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ホウキの上の柔らかな衝突(前編)

ー/ー



「――台風は灯台(タワー)から南、30パーセントの位置。やや速い速度で北上中」

 ミライアの背中に必死でしがみついていたモチコの耳に、透き通った声が飛び込んできた。
 明らかにミライアとは違う声だ。
 近くを他の魔女が飛んでいるのかと思い、まわりを見回してみる。
 だが、日が沈んですっかり藍色になった夜空には、ミライアとモチコのほかに誰もいなかった。

「現時点でのシグナルは4。今回は市街地に直撃コースだから、2か3まで弱めたいところだけど……ミライア、いけそう?」

 ふたたび、透き通った声がミライアに問いかける。
 モチコは、その声がミライアの耳元から聞こえることに気づいた。

 ミライアの左耳に光るイヤリング。
 三日月形のチャームが付いていて、ちょうど月が欠けている部分に、真珠のような丸い宝石が光っている。
 そこから声が出ているようだ。
 おそらく、街にある魔導拡声器(スピーカー)と同じような魔法が使われているのだろう。

「ギリギリまで近づいて撃てばいけそうだ。やってみよう」

 ミライアがイヤリングの声に答えた。
 どうやらイヤリングを通して、会話をすることも出来るらしい。


 ホウキの速度が少し上がったのが分かった。
 モチコは振り落とされないように、ミライアの腰に回した手に力を込める。
 最初こそスピードの速さに驚いたものの、慣れてくるにつれて、モチコの気持ちは高揚してきた。

 自分の魔法では無いが、夢だった空を飛んでいる。
 遠くに流れていく街の灯り、ホウキが空気を切り裂いて飛ぶ音、夜風が前髪をはためかせておでこに当たる感触。
 そのどれもが、モチコに生きている実感を運んできた。

「珍しいな。普通は私のホウキに乗ると、速すぎて怖がるんだけど」

 ミライアが、ちらりと後ろを振り返りながら言った。
 モチコはもともと無表情と言ってもいいくらい、表情がほとんど変わらない。

 心の中では喜怒哀楽を感じているし、なんなら動きのリアクションは大きい方だと思うのだが、なぜか表情だけが連動していなかった。
 魔法学校時代の唯一の友人からは『能面をつけたリアクション芸人』とか『表情筋だけが死んでる女』などと言われたものだ。
 初めて空を飛んで、怖さも多少は感じていたが、顔には全く出ていなかった。

「君は全く怖がらないね。もしかして楽しんでる?」
「あ、はい。……楽しいというか、生きてるって感じがします」
「お、良いこと言うね」

 ミライアが赤い瞳を輝かせながら続ける。

「私も同感だ。誰よりも速く空を飛ぶのは、まさに生きていることの証!」

 ミライアがそう言うと、ホウキのスピードはさらに速くなった。
 モチコはミライアの背中にぴったりと身体をつけ、しがみついている腕にぎゅっと力を込める。
 ミライアの身体から、体温が伝わってくるのを感じた。


「――なんだか、さっきからかわいい女子の声が聞こえるんですけど、どういうことかな?」

 先ほどと同じ透き通った声が、ミライアのイヤリングから聞こえてきた。

「すまん、リサ。報告を忘れていた。市民をひとり救助して、後ろに乗せているんだ」
「救助1名ね。りょーかい」

 リサと呼ばれた声の主は、少しからかうような声色で続ける。

「またかわいい子を釣り上げて、いつもみたいにお持ち帰りするつもり?」
「お、お持ちかえ……!? げほっ!」

 予想外の話の展開に、モチコは思わず咳き込んだ。

「……えっと、私はこのあと、どこかにお持ち帰られる感じなんですか?」

 ミライアが深くため息をついている間に、リサが答える。

「お嬢さん、心の準備をしておいたほうがいいわ。なにしろミライアは“疾風迅雷の魔女”という二つ名の通り、飛ぶのも速ければ、手を出すのも速……」
「リサ! あることないこと言わないでくれ。それ、ほとんど間違いだから!」

 ミライアがリサの言葉を遮るようにして訂正する。
 でも()()()()間違いってことは、少しは本当のこともあるってことだよな……。
 と、モチコは心の中で思ったりしていた。

「ミライアがスピード狂なのは間違いないけどね。あ、そろそろ暴風域に入るわ」

 リサがそう告げると、ミライアの声に少し緊張感が増す。

「そろそろだね。ここからはスピードを上げて、台風にギリギリまで近づく。撃ったら、全速力で離脱する」
「了解。暴風域に入ったら通信は届かないから。今日は後ろにお嬢さんもいるから、無茶しないようにね」
「オーケー、分かってるよ。……じゃあ行ってくる」
「では、良きフライトを」
「良きフライトを」
 
 任務の無事を祈る短い挨拶が終わると、ミライアのイヤリングに灯っていた光が消えた。
 通信が途切れたらしい。


 台風に近づき、風が段違いに強くなる。
 強さだけでなく、風の吹く方向も不規則になってきたようだ。
 ミライアが、何かを思い出したようにつぶやく。

「おっと、忘れるところだった」

(後編へ続く)


次のエピソードへ進む ホウキの上の柔らかな衝突(後編)


みんなのリアクション

「――台風は|灯台《タワー》から南、30パーセントの位置。やや速い速度で北上中」
 ミライアの背中に必死でしがみついていたモチコの耳に、透き通った声が飛び込んできた。
 明らかにミライアとは違う声だ。
 近くを他の魔女が飛んでいるのかと思い、まわりを見回してみる。
 だが、日が沈んですっかり藍色になった夜空には、ミライアとモチコのほかに誰もいなかった。
「現時点でのシグナルは4。今回は市街地に直撃コースだから、2か3まで弱めたいところだけど……ミライア、いけそう?」
 ふたたび、透き通った声がミライアに問いかける。
 モチコは、その声がミライアの耳元から聞こえることに気づいた。
 ミライアの左耳に光るイヤリング。
 三日月形のチャームが付いていて、ちょうど月が欠けている部分に、真珠のような丸い宝石が光っている。
 そこから声が出ているようだ。
 おそらく、街にある|魔導拡声器《スピーカー》と同じような魔法が使われているのだろう。
「ギリギリまで近づいて撃てばいけそうだ。やってみよう」
 ミライアがイヤリングの声に答えた。
 どうやらイヤリングを通して、会話をすることも出来るらしい。
 ホウキの速度が少し上がったのが分かった。
 モチコは振り落とされないように、ミライアの腰に回した手に力を込める。
 最初こそスピードの速さに驚いたものの、慣れてくるにつれて、モチコの気持ちは高揚してきた。
 自分の魔法では無いが、夢だった空を飛んでいる。
 遠くに流れていく街の灯り、ホウキが空気を切り裂いて飛ぶ音、夜風が前髪をはためかせておでこに当たる感触。
 そのどれもが、モチコに生きている実感を運んできた。
「珍しいな。普通は私のホウキに乗ると、速すぎて怖がるんだけど」
 ミライアが、ちらりと後ろを振り返りながら言った。
 モチコはもともと無表情と言ってもいいくらい、表情がほとんど変わらない。
 心の中では喜怒哀楽を感じているし、なんなら動きのリアクションは大きい方だと思うのだが、なぜか表情だけが連動していなかった。
 魔法学校時代の唯一の友人からは『能面をつけたリアクション芸人』とか『表情筋だけが死んでる女』などと言われたものだ。
 初めて空を飛んで、怖さも多少は感じていたが、顔には全く出ていなかった。
「君は全く怖がらないね。もしかして楽しんでる?」
「あ、はい。……楽しいというか、生きてるって感じがします」
「お、良いこと言うね」
 ミライアが赤い瞳を輝かせながら続ける。
「私も同感だ。誰よりも速く空を飛ぶのは、まさに生きていることの証!」
 ミライアがそう言うと、ホウキのスピードはさらに速くなった。
 モチコはミライアの背中にぴったりと身体をつけ、しがみついている腕にぎゅっと力を込める。
 ミライアの身体から、体温が伝わってくるのを感じた。
「――なんだか、さっきからかわいい女子の声が聞こえるんですけど、どういうことかな?」
 先ほどと同じ透き通った声が、ミライアのイヤリングから聞こえてきた。
「すまん、リサ。報告を忘れていた。市民をひとり救助して、後ろに乗せているんだ」
「救助1名ね。りょーかい」
 リサと呼ばれた声の主は、少しからかうような声色で続ける。
「またかわいい子を釣り上げて、いつもみたいにお持ち帰りするつもり?」
「お、お持ちかえ……!? げほっ!」
 予想外の話の展開に、モチコは思わず咳き込んだ。
「……えっと、私はこのあと、どこかにお持ち帰られる感じなんですか?」
 ミライアが深くため息をついている間に、リサが答える。
「お嬢さん、心の準備をしておいたほうがいいわ。なにしろミライアは“疾風迅雷の魔女”という二つ名の通り、飛ぶのも速ければ、手を出すのも速……」
「リサ! あることないこと言わないでくれ。それ、ほとんど間違いだから!」
 ミライアがリサの言葉を遮るようにして訂正する。
 でも|ほ《・》|と《・》|ん《・》|ど《・》間違いってことは、少しは本当のこともあるってことだよな……。
 と、モチコは心の中で思ったりしていた。
「ミライアがスピード狂なのは間違いないけどね。あ、そろそろ暴風域に入るわ」
 リサがそう告げると、ミライアの声に少し緊張感が増す。
「そろそろだね。ここからはスピードを上げて、台風にギリギリまで近づく。撃ったら、全速力で離脱する」
「了解。暴風域に入ったら通信は届かないから。今日は後ろにお嬢さんもいるから、無茶しないようにね」
「オーケー、分かってるよ。……じゃあ行ってくる」
「では、良きフライトを」
「良きフライトを」
 任務の無事を祈る短い挨拶が終わると、ミライアのイヤリングに灯っていた光が消えた。
 通信が途切れたらしい。
 台風に近づき、風が段違いに強くなる。
 強さだけでなく、風の吹く方向も不規則になってきたようだ。
 ミライアが、何かを思い出したようにつぶやく。
「おっと、忘れるところだった」
(後編へ続く)