【使用人】お嬢様は元魔王

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 辺境の地にありながらも、田舎とは呼ばれることのない特異な街、パエデロス。
 その知名度ときたら、何処ぞの偉い王族まで訪問しにくるほど。

 数多くのダンジョンが周囲に点在しているこのパエデロスは、冒険者にとっても稼ぎ場であり、行商人にとっても稼ぎ場。はたまた失業者にとっても稼ぎ場だった。

 ほんの少し前までは掃き溜めとまで呼ばれ、良からぬ輩の溜まり場となっており、治安も酷さからも悪名高い街という認識も強かったが、この地に結成された自警団たちの活躍の甲斐もあり、今日にまで至る。

 それはもう近々、パエデロス国と呼ばれる日も来るだろうと噂されるくらいには、大きく栄え、治安も安定しつつある。

 そんなパエデロスには、パエデロスの代名詞とまで呼ばれるほどのご令嬢が住んでいた。そのご令嬢にはご両親もおらず、兄弟もいない。
 外見的な特徴は、銀髪で、赤い目をしているというくらいだろう。
 パエデロスでも随一の大きさを誇る屋敷に、使用人たちを集めて生活をしている。

 このパエデロスのご令嬢には不可解な謎が多かった。

 独り身で屋敷を建てられ、多くの使用人を雇え、日々豪勢な生活を送れるだけの財力を持っているというのにも関わらず、爵位を持たない自称令嬢。どれをとっても胡散臭すぎる。貴族でも王族でもないただの少女が何故ここまでの地位を築けるのか。

 その理由を使用人たちは知っていた。

 実は、彼女は元々、世界を恐怖に陥れるほどの驚異的な力を持った魔王だった。
 そして勇者に心臓を貫かれ、その力の全てを失い、無力な少女になったのだと。
 その後は魔王軍からも追放されてしまい、このパエデロスに流れ着いたらしい。
 何故財力を持っているのか。それは魔王軍の財宝を持ち帰ったからに過ぎない。
 かつては勇者に復讐する心づもりだったが、結局返り討ちに遭い、諦めたとか。
 今では元魔王であることを隠しながら平穏に暮らすことを望んでいるとのこと。

 何故、そんなことを、そんなところまで使用人たちが知っているか?
 その答えは単純明快。件の令嬢がこの街で唯一無二といっても差し支えない親友に告白していたのを多くの使用人たちが立ち聞きしてしまったからだ。

 その告白ときたら、屋敷の外にまで届かなかったことが不幸中の幸いだと思うくらいの大声で、いっそそのことで使用人たちがヒヤヒヤしたくらいだ。

 この事実を知った使用人たちは、意外にも安堵した。
 長年に渡る魔王と人類の戦争は和解で決着したということに他ならないからだ。
 またパエデロスでの共通認識として、死者には罪がないという教えも多い。

 元魔王を名乗るご令嬢は、勇者の聖剣に心臓を貫かれ、その全身を焼かれて、全ての力を失った後、かろうじて蘇った身。
 それは罪が洗い流されたと認識するには十分すぎた。

 何より、かつて辺境の地で、掃き溜めとまで呼ばれていたこのパエデロスでは、丁重に雇用されたご令嬢に対して恩義を感じている使用人も多い。
 まして改心した無力な少女に対し憎悪を抱く使用人は奇跡的にもいなかった。

 だがしかし、魔王の名を聞いて畏怖するものがこのパエデロスにおいて皆無であるかどうかの保証はない。むしろ使用人たちとは真逆の発想に至るものだって少なからずいることだろう。

 そこで、使用人たちの中で暗黙の了解が生まれた。
 パエデロスのご令嬢をお守りするのだと。
 彼女の過去は内密にし、徹底して明かされぬよう努めるのだと。

 かくして、優秀にして有能たる使用人の面々は、パエデロスでも随一の令嬢の正体が元魔王であるという事実を隠蔽することにしたのだった。

 ※ ※ ※

 夜が明け、肌寒い風が抜けつつも、ぬくもりのある日差しが差し込んでくる、そんな明け方。パエデロスのご令嬢は、自身が魔王であることをその親友に告白して最初の朝を迎えた。

「お嬢様、失礼します」

 小さなノックを数回添えて、返事がないことを確認しつつも寝室に入ってきたのはこのお屋敷に勤めるメイドの一人、オキザリスだった。
 あたかも忍び込むようにサササっと足音も立てず速やかに移動する。

 ベッドの方を見ると、令嬢とその親友が互いに抱き合ったまま静かに寝息を立てているのが見えた。魔王だと知ったのも昨日の今日。
 改めてその寝顔を眺めてみても、驚くほど無垢な顔つきをしており、かつて世界を恐怖に陥れたなどというのはとんだ妄言だったのではないかとさえ思わされる。

 だが、オキザリスは裏取りは済ませてあった。魔王と戦い、見事勝利を収めたという勇者の仲間たちからも彼女が魔王であるという証言を頂戴している。
 間違いなく、自分の仕えている主は魔王なのだと折り紙つきなわけだ。

 こんなにも見るからに無邪気で、あどけなく、愛くるしい、いたいけな少女としか思えないような寝顔を晒している令嬢だが、元は魔王なのだ。
 そう心の中で反芻させないとオキザリスも頭の混乱が止みそうになかった。

 何せ、角が生えているわけでもなく、牙が突き出ているわけでもないし、特別に爪が鋭いなどといったこともない。何処からどう見てもただの少女だ。
 なんだったら隣で寝ている親友の少女の方が特殊に見えるくらいだ。

 魔王の隣で同じく寝息を立てている少女は、小麦のような金髪で、ピンと尖った長い耳を持つ、いわゆる森の民と呼ばれているエルフだ。
 銀髪の令嬢とは対照的ではあったが、これこのようにして二人が隣り合って眠っているところを見ると姉妹のようにしか思えなかった。

 お互いがお互いをよっぽど信頼していて、よっぽど大事に思っていなければこんなにも安らいだ顔で寝入ることもないだろう。

 やはりお嬢様は魔王ではないのでは。オキザリスは訝しんだ。

 二人の寝息が聞こえるベッドを横目に、オキザリスは気配を殺し、音を立てぬよう、オキザリスは寝室の中を掃除していく。

 掃除というのは単純にメイドとしての仕事だからという理由だけではない。
 仕える主の身の回りを周到に確認し、魔王と断定するものがないか、尻尾を掴まれてしまわないかと徹底的に調査する意図もある。

 正味な話、オキザリスも令嬢の正体については不安を覚えているところがあった。
 なんといっても、パエデロスでも随一のご令嬢は、その知名度ゆえに既に様々な噂が飛び交ってしまっている。

 彼女は人間ではないということくらいはとっくの前からパエデロスどころか他国にまで知れ渡ってしまっている。目立ちたがり屋なのか、それともただ単に考え無しに行動しているだけなのか。

 いずれにせよ、現状から推察しても彼女の正体がバレないような工作をする必要性があるのは明白だった。
 事実として、かつて彼女と敵対してきた勇者の一派も、まだ彼女が人間ではない程度の噂が広く流れる前から彼女が魔王であることを突き止めている。

「お嬢様の秘密は、このワタクシめが守らせていただきます」

 聞こえないくらい小さく呟き、オキザリスは今一度、主のベッドを見る。
 寝息を立てて親友と添い寝している様はやはり元魔王だとは信じがたい。

 なんだったら天使の姉妹がそこで休んでいるようにさえ見えたほど。
 そこにあるのはベッドではなく、聖域なのだと思えてくるほどだった。
 あまりにも尊いそんな空間を穢さぬよう、オキザリスは静かに去っていった。

 残るのは朝の日差しが照らす、二人のベッドだけ。
 静寂極まりないその部屋の外では、使用人たちのお嬢様に対する忠誠心がまた一段と強く高まっていた。

「お嬢様の秘密をなんとしてもお守りするのだ」
 と。


次のエピソードへ進む 第85話 彼女は悪役令嬢


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 辺境の地にありながらも、田舎とは呼ばれることのない特異な街、パエデロス。
 その知名度ときたら、何処ぞの偉い王族まで訪問しにくるほど。
 数多くのダンジョンが周囲に点在しているこのパエデロスは、冒険者にとっても稼ぎ場であり、行商人にとっても稼ぎ場。はたまた失業者にとっても稼ぎ場だった。
 ほんの少し前までは掃き溜めとまで呼ばれ、良からぬ輩の溜まり場となっており、治安も酷さからも悪名高い街という認識も強かったが、この地に結成された自警団たちの活躍の甲斐もあり、今日にまで至る。
 それはもう近々、パエデロス国と呼ばれる日も来るだろうと噂されるくらいには、大きく栄え、治安も安定しつつある。
 そんなパエデロスには、パエデロスの代名詞とまで呼ばれるほどのご令嬢が住んでいた。そのご令嬢にはご両親もおらず、兄弟もいない。
 外見的な特徴は、銀髪で、赤い目をしているというくらいだろう。
 パエデロスでも随一の大きさを誇る屋敷に、使用人たちを集めて生活をしている。
 このパエデロスのご令嬢には不可解な謎が多かった。
 独り身で屋敷を建てられ、多くの使用人を雇え、日々豪勢な生活を送れるだけの財力を持っているというのにも関わらず、爵位を持たない自称令嬢。どれをとっても胡散臭すぎる。貴族でも王族でもないただの少女が何故ここまでの地位を築けるのか。
 その理由を使用人たちは知っていた。
 実は、彼女は元々、世界を恐怖に陥れるほどの驚異的な力を持った魔王だった。
 そして勇者に心臓を貫かれ、その力の全てを失い、無力な少女になったのだと。
 その後は魔王軍からも追放されてしまい、このパエデロスに流れ着いたらしい。
 何故財力を持っているのか。それは魔王軍の財宝を持ち帰ったからに過ぎない。
 かつては勇者に復讐する心づもりだったが、結局返り討ちに遭い、諦めたとか。
 今では元魔王であることを隠しながら平穏に暮らすことを望んでいるとのこと。
 何故、そんなことを、そんなところまで使用人たちが知っているか?
 その答えは単純明快。件の令嬢がこの街で唯一無二といっても差し支えない親友に告白していたのを多くの使用人たちが立ち聞きしてしまったからだ。
 その告白ときたら、屋敷の外にまで届かなかったことが不幸中の幸いだと思うくらいの大声で、いっそそのことで使用人たちがヒヤヒヤしたくらいだ。
 この事実を知った使用人たちは、意外にも安堵した。
 長年に渡る魔王と人類の戦争は和解で決着したということに他ならないからだ。
 またパエデロスでの共通認識として、死者には罪がないという教えも多い。
 元魔王を名乗るご令嬢は、勇者の聖剣に心臓を貫かれ、その全身を焼かれて、全ての力を失った後、かろうじて蘇った身。
 それは罪が洗い流されたと認識するには十分すぎた。
 何より、かつて辺境の地で、掃き溜めとまで呼ばれていたこのパエデロスでは、丁重に雇用されたご令嬢に対して恩義を感じている使用人も多い。
 まして改心した無力な少女に対し憎悪を抱く使用人は奇跡的にもいなかった。
 だがしかし、魔王の名を聞いて畏怖するものがこのパエデロスにおいて皆無であるかどうかの保証はない。むしろ使用人たちとは真逆の発想に至るものだって少なからずいることだろう。
 そこで、使用人たちの中で暗黙の了解が生まれた。
 パエデロスのご令嬢をお守りするのだと。
 彼女の過去は内密にし、徹底して明かされぬよう努めるのだと。
 かくして、優秀にして有能たる使用人の面々は、パエデロスでも随一の令嬢の正体が元魔王であるという事実を隠蔽することにしたのだった。
 ※ ※ ※
 夜が明け、肌寒い風が抜けつつも、ぬくもりのある日差しが差し込んでくる、そんな明け方。パエデロスのご令嬢は、自身が魔王であることをその親友に告白して最初の朝を迎えた。
「お嬢様、失礼します」
 小さなノックを数回添えて、返事がないことを確認しつつも寝室に入ってきたのはこのお屋敷に勤めるメイドの一人、オキザリスだった。
 あたかも忍び込むようにサササっと足音も立てず速やかに移動する。
 ベッドの方を見ると、令嬢とその親友が互いに抱き合ったまま静かに寝息を立てているのが見えた。魔王だと知ったのも昨日の今日。
 改めてその寝顔を眺めてみても、驚くほど無垢な顔つきをしており、かつて世界を恐怖に陥れたなどというのはとんだ妄言だったのではないかとさえ思わされる。
 だが、オキザリスは裏取りは済ませてあった。魔王と戦い、見事勝利を収めたという勇者の仲間たちからも彼女が魔王であるという証言を頂戴している。
 間違いなく、自分の仕えている主は魔王なのだと折り紙つきなわけだ。
 こんなにも見るからに無邪気で、あどけなく、愛くるしい、いたいけな少女としか思えないような寝顔を晒している令嬢だが、元は魔王なのだ。
 そう心の中で反芻させないとオキザリスも頭の混乱が止みそうになかった。
 何せ、角が生えているわけでもなく、牙が突き出ているわけでもないし、特別に爪が鋭いなどといったこともない。何処からどう見てもただの少女だ。
 なんだったら隣で寝ている親友の少女の方が特殊に見えるくらいだ。
 魔王の隣で同じく寝息を立てている少女は、小麦のような金髪で、ピンと尖った長い耳を持つ、いわゆる森の民と呼ばれているエルフだ。
 銀髪の令嬢とは対照的ではあったが、これこのようにして二人が隣り合って眠っているところを見ると姉妹のようにしか思えなかった。
 お互いがお互いをよっぽど信頼していて、よっぽど大事に思っていなければこんなにも安らいだ顔で寝入ることもないだろう。
 やはりお嬢様は魔王ではないのでは。オキザリスは訝しんだ。
 二人の寝息が聞こえるベッドを横目に、オキザリスは気配を殺し、音を立てぬよう、オキザリスは寝室の中を掃除していく。
 掃除というのは単純にメイドとしての仕事だからという理由だけではない。
 仕える主の身の回りを周到に確認し、魔王と断定するものがないか、尻尾を掴まれてしまわないかと徹底的に調査する意図もある。
 正味な話、オキザリスも令嬢の正体については不安を覚えているところがあった。
 なんといっても、パエデロスでも随一のご令嬢は、その知名度ゆえに既に様々な噂が飛び交ってしまっている。
 彼女は人間ではないということくらいはとっくの前からパエデロスどころか他国にまで知れ渡ってしまっている。目立ちたがり屋なのか、それともただ単に考え無しに行動しているだけなのか。
 いずれにせよ、現状から推察しても彼女の正体がバレないような工作をする必要性があるのは明白だった。
 事実として、かつて彼女と敵対してきた勇者の一派も、まだ彼女が人間ではない程度の噂が広く流れる前から彼女が魔王であることを突き止めている。
「お嬢様の秘密は、このワタクシめが守らせていただきます」
 聞こえないくらい小さく呟き、オキザリスは今一度、主のベッドを見る。
 寝息を立てて親友と添い寝している様はやはり元魔王だとは信じがたい。
 なんだったら天使の姉妹がそこで休んでいるようにさえ見えたほど。
 そこにあるのはベッドではなく、聖域なのだと思えてくるほどだった。
 あまりにも尊いそんな空間を穢さぬよう、オキザリスは静かに去っていった。
 残るのは朝の日差しが照らす、二人のベッドだけ。
 静寂極まりないその部屋の外では、使用人たちのお嬢様に対する忠誠心がまた一段と強く高まっていた。
「お嬢様の秘密をなんとしてもお守りするのだ」
 と。