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第8話

ー/ー



 愛佳さんがゲロを吐いてから数日が経った。
 本当ならこの時間は講義棟のラウンジでランチ・エクササイズをするはずだが、今日に限ってはお休みだ。
 時間を持て余した俺たちは、軽くお昼を食べながら次の講義のことなどについて話をしていた。
 時折白のジャケットから見え隠れする佳織の胸の谷間が、正直たまらない。
 ここ最近はちょっと寒い日が続いているせいもあって、佳織も春物のコートが手放せないとよくこぼしている。俺はジージャンがあるから何とかなるけど、フォーマルな格好が好きな佳織にとってはたまらないのだろう。

「聖書の講義か、だるいなぁ」
「だるいなんて言わないでよ。卒業がかかっているんだからね」
「だってさぁ、キリスト教なんて学んでも……」
「『学んでも特にならない』、って言うつもりなの」
「……うっ、なぜバレたんだ」
「そりゃあね、トオル君の表情からわかるよ。もう一ヶ月近く一緒にいるから、君の考えていることはわかるよ」

 そう、うちの大学は何を隠そうミッションスクール系の大学だ。
 教養の講義にキリスト教関係の講義があるのはまだしも、礼拝の時間になると図書館が閉鎖になる。最初は驚いたけど、今ではすっかり慣れてしまった。
 もちろん、礼拝の出席状況も奨学金の審査に関わってくるため、俺は馬鹿正直に礼拝に出席している。礼拝中は大抵寝ているけど。
 つまらなさそうに話を聞いていると、間髪入れずに佳織がスマホをバッグから取り出してきた。

「それはそうと、高橋さんからのLEINは見た?」
「見ていないな」
「今日の五コマ目が終わったら一緒に五橋駅の構内に集合って送ってきたよ」
「マジか?」

 俺は慌ててジャケットの胸ポケからスマホを取り出して、LEINを開いて確認した。

「『五橋駅の構内に集合ね』か……、愛佳さんからだな」
「そうだね。陸奥大学に愛佳さんの知り合いがいるって昨日話してたじゃない」

 確か昨日のランチ・エクササイズが終わった後だったかな、愛佳さんに声をかけられたのは。
 愛佳さんとはあの後で気まずくなって、顔を合わせたくなかった。
 普段は割とまじめな人なのに、酒が入ると一気にキャラクターが変わるからなぁ。
 頭を抱えながらも、俺は昨日のことをちょっとだけ思い出した。

 ☆

「ねえ、明日陸奥大学に行ってみない?」
「明日、ですか?」
「そう、明日。あなたたちって、家に帰ったら飯食って講義の準備をして寝るばかりでしょ」

 確かに、愛佳さんの言う通りだ。夕飯はいつも一緒に作っているけどさ。

「その表情だと、図星ってところね」

 愛佳さんはいたずらな笑みを浮かべると、俺のところに身を乗り出してきた。
 胸が強調されていて、ちょっと目のやり場に困る。それに、隣に居る佳織も困っているじゃないか。
 いや、確かに佳織も胸はでかいけど!

「何があるんですか?」
「まぁ、それは明日のお楽しみってところね」
「ひょっとして、さっき話していたウェルカム・ディスカッションのことですか?」

 すると、愛佳さんは「その通りね」と佳織に向かって話しかけた。

「来月の七日に陸奥大学の川内キャンパスでやるの。主催は陸奥大学のESSの人たちね。去年は私も参加して、そこで陸奥大学の子と知り合ったわね」

 そういえば、こないだの花見の時は中村先輩しか見ていなかったけれど、他大学から来た人たちが居たことをよく覚えている。
 ただ、こないだは市内の大学の人たちがメインだったな。
 陸奥地方にある英会話サークルが一堂に会するとなれば、県外の大学からも来るのだろうか。

「その前にちょっとだけお邪魔しようと思ってね、それで声をかけたの。行ってみない?」

 陸奥大か……。行ってみようかな。
 迷わず「ええ、いいですよ」と答えると、愛佳さんは思わずガッツポーズを作ってスマホを取り出してはこないだと同じようにメッセージかなんかを打ち込んでいた。

 ☆

「柔道部に入りたかったんだよなぁ」
「柔道部って、まさか七帝柔道をやりたかったの?」
「その通りだよ。この前も話した通り共通テストの結果が悪くてね……」

 それなのにも関わらず、まさか陸奥大学に行けるなんて……。世の中は不思議なもんだな。

「それに、なぜ七帝柔道を知っているんだ?」
「私も読んだからね、『七帝柔道記』。あれ面白いよね~、今は続編がカキヨミでも掲載されているよ」
「本当?」
「うん。続編も面白いことになっているからね。それにしても、陸奥大学入学をあきらめたトオル君が行くのって……」
「これも何かの巡りあわせ、だな」
「くすっ、そうだね」

 コンビニで買ってきた弁当の残りを口にすると、佳織はランチボックスに詰めていたサンドイッチをすべて平らげ、優雅にコーヒーを口の中に入れた。
 午後の講義は三コマ全部ふさがっている。
 眠気に耐えつつ講義を受けて、憧れの陸奥大学へと向かいますか。

 ◇

「徹君、佳織ちゃん。こっちよ」

 五橋駅の構内に入ると、そこにはジーンズにコットンシャツ、そして薄手のジャケットを身に着けて鞄を手にした愛佳さんが手を振って俺たちを迎えていた。
 やっぱり、愛佳さんは美人ということだけあって何を着ても合うな。
 普段からジャケットとブラウス、それにフレアスカートを身に着けている佳織もだけど。

「お待たせしました」
「二人とも時間通りね。うん、感心、感心」

 愛佳さんは胸を揺らしながら、うんうんと頷いた。
 佳織も相当大きいけど、これはこれで……。

「ちょっとトオル君、さっきからどこを見ているのよ」
「いえ、その、先輩の胸を……」

 そう話すと、隣に居る佳織が真っ赤になったかと思いきや、左足に鈍い痛みが伝わってきた。
 よく見ると、佳織の右足が俺の左足を踏みつけていた。

「痛てぇ! 何するんだよ、佳織!」

 痛さのあまり、俺はたじろいでしまった。
 佳織はちょっと怒った顔をして、「私以外の女の人をじろじろ見ていたからだよ」と拗ねてみせた。

「ふふっ、徹君って女の人の胸を見るのが好きなのね」
「あはは、いや、まぁ……」

 何とか笑ってごまかすと、俺は「ところで、愛佳さん」と表情を改めて尋ねた。

「川内キャンパスってどうやって行くんですか?」
「そういや徹君って、どこ出身かしら?」
「こないだ話した通り横須賀ですね」
「なるほどね。川内キャンパスは……」

 愛佳さんはしきりにうなづくと、スマホを取り出して何かを調べると俺のほうを向いた。

「ここからだと二十分くらいで行けるんじゃない? 仙台駅で東西線に乗り換えて、そこから川内駅の南一番出口から降りればすぐよ。片道で二百五十円くらいかしら」
「なるほど、今は地下鉄があるんですね」
「そういうこと。昔は大変だったけどね」

 父さんが学生の頃は東西線がなく、バスに乗らないと川内キャンパスに行けなかったって話していたなぁ……。
 今と昔とでは全く違うよ。

「なるほど、ありがとうございます」
「別にいいわよ。それと、仙台にはもうだいぶ慣れた?」
「おかげさまで」

 俺は少し照れながら、愛佳さんに軽くお辞儀をした。
 大半は佳織のおかげだけど、まぁいいや。
 ただ、隣にいる佳織はちょっと不機嫌そうな顔をしながらスマホを弄っている。

「それと……」

 すると、愛佳さんは佳織のほうをちらちらと目にする。

「佳織ちゃんとはうまくいっているの?」
「えっ?!」

 愛佳さん、なんでそんなことを聞くんだ? 佳織とはお隣さんだけど、それ以上でもそれ以下でもない。

「い、いや、それは、その……」

 俺が慌てて否定すると、隣にいる佳織も「わ、私とトオル君はそんな関係じゃないですから!」と否定した。

「そんなことより愛佳さん、そろそろ行かないと」
「そうね。陸奥大学の人を待たせるわけにはいかないわね」

 時計を見ると、もうすぐ午後六時だ。どうせ明日は休みだ、ちょっと遅くなっても気にはならないだろう。
 宵闇が迫る中、俺達は地下鉄に揺られながらも俺自身が憧れていた陸奥大学へと向かった。



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 愛佳さんがゲロを吐いてから数日が経った。
 本当ならこの時間は講義棟のラウンジでランチ・エクササイズをするはずだが、今日に限ってはお休みだ。
 時間を持て余した俺たちは、軽くお昼を食べながら次の講義のことなどについて話をしていた。
 時折白のジャケットから見え隠れする佳織の胸の谷間が、正直たまらない。
 ここ最近はちょっと寒い日が続いているせいもあって、佳織も春物のコートが手放せないとよくこぼしている。俺はジージャンがあるから何とかなるけど、フォーマルな格好が好きな佳織にとってはたまらないのだろう。
「聖書の講義か、だるいなぁ」
「だるいなんて言わないでよ。卒業がかかっているんだからね」
「だってさぁ、キリスト教なんて学んでも……」
「『学んでも特にならない』、って言うつもりなの」
「……うっ、なぜバレたんだ」
「そりゃあね、トオル君の表情からわかるよ。もう一ヶ月近く一緒にいるから、君の考えていることはわかるよ」
 そう、うちの大学は何を隠そうミッションスクール系の大学だ。
 教養の講義にキリスト教関係の講義があるのはまだしも、礼拝の時間になると図書館が閉鎖になる。最初は驚いたけど、今ではすっかり慣れてしまった。
 もちろん、礼拝の出席状況も奨学金の審査に関わってくるため、俺は馬鹿正直に礼拝に出席している。礼拝中は大抵寝ているけど。
 つまらなさそうに話を聞いていると、間髪入れずに佳織がスマホをバッグから取り出してきた。
「それはそうと、高橋さんからのLEINは見た?」
「見ていないな」
「今日の五コマ目が終わったら一緒に五橋駅の構内に集合って送ってきたよ」
「マジか?」
 俺は慌ててジャケットの胸ポケからスマホを取り出して、LEINを開いて確認した。
「『五橋駅の構内に集合ね』か……、愛佳さんからだな」
「そうだね。陸奥大学に愛佳さんの知り合いがいるって昨日話してたじゃない」
 確か昨日のランチ・エクササイズが終わった後だったかな、愛佳さんに声をかけられたのは。
 愛佳さんとはあの後で気まずくなって、顔を合わせたくなかった。
 普段は割とまじめな人なのに、酒が入ると一気にキャラクターが変わるからなぁ。
 頭を抱えながらも、俺は昨日のことをちょっとだけ思い出した。
 ☆
「ねえ、明日陸奥大学に行ってみない?」
「明日、ですか?」
「そう、明日。あなたたちって、家に帰ったら飯食って講義の準備をして寝るばかりでしょ」
 確かに、愛佳さんの言う通りだ。夕飯はいつも一緒に作っているけどさ。
「その表情だと、図星ってところね」
 愛佳さんはいたずらな笑みを浮かべると、俺のところに身を乗り出してきた。
 胸が強調されていて、ちょっと目のやり場に困る。それに、隣に居る佳織も困っているじゃないか。
 いや、確かに佳織も胸はでかいけど!
「何があるんですか?」
「まぁ、それは明日のお楽しみってところね」
「ひょっとして、さっき話していたウェルカム・ディスカッションのことですか?」
 すると、愛佳さんは「その通りね」と佳織に向かって話しかけた。
「来月の七日に陸奥大学の川内キャンパスでやるの。主催は陸奥大学のESSの人たちね。去年は私も参加して、そこで陸奥大学の子と知り合ったわね」
 そういえば、こないだの花見の時は中村先輩しか見ていなかったけれど、他大学から来た人たちが居たことをよく覚えている。
 ただ、こないだは市内の大学の人たちがメインだったな。
 陸奥地方にある英会話サークルが一堂に会するとなれば、県外の大学からも来るのだろうか。
「その前にちょっとだけお邪魔しようと思ってね、それで声をかけたの。行ってみない?」
 陸奥大か……。行ってみようかな。
 迷わず「ええ、いいですよ」と答えると、愛佳さんは思わずガッツポーズを作ってスマホを取り出してはこないだと同じようにメッセージかなんかを打ち込んでいた。
 ☆
「柔道部に入りたかったんだよなぁ」
「柔道部って、まさか七帝柔道をやりたかったの?」
「その通りだよ。この前も話した通り共通テストの結果が悪くてね……」
 それなのにも関わらず、まさか陸奥大学に行けるなんて……。世の中は不思議なもんだな。
「それに、なぜ七帝柔道を知っているんだ?」
「私も読んだからね、『七帝柔道記』。あれ面白いよね~、今は続編がカキヨミでも掲載されているよ」
「本当?」
「うん。続編も面白いことになっているからね。それにしても、陸奥大学入学をあきらめたトオル君が行くのって……」
「これも何かの巡りあわせ、だな」
「くすっ、そうだね」
 コンビニで買ってきた弁当の残りを口にすると、佳織はランチボックスに詰めていたサンドイッチをすべて平らげ、優雅にコーヒーを口の中に入れた。
 午後の講義は三コマ全部ふさがっている。
 眠気に耐えつつ講義を受けて、憧れの陸奥大学へと向かいますか。
 ◇
「徹君、佳織ちゃん。こっちよ」
 五橋駅の構内に入ると、そこにはジーンズにコットンシャツ、そして薄手のジャケットを身に着けて鞄を手にした愛佳さんが手を振って俺たちを迎えていた。
 やっぱり、愛佳さんは美人ということだけあって何を着ても合うな。
 普段からジャケットとブラウス、それにフレアスカートを身に着けている佳織もだけど。
「お待たせしました」
「二人とも時間通りね。うん、感心、感心」
 愛佳さんは胸を揺らしながら、うんうんと頷いた。
 佳織も相当大きいけど、これはこれで……。
「ちょっとトオル君、さっきからどこを見ているのよ」
「いえ、その、先輩の胸を……」
 そう話すと、隣に居る佳織が真っ赤になったかと思いきや、左足に鈍い痛みが伝わってきた。
 よく見ると、佳織の右足が俺の左足を踏みつけていた。
「痛てぇ! 何するんだよ、佳織!」
 痛さのあまり、俺はたじろいでしまった。
 佳織はちょっと怒った顔をして、「私以外の女の人をじろじろ見ていたからだよ」と拗ねてみせた。
「ふふっ、徹君って女の人の胸を見るのが好きなのね」
「あはは、いや、まぁ……」
 何とか笑ってごまかすと、俺は「ところで、愛佳さん」と表情を改めて尋ねた。
「川内キャンパスってどうやって行くんですか?」
「そういや徹君って、どこ出身かしら?」
「こないだ話した通り横須賀ですね」
「なるほどね。川内キャンパスは……」
 愛佳さんはしきりにうなづくと、スマホを取り出して何かを調べると俺のほうを向いた。
「ここからだと二十分くらいで行けるんじゃない? 仙台駅で東西線に乗り換えて、そこから川内駅の南一番出口から降りればすぐよ。片道で二百五十円くらいかしら」
「なるほど、今は地下鉄があるんですね」
「そういうこと。昔は大変だったけどね」
 父さんが学生の頃は東西線がなく、バスに乗らないと川内キャンパスに行けなかったって話していたなぁ……。
 今と昔とでは全く違うよ。
「なるほど、ありがとうございます」
「別にいいわよ。それと、仙台にはもうだいぶ慣れた?」
「おかげさまで」
 俺は少し照れながら、愛佳さんに軽くお辞儀をした。
 大半は佳織のおかげだけど、まぁいいや。
 ただ、隣にいる佳織はちょっと不機嫌そうな顔をしながらスマホを弄っている。
「それと……」
 すると、愛佳さんは佳織のほうをちらちらと目にする。
「佳織ちゃんとはうまくいっているの?」
「えっ?!」
 愛佳さん、なんでそんなことを聞くんだ? 佳織とはお隣さんだけど、それ以上でもそれ以下でもない。
「い、いや、それは、その……」
 俺が慌てて否定すると、隣にいる佳織も「わ、私とトオル君はそんな関係じゃないですから!」と否定した。
「そんなことより愛佳さん、そろそろ行かないと」
「そうね。陸奥大学の人を待たせるわけにはいかないわね」
 時計を見ると、もうすぐ午後六時だ。どうせ明日は休みだ、ちょっと遅くなっても気にはならないだろう。
 宵闇が迫る中、俺達は地下鉄に揺られながらも俺自身が憧れていた陸奥大学へと向かった。