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23話 逃避行

ー/ー



 柏木の部隊の介入と同時にザクロは屠龍から距離を取り、一気に走り去った。

 逃げたのではない。スモモの無事をいち早く確認するためだ。



 新宿の廃棄区画となった繁華街のテナントの中にスモモが縛られ放置されていた。

 スモモは窓ガラスが割れた飲食チェーンだったその店の、ボロ椅子の一つに小さく座っていた。

「ザクロ姉……」

 だが互いの位置を認識する端末が途中で動かなくなり、ザクロはこの周辺を総当たりで探していたのだ。

 スモモがその気になれば破壊力を伴わない大声で、ザクロを呼び寄せることは容易だった。

 しかしこの少女はその危険性や、戦場でどう振る舞うかといったことを、「極殺小隊」メンバーの背中から学んでいた。

「悪かった。怖かったな……」

「スモモ、悔しいよ」

 泣き腫らしたスモモの目は、ある種の決意に満ち溢れている。

 それは壁にもたれてようやく立っているザクロから、無数の傷の痛みを忘れさせた。

「何があった?」

「スモモは無視されたんだ。スモモを殺したらザクロ姉を怒らせるからほっとかれただけ」

 スモモはうつむきながら、ぽつぽつと話し始めた。

「ザクロ姉は前に言ってたよ。この商売をしていく上で、東京を生きていく上で大切なこと」

「メンツか」

「うん。あいつら、スモモのこと馬鹿にしたんだよ。だから──」

 ザクロが解いた縄の跡をさすりながら、スモモは力強く言った。

「殺す。舐められたら、殺す。それができない奴は東京じゃ生きていけないから。ザクロ姉がそう教えてくれたから」

 ザクロはスモモを頼もしく思うとともに、彼女が二度と普通の少女の生活に戻れないことを考え、言葉が出なかった。

 そしてスモモに何と言葉をかけるかしばらく逡巡し、ようやく一言だけ告げた。

「偉いな、スモモは」

 *

 ザクロが東京軍の訓練部隊から逃げてきた名無しの少女に出会ったのは、既に「極殺小隊」として名を挙げていた頃だった。

「訓練つまんないんだもん。銃を組み立てるやつ、きらい」

 脱走理由を聞いて返ってきた答えがこれだった。

「匿うのは不味いよ、ザクロ……」

 顔の傷で少女を驚かせないように、レインコートのフードをいつもより目深にかぶったアンズが言う。

「脱走者は銃殺。とまでは言わないけどまあ折檻くらいはされるんじゃない? 当然脱走の幇助も連座して罰する規定があったはずでしょ」

「せっかんってなに?」

「お仕置きってこと!」

 オリーブが名無しの少女を脅し、オリーブから隠れるようにザクロの背後に回る。

「名前がないのか?」

「うん。でも番号の子が多くてすぐわかんないし、まちがえると怒られるの。名前のある子はいいなあ」

 いつの間にかザクロはこの名無しの少女に自分を重ねていた。

 川沿いでゴミ拾いと乱闘に明け暮れた時代。

 彼女は自らの異名を名前とし、自分で勝ち取った名前として誇りに思っていた。

「ザクロ?」

 アンズの問いに対してザクロは自分でも意外な返答をした。

「ウチでコイツを引き取る。名前はそうだな、スモモでいいんじゃないか。ちっこいしな」

「だから脱走兵の隠匿は……」

「コイツ……いや、スモモにも働かせる。東京軍の士官にクレジットでも渡せばいい。スモモはそれ以上に稼ぐぞ」

 ザクロはスモモと名付けたばかりの少女を視界の端で見る。

 その顔ははちきれそうな笑顔でいっぱいになっていた。

「いいな? スモモ。お前も『極殺小隊』の正規メンバーとなって働くんだ」

「うん。訓練よりずっとおもしろそう。あと……ザクロ姉ってよんでいい?」

「……好きにしろ」

 オリーブが敵を操って攪乱し、スモモの音撃で雑魚を散らし、ザクロが正面突破し、透明化したアンズがターゲットを仕留める。

 彼女たち「極殺小隊」は完成された戦闘部隊になった。

 「便利屋コロシ部」を率いるミステリアスな少女、ルナに敗北するまでは。

 *

 数日後。ヤマト陸軍が撤退時に乗り捨てた軍用車で、旧多摩地区まで二人は逃げのびていた。

 東京軍の管理の及ばない山々でほとぼりが冷めるまで暮らそうという判断だった。

 クレジットのやり取りをしようにも、端末の機能は停止したまま。

 つまり彼女らは東京軍関係者としての資格を剥奪されたということ。

 一時的にステラに利用されたザクロとスモモは「ヤマトに与した反逆者」と扱われているのだ。

 端末の利用停止はそのレベルの問題を起こした人物への措置であることはザクロも知っている。

 東京軍からしても元々「極殺小隊」はトラブルをよく起こすチームだった。

 そんな問題児たちが柊陽向絡みの事件に巻き込まれ、さらに壊滅状態にまで陥ったという事実から、東京軍は二人を「利用価値なし」と判断した。

 つまるところ、ヤマトの介入にかこつけた厄介払いだ。

「東京軍……手は出さないが、勝手に野垂れ死ねってことか……」

「スモモはヤマトも東京軍も嫌い。だって、こうなったのは全部あいつらのせいでしょ?」

「スモモ……」

 スモモは「極殺」に関わらなかった方がまだ幸せに暮らせたかもしれない。

 ザクロはそう思うことが増えた。

 だが今のザクロがザクロとして振る舞えているのは、折れていないのはスモモの存在があるからだ。

 ザクロの罪悪感と安心感が同居したスモモへの感情。

 そしてスモモの中で燃え続ける怒りはさらなる力を生み出そうとしていた。


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 柏木の部隊の介入と同時にザクロは屠龍から距離を取り、一気に走り去った。
 逃げたのではない。スモモの無事をいち早く確認するためだ。
 新宿の廃棄区画となった繁華街のテナントの中にスモモが縛られ放置されていた。
 スモモは窓ガラスが割れた飲食チェーンだったその店の、ボロ椅子の一つに小さく座っていた。
「ザクロ姉……」
 だが互いの位置を認識する端末が途中で動かなくなり、ザクロはこの周辺を総当たりで探していたのだ。
 スモモがその気になれば破壊力を伴わない大声で、ザクロを呼び寄せることは容易だった。
 しかしこの少女はその危険性や、戦場でどう振る舞うかといったことを、「極殺小隊」メンバーの背中から学んでいた。
「悪かった。怖かったな……」
「スモモ、悔しいよ」
 泣き腫らしたスモモの目は、ある種の決意に満ち溢れている。
 それは壁にもたれてようやく立っているザクロから、無数の傷の痛みを忘れさせた。
「何があった?」
「スモモは無視されたんだ。スモモを殺したらザクロ姉を怒らせるからほっとかれただけ」
 スモモはうつむきながら、ぽつぽつと話し始めた。
「ザクロ姉は前に言ってたよ。この商売をしていく上で、東京を生きていく上で大切なこと」
「メンツか」
「うん。あいつら、スモモのこと馬鹿にしたんだよ。だから──」
 ザクロが解いた縄の跡をさすりながら、スモモは力強く言った。
「殺す。舐められたら、殺す。それができない奴は東京じゃ生きていけないから。ザクロ姉がそう教えてくれたから」
 ザクロはスモモを頼もしく思うとともに、彼女が二度と普通の少女の生活に戻れないことを考え、言葉が出なかった。
 そしてスモモに何と言葉をかけるかしばらく逡巡し、ようやく一言だけ告げた。
「偉いな、スモモは」
 *
 ザクロが東京軍の訓練部隊から逃げてきた名無しの少女に出会ったのは、既に「極殺小隊」として名を挙げていた頃だった。
「訓練つまんないんだもん。銃を組み立てるやつ、きらい」
 脱走理由を聞いて返ってきた答えがこれだった。
「匿うのは不味いよ、ザクロ……」
 顔の傷で少女を驚かせないように、レインコートのフードをいつもより目深にかぶったアンズが言う。
「脱走者は銃殺。とまでは言わないけどまあ折檻くらいはされるんじゃない? 当然脱走の幇助も連座して罰する規定があったはずでしょ」
「せっかんってなに?」
「お仕置きってこと!」
 オリーブが名無しの少女を脅し、オリーブから隠れるようにザクロの背後に回る。
「名前がないのか?」
「うん。でも番号の子が多くてすぐわかんないし、まちがえると怒られるの。名前のある子はいいなあ」
 いつの間にかザクロはこの名無しの少女に自分を重ねていた。
 川沿いでゴミ拾いと乱闘に明け暮れた時代。
 彼女は自らの異名を名前とし、自分で勝ち取った名前として誇りに思っていた。
「ザクロ?」
 アンズの問いに対してザクロは自分でも意外な返答をした。
「ウチでコイツを引き取る。名前はそうだな、スモモでいいんじゃないか。ちっこいしな」
「だから脱走兵の隠匿は……」
「コイツ……いや、スモモにも働かせる。東京軍の士官にクレジットでも渡せばいい。スモモはそれ以上に稼ぐぞ」
 ザクロはスモモと名付けたばかりの少女を視界の端で見る。
 その顔ははちきれそうな笑顔でいっぱいになっていた。
「いいな? スモモ。お前も『極殺小隊』の正規メンバーとなって働くんだ」
「うん。訓練よりずっとおもしろそう。あと……ザクロ姉ってよんでいい?」
「……好きにしろ」
 オリーブが敵を操って攪乱し、スモモの音撃で雑魚を散らし、ザクロが正面突破し、透明化したアンズがターゲットを仕留める。
 彼女たち「極殺小隊」は完成された戦闘部隊になった。
 「便利屋コロシ部」を率いるミステリアスな少女、ルナに敗北するまでは。
 *
 数日後。ヤマト陸軍が撤退時に乗り捨てた軍用車で、旧多摩地区まで二人は逃げのびていた。
 東京軍の管理の及ばない山々でほとぼりが冷めるまで暮らそうという判断だった。
 クレジットのやり取りをしようにも、端末の機能は停止したまま。
 つまり彼女らは東京軍関係者としての資格を剥奪されたということ。
 一時的にステラに利用されたザクロとスモモは「ヤマトに与した反逆者」と扱われているのだ。
 端末の利用停止はそのレベルの問題を起こした人物への措置であることはザクロも知っている。
 東京軍からしても元々「極殺小隊」はトラブルをよく起こすチームだった。
 そんな問題児たちが柊陽向絡みの事件に巻き込まれ、さらに壊滅状態にまで陥ったという事実から、東京軍は二人を「利用価値なし」と判断した。
 つまるところ、ヤマトの介入にかこつけた厄介払いだ。
「東京軍……手は出さないが、勝手に野垂れ死ねってことか……」
「スモモはヤマトも東京軍も嫌い。だって、こうなったのは全部あいつらのせいでしょ?」
「スモモ……」
 スモモは「極殺」に関わらなかった方がまだ幸せに暮らせたかもしれない。
 ザクロはそう思うことが増えた。
 だが今のザクロがザクロとして振る舞えているのは、折れていないのはスモモの存在があるからだ。
 ザクロの罪悪感と安心感が同居したスモモへの感情。
 そしてスモモの中で燃え続ける怒りはさらなる力を生み出そうとしていた。