45. 燃える世界

ー/ー



 本当は分かっている。

 悪いのは自分だ。

 魔力が足りなかったのは、自分のせいだ。

 でも、それを認めてしまったら、心が壊れてしまう――。

 レオンが冷や汗を垂らしながら必死に弁解しようとする。

「だから、ちょっと待ってって……」

「何だお前……土下座しろ!」

 ミーシャの声が、殺気を帯びる。

「このペテン師! この落とし前、どうつけるつもりなのよ!?」

「いや、土下座なら後でいくらでも……今は――」

「黙れ! 詐欺師!」

 ガキッ!

 ミーシャの聖杖(ロッド)が、レオンの頭を思い切り殴りつけた。

 鈍い音と共に、レオンがよろめき、膝をつく――――。

「止めて! 何するのよぉ!」

 ルナが悲鳴を上げて二人の間に飛び込む。小さな体で、必死にミーシャを押しとどめる。

「今、仲間割れしてる場合じゃないでしょ!」

「大丈夫だ……」

 レオンがゆっくりと立ち上がる。焼けただれた手で、額の傷を押さえる。指の間から、温かいものが流れ落ちる。

「殴るので気が済むなら、もっと殴ってくれていい……だが、話を聞いてくれ……」

 ツーっと鮮血が、レオンの顔を真っ赤に染めていく。

 湯気で陰っていた薄明が晴れ、レオンの全身が露わになる。

 血が紅玉(ルビー)のように輝いた。

「あっ……」

 腕は焼けただれ、水膨れだらけ。

 顔も首も、真っ赤に腫れ上がっている。

 服は焦げて、ボロボロ。

 そして今、額から流れる鮮血。

 ルナを守るために、自分の身を犠牲にした傷跡。

 今まで、自分のことで精一杯で、気づいていなかった。

 この人は、こんなにも傷ついていたのだ。

 仲間を守るために。

 自分たちを導くために。

 戦闘力ゼロの軍師が、命を削って戦っていたのだ。

「あ……、あわわわ……。ご、ごめんなさい!」

 ミーシャの顔から血の気が引く。怒りが、一瞬にして後悔へと変わった。

「あ、あたし……何てことを……」

 こんなに傷ついてまで、皆を守ろうとしている少年。詐欺師であるはずがない。

 そして、そんな彼を殴りつけた自分。

 最低だ。

 人として、最低だ。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 ミーシャが震える手で治療魔法を紡ぐ。黄金の光が、レオンの傷を優しく包み込んでいった。

 涙が止まらない。聖女を演じ続けてきた少女が、生まれて初めて見せる本物の涙。心の奥底から湧き上がる、純粋な後悔の涙。

「ごめんなさい……あたし、最低だ……」

 嗚咽が漏れる。

 腹黒い本性も、毒舌な一面も、全部含めて「魅力だ」と言ってくれたレオン。

 なのに、自分は――。

「本当に……本当にごめんなさい……」

 ミーシャがポロポロと涙をこぼしながら必死に治癒魔法をかけていく。

「いや、不安になる気持ちも分かるんだ。僕も、一瞬諦めかけた。でも――」

 レオンは痛みに顔を歪めながらも、優しく微笑んだ。

「君のせいじゃない。誰も悪くない。ただ、まだ終わってないんだ」

「終わって……ない……?」

 ゴゴゴゴ……。

 再び、大地が唸り始めた。

 それは、先ほどとは比べ物にならない、深い、重い振動。マグマにまで到達していた亀裂が徐々に大きくなり、本格的な火山活動が始まったのだ。

「これは……」

 ミーシャの目が見開かれる。

「そうだ。君の聖なる封印(ホーリーシールド)は、失敗なんかじゃなかった。ちゃんと、マグマ溜まりまで道を開いてくれたんだ」

 レオンの言葉に、ミーシャの心臓が跳ねた。

「成功……していた……の?」

「ああ。君の力が、火山を目覚めさせたんだ」

 揺れが急激に強まる。立っていられないほどの激震。岩が砕け、地面に亀裂が走る。

「ま、まずい! 逃げよう!」

 レオンが二人の手を掴み、一気に山を駆け下りる。

「うひぃぃぃ!」
「やばいやばいやばい!」
「いやぁぁぁ!」

 岩が転がり落ち、地面が割れ、硫黄の煙が噴き出す。まるで、大地そのものが怒り狂っているかのよう。

 三人は必死に走った。

 足がもつれそうになっても。

 息が切れそうになっても。

 振り返る余裕すらなく、ただ前だけを見て。

 直後――。

 ものすごい衝撃とともに山腹が、文字通り吹き飛んだ。

 真っ黒な噴煙が、天を突き刺すように一気に数千メートルまで噴き上がる。まるで、地獄の釜が完全に開いたかのよう。世界の終わりを告げるような雷鳴が連続して轟きわたった。

「あそこだ!」

 レオンが叫んだ。視界の中で【運命鑑定】の示す光の軌跡が、闇の中で一筋だけ輝いている。その先には、奇跡のように屹立する巨岩があった。

 三人は転がるように飛び込んだ。

 次の瞬間、世界が燃えた――。

 灼熱の爆風が、頭上を通り過ぎていく。髪が焦げる異臭。肌を焼く痛み。肺を焦がす熱気。空気そのものが凶器と化し、呼吸すらままならない。これは地獄の業火そのものだった。



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 本当は分かっている。
 悪いのは自分だ。
 魔力が足りなかったのは、自分のせいだ。
 でも、それを認めてしまったら、心が壊れてしまう――。
 レオンが冷や汗を垂らしながら必死に弁解しようとする。
「だから、ちょっと待ってって……」
「何だお前……土下座しろ!」
 ミーシャの声が、殺気を帯びる。
「このペテン師! この落とし前、どうつけるつもりなのよ!?」
「いや、土下座なら後でいくらでも……今は――」
「黙れ! 詐欺師!」
 ガキッ!
 ミーシャの|聖杖《ロッド》が、レオンの頭を思い切り殴りつけた。
 鈍い音と共に、レオンがよろめき、膝をつく――――。
「止めて! 何するのよぉ!」
 ルナが悲鳴を上げて二人の間に飛び込む。小さな体で、必死にミーシャを押しとどめる。
「今、仲間割れしてる場合じゃないでしょ!」
「大丈夫だ……」
 レオンがゆっくりと立ち上がる。焼けただれた手で、額の傷を押さえる。指の間から、温かいものが流れ落ちる。
「殴るので気が済むなら、もっと殴ってくれていい……だが、話を聞いてくれ……」
 ツーっと鮮血が、レオンの顔を真っ赤に染めていく。
 湯気で陰っていた薄明が晴れ、レオンの全身が露わになる。
 血が|紅玉《ルビー》のように輝いた。
「あっ……」
 腕は焼けただれ、水膨れだらけ。
 顔も首も、真っ赤に腫れ上がっている。
 服は焦げて、ボロボロ。
 そして今、額から流れる鮮血。
 ルナを守るために、自分の身を犠牲にした傷跡。
 今まで、自分のことで精一杯で、気づいていなかった。
 この人は、こんなにも傷ついていたのだ。
 仲間を守るために。
 自分たちを導くために。
 戦闘力ゼロの軍師が、命を削って戦っていたのだ。
「あ……、あわわわ……。ご、ごめんなさい!」
 ミーシャの顔から血の気が引く。怒りが、一瞬にして後悔へと変わった。
「あ、あたし……何てことを……」
 こんなに傷ついてまで、皆を守ろうとしている少年。詐欺師であるはずがない。
 そして、そんな彼を殴りつけた自分。
 最低だ。
 人として、最低だ。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 ミーシャが震える手で治療魔法を紡ぐ。黄金の光が、レオンの傷を優しく包み込んでいった。
 涙が止まらない。聖女を演じ続けてきた少女が、生まれて初めて見せる本物の涙。心の奥底から湧き上がる、純粋な後悔の涙。
「ごめんなさい……あたし、最低だ……」
 嗚咽が漏れる。
 腹黒い本性も、毒舌な一面も、全部含めて「魅力だ」と言ってくれたレオン。
 なのに、自分は――。
「本当に……本当にごめんなさい……」
 ミーシャがポロポロと涙をこぼしながら必死に治癒魔法をかけていく。
「いや、不安になる気持ちも分かるんだ。僕も、一瞬諦めかけた。でも――」
 レオンは痛みに顔を歪めながらも、優しく微笑んだ。
「君のせいじゃない。誰も悪くない。ただ、まだ終わってないんだ」
「終わって……ない……?」
 ゴゴゴゴ……。
 再び、大地が唸り始めた。
 それは、先ほどとは比べ物にならない、深い、重い振動。マグマにまで到達していた亀裂が徐々に大きくなり、本格的な火山活動が始まったのだ。
「これは……」
 ミーシャの目が見開かれる。
「そうだ。君の|聖なる封印《ホーリーシールド》は、失敗なんかじゃなかった。ちゃんと、マグマ溜まりまで道を開いてくれたんだ」
 レオンの言葉に、ミーシャの心臓が跳ねた。
「成功……していた……の?」
「ああ。君の力が、火山を目覚めさせたんだ」
 揺れが急激に強まる。立っていられないほどの激震。岩が砕け、地面に亀裂が走る。
「ま、まずい! 逃げよう!」
 レオンが二人の手を掴み、一気に山を駆け下りる。
「うひぃぃぃ!」
「やばいやばいやばい!」
「いやぁぁぁ!」
 岩が転がり落ち、地面が割れ、硫黄の煙が噴き出す。まるで、大地そのものが怒り狂っているかのよう。
 三人は必死に走った。
 足がもつれそうになっても。
 息が切れそうになっても。
 振り返る余裕すらなく、ただ前だけを見て。
 直後――。
 ものすごい衝撃とともに山腹が、文字通り吹き飛んだ。
 真っ黒な噴煙が、天を突き刺すように一気に数千メートルまで噴き上がる。まるで、地獄の釜が完全に開いたかのよう。世界の終わりを告げるような雷鳴が連続して轟きわたった。
「あそこだ!」
 レオンが叫んだ。視界の中で【運命鑑定】の示す光の軌跡が、闇の中で一筋だけ輝いている。その先には、奇跡のように屹立する巨岩があった。
 三人は転がるように飛び込んだ。
 次の瞬間、世界が燃えた――。
 灼熱の爆風が、頭上を通り過ぎていく。髪が焦げる異臭。肌を焼く痛み。肺を焦がす熱気。空気そのものが凶器と化し、呼吸すらままならない。これは地獄の業火そのものだった。