44. 何かが壊れる音

ー/ー



「ぐっ……!」

 ミーシャの顔が苦痛に歪む。あまりの衝撃に聖なる封印(ホーリーシールド)が割れそうになっているのだ。しかし、彼女は決して引かない。

(負けない……負けてたまるもんですか……!)

 教会の孤児院で育った日々が、脳裏をよぎる。

 物心ついた時から、ミーシャには居場所がなかった。

 捨て子。

 それが、彼女に与えられた最初の烙印(らくいん)だった。

 誰が自分を産み、捨てたのか。それすら分からない。分かっているのは、教会の裏口に置き去りにされていたという事実だけ。

 孤児院の子供たちは、生き残るために必死だった。限られた食事、限られた寝床、限られた愛情。その全てを奪い合う、小さな戦場。

 ミーシャは学んだ。

 笑顔を作れば、大人たちは優しくしてくれる。

 従順に振る舞えば、罰を受けずに済む。

 聖女のように振る舞えば、居場所を与えてもらえる。

 だから、演じ続けた。

 心を殺して、仮面を被って、「聖女ミーシャ」を演じ続けた。

『あらあら、うふふ』

 その言葉は、自分を守るための鎧だった。

 本当の自分を見せたら、きっと捨てられる。

 本当の感情を出したら、きっと嫌われる。

 だから、誰にも本心を見せなかった。見せられなかった。

 でも、レオンは違った。

『その二面性も、君の魅力だ』

 初めて会った日、彼は笑ってそう言った。

 腹黒い本性を見抜かれているのに、嫌悪されなかった。むしろ、それを含めて受け入れてくれた。

 あの時の衝撃を、ミーシャは一生忘れないだろう。

 生まれて初めて、「本当の自分」を認めてもらえた瞬間だった。

「いいぞ、ミーシャ!」

 レオンは焼けただれた肌を痛そうにしながらも、励ましの声を上げる。

 その声が、心の奥底に響く。

(レオン……あなたのためなら、あたしは……!)

 ミーシャは歯を食いしばり、シールドが破れないよう、必死に魔力を注ぎ続ける。額から汗が流れ、聖女の仮面の下から、彼女の真の表情が覗く。

「こんなところで……負けるもんですか!」

 炎龍のエネルギーと噴気のエネルギーは出口を失い、噴気孔内で激しく渦巻き、亀裂を次々と広げていく。そこに流れ込む地下水が一気に蒸発し、水蒸気となってさらに圧力を上げていく。亀裂が徐々に広がり、マグマ溜まりへの道が開かれていく。

 ゴゴゴゴゴ……。

 地震が徐々に大きくなっていく。小石が跳ね、岩壁に亀裂が走る。

「もう少し……もう少しよ!」

 額から汗を垂らしながらミーシャが叫ぶ。聖なる光が、限界まで輝きを増す。

「いいぞ!」
「いけいけぇ!」

 だが、次の瞬間だった――――。

 パァン! と、聖なる障壁が、まるで薄氷のように粉々に砕け散る。虹色の破片が、薄明の光を受けてキラキラと舞い落ちた。まるで、希望が崩れ去るように。

「え?」
「あ……」
「あぁぁぁぁ!」

 三人の顔が、希望から絶望へと塗り替えられる。

 限界近かったミーシャの魔力が、一瞬途切れてしまったのだ。

 押さえつけていた圧力が全部抜け、盛大な水蒸気のキノコ雲が上空へと飛び去って行く――――。

 地震が徐々に収まり、火山の鼓動が急速に弱まっていった。

「し、失敗……?」

 ルナの顔が死人のように青白くなる。全身から力が抜け、杖を取り落としそうになる。

 ミーシャの頭の中が、真っ白になった。

(失敗した……あたしが……失敗した……)

 信じられなかった。

 誰よりも完璧であろうとしてきた自分が、この最も重要な瞬間に失敗した。

 十万人の命がかかっている。

 仲間たちの命がかかっている。

 レオンの期待がかかっている。

 その全てを、自分は裏切った。

「あぁぁぁ! 何よこれ!」

 ミーシャの震える声が、悲鳴へと変わる。

「どうなってんのよ! 十万人が……みんなが死んじゃうじゃない!」

 心の奥底で、何かが壊れる音がした。

 長年かけて築き上げてきた、聖女の仮面が。

 必死に抑え込んできた、本当の自分が。

 その全てが、制御を失って噴き出してくる。

 ミーシャの空色の瞳が、怒りで燃え上がった。

 聖女の仮面が完全に剥がれ落ち、本性が剥き出しになる。普段は「あらあら、うふふ」と微笑む顔が、鬼のような形相に変わる。

「お前! あたしでもできるんじゃなかったんかよ!?」

 ドスの効いた低い声。まるで別人のような凄みのある表情でレオンを睨みつける。

 それは、孤児院で生き延びるために身につけた、もう一つの顔だった。

 優しくしてもらえない時、従順さが通じない時、最後の手段として使ってきた、攻撃的な自分。

「ちょ、ちょっと待って……」

 レオンは気おされ、後ずさりした。

「そのクソスキルであたしらを騙しやがったな……」

 自分が失敗したという事実を受け入れられず、行き場のない恐怖と絶望が、全て怒りとなってレオンに向けられていた。





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「ぐっ……!」
 ミーシャの顔が苦痛に歪む。あまりの衝撃に|聖なる封印《ホーリーシールド》が割れそうになっているのだ。しかし、彼女は決して引かない。
(負けない……負けてたまるもんですか……!)
 教会の孤児院で育った日々が、脳裏をよぎる。
 物心ついた時から、ミーシャには居場所がなかった。
 捨て子。
 それが、彼女に与えられた最初の|烙印《らくいん》だった。
 誰が自分を産み、捨てたのか。それすら分からない。分かっているのは、教会の裏口に置き去りにされていたという事実だけ。
 孤児院の子供たちは、生き残るために必死だった。限られた食事、限られた寝床、限られた愛情。その全てを奪い合う、小さな戦場。
 ミーシャは学んだ。
 笑顔を作れば、大人たちは優しくしてくれる。
 従順に振る舞えば、罰を受けずに済む。
 聖女のように振る舞えば、居場所を与えてもらえる。
 だから、演じ続けた。
 心を殺して、仮面を被って、「聖女ミーシャ」を演じ続けた。
『あらあら、うふふ』
 その言葉は、自分を守るための鎧だった。
 本当の自分を見せたら、きっと捨てられる。
 本当の感情を出したら、きっと嫌われる。
 だから、誰にも本心を見せなかった。見せられなかった。
 でも、レオンは違った。
『その二面性も、君の魅力だ』
 初めて会った日、彼は笑ってそう言った。
 腹黒い本性を見抜かれているのに、嫌悪されなかった。むしろ、それを含めて受け入れてくれた。
 あの時の衝撃を、ミーシャは一生忘れないだろう。
 生まれて初めて、「本当の自分」を認めてもらえた瞬間だった。
「いいぞ、ミーシャ!」
 レオンは焼けただれた肌を痛そうにしながらも、励ましの声を上げる。
 その声が、心の奥底に響く。
(レオン……あなたのためなら、あたしは……!)
 ミーシャは歯を食いしばり、シールドが破れないよう、必死に魔力を注ぎ続ける。額から汗が流れ、聖女の仮面の下から、彼女の真の表情が覗く。
「こんなところで……負けるもんですか!」
 炎龍のエネルギーと噴気のエネルギーは出口を失い、噴気孔内で激しく渦巻き、亀裂を次々と広げていく。そこに流れ込む地下水が一気に蒸発し、水蒸気となってさらに圧力を上げていく。亀裂が徐々に広がり、マグマ溜まりへの道が開かれていく。
 ゴゴゴゴゴ……。
 地震が徐々に大きくなっていく。小石が跳ね、岩壁に亀裂が走る。
「もう少し……もう少しよ!」
 額から汗を垂らしながらミーシャが叫ぶ。聖なる光が、限界まで輝きを増す。
「いいぞ!」
「いけいけぇ!」
 だが、次の瞬間だった――――。
 パァン! と、聖なる障壁が、まるで薄氷のように粉々に砕け散る。虹色の破片が、薄明の光を受けてキラキラと舞い落ちた。まるで、希望が崩れ去るように。
「え?」
「あ……」
「あぁぁぁぁ!」
 三人の顔が、希望から絶望へと塗り替えられる。
 限界近かったミーシャの魔力が、一瞬途切れてしまったのだ。
 押さえつけていた圧力が全部抜け、盛大な水蒸気のキノコ雲が上空へと飛び去って行く――――。
 地震が徐々に収まり、火山の鼓動が急速に弱まっていった。
「し、失敗……?」
 ルナの顔が死人のように青白くなる。全身から力が抜け、杖を取り落としそうになる。
 ミーシャの頭の中が、真っ白になった。
(失敗した……あたしが……失敗した……)
 信じられなかった。
 誰よりも完璧であろうとしてきた自分が、この最も重要な瞬間に失敗した。
 十万人の命がかかっている。
 仲間たちの命がかかっている。
 レオンの期待がかかっている。
 その全てを、自分は裏切った。
「あぁぁぁ! 何よこれ!」
 ミーシャの震える声が、悲鳴へと変わる。
「どうなってんのよ! 十万人が……みんなが死んじゃうじゃない!」
 心の奥底で、何かが壊れる音がした。
 長年かけて築き上げてきた、聖女の仮面が。
 必死に抑え込んできた、本当の自分が。
 その全てが、制御を失って噴き出してくる。
 ミーシャの空色の瞳が、怒りで燃え上がった。
 聖女の仮面が完全に剥がれ落ち、本性が剥き出しになる。普段は「あらあら、うふふ」と微笑む顔が、鬼のような形相に変わる。
「お前! あたしでもできるんじゃなかったんかよ!?」
 ドスの効いた低い声。まるで別人のような凄みのある表情でレオンを睨みつける。
 それは、孤児院で生き延びるために身につけた、もう一つの顔だった。
 優しくしてもらえない時、従順さが通じない時、最後の手段として使ってきた、攻撃的な自分。
「ちょ、ちょっと待って……」
 レオンは気おされ、後ずさりした。
「そのクソスキルであたしらを騙しやがったな……」
 自分が失敗したという事実を受け入れられず、行き場のない恐怖と絶望が、全て怒りとなってレオンに向けられていた。