「しかし、当ホテルの歴史をすべて覚えておられたのには感服しましたよ」
難しい顔をしてしまっていた私にかけてくださる、優しいお言葉。でも、私はそこでも。
「年数を間違えましたけどね……」
また私は、やってしまっていました。
「いえ、正直僕達も覚えていない出来事を記憶されていて父母も関心していましたよ。僕なんて記憶力悪くて、お客様の細やかなことまで覚えられなくて……」
花壇に咲く桃色の薔薇を見つめ、どこか遠い目をされる幸之助さん。
本当に、ご自身のお力に気付いていないのですね。
「……私が人様のことを記憶する時は、己れと比較して覚えますわ。例えば、私は朝食に白米とたくわん派なのですが、今日来てくださるお客様はたくわんを高級店からお取り寄せされるぐらい好きとか。記憶する時に、自身に合わせて頭に入れます」
その話を頷きながら聞いていた幸之助さんは、ボソッと一言。
「なるほど。自分を軸にですか……」
私から顔を逸らし、肩を揺らし始めました。
どうしましょう。また差し出がましいことをしてしまいましたわ! しかもこんな気品もない会話まで。どうして私は、そうなのでしょうか?
しかし変ですわね。記憶がここまで違うなんて。
幸之助さんの年齢を二つ間違えて、お誕生日を間違えて、その他には……、あれ? 幸之助さんは確か!
「どうしました?」
目の前には私を見下ろしてくる、お姿。それは私より明らかに背丈が高く、誤差の範囲を越えてます。
幸之助さんは私と同じ一六五センチでした。お気に入りのフラダのヒールを控えたのだから間違いありません。
なのにこのお方は、私より背が高い。そっか、そうゆうことですのね。
この方は、幸之助さんではなく、その名を語ったニセモノ。でもお父様とお母様によく似た、お顔立ちをされておられます。
この方は二十九歳だとおっしゃってました。しかし私の記憶では、幸之助さんは三十一歳。それでいて、弟様は二つ下。
つまりこの方は、お兄様の代わりにお見合いに来られた弟の龍之介様です。
間違いありませんわ。だって私は、「謎解きはコーヒーの後で」を全て熟読いたしておりますの。
真実の愛を見つけた男女が、愛の逃避行をする。そちらも、そうだったのですね。運命のお相手に出会ってしまったなら仕方がありません。
そう思った私の口角は、一人でに上がっていました。