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白紙の本と、風が運んだ種 Episode 1

ー/ー




    悲しみは「伏線」に
    喜びは「美しい挿絵」に


理屈っぽい編集者の男「エディター」と、
長いしっぽで真実を指し示す相棒の三毛猫「ルビ」。二人は、世界という名の未完成なゲラ刷りを推敲(なお)して歩く旅人です。



​今回、彼らが辿り着いたのは、誰も読み返さない、埃をかぶった古い図書館。


そこには、悲しみのあまり自らページを白く消してしまった「未完の記憶」が眠っていました。

​混乱する記憶の嵐の中で、二人が見つけた「最後の一行」とは?


      ー*ー*ー*ー



 「……ひどい有様だ。ここはもう、言葉が呼吸をやめている」



180センチの長身を屈め、吟遊編集者が埃をかぶった書架を見上げた。



​足元で、三毛猫のルビが不満げに喉を鳴らす。長いしっぽで彼の脛をペチリと叩いた。




「文句を言わないの、エディター。校正(なお)すのがあなたの仕事でしょ。……ほら、こっちを見て」



​ ルビがしなやかな動作で一つの棚に飛び乗る。長いしっぽが、まるでサーチライトのように、一冊の白紙の本を指し示した。



​「この本、心音がするわ。まだ『未完』でいたいって、ページが震えてる」



​「……なるほど。ルビ、君の指摘(アンダーライン)はいつも正確だ」



​エディターは懐から、インクの染みた万年筆を取り出した。



静寂が支配していた図書館に、突如として「心音」が響き渡った。


エディターが万年筆のキャップを外した瞬間、ルビが長いしっぽで押さえていた白紙の本が、まるで捕らえられた鳥のように激しく打ち震える。


​「エディター、来るわよ! 句読点が外れた!」


​ ルビの警告と同時に、本のページが猛烈な勢いでめくれ上がった。真っ白だった紙面から、濁流のようなセピア色の霧が溢れ出す。


それは、言葉になることを拒み、行き場を失った「生のままの記憶」だった。


​瞬く間に、書架の間を幻想が埋め尽くしていく。

窓のないはずの場所に、かつて誰かが慈しんだような、鮮やかな薔薇の庭が揺らめき現れた。しかし、その光景はひどく歪んでいる。


​「……ひどい乱丁だ。文脈(コンテクスト)が支離滅裂に混ざり合っている」
​エディターは、吹き荒れる記憶の風に目を細めた。


 雨の日の湿った土の匂い、誰かを待ち続けた孤独な午後の静寂、そして、宛名を書けずに破り捨てられた手紙の破片……。それらが、激しいインクの嵐となって二人を襲う。







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    悲しみは「伏線」に
    喜びは「美しい挿絵」に

理屈っぽい編集者の男「エディター」と、
長いしっぽで真実を指し示す相棒の三毛猫「ルビ」。二人は、世界という名の未完成なゲラ刷りを|推敲《なお》して歩く旅人です。
​今回、彼らが辿り着いたのは、誰も読み返さない、埃をかぶった古い図書館。
そこには、悲しみのあまり自らページを白く消してしまった「未完の記憶」が眠っていました。
​混乱する記憶の嵐の中で、二人が見つけた「最後の一行」とは?
      ー*ー*ー*ー
 「……ひどい有様だ。ここはもう、言葉が呼吸をやめている」
180センチの長身を屈め、吟遊編集者が埃をかぶった書架を見上げた。
​足元で、三毛猫のルビが不満げに喉を鳴らす。長いしっぽで彼の脛をペチリと叩いた。
「文句を言わないの、エディター。|校正《なお》すのがあなたの仕事でしょ。……ほら、こっちを見て」
​ ルビがしなやかな動作で一つの棚に飛び乗る。長いしっぽが、まるでサーチライトのように、一冊の白紙の本を指し示した。
​「この本、心音がするわ。まだ『未完』でいたいって、ページが震えてる」
​「……なるほど。ルビ、君の|指摘《アンダーライン》はいつも正確だ」
​エディターは懐から、インクの染みた万年筆を取り出した。
静寂が支配していた図書館に、突如として「心音」が響き渡った。
エディターが万年筆のキャップを外した瞬間、ルビが長いしっぽで押さえていた白紙の本が、まるで捕らえられた鳥のように激しく打ち震える。
​「エディター、来るわよ! 句読点が外れた!」
​ ルビの警告と同時に、本のページが猛烈な勢いでめくれ上がった。真っ白だった紙面から、濁流のようなセピア色の霧が溢れ出す。
それは、言葉になることを拒み、行き場を失った「生のままの記憶」だった。
​瞬く間に、書架の間を幻想が埋め尽くしていく。
窓のないはずの場所に、かつて誰かが慈しんだような、鮮やかな薔薇の庭が揺らめき現れた。しかし、その光景はひどく歪んでいる。
​「……ひどい乱丁だ。|文脈《コンテクスト》が支離滅裂に混ざり合っている」
​エディターは、吹き荒れる記憶の風に目を細めた。
 雨の日の湿った土の匂い、誰かを待ち続けた孤独な午後の静寂、そして、宛名を書けずに破り捨てられた手紙の破片……。それらが、激しいインクの嵐となって二人を襲う。