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第15話

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 五橋キャンパスの教室で会議をしてから一週間後。
 今日から衣替えということもあって、街を行き交う中学生や高校生はワイシャツやブラウス一枚になっていた。
 ここ最近は暑くなってきたし、ちょうど良いだろう。
 今日は部室棟で活動するとあって、法学部の愛佳さんと佳織、俺、そして経済学部の山本の四人はこぞって土樋キャンパスの部室に集まっていた。

 うちの学校のESSは大学のホームページでも「文化団体連合会の古参中の古参」と紹介されている通り、だいぶ昔からある老舗のサークルだ。
 部員数は新入部員(われわれ)を含めて十人程度と少ないものの、伝統を絶やすことなく活動を続けている。
 結成からわずか半年で公認化したゲーミングサークルに比べるとおよそ十分の一の規模だが、それでもうちのサークルが続いているのは歴史に裏打ちされているからなのだろう。

「もともとは部室棟の三階にあったんだけどね」

 愛佳さんがそう話すと、俺の右脇に座っている佳織は「そうだったんですか」と感心しきりだった。

「ええ、私の父さんはここのOBなの。さて、三人ともスピーチのお題は用意できたかしら?」

 愛佳さんは俺の向かい側の席で足を組みながらタブレットPCを開くと、右手を軽く頬に当てながら俺達三人を一瞥した。
 山本はちょっと緊張した面持ちでノートを取り出すと、たどたどしい口調で自分のスピーチのお題を語り始めた。

「俺は高校の頃にアルバイトをしていて、そこで色んな人と出会いました。そのことについて書いてみようかと」
「なるほどね。どこでアルバイトをしていたの?」
「俺ですか? 俺は定番のコンビニですよ」
「どんなことをしていたのか、教えてもらえるかしら」
「ええと、品出しにポップ作成、店の掃除、レジと多くの仕事をこなしていましたね」
「今はコンビニの中で調理もしなきゃいけないじゃない? やったことがある?」
「それはやっていませんでしたね。高校生には任せられないってことで、もっぱらパートの人がやっていましたね」

 緊張している様子が見て取れていた山本だったが、いざコンビニのアルバイト経験を話すと目を輝かせて愛佳さんに教えていた。
 左脇に居る愛佳さんも前のめりになってタブレットPCのキーボードを動かしていた。
 高校時代には土日を利用してドラッグストアでアルバイトをしていたけど、子供が怪我したときは応急処置ができる商品を案内することがあったなぁ。
 三年になってから受験のために辞めてしまったけど、いい体験ができたよ。

「なるほどね。私も今コンビニでアルバイトをしているけど、調理もしなきゃならないからその大変さがよく分かるわ」

 愛佳さんは山本の話を一通り聞き終わると、俺と至近距離で座っている佳織に目を向けた。

「それじゃあ、次は佳織ちゃんね」

 佳織はこないだスマートリングのノートを取り出すと、パラパラとめくって愛佳さんに読み聞かせた。

「はい! 私は高校時代にチアリーディングをやっていたので、その体験をスピーチにしようかと思います」
「え? チアリーディングって、佳織ちゃんはまさか……」
「いえ、私が通っていたのは公立高校ですよ。杜の都の早慶戦って知っていますか?」
「図書館の新聞で見たことがあるわ。派手な応援合戦があるのよね」
「泉でも同じようなことがあるんです。最後の最後で応援合戦に参加出来て良かったです」

 佳織は話し終えると、高校時代を思い出しては少しだけ感慨に浸っていた。
 先週もそうだけど、佳織にとって高校時代は本当にいい思い出ばかりだった。
 こないだ聞いた時も羨ましいと思ったけど、まさにその通りだよ。
 そして、次は対照的な高校生活をしていた俺にその思い出を聞かせることになりそうだ。

「それじゃあ、最後は徹君、お願いね」
「はい」

 俺はちょっと自信なさげに返事をすると、鞄からスマートリングのノートを取り出した。
 どこに書いたのかな……と、普段から黒板や先生の話を書き留めるために使っているノートをめくると、そこに「高校時代にいじめられたこと」という一文があった。
 ここのページはルーズリーフを入れて差し替えとこう。
 高校時代からバインダー形式のノートを選んでおいてよかったよ。

「俺が選んだのは、高校時代のちょっと辛い思い出を絡めたものです」

 俺はルーズリーフをスマートリングから取り出すと、少しずつ自分の高校時代を山本や佳織、そして愛佳さんに読んで聞かせた――。

 ☆

 親と一緒にはじめて横須賀基地へ行ったのは、小学校に入る前の春休みだった。何度も足を運び、小学校四年生になって英語の通訳になりたいと思って英語の勉強をしようと思った時に親からラジオ英会話を紹介され、毎日聞くようになった。
 熱心に聞き続けたおかげで中学校二年生の春には英検三級を取得し、高校受験に取り組むときには英検準二級を取得していた。
 英語力に磨きをかけた俺は高校に行くならば英語部のある学校にしたいと思い、旧制中学時代から続く高校に入った。
 部活勧誘の時に中村先輩と出会い、英語力を買われた俺は英語部に入部して頭角を現した。
 この年は文化祭と体育祭のうち文化祭が開かれ、そこで他校の英語部の部員とオンラインでディベート大会を催したことがある。
 この時のテーマは十二月に行われる英語ディベート大会のテーマに沿って「二〇三五年までにハイブリッド車を含む化石燃料車の製造と販売を禁止すべきであるか、否か」だった。
 経済の課題などを突き詰めて議論する中村先輩の姿を見て、俺は目頭が熱くなるのを感じた。
 さて、文化祭が終わった頃、我々英語部の一、二年は来るスピーチコンテストやディベート大会に向けて原稿の作成やディベート大会の準備に余念がなかった。

「よう、鹿島。お前に良い話があるんだけどさ」

 同じクラスに居た男子バスケットボール部の中尾(なかお)浩平(こうへい)が英語部の部室に現れたのは、俺がスピーチコンテストへの準備に余念がなかった時のことだった。
 中尾は成績優秀でスポーツ万能、しかもイケメンと非の打ちどころがない。
 それに中尾の家は建設会社をやっていて、中尾の父親はそこの社長だった。
 高校に入った当時、うちの父さんは市役所にある建設関係の部署で仕事をしていた。仕事を回してくれとねだる中尾の父親に対して、きちんと入札に参加しろと突っぱねたことを父さんが夕飯の席で何度も話していたっけ。
 中尾の奴は父さんと自らの父親との因縁を知ってか知らずか、バスケ部の練習が休みの日に英語部の部室にやってきた。

「いい話? 俺には関係ないよ。幼馴染に振られて傷心真っ只中なんだぜ、俺は。さっさと行った」

 そう、その当時の俺は夏美姉に振られて心に深い傷を負っていたばかりだった。
 そのことを忘れようと俺は英語部の活動に邁進し、スピーチコンテストのネタ探しに余念がなかった。
 こういう時に奴と付き合うのは時間の無駄だ。
 俺は中尾を追い返そうとしたが、向こうも「まぁ、聞くだけ聞いてみろよ。悪いようにはしないからさ」と引き下がらなかった。

「本当か?」
「本当だとも。お前なぁ、彼女が居なくて寂しいだろ」
「そりゃあさ、寂しいけど」
「そんなお前に朗報だ。同じクラスの原田(はらだ)恵令奈(えれな)がお前のことが好きだってよ」
「恵令奈って、あの胸がでかくて身長が一メートル七〇センチ近くある、あの……?」

 原田恵令奈。
 身長が高くてFカップの胸を揺らす光画部所属きってのカメラ女子だ。
 父親から譲り受けた一眼レフを用いて青春のひと時を切り取る作風が人気で、男子だけではなく女子にも人気があった。

「そうだよ。お前さん、胸がでかくてセクシーな女が好きだろ? ちょうどいいじゃねぇか。付き合っちまえよ」

 確かに原田は胸がでかくてセクシーだけど、どうして俺なんだ?
 こないだの文化祭で展示されていた彼女の写真はスポーツに励む男子生徒や女子生徒の写真ばかりだ。
 俺達のような文化部に所属している男子生徒には興味を示さないはずなのに、俺のことを好きになったというのは一体どういう風の吹き回しだろう。

「いいや、俺達とは接点がないはず」
「それがあるんだな。もしお前が彼女と付き合えば、みんなから羨ましがられるぞ。どうだ?」
「どうだって言われても……」

 確かに、原田は夏美姉以上の美人だし、付き合ってみてもいいかな。
 俺は「ああ、いいぜ」と中尾の申し出に応じた。
 すると中尾は「次の日の放課後に体育館裏へ来い」とだけ伝えて去って行った。
 今思えば、中尾の話を疑うべきだった。
 何せ、中尾の野郎は俺と同じようにうちの父さんのことを悪く思っていた可能性があったからだ。

 翌日。放課後になると、俺は喜び勇んで体育館裏で俺は原田が来るのを待っていた。
 俺のことを好いてくれる原田と付き合える、そのことだけで胸がいっぱいだった。
 スマホを眺めながらしばらく待っていると、体育館裏にカメラを携えた原田が俺の目の前に現れた。

「お待たせ」
「あ、ああ、お待たせ」
「君が鹿島君ね」
「そ、そうですけど……」

 さらさらとした、そして編み込みも見られる美しい髪。
 まるでお人形のような可愛い顔。
 そして、顔とは似合わないほどに豊かな胸。
 こんな美人と付き合えるなんて……。
 すると、彼女は俺の目を見てストレートに「実はね……、あなたのことが好きなんです。付き合ってもらえますか?」と告白した。
 嘘だろ? こんな美人と付き合えるのか?
 俺はドキドキしながらも、「うん」と答えた。
 こんな美人と付き合えるなんて……。これで、夏美姉を兄貴に取られた分は取り返せるはずだ。
 ただ、そう思っていたのは束の間だった。
 パシャッ! という音とともに、カメラのフラッシュが目に飛び込んできた。

「あはは、見事に引っかかったわ」

 ……引っかかったってどういうことだよ?
 あっけにとられた俺を見て、原田は「ごめんなさい、本当は中尾君と付き合っているの」と舌を出しながら答えた。
 まさか、これって噂に聞く嘘告白というやつか?
 すると、物陰に隠れていたところから中尾と同じバスケ部に居る飯塚(いいづか)紀夫(のりお)が原田を挟むように姿を見せた。
 飯塚はチャラチャラした見た目をしていて、それでなおかつ女受けがいい。
 聞くところによると、こいつはこないだほかのクラスの女と初体験を済ませたとか。
 俺にとっては、正直関わりあいたくないタイプだ。

「馬鹿だなぁ、お前みたいな中途半端な奴が、恵令奈のことを好きなわけないだろ」
「お前の親父のことは飯塚から聞いているんだぜ。中尾の会社に仕事を回してくれないケチ臭い奴だってな!」
「だから俺が一計を案じて、仕返ししてやったんだ。せいぜい恵令奈に声をかけられただけでもありがたく思えよ」
「それとなぁ、お前の親父に『中尾の会社に仕事回せ』って伝えておけよ! 伝えなかったら、お前のアホ面をLEINに流すからな」

 二人、いや、三人の嘲笑はしばらくの間ずっと続いた。
 ふざけるな。
 俺の親父を馬鹿にするなんて許さない。
 親父は私情を挟まずに仕事をしているのに、どうして息子である俺が……!
 俺は怒りと悲しさのあまり、その場から逃げ出した。
 夏美姉の時、いや、その時以上に俺は深く傷ついた。
 俺は悔しさと悲しさのあまり、猛ダッシュでその場を離れた。
 その後のことはよく覚えていなかったが、これだけは分かった。

 女なんて嫌いだ。

 女なんてイケメンとくっついて、俺みたいに何も取り柄がない奴を馬鹿にすることを楽しみにしている奴らばかりだ。
 そんな奴らに弄ばれるくらいなら、俺は男同士で仲良くやっていればいいんだ。
 夏美姉に振られたことで出来た心の傷は、より深くなった。



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 五橋キャンパスの教室で会議をしてから一週間後。
 今日から衣替えということもあって、街を行き交う中学生や高校生はワイシャツやブラウス一枚になっていた。
 ここ最近は暑くなってきたし、ちょうど良いだろう。
 今日は部室棟で活動するとあって、法学部の愛佳さんと佳織、俺、そして経済学部の山本の四人はこぞって土樋キャンパスの部室に集まっていた。
 うちの学校のESSは大学のホームページでも「文化団体連合会の古参中の古参」と紹介されている通り、だいぶ昔からある老舗のサークルだ。
 部員数は|新入部員《われわれ》を含めて十人程度と少ないものの、伝統を絶やすことなく活動を続けている。
 結成からわずか半年で公認化したゲーミングサークルに比べるとおよそ十分の一の規模だが、それでもうちのサークルが続いているのは歴史に裏打ちされているからなのだろう。
「もともとは部室棟の三階にあったんだけどね」
 愛佳さんがそう話すと、俺の右脇に座っている佳織は「そうだったんですか」と感心しきりだった。
「ええ、私の父さんはここのOBなの。さて、三人ともスピーチのお題は用意できたかしら?」
 愛佳さんは俺の向かい側の席で足を組みながらタブレットPCを開くと、右手を軽く頬に当てながら俺達三人を一瞥した。
 山本はちょっと緊張した面持ちでノートを取り出すと、たどたどしい口調で自分のスピーチのお題を語り始めた。
「俺は高校の頃にアルバイトをしていて、そこで色んな人と出会いました。そのことについて書いてみようかと」
「なるほどね。どこでアルバイトをしていたの?」
「俺ですか? 俺は定番のコンビニですよ」
「どんなことをしていたのか、教えてもらえるかしら」
「ええと、品出しにポップ作成、店の掃除、レジと多くの仕事をこなしていましたね」
「今はコンビニの中で調理もしなきゃいけないじゃない? やったことがある?」
「それはやっていませんでしたね。高校生には任せられないってことで、もっぱらパートの人がやっていましたね」
 緊張している様子が見て取れていた山本だったが、いざコンビニのアルバイト経験を話すと目を輝かせて愛佳さんに教えていた。
 左脇に居る愛佳さんも前のめりになってタブレットPCのキーボードを動かしていた。
 高校時代には土日を利用してドラッグストアでアルバイトをしていたけど、子供が怪我したときは応急処置ができる商品を案内することがあったなぁ。
 三年になってから受験のために辞めてしまったけど、いい体験ができたよ。
「なるほどね。私も今コンビニでアルバイトをしているけど、調理もしなきゃならないからその大変さがよく分かるわ」
 愛佳さんは山本の話を一通り聞き終わると、俺と至近距離で座っている佳織に目を向けた。
「それじゃあ、次は佳織ちゃんね」
 佳織はこないだスマートリングのノートを取り出すと、パラパラとめくって愛佳さんに読み聞かせた。
「はい! 私は高校時代にチアリーディングをやっていたので、その体験をスピーチにしようかと思います」
「え? チアリーディングって、佳織ちゃんはまさか……」
「いえ、私が通っていたのは公立高校ですよ。杜の都の早慶戦って知っていますか?」
「図書館の新聞で見たことがあるわ。派手な応援合戦があるのよね」
「泉でも同じようなことがあるんです。最後の最後で応援合戦に参加出来て良かったです」
 佳織は話し終えると、高校時代を思い出しては少しだけ感慨に浸っていた。
 先週もそうだけど、佳織にとって高校時代は本当にいい思い出ばかりだった。
 こないだ聞いた時も羨ましいと思ったけど、まさにその通りだよ。
 そして、次は対照的な高校生活をしていた俺にその思い出を聞かせることになりそうだ。
「それじゃあ、最後は徹君、お願いね」
「はい」
 俺はちょっと自信なさげに返事をすると、鞄からスマートリングのノートを取り出した。
 どこに書いたのかな……と、普段から黒板や先生の話を書き留めるために使っているノートをめくると、そこに「高校時代にいじめられたこと」という一文があった。
 ここのページはルーズリーフを入れて差し替えとこう。
 高校時代からバインダー形式のノートを選んでおいてよかったよ。
「俺が選んだのは、高校時代のちょっと辛い思い出を絡めたものです」
 俺はルーズリーフをスマートリングから取り出すと、少しずつ自分の高校時代を山本や佳織、そして愛佳さんに読んで聞かせた――。
 ☆
 親と一緒にはじめて横須賀基地へ行ったのは、小学校に入る前の春休みだった。何度も足を運び、小学校四年生になって英語の通訳になりたいと思って英語の勉強をしようと思った時に親からラジオ英会話を紹介され、毎日聞くようになった。
 熱心に聞き続けたおかげで中学校二年生の春には英検三級を取得し、高校受験に取り組むときには英検準二級を取得していた。
 英語力に磨きをかけた俺は高校に行くならば英語部のある学校にしたいと思い、旧制中学時代から続く高校に入った。
 部活勧誘の時に中村先輩と出会い、英語力を買われた俺は英語部に入部して頭角を現した。
 この年は文化祭と体育祭のうち文化祭が開かれ、そこで他校の英語部の部員とオンラインでディベート大会を催したことがある。
 この時のテーマは十二月に行われる英語ディベート大会のテーマに沿って「二〇三五年までにハイブリッド車を含む化石燃料車の製造と販売を禁止すべきであるか、否か」だった。
 経済の課題などを突き詰めて議論する中村先輩の姿を見て、俺は目頭が熱くなるのを感じた。
 さて、文化祭が終わった頃、我々英語部の一、二年は来るスピーチコンテストやディベート大会に向けて原稿の作成やディベート大会の準備に余念がなかった。
「よう、鹿島。お前に良い話があるんだけどさ」
 同じクラスに居た男子バスケットボール部の|中尾《なかお》|浩平《こうへい》が英語部の部室に現れたのは、俺がスピーチコンテストへの準備に余念がなかった時のことだった。
 中尾は成績優秀でスポーツ万能、しかもイケメンと非の打ちどころがない。
 それに中尾の家は建設会社をやっていて、中尾の父親はそこの社長だった。
 高校に入った当時、うちの父さんは市役所にある建設関係の部署で仕事をしていた。仕事を回してくれとねだる中尾の父親に対して、きちんと入札に参加しろと突っぱねたことを父さんが夕飯の席で何度も話していたっけ。
 中尾の奴は父さんと自らの父親との因縁を知ってか知らずか、バスケ部の練習が休みの日に英語部の部室にやってきた。
「いい話? 俺には関係ないよ。幼馴染に振られて傷心真っ只中なんだぜ、俺は。さっさと行った」
 そう、その当時の俺は夏美姉に振られて心に深い傷を負っていたばかりだった。
 そのことを忘れようと俺は英語部の活動に邁進し、スピーチコンテストのネタ探しに余念がなかった。
 こういう時に奴と付き合うのは時間の無駄だ。
 俺は中尾を追い返そうとしたが、向こうも「まぁ、聞くだけ聞いてみろよ。悪いようにはしないからさ」と引き下がらなかった。
「本当か?」
「本当だとも。お前なぁ、彼女が居なくて寂しいだろ」
「そりゃあさ、寂しいけど」
「そんなお前に朗報だ。同じクラスの|原田《はらだ》|恵令奈《えれな》がお前のことが好きだってよ」
「恵令奈って、あの胸がでかくて身長が一メートル七〇センチ近くある、あの……?」
 原田恵令奈。
 身長が高くてFカップの胸を揺らす光画部所属きってのカメラ女子だ。
 父親から譲り受けた一眼レフを用いて青春のひと時を切り取る作風が人気で、男子だけではなく女子にも人気があった。
「そうだよ。お前さん、胸がでかくてセクシーな女が好きだろ? ちょうどいいじゃねぇか。付き合っちまえよ」
 確かに原田は胸がでかくてセクシーだけど、どうして俺なんだ?
 こないだの文化祭で展示されていた彼女の写真はスポーツに励む男子生徒や女子生徒の写真ばかりだ。
 俺達のような文化部に所属している男子生徒には興味を示さないはずなのに、俺のことを好きになったというのは一体どういう風の吹き回しだろう。
「いいや、俺達とは接点がないはず」
「それがあるんだな。もしお前が彼女と付き合えば、みんなから羨ましがられるぞ。どうだ?」
「どうだって言われても……」
 確かに、原田は夏美姉以上の美人だし、付き合ってみてもいいかな。
 俺は「ああ、いいぜ」と中尾の申し出に応じた。
 すると中尾は「次の日の放課後に体育館裏へ来い」とだけ伝えて去って行った。
 今思えば、中尾の話を疑うべきだった。
 何せ、中尾の野郎は俺と同じようにうちの父さんのことを悪く思っていた可能性があったからだ。
 翌日。放課後になると、俺は喜び勇んで体育館裏で俺は原田が来るのを待っていた。
 俺のことを好いてくれる原田と付き合える、そのことだけで胸がいっぱいだった。
 スマホを眺めながらしばらく待っていると、体育館裏にカメラを携えた原田が俺の目の前に現れた。
「お待たせ」
「あ、ああ、お待たせ」
「君が鹿島君ね」
「そ、そうですけど……」
 さらさらとした、そして編み込みも見られる美しい髪。
 まるでお人形のような可愛い顔。
 そして、顔とは似合わないほどに豊かな胸。
 こんな美人と付き合えるなんて……。
 すると、彼女は俺の目を見てストレートに「実はね……、あなたのことが好きなんです。付き合ってもらえますか?」と告白した。
 嘘だろ? こんな美人と付き合えるのか?
 俺はドキドキしながらも、「うん」と答えた。
 こんな美人と付き合えるなんて……。これで、夏美姉を兄貴に取られた分は取り返せるはずだ。
 ただ、そう思っていたのは束の間だった。
 パシャッ! という音とともに、カメラのフラッシュが目に飛び込んできた。
「あはは、見事に引っかかったわ」
 ……引っかかったってどういうことだよ?
 あっけにとられた俺を見て、原田は「ごめんなさい、本当は中尾君と付き合っているの」と舌を出しながら答えた。
 まさか、これって噂に聞く嘘告白というやつか?
 すると、物陰に隠れていたところから中尾と同じバスケ部に居る|飯塚《いいづか》|紀夫《のりお》が原田を挟むように姿を見せた。
 飯塚はチャラチャラした見た目をしていて、それでなおかつ女受けがいい。
 聞くところによると、こいつはこないだほかのクラスの女と初体験を済ませたとか。
 俺にとっては、正直関わりあいたくないタイプだ。
「馬鹿だなぁ、お前みたいな中途半端な奴が、恵令奈のことを好きなわけないだろ」
「お前の親父のことは飯塚から聞いているんだぜ。中尾の会社に仕事を回してくれないケチ臭い奴だってな!」
「だから俺が一計を案じて、仕返ししてやったんだ。せいぜい恵令奈に声をかけられただけでもありがたく思えよ」
「それとなぁ、お前の親父に『中尾の会社に仕事回せ』って伝えておけよ! 伝えなかったら、お前のアホ面をLEINに流すからな」
 二人、いや、三人の嘲笑はしばらくの間ずっと続いた。
 ふざけるな。
 俺の親父を馬鹿にするなんて許さない。
 親父は私情を挟まずに仕事をしているのに、どうして息子である俺が……!
 俺は怒りと悲しさのあまり、その場から逃げ出した。
 夏美姉の時、いや、その時以上に俺は深く傷ついた。
 俺は悔しさと悲しさのあまり、猛ダッシュでその場を離れた。
 その後のことはよく覚えていなかったが、これだけは分かった。
 女なんて嫌いだ。
 女なんてイケメンとくっついて、俺みたいに何も取り柄がない奴を馬鹿にすることを楽しみにしている奴らばかりだ。
 そんな奴らに弄ばれるくらいなら、俺は男同士で仲良くやっていればいいんだ。
 夏美姉に振られたことで出来た心の傷は、より深くなった。