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第14話

ー/ー



「トオル君、カツ丼はもうすぐできる?」
「ああ、もうちょっとだけ待ってもらえるかな」
「それじゃあ、私はほうれんそうのおひたしを盛りつけるからね」

 アパートに帰ってから、俺は佳織の部屋で一緒に夕飯の支度をしていた。
 かれこれ二ヶ月も互いの部屋を行き来すると、不思議に自分でも料理が上達するものだ。
 今日は仕送りが入ったので、佳織と一緒にカツ丼を作っていた。とはいえ、トンカツを揚げてから作るわけではない。後始末が大変だし、サラダ油の処理が大変だ。
 そこで、近所のモールで買ってきたお惣菜のトンカツの出番だ。
 近所のモールには揚げたてのトンカツを販売している店がある。揚げたてのトンカツを切って卵とじをして、出汁にじっくり煮立たせて今朝炊いておいたご飯に乗せればいい。
 部屋から持ってきたご飯も温まっているし、あとはこのために百均ショップで買ってきた大きめのご飯茶碗にうまく盛り付ければ……。

「お待たせ。カツ丼、出来たよ」
「こちらも準備ができたよ。そろそろ食べよう?」

 もちろん、今日は佳織の分も合わせて二人分だ。
 そこに佳織が作ってくれたマイタケとジャガイモ、ニンジンを入れたお味噌汁に俺が部屋でこさえたほうれんそうのお浸しが加わると、いい感じの食事になる。
 佳織からいろいろと料理を教わったお陰で、冷蔵庫には浅漬けをはじめとした作り置きしたものが入っているタッパーで溢れている。
 手間を掛けたり省いたりすることで、最初は不健康な暮らしを覚悟していた一人暮らしがより充実したものになっている。
 あの時佳織に頭を下げてよかった。

「いただきます」
「いただきまーす」

 二人で手を合わせてから、一緒になって作った夕食を食べる。
 佳織が泉にある実家へと戻る土曜日は別として、こうしておいしい夕食を食べられるなんて、夢のようだ。
 実家のご飯も良かったけれど、佳織と一緒になって作るご飯は食べていて気持ちがいい。
 食欲が満たされるし、それに何より佳織の喜ぶ顔が見られると、講義で疲れた体と心が癒される。

 ◇

「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」

 また食べた後と同じように手を合わせてから、互いで持ち寄った食器を片付けてから勉強会に入る。
 佳織は教えるのが上手で、俺が聞き逃したところやメモを取り逃したところを教えてくれる。
 前期は教養科目が多く、ほとんどが卒業に必要なものばかりだ。
 後期になると憲法と民法総則、基礎演習が入ってくるため、来年のことを考えて導入科目は絶対に落としたくない。

「それで、明日の民法入門のところなんだけどね……」

 佳織がテキストを開きながら、教授が説明しそうなところにチェックを入れる。俺もすかさず必要なところにマークを入れるなどして、互いに教えあいながら明日の準備をしている。
 不思議なことに、一緒になる時間ができると考えが変わってくるものだな。
 こちらに来たばかりの時は「女なんて要らない」なんて思っていたのに、今では「佳織が居ればいろいろと助かる」と思うようになったのだから。

「ねえ、トオル君ったら」

 ちょっと考え事をしていると、正面から佳織が俺のところに突っついてきた。

「あ、なんだ」
「なんだ、じゃないでしょ。トオル君ったら、何ぼーっとしているの?」
「いや、ちょっとスピーチのことをね」

 本当はスピーチのことではなく、こっちに来てからのことを思い出していたけど。

「スピーチ大会かぁ。トオル君はどうするつもりなの?」
「俺か? 俺は愛佳さんに言われた通り、高校時代のことを書こうかなぁと」

 すると佳織は勉強する手を止めて、腕を組みながら天井を見上げた。
 背伸びしていると、佳織の大きな胸がちょっとだけ揺れた。
 こないだ愛佳さんと話していた時にはFはあると言っていたけど、その通りだな。

「う~ん、それもいいんだけど、もうちょっと別のテーマのほうが合うのかなと思ってね……」
「そうなると、やっぱり時事問題かな」

 そうなると、ここ一年世界を騒がせている戦争か、それとも流行り病か、もしくは身近なところでのSNSでの誹謗中傷についての話か……。
 俺が口をへの字に曲げながら考え事していると、佳織の目がぱっと明るくなった。
 一体何を思いついたのだろうか?
 
「それなら、トオル君が体験したことに関する話が良いんじゃない? あの時愛佳さんと話したんだけど、嘘の告白もいじめの一種らしいよ」
「本当か?」

 あの時は愛佳さんの胸を後輩である佳織が揉みしだいたことに驚いたけど、そんな真面目な話をしていたのかよ。
 俺はすかさず手元にあるスマホで「嘘告白」と「いじめ」のキーワードで検索した。
 すると、佳織の言う通りそれっぽい記事が検索結果に出てきた。
 中には子育てや教育問題に詳しい作家でジャーナリストの方にインタビューした記事があり、その記事を熟読した。
 インタビューを受けていた作家さんは、記事の中で嘘の告白は被害者と加害者双方が傷つく陰湿ないじめであり、許されるものではないと明確に答えていた。
 大方は愛佳さんに話した通り、あの後俺は二人、否、三人の仕組んだことを担任に話して謝罪させた……で合っているよな。
 後で恩師である大塚先生にも聞いてみよう。

「思い出したよ。嘘の告白をされた後で、一緒になって仕掛けてきた三人が俺に謝ってきたんだ」
「えっ?」

 佳織は目を丸くして俺を見つめると、「それで、どうしたの?」と俺に尋ねた。

「謝罪して見事おしまいだよ」
「ふーん。ねえ、その仕掛けた子って胸が大きかったりしない?」
「え?」

 ちょっと待ってくれ、佳織。
 ちょっと考え込んだふりして、真っ先に聞くのはそこか?
 佳織には十分目立つ立派なものがあるというのに。
 薄着だから、うっすらと下着が見えているし!
 確かに原田の胸はデカかったよ。そりゃあ佳織とだいたい同じだったはず。

「まぁ、彼女は胸がデカかったよ。その……」

 俺は佳織の胸をちらりと見ると、「佳織と同じくらいかな」と、胸を強調したポーズをしている佳織から目を逸らして答えた。
 目の前でデカい胸を見せつけている佳織には申し訳ないが、俺は高校の頃から巨乳が大好きだ。
 巨乳の女性がグラビアを飾ると、それ目当てで普段は読まない漫画雑誌を買うことはざらだった。
 それだけでは飽き足らず、成人向けの漫画雑誌を買おうと何度も思ったことか。
 そこ! 女性不信なのに成人向けを買うなんて、と思っているかもしれないけど、俺が不信感を抱いていたのは現実の女性であって、二次元の女性やグラビアに関しては不信感はこれっぽっちもなかったからな!
 閑話休題。
 原田は自分の好きなタイプだっただけあって、嘘の告白をされたことのショックは大きかった。女性不信になったのも無理はない。

「やっぱり、好きなタイプの女の子に裏切られたショックが大きかったと」
「その通りだよ。佳織は見た目が良い上に性格が良いから信頼できるけど」
「ちょっと、それってどういう意味?」
「言葉通りだよ。いつも一緒になって飯を作ってくれるし、それにこうして一緒になって勉強しているから……」
「そうね。私達、友達だもんね。共通点だらけの、ね」
「おいおい、共通点だらけのってどういうことだよ?」
「私は付き合ったばかりの男の子に捨てられて男性不信、トオル君は嘘告白が原因で女性不信、でしょ?」
「それはそうだけどさ。男性不信になってからいろいろ頑張ったんだろ?」
「そうだね。勉強と部活の双方で頑張ったからね。特待生になったのも、高校時代に頑張ったからだよ」

 嘘告白だけでなく幼馴染に振られたことと、修学旅行で寝込みを襲われて童貞喪失と、そこまで来れば自殺してもおかしくないけど、そうならなかったのは俺の精神力が勝っていたからだろう。
 それに、浮気が原因で特待生になった佳織も俺と同じように精神力が強い。
 長谷川さんや愛佳さんの言うとおりだ。
 嘘告白の出来事を通していじめの話を書いてみよう。

「それじゃあ、嘘告白の話を絡めていじめの話を書いてみようかな」
「お、いいね~。私も何か考えてみようかなぁ。高校時代の話が良いかな」
「まさか失恋したことを書くんじゃないだろうな?」

 すると、佳織は首を横に振った。
 それはそれとして、詳しい話を聞いてみたい気がするけど。

「高校時代に頑張ってやり通したチアリーディングのことを書いてみようかな」
「いいけど、どうして?」
「私が通っていた高校のチアリーディングチームはね、結構活発に活動していたんだ。泉三校定期戦って知っている?」
「いいや、全然知らないな」
「それじゃあ、早慶戦って知っている?」
「ああ、そっちは知っているよ」

 何を隠そう、俺の出身地ではハマの早慶戦がある。
 もともとは普通科高校と商業科高校の硬式野球部の定期戦に端を発し、今では様々な部活を巻き込んでの定期戦が繰り広げられている。
 図書館にある新聞で『杜の都の早慶戦』という見出しがあって気になって記事を読んだら、ああ、同じようなことをしているなと思ったよ。

「それを泉区の高校同士でやっていると言えば、分かるかな」
「ああ、なるほど! 派手なパレードに応援合戦で……」
「そうだね。後は真夏の最後を飾るチャリティイベントにも出ていたなぁ」
「過酷なマラソンをやっている二十四時間の……」
「そう、それだね。勉強も一生懸命やったなぁ。学業推薦で大学に入学できたし、いいことづくめだったなぁ。高校時代に戻りたいなぁ~」

 佳織は幸せそうに高校時代の話をすると、ちょっと上目遣いをしていた。
 失恋を一度経験したとはいえ、佳織はそれを上書きするほどに充実した三年間を送れたということだろう。
 異性がらみでいじめられ、憂さを晴らすように英語部で中村先輩や後輩と愚痴った俺とは全く違うな。

「いいじゃないか。書いてみなよ」
「ホント? そう言ってもらえると嬉しいよ」

 すると、佳織はスマートリングのノートを取り出し、ものすごい勢いでシャープペンを走らせた。

「おい、一体何を書いているんだ? 勉強中……」
「ちょっと黙ってもらえる?」

 佳織の目つきは真剣そのもので、いつものおっとりとしたお姉さんといった感じの佳織ではなかった。
 佳織の体に何者かが憑依しているとしか言いようがない。
 それからしばらくすると、佳織はため息をついていつものお姉さんじみた正統派美人に戻った。

「ちょっとだけでもいいから、遅れた分を取り戻そうよ」

 ちょっとといっても、時計を見たらもう既に午後十時を回っているんだけど……。
 仕方ない、今夜はとことん付き合うか。

 それからあと三十分だけ佳織と一緒になって勉強に付き合い、互いの部屋に戻ったのは午後十一時前だった。明日の講義に支障が出なければいいけど……。



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「トオル君、カツ丼はもうすぐできる?」
「ああ、もうちょっとだけ待ってもらえるかな」
「それじゃあ、私はほうれんそうのおひたしを盛りつけるからね」
 アパートに帰ってから、俺は佳織の部屋で一緒に夕飯の支度をしていた。
 かれこれ二ヶ月も互いの部屋を行き来すると、不思議に自分でも料理が上達するものだ。
 今日は仕送りが入ったので、佳織と一緒にカツ丼を作っていた。とはいえ、トンカツを揚げてから作るわけではない。後始末が大変だし、サラダ油の処理が大変だ。
 そこで、近所のモールで買ってきたお惣菜のトンカツの出番だ。
 近所のモールには揚げたてのトンカツを販売している店がある。揚げたてのトンカツを切って卵とじをして、出汁にじっくり煮立たせて今朝炊いておいたご飯に乗せればいい。
 部屋から持ってきたご飯も温まっているし、あとはこのために百均ショップで買ってきた大きめのご飯茶碗にうまく盛り付ければ……。
「お待たせ。カツ丼、出来たよ」
「こちらも準備ができたよ。そろそろ食べよう?」
 もちろん、今日は佳織の分も合わせて二人分だ。
 そこに佳織が作ってくれたマイタケとジャガイモ、ニンジンを入れたお味噌汁に俺が部屋でこさえたほうれんそうのお浸しが加わると、いい感じの食事になる。
 佳織からいろいろと料理を教わったお陰で、冷蔵庫には浅漬けをはじめとした作り置きしたものが入っているタッパーで溢れている。
 手間を掛けたり省いたりすることで、最初は不健康な暮らしを覚悟していた一人暮らしがより充実したものになっている。
 あの時佳織に頭を下げてよかった。
「いただきます」
「いただきまーす」
 二人で手を合わせてから、一緒になって作った夕食を食べる。
 佳織が泉にある実家へと戻る土曜日は別として、こうしておいしい夕食を食べられるなんて、夢のようだ。
 実家のご飯も良かったけれど、佳織と一緒になって作るご飯は食べていて気持ちがいい。
 食欲が満たされるし、それに何より佳織の喜ぶ顔が見られると、講義で疲れた体と心が癒される。
 ◇
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
 また食べた後と同じように手を合わせてから、互いで持ち寄った食器を片付けてから勉強会に入る。
 佳織は教えるのが上手で、俺が聞き逃したところやメモを取り逃したところを教えてくれる。
 前期は教養科目が多く、ほとんどが卒業に必要なものばかりだ。
 後期になると憲法と民法総則、基礎演習が入ってくるため、来年のことを考えて導入科目は絶対に落としたくない。
「それで、明日の民法入門のところなんだけどね……」
 佳織がテキストを開きながら、教授が説明しそうなところにチェックを入れる。俺もすかさず必要なところにマークを入れるなどして、互いに教えあいながら明日の準備をしている。
 不思議なことに、一緒になる時間ができると考えが変わってくるものだな。
 こちらに来たばかりの時は「女なんて要らない」なんて思っていたのに、今では「佳織が居ればいろいろと助かる」と思うようになったのだから。
「ねえ、トオル君ったら」
 ちょっと考え事をしていると、正面から佳織が俺のところに突っついてきた。
「あ、なんだ」
「なんだ、じゃないでしょ。トオル君ったら、何ぼーっとしているの?」
「いや、ちょっとスピーチのことをね」
 本当はスピーチのことではなく、こっちに来てからのことを思い出していたけど。
「スピーチ大会かぁ。トオル君はどうするつもりなの?」
「俺か? 俺は愛佳さんに言われた通り、高校時代のことを書こうかなぁと」
 すると佳織は勉強する手を止めて、腕を組みながら天井を見上げた。
 背伸びしていると、佳織の大きな胸がちょっとだけ揺れた。
 こないだ愛佳さんと話していた時にはFはあると言っていたけど、その通りだな。
「う~ん、それもいいんだけど、もうちょっと別のテーマのほうが合うのかなと思ってね……」
「そうなると、やっぱり時事問題かな」
 そうなると、ここ一年世界を騒がせている戦争か、それとも流行り病か、もしくは身近なところでのSNSでの誹謗中傷についての話か……。
 俺が口をへの字に曲げながら考え事していると、佳織の目がぱっと明るくなった。
 一体何を思いついたのだろうか?
「それなら、トオル君が体験したことに関する話が良いんじゃない? あの時愛佳さんと話したんだけど、嘘の告白もいじめの一種らしいよ」
「本当か?」
 あの時は愛佳さんの胸を後輩である佳織が揉みしだいたことに驚いたけど、そんな真面目な話をしていたのかよ。
 俺はすかさず手元にあるスマホで「嘘告白」と「いじめ」のキーワードで検索した。
 すると、佳織の言う通りそれっぽい記事が検索結果に出てきた。
 中には子育てや教育問題に詳しい作家でジャーナリストの方にインタビューした記事があり、その記事を熟読した。
 インタビューを受けていた作家さんは、記事の中で嘘の告白は被害者と加害者双方が傷つく陰湿ないじめであり、許されるものではないと明確に答えていた。
 大方は愛佳さんに話した通り、あの後俺は二人、否、三人の仕組んだことを担任に話して謝罪させた……で合っているよな。
 後で恩師である大塚先生にも聞いてみよう。
「思い出したよ。嘘の告白をされた後で、一緒になって仕掛けてきた三人が俺に謝ってきたんだ」
「えっ?」
 佳織は目を丸くして俺を見つめると、「それで、どうしたの?」と俺に尋ねた。
「謝罪して見事おしまいだよ」
「ふーん。ねえ、その仕掛けた子って胸が大きかったりしない?」
「え?」
 ちょっと待ってくれ、佳織。
 ちょっと考え込んだふりして、真っ先に聞くのはそこか?
 佳織には十分目立つ立派なものがあるというのに。
 薄着だから、うっすらと下着が見えているし!
 確かに原田の胸はデカかったよ。そりゃあ佳織とだいたい同じだったはず。
「まぁ、彼女は胸がデカかったよ。その……」
 俺は佳織の胸をちらりと見ると、「佳織と同じくらいかな」と、胸を強調したポーズをしている佳織から目を逸らして答えた。
 目の前でデカい胸を見せつけている佳織には申し訳ないが、俺は高校の頃から巨乳が大好きだ。
 巨乳の女性がグラビアを飾ると、それ目当てで普段は読まない漫画雑誌を買うことはざらだった。
 それだけでは飽き足らず、成人向けの漫画雑誌を買おうと何度も思ったことか。
 そこ! 女性不信なのに成人向けを買うなんて、と思っているかもしれないけど、俺が不信感を抱いていたのは現実の女性であって、二次元の女性やグラビアに関しては不信感はこれっぽっちもなかったからな!
 閑話休題。
 原田は自分の好きなタイプだっただけあって、嘘の告白をされたことのショックは大きかった。女性不信になったのも無理はない。
「やっぱり、好きなタイプの女の子に裏切られたショックが大きかったと」
「その通りだよ。佳織は見た目が良い上に性格が良いから信頼できるけど」
「ちょっと、それってどういう意味?」
「言葉通りだよ。いつも一緒になって飯を作ってくれるし、それにこうして一緒になって勉強しているから……」
「そうね。私達、友達だもんね。共通点だらけの、ね」
「おいおい、共通点だらけのってどういうことだよ?」
「私は付き合ったばかりの男の子に捨てられて男性不信、トオル君は嘘告白が原因で女性不信、でしょ?」
「それはそうだけどさ。男性不信になってからいろいろ頑張ったんだろ?」
「そうだね。勉強と部活の双方で頑張ったからね。特待生になったのも、高校時代に頑張ったからだよ」
 嘘告白だけでなく幼馴染に振られたことと、修学旅行で寝込みを襲われて童貞喪失と、そこまで来れば自殺してもおかしくないけど、そうならなかったのは俺の精神力が勝っていたからだろう。
 それに、浮気が原因で特待生になった佳織も俺と同じように精神力が強い。
 長谷川さんや愛佳さんの言うとおりだ。
 嘘告白の出来事を通していじめの話を書いてみよう。
「それじゃあ、嘘告白の話を絡めていじめの話を書いてみようかな」
「お、いいね~。私も何か考えてみようかなぁ。高校時代の話が良いかな」
「まさか失恋したことを書くんじゃないだろうな?」
 すると、佳織は首を横に振った。
 それはそれとして、詳しい話を聞いてみたい気がするけど。
「高校時代に頑張ってやり通したチアリーディングのことを書いてみようかな」
「いいけど、どうして?」
「私が通っていた高校のチアリーディングチームはね、結構活発に活動していたんだ。泉三校定期戦って知っている?」
「いいや、全然知らないな」
「それじゃあ、早慶戦って知っている?」
「ああ、そっちは知っているよ」
 何を隠そう、俺の出身地ではハマの早慶戦がある。
 もともとは普通科高校と商業科高校の硬式野球部の定期戦に端を発し、今では様々な部活を巻き込んでの定期戦が繰り広げられている。
 図書館にある新聞で『杜の都の早慶戦』という見出しがあって気になって記事を読んだら、ああ、同じようなことをしているなと思ったよ。
「それを泉区の高校同士でやっていると言えば、分かるかな」
「ああ、なるほど! 派手なパレードに応援合戦で……」
「そうだね。後は真夏の最後を飾るチャリティイベントにも出ていたなぁ」
「過酷なマラソンをやっている二十四時間の……」
「そう、それだね。勉強も一生懸命やったなぁ。学業推薦で大学に入学できたし、いいことづくめだったなぁ。高校時代に戻りたいなぁ~」
 佳織は幸せそうに高校時代の話をすると、ちょっと上目遣いをしていた。
 失恋を一度経験したとはいえ、佳織はそれを上書きするほどに充実した三年間を送れたということだろう。
 異性がらみでいじめられ、憂さを晴らすように英語部で中村先輩や後輩と愚痴った俺とは全く違うな。
「いいじゃないか。書いてみなよ」
「ホント? そう言ってもらえると嬉しいよ」
 すると、佳織はスマートリングのノートを取り出し、ものすごい勢いでシャープペンを走らせた。
「おい、一体何を書いているんだ? 勉強中……」
「ちょっと黙ってもらえる?」
 佳織の目つきは真剣そのもので、いつものおっとりとしたお姉さんといった感じの佳織ではなかった。
 佳織の体に何者かが憑依しているとしか言いようがない。
 それからしばらくすると、佳織はため息をついていつものお姉さんじみた正統派美人に戻った。
「ちょっとだけでもいいから、遅れた分を取り戻そうよ」
 ちょっとといっても、時計を見たらもう既に午後十時を回っているんだけど……。
 仕方ない、今夜はとことん付き合うか。
 それからあと三十分だけ佳織と一緒になって勉強に付き合い、互いの部屋に戻ったのは午後十一時前だった。明日の講義に支障が出なければいいけど……。