22.人魚の肉
ー/ー
僕が呼んだ助っ人は、現在こちらに向かってくれている。
応援を待つ間、シロー君は無言。
表情にこそ出さないけど、不満は感じているだろう。
大人を信用できない彼らの気持ちを考慮してあげたいけど、このまま事態を放置しておくと取り返しがつかなくなる。今は我慢してもらうしかない。
「ごめんね、シロー君。少しでも人手が必要なんだ。僕が信頼している人たちだから、どうか信じてほしい」
「正直、ここまでくると自分たちだけじゃどうにもならないのはわかってるんで大丈夫っス。トーヤさんの信用する大人なら、オレも信じます」
切羽詰まっている状況でも、シロー君には年齢不相応の落ち着きがある。まるで歴戦の魔術師のような余裕。僕が同い年のとき、彼と同じように冷静になれただろうか。
彼に対して、個人的な興味が沸いてきた。
それどころじゃないのはわかっているけど、少しだけ質問してみる。
「シロー君は、大人が嫌い?」
「いえ、嫌いなわけじゃないっスよ。オレらみたいな子供は、大人に頼るしかないってわかってるし。人間の世界でこういう特殊な事件があったとき、呪術師が出張ってくると思うんスけど……それが苦手で……」
「助っ人との合流まで少し時間があるし、もしよかったら理由を聞かせてくれないかな?」
シロー君は、呪術師に対する不信の理由を語りはじめた。
「オレの親父、結構有名な魔術師なんスよ」
「へぇ、そうだったんだ。それなら、僕もどこかで会ったことがあるかも」
「多分、それはないっスね。オレの親父、人間との接触を極力避けているんで」
「そうなの?」
「狼魔族の見た目ってかなり目立つんで、滅多に人前に出ないんスよ。その割には人間好きみたいで、結婚したのも人間だったし、住む家も和風建築にこだわったり……よくわからない親父っス」
狼魔族は、魔界で起きた人間と魔族の戦争で多大な戦果をあげた戦闘民族。
結婚した女性は、どのような心境で魔族と籍を入れたのだろうか。
「……で、オレの親父、昔に魔界で起きた戦争の最前線で戦っていたんスよ。聞いた話によると、宝生 千歳って呪術師に片目を潰されたって聞いて、あんまり良い印象がなくて……」
「千歳さんが、魔界の戦争に? それはおかしいよ」
魔界の戦争は、今から約150年以上前のことだ。
その頃から千歳さんが生きていたとしたら、余裕で100歳を超えている。
「もしかして、何も聞いてないんスか? 魔界の戦争で活躍した呪術師は『人魚の肉』を――」
シロー君が言い掛けたところで、1台のワゴン車がビルの敷地内に入ってきた。
僕が頼んだ増援の方々だ。
「……ごめん、シロー君。その話、あとで聞かせてくれる?」
「いいっスけど……直接本人から聞けばいいんじゃないっスか?」
「もしかしたら、言い出し辛いことなのかもしれないから……」
人魚の肉は気になるけど、千歳さんから無理に聞き出すのは気が引ける。
(人魚……たしか『八尾比丘尼伝説』……)
詳しくないけど、たしか日本の民間伝承だったと思う。
人魚の肉を食べた少女が、老いることなく800年も生きたという物語だ。
(……いや、後回しにしよう)
気になることは多いが、今は子供たちを優先しなくてはいけない。
……………
ワゴン車から数人の男性が降りてくる。
男性たちの服装は統一されておらず、金髪や茶髪、タトゥー、派手なピアスやネックレスをしている者が多い。
「……あの、トーヤさん。この人たち、本当に大丈夫っスか……?」
見るからにガラの悪い助っ人に眉をひそめるシロー君。
そんな彼に向けて、僕は自信を持って断言する。
「大丈夫だよ。この人たちとは何度も一緒に仕事をしているから。みんな、信頼できる人間だから安心して」
僕の言葉を聞いて、シロー君は静かに頷いた。
男性たちは、車の中から機材や業務用テントを運び出して、慣れた手つきで組み立てていく。
「あれ、何やってるんスか?」
「ここに避難している子供たち、まともに食事をしていないんじゃないかと思って機材と食料を準備してもらったんだ。あの人たち、普段から地域のお祭りとかで屋台をしているから味は保証するよ」
まずは避難生活が続く子供たちに炊き出しを行う。
子供たちから聞き取りをするにしても、空腹状態では頭も回らないだろう。
優先順位は、あくまでも子供たちの保護である。
「……すみません。オレ、そこまで頭が回ってなくて……」
「それは違うよ。シロー君が僕を頼ってくれたおかげなんだ」
僕に声をかけてくれなかったら、助けを呼ぶこともできなかっただろう。
シロー君は、自分のできることを精一杯やってくれた。
今度は、僕たち大人が手を貸してあげる番だ。
「シロー君、みんなと一緒に腹ごしらえをしておいて」
「……ありがとうございます。行ってくるっス」
子供たちの元に走っていくシロー君の背中を見送っていると、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、トーヤさん!!」
聞き覚えのある声。
僕に向かって手を振る男性がいる。
黒のスーツに紫色のワイシャツ、髪はオールバック。
一見すると怖い人に見えるけど、応援に来てくれた方々を取り纏めてくれている頼りになる人物。僕の兄弟子、金井さんだった。
「兄弟子、お久しぶりです! 急なお願いに対応していただいてありがとうございました」
「いいってことよ。トーヤさんが俺に助けを求めるなんて、よっぽどのことだろうし。車でここに来る途中、千歳さんも拾ってきたよ。今は炊き出しの手伝いをしてる」
「いろいろと助かります……!」
「車の中で千歳さんから話は聞いてるけど、きな臭いことになってるみたいだな。まぁ、ガーユスみたいなヤバいのが出てこなけりゃ、ティスタさんと千歳さんでどうにかなるだろうし……今はトーヤさんもいるからな。なんとかなるさ」
「……そうだといいんですが」
正直、今回の件は全貌が見えていない。
蔓延する結晶病。
紅い錠剤を飲んだ大人の変貌。
実態が掴めていない宗教組織。
僕たちの知らないところで、いったいなにが起きているのだろうか。
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応援を待つ間、シロー君は無言。
表情にこそ出さないけど、不満は感じているだろう。
大人を信用できない彼らの気持ちを考慮してあげたいけど、このまま事態を放置しておくと取り返しがつかなくなる。今は我慢してもらうしかない。
「ごめんね、シロー君。少しでも人手が必要なんだ。僕が信頼している人たちだから、どうか信じてほしい」
「正直、ここまでくると自分たちだけじゃどうにもならないのはわかってるんで大丈夫っス。トーヤさんの信用する大人なら、オレも信じます」
切羽詰まっている状況でも、シロー君には年齢不相応の落ち着きがある。まるで歴戦の魔術師のような余裕。僕が同い年のとき、彼と同じように冷静になれただろうか。
彼に対して、個人的な興味が沸いてきた。
それどころじゃないのはわかっているけど、少しだけ質問してみる。
「シロー君は、大人が嫌い?」
「いえ、嫌いなわけじゃないっスよ。オレらみたいな子供は、大人に頼るしかないってわかってるし。人間の世界でこういう特殊な事件があったとき、呪術師が出張ってくると思うんスけど……それが苦手で……」
「助っ人との合流まで少し時間があるし、もしよかったら理由を聞かせてくれないかな?」
シロー君は、呪術師に対する不信の理由を語りはじめた。
「オレの親父、結構有名な魔術師なんスよ」
「へぇ、そうだったんだ。それなら、僕もどこかで会ったことがあるかも」
「多分、それはないっスね。オレの親父、人間との接触を極力避けているんで」
「そうなの?」
「狼魔族の見た目ってかなり目立つんで、滅多に人前に出ないんスよ。その割には人間好きみたいで、結婚したのも人間だったし、住む家も和風建築にこだわったり……よくわからない親父っス」
狼魔族は、魔界で起きた人間と魔族の戦争で多大な戦果をあげた戦闘民族。
結婚した女性は、どのような心境で魔族と籍を入れたのだろうか。
「……で、オレの親父、昔に魔界で起きた戦争の最前線で戦っていたんスよ。聞いた話によると、宝生 千歳って呪術師に片目を潰されたって聞いて、あんまり良い印象がなくて……」
「千歳さんが、魔界の戦争に? それはおかしいよ」
魔界の戦争は、今から約150年以上前のことだ。
その頃から千歳さんが生きていたとしたら、余裕で100歳を超えている。
「もしかして、何も聞いてないんスか? 魔界の戦争で活躍した呪術師は『人魚の肉』を――」
シロー君が言い掛けたところで、1台のワゴン車がビルの敷地内に入ってきた。
僕が頼んだ増援の方々だ。
「……ごめん、シロー君。その話、あとで聞かせてくれる?」
「いいっスけど……直接本人から聞けばいいんじゃないっスか?」
「もしかしたら、言い出し辛いことなのかもしれないから……」
人魚の肉は気になるけど、千歳さんから無理に聞き出すのは気が引ける。
(人魚……たしか『|八尾比丘尼《やおびくに》伝説』……)
詳しくないけど、たしか日本の民間伝承だったと思う。
人魚の肉を食べた少女が、老いることなく800年も生きたという物語だ。
(……いや、後回しにしよう)
気になることは多いが、今は子供たちを優先しなくてはいけない。
……………
ワゴン車から数人の男性が降りてくる。
男性たちの服装は統一されておらず、金髪や茶髪、タトゥー、派手なピアスやネックレスをしている者が多い。
「……あの、トーヤさん。この人たち、本当に大丈夫っスか……?」
見るからにガラの悪い助っ人に眉をひそめるシロー君。
そんな彼に向けて、僕は自信を持って断言する。
「大丈夫だよ。この人たちとは何度も一緒に仕事をしているから。みんな、信頼できる人間だから安心して」
僕の言葉を聞いて、シロー君は静かに頷いた。
男性たちは、車の中から機材や業務用テントを運び出して、慣れた手つきで組み立てていく。
「あれ、何やってるんスか?」
「ここに避難している子供たち、まともに食事をしていないんじゃないかと思って機材と食料を準備してもらったんだ。あの人たち、普段から地域のお祭りとかで屋台をしているから味は保証するよ」
まずは避難生活が続く子供たちに炊き出しを行う。
子供たちから聞き取りをするにしても、空腹状態では頭も回らないだろう。
優先順位は、あくまでも子供たちの保護である。
「……すみません。オレ、そこまで頭が回ってなくて……」
「それは違うよ。シロー君が僕を頼ってくれたおかげなんだ」
僕に声をかけてくれなかったら、助けを呼ぶこともできなかっただろう。
シロー君は、自分のできることを精一杯やってくれた。
今度は、僕たち大人が手を貸してあげる番だ。
「シロー君、みんなと一緒に腹ごしらえをしておいて」
「……ありがとうございます。行ってくるっス」
子供たちの元に走っていくシロー君の背中を見送っていると、遠くから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい、トーヤさん!!」
聞き覚えのある声。
僕に向かって手を振る男性がいる。
黒のスーツに紫色のワイシャツ、髪はオールバック。
一見すると怖い人に見えるけど、応援に来てくれた方々を取り纏めてくれている頼りになる人物。僕の兄弟子、金井さんだった。
「兄弟子、お久しぶりです! 急なお願いに対応していただいてありがとうございました」
「いいってことよ。トーヤさんが俺に助けを求めるなんて、よっぽどのことだろうし。車でここに来る途中、千歳さんも拾ってきたよ。今は炊き出しの手伝いをしてる」
「いろいろと助かります……!」
「車の中で千歳さんから話は聞いてるけど、きな臭いことになってるみたいだな。まぁ、ガーユスみたいなヤバいのが出てこなけりゃ、ティスタさんと千歳さんでどうにかなるだろうし……今はトーヤさんもいるからな。なんとかなるさ」
「……そうだといいんですが」
正直、今回の件は全貌が見えていない。
蔓延する結晶病。
紅い錠剤を飲んだ大人の変貌。
実態が掴めていない宗教組織。
僕たちの知らないところで、いったいなにが起きているのだろうか。