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第73話 行きは怖い、帰りも怖い

ー/ー



 カビくさく湿っぽい、古びた石造りの遺跡の中、目の前にあったソレは格別に異質のように見えた。

 旧時代の文明が遺してきた品々はそれはそれは大層なものばかりだ。

 宝石のちりばめられたいかにも自己顕示欲を満たすためだけにある実用性のない剣であったり、希少鉱石であるはずのミスリルやオリハルコンを無駄使いと思わされるくらいにあしらえた首飾りであったり。

 いつの時代の忘れ物かはてんで知ったことではないが、売り払ってしまえば生涯分の財産を獲得できそうなくらいの値打ちものばかりだ。

 錆びていたり腐っていたりしていないか、不安を覚えていたところだったが、どうやら取り越し苦労だったよう。ここを目指してきた冒険者なら皆ガッカリすることのない財宝の数々がまさにそこにあった。

「ほう、まさかこんなにもキレイな状態で宝物庫が残っているとはな」
 偽物ではないかと疑ってしまいそうだったが、さすがに我でも偽物かそうでないかくらいなら見抜ける。

「好きなものを持って帰ろ、と言いたいところだけど、ここは遺跡の最深部。ここに来るまでとは比べもんになんねぇヤッベェトラップがウッヒャーとあんからね。せいぜい身動きがとれる程度にした方がいいよ」

 そう、いかにも真面目そうなご高説を垂れているコーベ当人は、その説得力を打ち消すには十分なくらい、手持ちの鞄の中へ遠慮なく財宝をぶち込んでいた。
 お前の鞄、そんなに肥満児だったっけ? そう思うくらいにはもうパンパンだ。

「脱出口みたいのはないのか? これを造った連中は保管した財宝を安全に持ち出せる機構くらい用意してそうなものだが」
 希望的観測な意味を込めて訊ねてみる。

「なかったよ。正確に言やぁ、あったんだろうけどさ。トラップが暴走して使い物にならなくなってるっつう話よ」
 その口調から察するに多分めちゃくちゃ探したんだろうな。緊急脱出口やらトラップ解除用の仕掛けやら。
 コーベほどの察知能力で見つからないならないと言ってもいいだろう。

 節操なく我も財宝をありったけ鞄に詰め込んでやってもよかったが、ここに至るまでの危険なトラップの数々をまるっと忘却したわけではない。
 説得力のないコーベの言葉に従うのは癪だが、ここは欲を抑えておこう。

「よぉし、こんなところだろう。カシアちゃんも大丈夫? 心残りない?」
「ああ、これで十分だ」
 ややズッシリとした荷物を抱え、ここから遺跡の脱出が始まる。

 入ってきた宝物庫の出入り口を潜る。次の瞬間、どこからともなく壁がせり上がり、退路が断たれる。振り返ってみても、そこは最初から壁以外の何者でもなかったと主張するばかりで、もう安全地帯には戻れない。

 さあ、どんなトラップが待ち構えている?

 我は身構えて、左右を見渡す。確かきたときは殆ど一本道の通路だったはずだが、おかしなことに空間が一挙に広がってしまったかのように右にも左にも上にも下にもあちこちに分岐が追加されている。

 こんな縦横無尽に階段まみれの迷宮だったっけか。

「カシアちゃん、上、上!」
 なんだ、上に進めばいいのか。
 そう思って上を向くと、天井から雨のように槍っぽいものがザクザクと大量に降ってきた。危ねぇ! 間一髪避けられたが、急に殺意高いなオイ。

「ボーッと突っ立ってる暇はないよ。オレの後ろについてきて」
 などと言いながら、コーベの奴はタッタカタッタカと、遺跡内を疾走する。

 そんな安易に走り回ったらトラップを踏んでしまうのでは? と思ったが、コーベの動きは妙にジグザグとしていた。もしや、トラップを避けてる?
 ついてきて、ってそういう意味?

「ちょ、ちょっと待てっ!」
 一歩前、踏み込んで、唐突に目の前の床がパックリと開く。
 思わず飛び退いてしまった。穴の中は酸だまりになっていた。
 うぇ~……、一歩間違えただけでドロドロに溶かされるところだった。

 コーベの歩いたルートを正確に辿らねば。幸いにも苔むした湿っぽいジメジメの遺跡。コーベの足跡が残っていた。これをなるべくなぞっていけば大丈夫だろう。

「というか、我を置いていくなと言っただろうがっ!」
 一歩、一歩と恐る恐るコーベの足跡を踏む。
 トラップは発動しない。どうやら正解らしい。
 半ば慌てるように、我は今にも消えていきそうなコーベの背を追っていった。

 ※ ※ ※

「はぁ……はぁ……し、しんどい……」

 生きた心地がしない。行きのトラップ地獄がお遊びに感じられるくらい、帰りのトラップは殺意が倍増しくらいになっていた。体感、既に二桁は死んだ気がする。

「ほらほら、カシアちゃん、あんまノロノロしてると後ろから鉄球がくるよ」
「わぁーっとるわっ!」
 息をつく余裕もない。我の背後には今まさに超ドデカい鉄球がゴロンゴロンと転がり、迫っていた。避ける隙間も見当たらない。

「そこで思いっきり跳んで!」
「え? あ? ああっ!」
 よく分からないまま、コーベに合わせて大きく跳躍する。これに一体何の意味が……と思った矢先、背後から迫る鉄球の気配がスッと消失した。
 振り返ってみると、今、跳躍した床がなくなっており、鉄球はその奈落の下へと消えていったようだ。

 またコーベに助けられてしまった。これで何度目だ。くやしいを通り越して屈辱の極み。こんなキモキモチャラ男に、何度守られているんだ、我は。

「おっし、あともう一踏ん張りだ。次のフロアを抜けたら出口だよ」
 何を根拠にそう言い切れるのかは分からない。ただ、コーベも何度か来ているからか大体勝手も分かってきているのかもしれない。何せ、勘がいいらしいからな。

 しかし、心なしか、コーベにもやや疲れの表情が見えてきていた。
 さっきからふざけ絡みも極端なまでに少なくなったし、相当集中しているとみた。

 ただでさえ極悪なトラップ地獄だというのに、その上で我を守りながらここまでやってきたと考えると、足手まといになってしまったことに引け目も感じる。

 ウザ絡みのチャラいことをしなければ悪い奴じゃあないんだがなぁ……。

「遺跡を出たらケノザが美味い飯用意して待ってるだろうからさ、ほら、カシアちゃん、ガンバレ、ガンバレ」
 常時こういう感じでいてくれ、頼む。

 というか遺跡を出ても、その先はまだ洞窟なんだっけ。
 ここのトラップ地獄に比べれば生ぬるく感じるが、それでも危険な道のりには変わりない。ああ、帰るだけだというのに、なんて遠いんだ……。

 無駄に脱力してきてしまったが、ここが正念場だ。このトラップ地獄から抜け出せば、休める。あの二人も我らの無事を待っていることだろう。

「ああ、もう一踏ん張りだな」
 ほんの少しだけ足取りも軽く、遺跡の出口に向けての階段を上る。

 その先にあったのはまたしても広い空間だ。さっきまでと大きく違うのは、迷宮のように入り組んだ縦横無尽の階段がないというところだろうか。
 ただただだだっぴろい空間。まさか本当に何もないはずがないとは思うが。

「む、あれは出口か?」
 見てみると向こうの方に出口が見えた。その先は見覚えのある洞窟も見えた。

「アチャ~……今回はこのタイプか」
 何故かコーベが酷く落胆した顔をしている。どういうことだ。もう目と鼻の先に出口が見えているというのに。一体ここから何があるんだ。

 ズシン……ズシン……。そんな小さな地鳴りが徐々に近付いてくるのに気付くのは存外早かった。地震ではない。大きな何かが迫ってきている、そんな音だ。
 やがて地鳴りが大きくなり、その正体が我とコーベの前まで現れる。

「なんだこれは……」




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 カビくさく湿っぽい、古びた石造りの遺跡の中、目の前にあったソレは格別に異質のように見えた。
 旧時代の文明が遺してきた品々はそれはそれは大層なものばかりだ。
 宝石のちりばめられたいかにも自己顕示欲を満たすためだけにある実用性のない剣であったり、希少鉱石であるはずのミスリルやオリハルコンを無駄使いと思わされるくらいにあしらえた首飾りであったり。
 いつの時代の忘れ物かはてんで知ったことではないが、売り払ってしまえば生涯分の財産を獲得できそうなくらいの値打ちものばかりだ。
 錆びていたり腐っていたりしていないか、不安を覚えていたところだったが、どうやら取り越し苦労だったよう。ここを目指してきた冒険者なら皆ガッカリすることのない財宝の数々がまさにそこにあった。
「ほう、まさかこんなにもキレイな状態で宝物庫が残っているとはな」
 偽物ではないかと疑ってしまいそうだったが、さすがに我でも偽物かそうでないかくらいなら見抜ける。
「好きなものを持って帰ろ、と言いたいところだけど、ここは遺跡の最深部。ここに来るまでとは比べもんになんねぇヤッベェトラップがウッヒャーとあんからね。せいぜい身動きがとれる程度にした方がいいよ」
 そう、いかにも真面目そうなご高説を垂れているコーベ当人は、その説得力を打ち消すには十分なくらい、手持ちの鞄の中へ遠慮なく財宝をぶち込んでいた。
 お前の鞄、そんなに肥満児だったっけ? そう思うくらいにはもうパンパンだ。
「脱出口みたいのはないのか? これを造った連中は保管した財宝を安全に持ち出せる機構くらい用意してそうなものだが」
 希望的観測な意味を込めて訊ねてみる。
「なかったよ。正確に言やぁ、あったんだろうけどさ。トラップが暴走して使い物にならなくなってるっつう話よ」
 その口調から察するに多分めちゃくちゃ探したんだろうな。緊急脱出口やらトラップ解除用の仕掛けやら。
 コーベほどの察知能力で見つからないならないと言ってもいいだろう。
 節操なく我も財宝をありったけ鞄に詰め込んでやってもよかったが、ここに至るまでの危険なトラップの数々をまるっと忘却したわけではない。
 説得力のないコーベの言葉に従うのは癪だが、ここは欲を抑えておこう。
「よぉし、こんなところだろう。カシアちゃんも大丈夫? 心残りない?」
「ああ、これで十分だ」
 ややズッシリとした荷物を抱え、ここから遺跡の脱出が始まる。
 入ってきた宝物庫の出入り口を潜る。次の瞬間、どこからともなく壁がせり上がり、退路が断たれる。振り返ってみても、そこは最初から壁以外の何者でもなかったと主張するばかりで、もう安全地帯には戻れない。
 さあ、どんなトラップが待ち構えている?
 我は身構えて、左右を見渡す。確かきたときは殆ど一本道の通路だったはずだが、おかしなことに空間が一挙に広がってしまったかのように右にも左にも上にも下にもあちこちに分岐が追加されている。
 こんな縦横無尽に階段まみれの迷宮だったっけか。
「カシアちゃん、上、上!」
 なんだ、上に進めばいいのか。
 そう思って上を向くと、天井から雨のように槍っぽいものがザクザクと大量に降ってきた。危ねぇ! 間一髪避けられたが、急に殺意高いなオイ。
「ボーッと突っ立ってる暇はないよ。オレの後ろについてきて」
 などと言いながら、コーベの奴はタッタカタッタカと、遺跡内を疾走する。
 そんな安易に走り回ったらトラップを踏んでしまうのでは? と思ったが、コーベの動きは妙にジグザグとしていた。もしや、トラップを避けてる?
 ついてきて、ってそういう意味?
「ちょ、ちょっと待てっ!」
 一歩前、踏み込んで、唐突に目の前の床がパックリと開く。
 思わず飛び退いてしまった。穴の中は酸だまりになっていた。
 うぇ~……、一歩間違えただけでドロドロに溶かされるところだった。
 コーベの歩いたルートを正確に辿らねば。幸いにも苔むした湿っぽいジメジメの遺跡。コーベの足跡が残っていた。これをなるべくなぞっていけば大丈夫だろう。
「というか、我を置いていくなと言っただろうがっ!」
 一歩、一歩と恐る恐るコーベの足跡を踏む。
 トラップは発動しない。どうやら正解らしい。
 半ば慌てるように、我は今にも消えていきそうなコーベの背を追っていった。
 ※ ※ ※
「はぁ……はぁ……し、しんどい……」
 生きた心地がしない。行きのトラップ地獄がお遊びに感じられるくらい、帰りのトラップは殺意が倍増しくらいになっていた。体感、既に二桁は死んだ気がする。
「ほらほら、カシアちゃん、あんまノロノロしてると後ろから鉄球がくるよ」
「わぁーっとるわっ!」
 息をつく余裕もない。我の背後には今まさに超ドデカい鉄球がゴロンゴロンと転がり、迫っていた。避ける隙間も見当たらない。
「そこで思いっきり跳んで!」
「え? あ? ああっ!」
 よく分からないまま、コーベに合わせて大きく跳躍する。これに一体何の意味が……と思った矢先、背後から迫る鉄球の気配がスッと消失した。
 振り返ってみると、今、跳躍した床がなくなっており、鉄球はその奈落の下へと消えていったようだ。
 またコーベに助けられてしまった。これで何度目だ。くやしいを通り越して屈辱の極み。こんなキモキモチャラ男に、何度守られているんだ、我は。
「おっし、あともう一踏ん張りだ。次のフロアを抜けたら出口だよ」
 何を根拠にそう言い切れるのかは分からない。ただ、コーベも何度か来ているからか大体勝手も分かってきているのかもしれない。何せ、勘がいいらしいからな。
 しかし、心なしか、コーベにもやや疲れの表情が見えてきていた。
 さっきからふざけ絡みも極端なまでに少なくなったし、相当集中しているとみた。
 ただでさえ極悪なトラップ地獄だというのに、その上で我を守りながらここまでやってきたと考えると、足手まといになってしまったことに引け目も感じる。
 ウザ絡みのチャラいことをしなければ悪い奴じゃあないんだがなぁ……。
「遺跡を出たらケノザが美味い飯用意して待ってるだろうからさ、ほら、カシアちゃん、ガンバレ、ガンバレ」
 常時こういう感じでいてくれ、頼む。
 というか遺跡を出ても、その先はまだ洞窟なんだっけ。
 ここのトラップ地獄に比べれば生ぬるく感じるが、それでも危険な道のりには変わりない。ああ、帰るだけだというのに、なんて遠いんだ……。
 無駄に脱力してきてしまったが、ここが正念場だ。このトラップ地獄から抜け出せば、休める。あの二人も我らの無事を待っていることだろう。
「ああ、もう一踏ん張りだな」
 ほんの少しだけ足取りも軽く、遺跡の出口に向けての階段を上る。
 その先にあったのはまたしても広い空間だ。さっきまでと大きく違うのは、迷宮のように入り組んだ縦横無尽の階段がないというところだろうか。
 ただただだだっぴろい空間。まさか本当に何もないはずがないとは思うが。
「む、あれは出口か?」
 見てみると向こうの方に出口が見えた。その先は見覚えのある洞窟も見えた。
「アチャ~……今回はこのタイプか」
 何故かコーベが酷く落胆した顔をしている。どういうことだ。もう目と鼻の先に出口が見えているというのに。一体ここから何があるんだ。
 ズシン……ズシン……。そんな小さな地鳴りが徐々に近付いてくるのに気付くのは存外早かった。地震ではない。大きな何かが迫ってきている、そんな音だ。
 やがて地鳴りが大きくなり、その正体が我とコーベの前まで現れる。
「なんだこれは……」