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「では。あとはお若い、お二人で」
 長方形のローテーブルを囲むように配置されてある、六つのソファ。そこより立ち上がられたお二人に、遅れて立ち上がった(わたくし)は深々とお辞儀をいたします。
 そんな姿に、にこやかに笑いかけて下さるのは、お相手のお父様お母様。仕立ての良いスーツと色鮮やかなお着物が、とてもよくお似合いになっています。
 それに相反して、冬が近いにも関わらず額の汗をグレーのハンカチで仕切りに拭うのは、私のお父様。目をやたらキョロキョロと動かすその情けない姿から、せっかく今日の為に新調したスーツも見劣りしてしまいます。
 かつては気丈夫な人でしたがお母様が居なくなり、すっかり気弱になってしまわれました。
 お相手のお父様お母様に促されるままこの場を立ち去ろうとするも、憂いた視線を何度と送ってきます。だから私は大丈夫ですわと、視線を送り返しました。

 ここは日本で有数とされる四つ星ホテルの、最上階に設けられたプライベートラウンジ。心を落ち着かせる暖色の間接照明、温かみのある木材素材のローテーブル、座り心地の良いもふもふのソファ、飾られている絵画はこの落ち着いた部屋の雰囲気をより引き立たせる美しい海の絵。
 そんな素敵な場所で本日、人生初めてのお見合いをしておりますの。

桜子(さくらこ)さん、散歩しましょうか?」
 そう声をかけてくださるのは、幸之助(こうのすけ)さん。この四つ星ホテルの総支配人をされている伊集院(いじゅういん)家の御子息様ですの。
 お父様と同様に仕立ての良いスーツにネクタイを綺麗に着こなし、私より目線が高くスラリとされた体。ふわっとした黒髪に、穏やかなお人柄が滲み出る柔らかな目、整ったお顔立ち。
 お話をさせてもらい分かりました。心優しく、とても素敵なお方だと。

 ラウンジを出て煌びやかに輝くシャンデリアの下を二人で歩きますと、行き着いたのは屋上庭園に繋がる入り口。自動ドアより見えるお庭の美しさに、「まあ、素敵」と思わず声が出てしまいました。
 気持ちのまま駆け出そうとすると目の前には白いワンピースに羽織を身にまとい、黒髪を編み込みでまとめた女性。私が居ました。
 姿見で己れのはしたなさに気付き、広げていた足を閉じ開いていた口を閉じました。
 幸之助さんより一歩引き、後ろを付いて行きますと自動ドアが開きます。すると柔らかな風が頬をなぞり、広がる自然由来の花の香りがしてきました。
 所々に植えられた木々、花壇に植えられているのはこれからの寒い時期に強く咲く美しき花。
 都会の街で、このようなオアシスがあったとは。そんな心持ちで、遊歩道として舗装された小道を二人で歩き始めます。
 本日はお日様が出て、雲一つない淡い青空がどこまでも広がる快晴。そんな暖かな日差しのような笑顔を向けてくださる幸之助さんに、私は目を離せなくなってしまいました。

「どうしました?」
「い、いえ。何も」
 取り繕うように視線を逸らせた先に広がっていたのは、五十二階立てホテルの屋上からの広がる景色。立ち並ぶ高層ビルと、高く聳え立つスカイツリー、遠くの山が紅葉色に染まる。そんな秋の日を切り取った今だけのひとときに、私は思わず足を止めました。

「……今日は、すみませんね。父母が無理にお話を進めてしまったみたいで」
 そのお言葉に目の前に広がる景色よりも幸之助さんが気になりそちらに目を向けると、こちらを見ずに広がる街並みを眺められていました。
「いえ、そんな。父も望んでいた縁談ですし、私も幸之助さんにお会い出来てとても光栄……ですわ」
 弾んでいた声が低くなるのを聞いていた幸之助さんは、そのままお話を続けました。

「僕が頼りないから、そろそろ身を固めろと父がうるさくて。まあ、この年齢ですしね」
 眉を下げたその横顔は、あまりにも切なくて。
「いえ、そんな! 幸之助さんは、しっかりなさってます! 副総支配人様としてお父様を支えておられる功績を、私は全て存じております。幸之助さんに足りないのは自信だけです! それさえ身につければ、お父様と同じ素敵な総支配人様になられます! 三十一歳なんて、まだまだこれからではないですか!」
 幸之助さんは長子で、ゆくゆくはこのホテルを担う立場におられる方。二時間程お話をさせてもらいましたが、今までなされた実績に対し自己評価が低い方のようです。
 私には想像出来ない程の責任を抱えておられる。それぐらい、世間知らずの私でも察せられますわ。

「ありがとうございます。桜子さんには励まされてばかりですね?」
 やっとこちらに顔を向けてくれた幸之助さんは、細めた目を私に向けてくれました。
「い、いえ。差し出がましいことを……」
 いけませんわ、またお仕事のことに口を挟んでしまいました。慎みませんと。

「……でも、僕は二十九ですよ?」
 ふふっと軽快に笑ってみせた幸之助さんには、一点の曇りもない慈悲深い目を私に向けてきました。
「え? あれ? も、申し訳ありません!」
 想定外過ぎるお言葉に、はわわわとなってしまいました。

「いえいえ。どうでもいいことですが、お見合いなので。僕の年齢をしっかり知ってほしくて」
 先程と同じく柔らかな眼差しで私を見つめてくださるその優しさに、私は両手を頬に当てます。
 やだ、また間違えましたわ。記憶力には自信がありますのに。
 昨夜、一夜漬けで目を通したプロフィールでは、幸之助さんは私より四つ年上だったと記憶しておりました。二つ上と覚え間違えましたのね。


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「では。あとはお若い、お二人で」
 長方形のローテーブルを囲むように配置されてある、六つのソファ。そこより立ち上がられたお二人に、遅れて立ち上がった|私《わたくし》は深々とお辞儀をいたします。
 そんな姿に、にこやかに笑いかけて下さるのは、お相手のお父様お母様。仕立ての良いスーツと色鮮やかなお着物が、とてもよくお似合いになっています。
 それに相反して、冬が近いにも関わらず額の汗をグレーのハンカチで仕切りに拭うのは、私のお父様。目をやたらキョロキョロと動かすその情けない姿から、せっかく今日の為に新調したスーツも見劣りしてしまいます。
 かつては気丈夫な人でしたがお母様が居なくなり、すっかり気弱になってしまわれました。
 お相手のお父様お母様に促されるままこの場を立ち去ろうとするも、憂いた視線を何度と送ってきます。だから私は大丈夫ですわと、視線を送り返しました。
 ここは日本で有数とされる四つ星ホテルの、最上階に設けられたプライベートラウンジ。心を落ち着かせる暖色の間接照明、温かみのある木材素材のローテーブル、座り心地の良いもふもふのソファ、飾られている絵画はこの落ち着いた部屋の雰囲気をより引き立たせる美しい海の絵。
 そんな素敵な場所で本日、人生初めてのお見合いをしておりますの。
「|桜子《さくらこ》さん、散歩しましょうか?」
 そう声をかけてくださるのは、|幸之助《こうのすけ》さん。この四つ星ホテルの総支配人をされている|伊集院《いじゅういん》家の御子息様ですの。
 お父様と同様に仕立ての良いスーツにネクタイを綺麗に着こなし、私より目線が高くスラリとされた体。ふわっとした黒髪に、穏やかなお人柄が滲み出る柔らかな目、整ったお顔立ち。
 お話をさせてもらい分かりました。心優しく、とても素敵なお方だと。
 ラウンジを出て煌びやかに輝くシャンデリアの下を二人で歩きますと、行き着いたのは屋上庭園に繋がる入り口。自動ドアより見えるお庭の美しさに、「まあ、素敵」と思わず声が出てしまいました。
 気持ちのまま駆け出そうとすると目の前には白いワンピースに羽織を身にまとい、黒髪を編み込みでまとめた女性。私が居ました。
 姿見で己れのはしたなさに気付き、広げていた足を閉じ開いていた口を閉じました。
 幸之助さんより一歩引き、後ろを付いて行きますと自動ドアが開きます。すると柔らかな風が頬をなぞり、広がる自然由来の花の香りがしてきました。
 所々に植えられた木々、花壇に植えられているのはこれからの寒い時期に強く咲く美しき花。
 都会の街で、このようなオアシスがあったとは。そんな心持ちで、遊歩道として舗装された小道を二人で歩き始めます。
 本日はお日様が出て、雲一つない淡い青空がどこまでも広がる快晴。そんな暖かな日差しのような笑顔を向けてくださる幸之助さんに、私は目を離せなくなってしまいました。
「どうしました?」
「い、いえ。何も」
 取り繕うように視線を逸らせた先に広がっていたのは、五十二階立てホテルの屋上からの広がる景色。立ち並ぶ高層ビルと、高く聳え立つスカイツリー、遠くの山が紅葉色に染まる。そんな秋の日を切り取った今だけのひとときに、私は思わず足を止めました。
「……今日は、すみませんね。父母が無理にお話を進めてしまったみたいで」
 そのお言葉に目の前に広がる景色よりも幸之助さんが気になりそちらに目を向けると、こちらを見ずに広がる街並みを眺められていました。
「いえ、そんな。父も望んでいた縁談ですし、私も幸之助さんにお会い出来てとても光栄……ですわ」
 弾んでいた声が低くなるのを聞いていた幸之助さんは、そのままお話を続けました。
「僕が頼りないから、そろそろ身を固めろと父がうるさくて。まあ、この年齢ですしね」
 眉を下げたその横顔は、あまりにも切なくて。
「いえ、そんな! 幸之助さんは、しっかりなさってます! 副総支配人様としてお父様を支えておられる功績を、私は全て存じております。幸之助さんに足りないのは自信だけです! それさえ身につければ、お父様と同じ素敵な総支配人様になられます! 三十一歳なんて、まだまだこれからではないですか!」
 幸之助さんは長子で、ゆくゆくはこのホテルを担う立場におられる方。二時間程お話をさせてもらいましたが、今までなされた実績に対し自己評価が低い方のようです。
 私には想像出来ない程の責任を抱えておられる。それぐらい、世間知らずの私でも察せられますわ。
「ありがとうございます。桜子さんには励まされてばかりですね?」
 やっとこちらに顔を向けてくれた幸之助さんは、細めた目を私に向けてくれました。
「い、いえ。差し出がましいことを……」
 いけませんわ、またお仕事のことに口を挟んでしまいました。慎みませんと。
「……でも、僕は二十九ですよ?」
 ふふっと軽快に笑ってみせた幸之助さんには、一点の曇りもない慈悲深い目を私に向けてきました。
「え? あれ? も、申し訳ありません!」
 想定外過ぎるお言葉に、はわわわとなってしまいました。
「いえいえ。どうでもいいことですが、お見合いなので。僕の年齢をしっかり知ってほしくて」
 先程と同じく柔らかな眼差しで私を見つめてくださるその優しさに、私は両手を頬に当てます。
 やだ、また間違えましたわ。記憶力には自信がありますのに。
 昨夜、一夜漬けで目を通したプロフィールでは、幸之助さんは私より四つ年上だったと記憶しておりました。二つ上と覚え間違えましたのね。