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第16話

ー/ー



「ふあ……」
 次の日、大きなあくびをしながら早くマンションを出た。
 昨日の夜は鹿島さんのメッセージのせいでよく眠れなかった。授業中に寝そうで、心配だ。
「イッチ、ニー、サン、シー!」
 いつものように校門をくぐると、サッカー部の威勢の良いかけ声が聞こえてきた。
 感心しながら昇降口に入り、誰もいない廊下を歩くと、いつの間にか二年二組の教室へとたどり着いた。
 早い時間帯だけあって、教室内には誰もいない。
 支度をしながらひなたちゃんの机を見ると、かわいらしいアクセサリーに彩られたカバンが机の横にかけられていた。
 目を閉じて昨日のことを思い出す。
 一年生から三年生まで息の合った演技。とびきりの笑顔。汗とシトラスの匂い。
 亀を助けて竜宮城に招待された浦島太郎も、僕と同じ思いをしていたのだろう。
「眠い……」
 朝だというのに、机に寝そべると急に眠くなる。朝のホームルームが始まるまで寝ておこう。

 ……ここは……?
 L字型の校舎に古びた体育館、そして校舎の屋上にあるプール。
 マンションから三十分近くかけて通っていた中学校だ。
『葛西、お前は野球部には向いていないな』
 高圧的な声は誰だろう? 中学校時代の体育の先生か。
 あの先生は時代錯誤も甚だしくて、生徒たちからは嫌われていた。
『先生、まだ一日ですよ』
『それでも十分だ! お前が球を取り損ねている間に近藤は三本もヒットを打ったぞ。それに引き換え、お前は……』
 僕が口をつぐむと、先生がきつい言葉を浴びせ続ける。そして……。
『お前の姉さんはチアをやっているのか?』
『はい』
『だったら姉さんと一緒にチアでもやってろ。お前だったら支えることくらい、何てことないだろう』
 先生の言葉に胸がざわついた。
 チアなら誰でもできると思っているのだろうか。
 ……違う! 僕はチアなんて……。

「……君。ねえ、優人君ってば!」
 柔らかい春の日差しのような温かい声とシトラスの香りが鼻をくすぐる。
「ひなたちゃん!?」
 顔を起こすと、寝る前と違って教室内には生徒たちの姿があった。
「あと少しでホームルームだよ!」
「ホームルーム……?」
 目の前に立っているひなたちゃんの声に促されるように腕時計を見る。時計の針は八時二十五分を過ぎていた。
「……!」
 一瞬にして目が覚めた。
 準備を終えて机で眠ったのが七時四十五分だから、三十分以上も寝ていたのか。明らかに寝過ぎだ。
「もう、しっかりしてよ! 朝練から帰ってきたらずっと寝てたんだよ」
「ごめん。……ところで、ひなたちゃんたちも朝練をやってるの?」
「ううん、私たちはやらないよ。上級生が一年生の指導をしていて、今日は私が当番なんだ」
「指導係をしてるんだね」
 軽くうなずくひなたちゃん。
「昨日も見たと思うけど、一年生は様々なことを覚えることになるんだ。まずはコール、それからダンスとスタンツ……」
 ひなたちゃんが指折り数えながら説明をする。昨日見た演技と同じように、様々な要素が絡み合っているということか。
「思ったよりも大変だね」
「大変なのは今の時期だけだから、気にしてないよ。ところで、チアダンスとチアリーディングの違いって知ってる?」
「ううん」
 そう答えると、ひなたちゃんが席に座りながら僕の方をじっと見る。
「チアリーディングはきのう私が説明したとおりで、ダンスに特化したのがチアダンスだよ」
「なるほど。ダンスというと、高橋さんが説明したものを組み合わせていくというわけか」
「そうだね。ポンがアームモーションなどの組み合わせで……」
「アームモーション?」
 ひなたちゃんの口から僕の知らない言葉が出てきた。一体何なのだろう。
「わかりやすく言えば、腕の形を組み合わせて作る動き、かな。こういったの、見たことがある?」
 ひなたちゃんは立ち上がると両手で握りこぶしを作り、右手を高く掲げて左手をまっすぐ伸ばした。
「甲子園の中継で見たことがあるよ」
 高橋さんに聞かれたときと同じような答えを返す。
 ひなたちゃんは僕の答えを聞くと、腕を下ろしてから椅子に座った。
「シャープでキレのある腕の動きをメインとしたダンスがポンで、ジャズはバレエの様子がふんだんに盛り込まれているの。ラインダンスは全員が整列して、足を蹴り上げて踊るんだよ」
 席に座りながらも身振り手振りを交えながら、ひなたちゃんはそれぞれのダンスの特徴を教えてくれた。
 動きを交えた説明はきのうの高橋さんのそれよりも詳しくて、あっという間に頭の中に入り込んだ。
「話は変わるけど、チアリーディングの大会って聞いたことがある?」
「きのう菅原先輩から大会があることは聞いたけれど、詳しくは知らないな。チアにもルールがあるの?」
「もちろん! 競技チアの場合はチーム人数が八人以上十六人以下で、演技の時間は二分二十秒以上二分半以内、音楽を使っていいのは一分半以内と決まっているんだ」
「たったそれだけ? きのうの演技は四分近くだったけど」
 驚きの声をあげる。
 きのう流した曲で一分半となると、サビの真っ最中までになるのだろうか。
「大会とは違うからね。チアの大会はすごいんだよ! みんなで盛り上がるんだから……」
 当然という顔をしながらひなたちゃんが熱く語る。しかし、楽しいときも一瞬だ。
 ひなたちゃんの話を遮るように、朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴る。
 ハッと気づいたように椅子を引きずり、「また後でね」とひなたちゃんは手を振って正面を向いた。チアの大会の何がすごいのか、時間があるときに聞いてみよう。
 おしゃべりをしていた他の生徒たちも同じように自分の椅子に座ると、教室の引き戸が音を立てて開く。
「おはよ~」
「おはようございます」
 林先生が教室に入ってくると、いつものように朝のホームルームが始まる。
「明日は生徒総会だから、七時間目のホームルームはお休みだよ」
 親しみすら感じる先生の話を聞いていると、教室のどこかから鋭い視線を感じる。
「……!」
 振り返ってみても、誰が僕のことを見ているのかわからない。
『優人、最近秋山さんと仲良くしてるみたいだけど、どうしたの?』
 昨日の夜に届いた鹿島さんのメッセージのことを思い出す。仮に鹿島さんだとしたら、僕たちのことについて気づいているのだろうか。
 しかも、鹿島さんはいつも吉村さんと一緒に話をしている。僕から話しかけることは無理だ。
「おい、準備はできたか。最初の時間、当てられるかもしれないから覚悟しておけよ」
 悶々としていると、前の席に座っている広瀬が僕に話しかける。
 悩んでいても仕方ない。まずは今日の授業を受けよう。鹿島さんのことは後回しだ。



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みんなのリアクション

「ふあ……」
 次の日、大きなあくびをしながら早くマンションを出た。
 昨日の夜は鹿島さんのメッセージのせいでよく眠れなかった。授業中に寝そうで、心配だ。
「イッチ、ニー、サン、シー!」
 いつものように校門をくぐると、サッカー部の威勢の良いかけ声が聞こえてきた。
 感心しながら昇降口に入り、誰もいない廊下を歩くと、いつの間にか二年二組の教室へとたどり着いた。
 早い時間帯だけあって、教室内には誰もいない。
 支度をしながらひなたちゃんの机を見ると、かわいらしいアクセサリーに彩られたカバンが机の横にかけられていた。
 目を閉じて昨日のことを思い出す。
 一年生から三年生まで息の合った演技。とびきりの笑顔。汗とシトラスの匂い。
 亀を助けて竜宮城に招待された浦島太郎も、僕と同じ思いをしていたのだろう。
「眠い……」
 朝だというのに、机に寝そべると急に眠くなる。朝のホームルームが始まるまで寝ておこう。
 ……ここは……?
 L字型の校舎に古びた体育館、そして校舎の屋上にあるプール。
 マンションから三十分近くかけて通っていた中学校だ。
『葛西、お前は野球部には向いていないな』
 高圧的な声は誰だろう? 中学校時代の体育の先生か。
 あの先生は時代錯誤も甚だしくて、生徒たちからは嫌われていた。
『先生、まだ一日ですよ』
『それでも十分だ! お前が球を取り損ねている間に近藤は三本もヒットを打ったぞ。それに引き換え、お前は……』
 僕が口をつぐむと、先生がきつい言葉を浴びせ続ける。そして……。
『お前の姉さんはチアをやっているのか?』
『はい』
『だったら姉さんと一緒にチアでもやってろ。お前だったら支えることくらい、何てことないだろう』
 先生の言葉に胸がざわついた。
 チアなら誰でもできると思っているのだろうか。
 ……違う! 僕はチアなんて……。
「……君。ねえ、優人君ってば!」
 柔らかい春の日差しのような温かい声とシトラスの香りが鼻をくすぐる。
「ひなたちゃん!?」
 顔を起こすと、寝る前と違って教室内には生徒たちの姿があった。
「あと少しでホームルームだよ!」
「ホームルーム……?」
 目の前に立っているひなたちゃんの声に促されるように腕時計を見る。時計の針は八時二十五分を過ぎていた。
「……!」
 一瞬にして目が覚めた。
 準備を終えて机で眠ったのが七時四十五分だから、三十分以上も寝ていたのか。明らかに寝過ぎだ。
「もう、しっかりしてよ! 朝練から帰ってきたらずっと寝てたんだよ」
「ごめん。……ところで、ひなたちゃんたちも朝練をやってるの?」
「ううん、私たちはやらないよ。上級生が一年生の指導をしていて、今日は私が当番なんだ」
「指導係をしてるんだね」
 軽くうなずくひなたちゃん。
「昨日も見たと思うけど、一年生は様々なことを覚えることになるんだ。まずはコール、それからダンスとスタンツ……」
 ひなたちゃんが指折り数えながら説明をする。昨日見た演技と同じように、様々な要素が絡み合っているということか。
「思ったよりも大変だね」
「大変なのは今の時期だけだから、気にしてないよ。ところで、チアダンスとチアリーディングの違いって知ってる?」
「ううん」
 そう答えると、ひなたちゃんが席に座りながら僕の方をじっと見る。
「チアリーディングはきのう私が説明したとおりで、ダンスに特化したのがチアダンスだよ」
「なるほど。ダンスというと、高橋さんが説明したものを組み合わせていくというわけか」
「そうだね。ポンがアームモーションなどの組み合わせで……」
「アームモーション?」
 ひなたちゃんの口から僕の知らない言葉が出てきた。一体何なのだろう。
「わかりやすく言えば、腕の形を組み合わせて作る動き、かな。こういったの、見たことがある?」
 ひなたちゃんは立ち上がると両手で握りこぶしを作り、右手を高く掲げて左手をまっすぐ伸ばした。
「甲子園の中継で見たことがあるよ」
 高橋さんに聞かれたときと同じような答えを返す。
 ひなたちゃんは僕の答えを聞くと、腕を下ろしてから椅子に座った。
「シャープでキレのある腕の動きをメインとしたダンスがポンで、ジャズはバレエの様子がふんだんに盛り込まれているの。ラインダンスは全員が整列して、足を蹴り上げて踊るんだよ」
 席に座りながらも身振り手振りを交えながら、ひなたちゃんはそれぞれのダンスの特徴を教えてくれた。
 動きを交えた説明はきのうの高橋さんのそれよりも詳しくて、あっという間に頭の中に入り込んだ。
「話は変わるけど、チアリーディングの大会って聞いたことがある?」
「きのう菅原先輩から大会があることは聞いたけれど、詳しくは知らないな。チアにもルールがあるの?」
「もちろん! 競技チアの場合はチーム人数が八人以上十六人以下で、演技の時間は二分二十秒以上二分半以内、音楽を使っていいのは一分半以内と決まっているんだ」
「たったそれだけ? きのうの演技は四分近くだったけど」
 驚きの声をあげる。
 きのう流した曲で一分半となると、サビの真っ最中までになるのだろうか。
「大会とは違うからね。チアの大会はすごいんだよ! みんなで盛り上がるんだから……」
 当然という顔をしながらひなたちゃんが熱く語る。しかし、楽しいときも一瞬だ。
 ひなたちゃんの話を遮るように、朝のホームルームを知らせるチャイムが鳴る。
 ハッと気づいたように椅子を引きずり、「また後でね」とひなたちゃんは手を振って正面を向いた。チアの大会の何がすごいのか、時間があるときに聞いてみよう。
 おしゃべりをしていた他の生徒たちも同じように自分の椅子に座ると、教室の引き戸が音を立てて開く。
「おはよ~」
「おはようございます」
 林先生が教室に入ってくると、いつものように朝のホームルームが始まる。
「明日は生徒総会だから、七時間目のホームルームはお休みだよ」
 親しみすら感じる先生の話を聞いていると、教室のどこかから鋭い視線を感じる。
「……!」
 振り返ってみても、誰が僕のことを見ているのかわからない。
『優人、最近秋山さんと仲良くしてるみたいだけど、どうしたの?』
 昨日の夜に届いた鹿島さんのメッセージのことを思い出す。仮に鹿島さんだとしたら、僕たちのことについて気づいているのだろうか。
 しかも、鹿島さんはいつも吉村さんと一緒に話をしている。僕から話しかけることは無理だ。
「おい、準備はできたか。最初の時間、当てられるかもしれないから覚悟しておけよ」
 悶々としていると、前の席に座っている広瀬が僕に話しかける。
 悩んでいても仕方ない。まずは今日の授業を受けよう。鹿島さんのことは後回しだ。