「こんにちは」
インターホンの音を聞き扉を開けた僕は、少し困惑した。見覚えのない若い女の子がいる。スカート丈が長い制服を見るに中学生か高校生だろうか。当たり前だが大学では見たことがない。僕に妹やこれくらいの歳の親戚はいないし、友人の妹が訪ねてくるようなびっくりイベントはない。白い顔の中で目立つ、鋭い目に見上げられて一瞬たじろいだ。この目は猛禽の類だ。声なんか硬質なガラスを耳に突き刺されているようなほど鋭くて。いや、この声と視線に何か思い当たることがある。この少女本人のものではない。そうだ、彼女にほんの少しだけ似て、でももっとやわらかくて優しい——
「こんにちは、って言いましたけど。お邪魔しますね」
ご、っと間抜けなほど無防備になっていたアパートのドアの隙間に、彼女の靴先がねじ込まれた。これでは閉じられない。脳内に焦燥が満ちる。もしかして、彼女は。
「どうも。貴方が、母のストーカーですよね」
彼女の真っ白い氷の色の指が、掴んだそれを見せてくる。黒い機械。小さいものだがそれは見間違えるはずがない。盗聴器。僕が、仕掛けた。
「……とりあえず、ぼうっとしてないでそこどいてくれます?」
そう力があるようには見えない細腕に押しのけられて扉が開いていく。そうだ、彼女は、あの人の、娘だろう、きっと。
「いや、あの、えっと。…その、そんな、犯罪とかじゃなくてですね、違うんだよ、そんなだいそれたことしたかったわけじゃなくて、」
今日日万引きがバレた小学生でももうちょっとまともな言い訳をする。そんなの知らないとしらを切る余裕すらなく、僕はへたり込みそうになりながら後ずさった。制服を着たままの彼女の方が背は小さいはずなのに、見下ろされている錯覚に陥る。
「…うちの母親、ぼんやりしてるし見た目が若いから、よくこういうのあるんですよね。珍しくないんですよ、貴方みたいなの」
彼女が触れれば切れそうな刀に似た気配を放つ。靴を乱暴に玄関にぶん投げながら室内に踏み入れる。そうだ、僕は。猛獣を、部屋の中に入れてしまった。
「とりあえず、母に付きまとう人にはひどいことするのが習慣なんですよね」
犬歯を剥き出しにして少女が笑い——いや、笑ってなんかいない、これは威嚇する獣の表情だ。瞳の中には眩いほどの攻撃性が滲む。目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。テレビの中の虎や豹だってこんな目はしない。——僕は、金輪際、彼女に逆らえなくなったことを自覚した。