすべての影が、輪郭を失って虹色に滲んでいる。

​ベランダに出てみると、街の景色そのものは変わっていない。
向かいのマンションも、角のコンビニも、昨日のままだ。


 ただ、空気の「密度」が明らかに違っていた。

一息吸い込むごとに、肺の奥まで清涼な光で満たされるような感覚。重力はほんの少しだけその手を緩め、僕の身体は、まるで水中にいるように軽やかだった。


​ふと下を見ると、アスファルトの隙間から、見たこともない透明な花が芽吹いている。


遠くで、誰かが笑う声が聞こえた。
それは驚きや恐怖の声ではなく、長い眠りから覚めたときのような、晴れやかな響きだった。


​あの卵は、単に異星の生命体だったわけじゃない。

この世界を「上書き」するための、最初の種子だったのだ。

​僕はキッチンへ戻り、空になった卵ケースを眺めた。
そこにはまだ、昨日まで食べていた「古い世界」の卵が九つ、眠ったように並んでいる。


​「さて、朝食はどうしようか」


​ 僕は口角が上がるのを止められなかった。ペパーミントグリーンの光が満ちるキッチンで、僕は新しい世界の、最初のコーヒーを淹れ始めた。





次のエピソードへ進む 春の道、空を見上げる一瞬に


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​ 目が覚めたとき、まず感じたのは「音」の不在だった。
いつもなら聞こえるはずの遠い始発電車の音も、階下の住人がドアを閉める音も、すべてが深い雪の中に沈んだように静まり返っている。
​僕はリビングへ向かった。
テーブルの上、昨日たしかに置いたはずの卵はもうそこにはなかった。
代わりに残されていたのは、真珠のように滑らかな質感の、透明な殻の欠片。そして、そこから這い出した「何か」が窓の外へ消えていったような、淡い光の軌跡だけだ。
​「……あぁ」
​思わず声が漏れた。
窓から差し込む光が、明らかに昨日までのそれとは違っていたからだ。
​カーテンを開ける。
目に飛び込んできたのは、淡いペパーミントグリーンの空だった。
太陽はそこにある。けれど、その光は黄色ではなく、柔らかな銀色。
地上にあるすべての影が、輪郭を失って虹色に滲んでいる。
​ベランダに出てみると、街の景色そのものは変わっていない。
向かいのマンションも、角のコンビニも、昨日のままだ。
 ただ、空気の「密度」が明らかに違っていた。
一息吸い込むごとに、肺の奥まで清涼な光で満たされるような感覚。重力はほんの少しだけその手を緩め、僕の身体は、まるで水中にいるように軽やかだった。
​ふと下を見ると、アスファルトの隙間から、見たこともない透明な花が芽吹いている。
遠くで、誰かが笑う声が聞こえた。
それは驚きや恐怖の声ではなく、長い眠りから覚めたときのような、晴れやかな響きだった。
​あの卵は、単に異星の生命体だったわけじゃない。
この世界を「上書き」するための、最初の種子だったのだ。
​僕はキッチンへ戻り、空になった卵ケースを眺めた。
そこにはまだ、昨日まで食べていた「古い世界」の卵が九つ、眠ったように並んでいる。
​「さて、朝食はどうしようか」
​ 僕は口角が上がるのを止められなかった。ペパーミントグリーンの光が満ちるキッチンで、僕は新しい世界の、最初のコーヒーを淹れ始めた。