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第51話 迷える侍女

ー/ー



 キラーホーネットを配下に迎えて、クロナの潜伏生活は始まった。
 だが、心配とは裏腹にしばらくというもの、平和なものだった。

「面白くありませんね。誰も攻めてこないではありませんか……」

 山腹に構えた拠点で、クロナはとても不満げな様子で過ごしている。
 だが、ブラナたちはかえって安心したという。このまま攻め続けていたらどうしようかと心配していたようだった。

「シュヴァルツ坊ちゃまに続いて、メープル様まで返り討ちに遭ったのです。それだけ向こうも警戒しているということでしょう。下手に手出しをしても、自分たちに大きな損害を出すだけだと」

「……ふん。やっと私に手を出したことの重大さを理解したと見ていいのでしょうね。このイクセンの聖女となる私の反逆への代償をね……」

 クロナは足を組んで、実に不機嫌そうに話をしている。

『このまま、手出しをしてくれないといいのですがね』

 イトナもブラナと同じよう、イクセン王国がクロナに対して攻撃をしないでほしいと願っているようだ。
 キラーホーネットにまで配下に収めてしまったので、クロナのことを少しずつ恐れ始めているようなのである。

「連中がこの程度で退くとでも?」

 ところが、クロナはブラナたちを見ながら、不快感を露わにしている。

「このままコケにされて、おとなしく引き下がるような連中じゃないわ。特にバタフィーとかいう王子は、人一倍プライドが高い人なのですからね。私と婚約者関係にあったのですから、その傷ついたプライドをどうにかしようと、必ず攻めてきます。これは間違いないというものです」

 そう、かつて婚約者関係にあったバタフィー王子に対して、かなり警戒をしているのだ。
 クロナの配下にあったスチールアントたちも、群れでありながら退けられてしまった過去がある。ゆえに、必ず軍勢を整えて攻め込んでくるはずだと見ているのだ。
 外に構えているキラーホーネットたちにも、ずっとその点を指示してある。

「それはそれとして、バタフィー殿下が攻め入ってきた時、お嬢様は一体どうなさるおつもりですか?」

 気になるブラナが質問をしている。
 ブラナがかなり気にしているようなので、クロナはにやつきながら答える。

「もちろん、歓迎して差し上げますよ。ええ、全力でもちましてね……」

 その時のクロナの笑顔に、さすがのブラナも寒気を感じてしまう。
 なんだろうか。暗殺者としても長く過ごしてきたブラナだったが、今までにまったく感じたことのないものだった。
 普段からとてもやさしいクロナからそのような感じを受けたことで、ブラナの心は大きく揺さぶられてしまう。

(この感じ……。本当にお嬢様は変わられてしまった。絶望の淵に叩き落とされてしまったお嬢様を、私はこれ以上見ていることができるのでしょうか……)

 仕えるべき主の変わり果てた姿に、大きな迷いを感じてしまっているのだ。
 もちろん、クロナが悪いわけではないのは分かっている。分かっているのだが、あまりにも変わってしまったがゆえに、その変化に戸惑わざるを得ないといったところなのだ。

 話をしていたブラナは、食事の準備のためにクロナの前から一度離れる。
 調理をするための場所にやって来たブラナは、かなり大きなため息をついてしまっていた。

『ブラナ、疲れているようですね』

「イトナ……。ええ、あまりにも変わってしまったお嬢様の姿に、どうも私はついていけていないようなのですよ……」

 アサシンスパイダーのイトナに声をかけられて、ブラナは心の内を吐露してしまう。

「お嬢様のためでしたら、どこまででもついていってお守りしようと、魔族にまで身を落としたといいますのにね……。私の気持ちは、その程度なのでしょうかね」

『ブラナ……』

 同じように戸惑いを感じているイトナは、ブラナの迷いになんともいえない気持ちになっていた。

『ブラナ、私も同じ気持ちというものですよ』

「イトナ?」

『私も、あの聖女様だからこそ、お守りしようと決意をしたのです。ですが……、度重なる身近な方たちを失ったという事実によって、聖女様の心は壊れてしまいました。今の聖女様は見ていて、とてもつらいのです』

 イトナも今のクロナの姿に、とても心を痛めているようなのだ。
 最初の方からずっとクロナを見ていた一人と一体だからこそ、このように思うのだろう。

「……割り切るしかないのでしょうね」

『でしょうね。聖女様が死ねば、この世界は滅んでしまいます。このような呪いをかけた邪神を恨みながら、聖女様のために私たちが手を汚し続けなければならないのでしょう。……聖女様をお守りするために』

「……そうですね。元に戻すためには、お嬢様の手を汚させてはなりません。その汚れ役を、私たちが……果たさなければならないのですよね」

 調理をしようとする手が完全に止まってしまう。
 これも、元の優しいクロナを知っているからこそ起きてしまう葛藤なのだろう。

「……覚悟を、決めましょうか」

『……そうですね』

 ブラナとイトナは、これ以上、クロナの心が壊れないようにすることを誓い合うことにしたのだ。
 神がクロナと約束したという三年後の約束の時まで、敵を極力クロナに近付けさせないように。


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 キラーホーネットを配下に迎えて、クロナの潜伏生活は始まった。
 だが、心配とは裏腹にしばらくというもの、平和なものだった。
「面白くありませんね。誰も攻めてこないではありませんか……」
 山腹に構えた拠点で、クロナはとても不満げな様子で過ごしている。
 だが、ブラナたちはかえって安心したという。このまま攻め続けていたらどうしようかと心配していたようだった。
「シュヴァルツ坊ちゃまに続いて、メープル様まで返り討ちに遭ったのです。それだけ向こうも警戒しているということでしょう。下手に手出しをしても、自分たちに大きな損害を出すだけだと」
「……ふん。やっと私に手を出したことの重大さを理解したと見ていいのでしょうね。このイクセンの聖女となる私の反逆への代償をね……」
 クロナは足を組んで、実に不機嫌そうに話をしている。
『このまま、手出しをしてくれないといいのですがね』
 イトナもブラナと同じよう、イクセン王国がクロナに対して攻撃をしないでほしいと願っているようだ。
 キラーホーネットにまで配下に収めてしまったので、クロナのことを少しずつ恐れ始めているようなのである。
「連中がこの程度で退くとでも?」
 ところが、クロナはブラナたちを見ながら、不快感を露わにしている。
「このままコケにされて、おとなしく引き下がるような連中じゃないわ。特にバタフィーとかいう王子は、人一倍プライドが高い人なのですからね。私と婚約者関係にあったのですから、その傷ついたプライドをどうにかしようと、必ず攻めてきます。これは間違いないというものです」
 そう、かつて婚約者関係にあったバタフィー王子に対して、かなり警戒をしているのだ。
 クロナの配下にあったスチールアントたちも、群れでありながら退けられてしまった過去がある。ゆえに、必ず軍勢を整えて攻め込んでくるはずだと見ているのだ。
 外に構えているキラーホーネットたちにも、ずっとその点を指示してある。
「それはそれとして、バタフィー殿下が攻め入ってきた時、お嬢様は一体どうなさるおつもりですか?」
 気になるブラナが質問をしている。
 ブラナがかなり気にしているようなので、クロナはにやつきながら答える。
「もちろん、歓迎して差し上げますよ。ええ、全力でもちましてね……」
 その時のクロナの笑顔に、さすがのブラナも寒気を感じてしまう。
 なんだろうか。暗殺者としても長く過ごしてきたブラナだったが、今までにまったく感じたことのないものだった。
 普段からとてもやさしいクロナからそのような感じを受けたことで、ブラナの心は大きく揺さぶられてしまう。
(この感じ……。本当にお嬢様は変わられてしまった。絶望の淵に叩き落とされてしまったお嬢様を、私はこれ以上見ていることができるのでしょうか……)
 仕えるべき主の変わり果てた姿に、大きな迷いを感じてしまっているのだ。
 もちろん、クロナが悪いわけではないのは分かっている。分かっているのだが、あまりにも変わってしまったがゆえに、その変化に戸惑わざるを得ないといったところなのだ。
 話をしていたブラナは、食事の準備のためにクロナの前から一度離れる。
 調理をするための場所にやって来たブラナは、かなり大きなため息をついてしまっていた。
『ブラナ、疲れているようですね』
「イトナ……。ええ、あまりにも変わってしまったお嬢様の姿に、どうも私はついていけていないようなのですよ……」
 アサシンスパイダーのイトナに声をかけられて、ブラナは心の内を吐露してしまう。
「お嬢様のためでしたら、どこまででもついていってお守りしようと、魔族にまで身を落としたといいますのにね……。私の気持ちは、その程度なのでしょうかね」
『ブラナ……』
 同じように戸惑いを感じているイトナは、ブラナの迷いになんともいえない気持ちになっていた。
『ブラナ、私も同じ気持ちというものですよ』
「イトナ?」
『私も、あの聖女様だからこそ、お守りしようと決意をしたのです。ですが……、度重なる身近な方たちを失ったという事実によって、聖女様の心は壊れてしまいました。今の聖女様は見ていて、とてもつらいのです』
 イトナも今のクロナの姿に、とても心を痛めているようなのだ。
 最初の方からずっとクロナを見ていた一人と一体だからこそ、このように思うのだろう。
「……割り切るしかないのでしょうね」
『でしょうね。聖女様が死ねば、この世界は滅んでしまいます。このような呪いをかけた邪神を恨みながら、聖女様のために私たちが手を汚し続けなければならないのでしょう。……聖女様をお守りするために』
「……そうですね。元に戻すためには、お嬢様の手を汚させてはなりません。その汚れ役を、私たちが……果たさなければならないのですよね」
 調理をしようとする手が完全に止まってしまう。
 これも、元の優しいクロナを知っているからこそ起きてしまう葛藤なのだろう。
「……覚悟を、決めましょうか」
『……そうですね』
 ブラナとイトナは、これ以上、クロナの心が壊れないようにすることを誓い合うことにしたのだ。
 神がクロナと約束したという三年後の約束の時まで、敵を極力クロナに近付けさせないように。