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第7話

ー/ー



 仙台に引っ越した翌日からは転入届の提出に入学式、各種オリエンテーションに講義の仮登録、そしてサークルの勧誘と、忙しい日々を過ごした。

 一部の教養科目を除いて、佳織と俺はほとんど同じ講義を取ることになった。

 佳織とは部屋が隣同士で大学では同じグループ、しかも選んだ講義は一部の教養科目を除いてほぼ一緒で、顔を合わせない時間がないくらいだった。

 最初は煩わしいと思っていたけれども、居ないとちょっと寂しく感じたりもした。

 肝心のサークルについてだが、オリエンテーションついでにサークル勧誘があり、しおりを参考にしながらあちこちのブースを回った。

 どれがいいのか考えた挙句、俺は父さんがOBだったEnglish Speaking Society、略してESSに入った。

 楽しみながら英会話を学んでも罰は当たらないだろうと思ったのと、サークルの人から他大学との交流があるということを聞いて、入部を決意した次第だ。英語討論やスピーチ、英語劇などを通じて英語力を鍛えることができるのであれば、それに越したことはないだろう。

 佳織はどうしたかって? 最初はチアリーディングチームに入ろうと思ったものの、結局は俺と同じサークルに入った。佳織の話だと、勧誘スペースでライバル校の生徒と一緒になって気まずい思いをしたそうだ。佳織のチアユニフォーム姿を見てみたかったけど、お互い会えない時間が出来るよりは一緒に居たほうが良い……、のかな。

 ◇

 見知らぬ地での大学生活に慣れていくと、高校時代に発動しはじめた女難スキルは発動しなくなった。

 佳織と付き合ったおかげなのかと思っていたら、思わぬところで女難スキルが発動してしまった。

 ただ、深刻なレベルではなくてちょっとしたトラブルといったところ、だけど。
 始まりは俺たちがESSに入ってから間もない頃のことだった。

「それじゃ、ランチ・エクササイズはここまでにしましょう。解散!」

 講義棟のラウンジで開かれていたランチ・エクササイズが終わり、集まっていた学生が次のコマの教室に向かおうとしていた。

 ランチ・エクササイズは泉キャンパスが置かれていた頃から続いていて、楽しみながら英語力を高めるためにいろいろなことをやっている。
 
 今日は近いうちに陸奥大学で開かれるウェルカム・ディスカッションに向けて、英語を使った自己紹介をしていた。

 佳織は高校時代のことを誇らしげに話していたが、こちらはちょっと恥ずかしくて何も言えなかった。せいぜい勉強を一生懸命したとしか話せないや。

 ラウンジから撤収して次の講義に向かおうとしたときに、「ねえ」とちょっと憂いを帯びたトーンの女性に声をかけられた。

「今週末なんだけど、お花見に行かない?」

 後ろを振り返ると、そこには愛佳さんこと高橋(たかはし)愛佳(あいか)がいた。

 彼女との出会いはサークル勧誘の時で、ちょっとだけ物憂げな表情を浮かべていたのが印象的だった。
 実際に話してみると親しみやすく、いつの間にか俺は彼女と仲良くなった。

 ウエストのあたりまである長い髪をひらひらとさせながら、ロングストレートヘアーとエクステンション風にまとめたツインテールをひらひらとさせながら、常に物憂げな表情を浮かべている。身長は佳織とほとんど同じくらいで、胸が大きく、髪型からは想像がつかないオトナの色香を感じさせる。

 彼女は俺たちと同じ法学部で、この間二十歳の誕生日を迎えたばかりだ。
 なぜ英会話サークルに入ったのかというと、将来は外国人相手の法律トラブルを解決するための仕事をしたいからだそうだ。

 今は外国人が多いから、きっと重宝されるだろう。
 愛佳さんは先輩呼ばわりされるのが非常に苦手で、俺たち一年生は大抵『愛佳さん』と呼んでいる。無論俺もその一人だ。

「花見ですか。ちょっと用事があって……」

 まだまだ酒が飲めない俺たちのことだ、花見に行ってもどうせ酒よりウーロン茶ばかり飲みそうだ。
 それに、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
 一方で佳織はというと、関わりたくなさそうな表情を浮かべながら首を横に振った。

「そんなこと言わないで。他の大学の学生さんも来るわよ」

 そういや、うちのサークルは他校との交流があるって愛佳さんが話していたな。
 それならば行ってもいいけど、桜が見られる場所ってあるのかな。
 腕を組みながら迷っていると、「愛佳さん」と佳織が横から口を突っ込んできた。

「仙台市内の桜はおそらく散っていますよ。今年も温暖化で桜が早く咲きましたから……」
「いや、まだ仙台市内で桜を見られる場所があるのよ。三神峯公園ってとこだけど、ここだと遅咲きの桜があるから、まだ大丈夫よ。行ってみない?」

 三神峯公園と聞いて、俺は即座に上着の胸ポケットからスマホを取り出して調べた。
 三月から五月まで桜が咲きそろっている名所じゃないか。
 すると佳織は、「ええ、ぜひ見てみたいです」と返事をした。

「まずは一名確保ね」

 すると、愛佳さんは俺のほうを向いて「君はどうするの?」と尋ねてきた。
 遅咲きの桜か……。ぜひ見てみたいな。

「俺も行きます」

 愛佳さんは普段の物憂げな表情からは想像できないほどの笑みを浮かべてから、「じゃあ、詳しいことはまた後でね」と伝えてそのままカフェテリアから去った。
 少しの間俺はカフェテリアにたたずんでいたが、「ねえ、そろそろ次の講義に行こうよ。次の時間の教授は遅刻に厳しいよ」と佳織に声をかけられてふと我に返った。
 時計の針はとうに一時を過ぎていた。十五分からは三コマ目が始まる。
 そういや、あの教授は講義が始まる前に教室前でスタンバイしているという噂があるな。

「そうだな」

 あの教授はしゃべり方が苦手だけど、単位のために向かうとするか。
 勉強道具などが入った鞄を手にすると、佳織の後を追ってカフェテリアを後にした。

 ◇

 四月二十二日。
 打合せ時間を確認したうえで、は長町南駅の二番出口からバスに乗って三神峯公園に向かった。
 三神峯公園の桜はソメイヨシノがだいぶ散った一方で、八重桜はまだこれからといったところだ。
 昼下がりということもあって、公園内には人であふれかえっていた。

「あら~、佳織ちゃんにトール君! こっち()よ~!」

 咲きかけの八重桜のたもとには、愛佳さんをはじめとした俺たちの大学の先輩や同級生がいるだけでなく、俺の知らない顔も混じっていた。
 そんな中で、どこか見知った顔の男子学生がほかの大学生とともに談笑をしていた。
 あのかきあげとツーブロック、そしてフチなし眼鏡は、ひょっとして高校時代に同じ部活でしょっちゅう話しかけていた……。

「中村……、先輩ですか」
「その声は、ひょっとして鹿島か?」
「ええ、そうです。一年ぶりです」

 久しぶりに顔を合わせた中村先輩は、高校時代と全く変わっていなかった。
 陸奥大学を受けると聞いたときは冗談かと思っていたけれども、まさか仙台の地で再開するなんて思わなかった。

「仙台の大学に受かったんですね」
「そうだな。結果が分かるまで冷や冷やしていたけど、無事合格できてよかったよ」
「先輩って、どこの学部でしたっけ」
「俺は経済学部だな。どっちみち一般企業に勤めるから、それならばと思ってな」
「仙台に慣れましたか?」
「まぁな。冬は横須賀に比べると寒いけど、夏は……、そんなに変わらない感じだな」
「温暖化の影響もありますからね」
「違いないな」
 
 卒業式の日以来一年ぶりに顔を合わせる先輩はあの日のままで、まったく変わっていなかった。
 ただ、入った大学は先輩が旧帝大で俺は陸奥地方最大の私立大学だ。大学のランクを考えると旧帝大のほうが上で、俺たちの入っている大学は地元では有名な一方で全国的には名がそんなに知られていない。
 しかし、卒業生には有名な声優や有名な女性俳優も名を連ねていることを考えると、そこそこ有名なほう……なのだろうか。

「おい、お前らは同じ学校の出身なのか?」

 後ろから声をかけてきたのは、同じ大学の英会話サークルの二年先輩である佐久間さんだ。
 肩まであるブロンドに染めた髪からしてパリピのようにも見える一方で、英検準一級とTOEICは七百三十点オーバーという語学力を誇っている。人は見かけによらないものだな。
 ただ、今年の夏からは就職活動に入るということで、髪を切る覚悟はしているそうだ。就活となると、当たり前のルックスになるのだろうか。

「ま、まあ、そうですけど」
「同じ部活に居たからな、俺たちは」

 中村先輩は肩を寄せて佐久間さんにアピールした。まぁ、悪い気はしないけどさ。

「おーおー、男同士でくっついちゃって~」

 そういって俺に近づいてきたのは、何を隠そう愛佳さんだった。
 しかも、後ろから俺に抱きついている。
 俺の背中には愛佳さんの柔らかい塊が当たっている。
 しかも、柑橘系のシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐっている。
 甘い匂いでどうにかなりそうだ……!

「あ、愛佳さん、何をしているんですか」
「ここに良いお姉さんもいるんだけどぉ」

 愛佳さんの柔らかな唇からは、アルコールの匂いがプンプンと漂っている。
 まだ酒が飲めない――少なくともあと一年と少しは我慢しなければならない――けれども、これはちょっと……。
 いいお姉さんどころか、もう酔いどれお姉さんになっているんですが。

「愛佳さん、どれだけ飲んだんですか」
「ビールが五百ミリリットル缶で一本でしょ、スト〇ロが五百ミリリットル缶で一本……」

 マジか……と思って、足元にある缶を見たら、そこら中に空き缶が転がっていた。
 三年生であり酒が飲める年齢の佐久間さんもチューハイ一本だけなのに、何だよこの飲みっぷりは。

「おい高橋、お前飲みすぎだぞ。二十歳になって飲めるようになったからといって、ビールにチューハイを一本ずつカラにするなんて……」

 後ろから佐久間さんが止めようとするも、愛佳さんは取り合わずに「なんか文句でもあるの?」と佐久間さんを睨みつけた。

「いや、いくら何でも酒が飲めるようになったからってやっていいことと悪いことが……」
「何よぉ、佐久間さん。私に……、うぐっ」

 愛佳さんが「喧嘩でも売ろうとしているの」と言いかけた途端、愛佳さんは俺のそばから離れてうずくまるような姿勢を取った。
 愛佳さんの顔は青ざめていて、今にも口から食べたモノを吐きそうだった。
 まずい、このままでは久しぶりに女難スキルが発動してしまう!
 慌てて愛佳さんから遠ざかると……。

「おい、大丈夫か高橋」
「ちょっと飲みすぎた……、かも……」

 佐久間さんがビールの入ったコップを置くと、あきれ顔でビニール袋などを用意してから愛佳さんの背中をさすった。
 すると次の瞬間、愛佳さんは「おげぇぇぇぇぇ」と、口から滝のようなゲロを吐きだした。
 まぁ、酒の免疫がないのにビールとチューハイをがぶ飲みするのはちょっとなぁ。
 佐久間さんのおかげで事なきを得たものの、もう少しでこっちに被害が及んでいたらどうなっていたか考えただけでもぞっとする。
 久しぶりに女難スキルが発動したとはいえ、佐久間さんの機転で大事には至らなかった。
 お酒が飲めるようになるのはもうちょっと先になりそうだけど、節度を持って飲むようにしないと、だな……。




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 仙台に引っ越した翌日からは転入届の提出に入学式、各種オリエンテーションに講義の仮登録、そしてサークルの勧誘と、忙しい日々を過ごした。
 一部の教養科目を除いて、佳織と俺はほとんど同じ講義を取ることになった。
 佳織とは部屋が隣同士で大学では同じグループ、しかも選んだ講義は一部の教養科目を除いてほぼ一緒で、顔を合わせない時間がないくらいだった。
 最初は煩わしいと思っていたけれども、居ないとちょっと寂しく感じたりもした。
 肝心のサークルについてだが、オリエンテーションついでにサークル勧誘があり、しおりを参考にしながらあちこちのブースを回った。
 どれがいいのか考えた挙句、俺は父さんがOBだったEnglish Speaking Society、略してESSに入った。
 楽しみながら英会話を学んでも罰は当たらないだろうと思ったのと、サークルの人から他大学との交流があるということを聞いて、入部を決意した次第だ。英語討論やスピーチ、英語劇などを通じて英語力を鍛えることができるのであれば、それに越したことはないだろう。
 佳織はどうしたかって? 最初はチアリーディングチームに入ろうと思ったものの、結局は俺と同じサークルに入った。佳織の話だと、勧誘スペースでライバル校の生徒と一緒になって気まずい思いをしたそうだ。佳織のチアユニフォーム姿を見てみたかったけど、お互い会えない時間が出来るよりは一緒に居たほうが良い……、のかな。
 ◇
 見知らぬ地での大学生活に慣れていくと、高校時代に発動しはじめた女難スキルは発動しなくなった。
 佳織と付き合ったおかげなのかと思っていたら、思わぬところで女難スキルが発動してしまった。
 ただ、深刻なレベルではなくてちょっとしたトラブルといったところ、だけど。
 始まりは俺たちがESSに入ってから間もない頃のことだった。
「それじゃ、ランチ・エクササイズはここまでにしましょう。解散!」
 講義棟のラウンジで開かれていたランチ・エクササイズが終わり、集まっていた学生が次のコマの教室に向かおうとしていた。
 ランチ・エクササイズは泉キャンパスが置かれていた頃から続いていて、楽しみながら英語力を高めるためにいろいろなことをやっている。
 今日は近いうちに陸奥大学で開かれるウェルカム・ディスカッションに向けて、英語を使った自己紹介をしていた。
 佳織は高校時代のことを誇らしげに話していたが、こちらはちょっと恥ずかしくて何も言えなかった。せいぜい勉強を一生懸命したとしか話せないや。
 ラウンジから撤収して次の講義に向かおうとしたときに、「ねえ」とちょっと憂いを帯びたトーンの女性に声をかけられた。
「今週末なんだけど、お花見に行かない?」
 後ろを振り返ると、そこには愛佳さんこと|高橋《たかはし》|愛佳《あいか》がいた。
 彼女との出会いはサークル勧誘の時で、ちょっとだけ物憂げな表情を浮かべていたのが印象的だった。
 実際に話してみると親しみやすく、いつの間にか俺は彼女と仲良くなった。
 ウエストのあたりまである長い髪をひらひらとさせながら、ロングストレートヘアーとエクステンション風にまとめたツインテールをひらひらとさせながら、常に物憂げな表情を浮かべている。身長は佳織とほとんど同じくらいで、胸が大きく、髪型からは想像がつかないオトナの色香を感じさせる。
 彼女は俺たちと同じ法学部で、この間二十歳の誕生日を迎えたばかりだ。
 なぜ英会話サークルに入ったのかというと、将来は外国人相手の法律トラブルを解決するための仕事をしたいからだそうだ。
 今は外国人が多いから、きっと重宝されるだろう。
 愛佳さんは先輩呼ばわりされるのが非常に苦手で、俺たち一年生は大抵『愛佳さん』と呼んでいる。無論俺もその一人だ。
「花見ですか。ちょっと用事があって……」
 まだまだ酒が飲めない俺たちのことだ、花見に行ってもどうせ酒よりウーロン茶ばかり飲みそうだ。
 それに、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。
 一方で佳織はというと、関わりたくなさそうな表情を浮かべながら首を横に振った。
「そんなこと言わないで。他の大学の学生さんも来るわよ」
 そういや、うちのサークルは他校との交流があるって愛佳さんが話していたな。
 それならば行ってもいいけど、桜が見られる場所ってあるのかな。
 腕を組みながら迷っていると、「愛佳さん」と佳織が横から口を突っ込んできた。
「仙台市内の桜はおそらく散っていますよ。今年も温暖化で桜が早く咲きましたから……」
「いや、まだ仙台市内で桜を見られる場所があるのよ。三神峯公園ってとこだけど、ここだと遅咲きの桜があるから、まだ大丈夫よ。行ってみない?」
 三神峯公園と聞いて、俺は即座に上着の胸ポケットからスマホを取り出して調べた。
 三月から五月まで桜が咲きそろっている名所じゃないか。
 すると佳織は、「ええ、ぜひ見てみたいです」と返事をした。
「まずは一名確保ね」
 すると、愛佳さんは俺のほうを向いて「君はどうするの?」と尋ねてきた。
 遅咲きの桜か……。ぜひ見てみたいな。
「俺も行きます」
 愛佳さんは普段の物憂げな表情からは想像できないほどの笑みを浮かべてから、「じゃあ、詳しいことはまた後でね」と伝えてそのままカフェテリアから去った。
 少しの間俺はカフェテリアにたたずんでいたが、「ねえ、そろそろ次の講義に行こうよ。次の時間の教授は遅刻に厳しいよ」と佳織に声をかけられてふと我に返った。
 時計の針はとうに一時を過ぎていた。十五分からは三コマ目が始まる。
 そういや、あの教授は講義が始まる前に教室前でスタンバイしているという噂があるな。
「そうだな」
 あの教授はしゃべり方が苦手だけど、単位のために向かうとするか。
 勉強道具などが入った鞄を手にすると、佳織の後を追ってカフェテリアを後にした。
 ◇
 四月二十二日。
 打合せ時間を確認したうえで、は長町南駅の二番出口からバスに乗って三神峯公園に向かった。
 三神峯公園の桜はソメイヨシノがだいぶ散った一方で、八重桜はまだこれからといったところだ。
 昼下がりということもあって、公園内には人であふれかえっていた。
「あら~、佳織ちゃんにトール君! こっち|ら《・》よ~!」
 咲きかけの八重桜のたもとには、愛佳さんをはじめとした俺たちの大学の先輩や同級生がいるだけでなく、俺の知らない顔も混じっていた。
 そんな中で、どこか見知った顔の男子学生がほかの大学生とともに談笑をしていた。
 あのかきあげとツーブロック、そしてフチなし眼鏡は、ひょっとして高校時代に同じ部活でしょっちゅう話しかけていた……。
「中村……、先輩ですか」
「その声は、ひょっとして鹿島か?」
「ええ、そうです。一年ぶりです」
 久しぶりに顔を合わせた中村先輩は、高校時代と全く変わっていなかった。
 陸奥大学を受けると聞いたときは冗談かと思っていたけれども、まさか仙台の地で再開するなんて思わなかった。
「仙台の大学に受かったんですね」
「そうだな。結果が分かるまで冷や冷やしていたけど、無事合格できてよかったよ」
「先輩って、どこの学部でしたっけ」
「俺は経済学部だな。どっちみち一般企業に勤めるから、それならばと思ってな」
「仙台に慣れましたか?」
「まぁな。冬は横須賀に比べると寒いけど、夏は……、そんなに変わらない感じだな」
「温暖化の影響もありますからね」
「違いないな」
 卒業式の日以来一年ぶりに顔を合わせる先輩はあの日のままで、まったく変わっていなかった。
 ただ、入った大学は先輩が旧帝大で俺は陸奥地方最大の私立大学だ。大学のランクを考えると旧帝大のほうが上で、俺たちの入っている大学は地元では有名な一方で全国的には名がそんなに知られていない。
 しかし、卒業生には有名な声優や有名な女性俳優も名を連ねていることを考えると、そこそこ有名なほう……なのだろうか。
「おい、お前らは同じ学校の出身なのか?」
 後ろから声をかけてきたのは、同じ大学の英会話サークルの二年先輩である佐久間さんだ。
 肩まであるブロンドに染めた髪からしてパリピのようにも見える一方で、英検準一級とTOEICは七百三十点オーバーという語学力を誇っている。人は見かけによらないものだな。
 ただ、今年の夏からは就職活動に入るということで、髪を切る覚悟はしているそうだ。就活となると、当たり前のルックスになるのだろうか。
「ま、まあ、そうですけど」
「同じ部活に居たからな、俺たちは」
 中村先輩は肩を寄せて佐久間さんにアピールした。まぁ、悪い気はしないけどさ。
「おーおー、男同士でくっついちゃって~」
 そういって俺に近づいてきたのは、何を隠そう愛佳さんだった。
 しかも、後ろから俺に抱きついている。
 俺の背中には愛佳さんの柔らかい塊が当たっている。
 しかも、柑橘系のシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐっている。
 甘い匂いでどうにかなりそうだ……!
「あ、愛佳さん、何をしているんですか」
「ここに良いお姉さんもいるんだけどぉ」
 愛佳さんの柔らかな唇からは、アルコールの匂いがプンプンと漂っている。
 まだ酒が飲めない――少なくともあと一年と少しは我慢しなければならない――けれども、これはちょっと……。
 いいお姉さんどころか、もう酔いどれお姉さんになっているんですが。
「愛佳さん、どれだけ飲んだんですか」
「ビールが五百ミリリットル缶で一本でしょ、スト〇ロが五百ミリリットル缶で一本……」
 マジか……と思って、足元にある缶を見たら、そこら中に空き缶が転がっていた。
 三年生であり酒が飲める年齢の佐久間さんもチューハイ一本だけなのに、何だよこの飲みっぷりは。
「おい高橋、お前飲みすぎだぞ。二十歳になって飲めるようになったからといって、ビールにチューハイを一本ずつカラにするなんて……」
 後ろから佐久間さんが止めようとするも、愛佳さんは取り合わずに「なんか文句でもあるの?」と佐久間さんを睨みつけた。
「いや、いくら何でも酒が飲めるようになったからってやっていいことと悪いことが……」
「何よぉ、佐久間さん。私に……、うぐっ」
 愛佳さんが「喧嘩でも売ろうとしているの」と言いかけた途端、愛佳さんは俺のそばから離れてうずくまるような姿勢を取った。
 愛佳さんの顔は青ざめていて、今にも口から食べたモノを吐きそうだった。
 まずい、このままでは久しぶりに女難スキルが発動してしまう!
 慌てて愛佳さんから遠ざかると……。
「おい、大丈夫か高橋」
「ちょっと飲みすぎた……、かも……」
 佐久間さんがビールの入ったコップを置くと、あきれ顔でビニール袋などを用意してから愛佳さんの背中をさすった。
 すると次の瞬間、愛佳さんは「おげぇぇぇぇぇ」と、口から滝のようなゲロを吐きだした。
 まぁ、酒の免疫がないのにビールとチューハイをがぶ飲みするのはちょっとなぁ。
 佐久間さんのおかげで事なきを得たものの、もう少しでこっちに被害が及んでいたらどうなっていたか考えただけでもぞっとする。
 久しぶりに女難スキルが発動したとはいえ、佐久間さんの機転で大事には至らなかった。
 お酒が飲めるようになるのはもうちょっと先になりそうだけど、節度を持って飲むようにしないと、だな……。