15話 はじまり
ー/ー 旧新宿地区にある「便利屋コロシ部」の「部室」として扱っている廃ビルの一区画。
東京の住民は電気や水道が生きている場所で共同生活を送っていることが多く、こういった物件は空き部屋だらけだ。
そこでじゃれ合う二人の少女たち。
一人は小柄な茶髪、もう一人は金髪で赤いジャージの少女。
「いいよぉ! 別に困ってねーからぁ!」
「まあまあそう言わずに~シンプルに『茜』とか……かわいい感じなら『朱音』とか! アカネっちの雰囲気にも合ってると思うんだけどな~」
「合ってるってジャージの色にだろ!?」
渚がボロボロの漢字辞典を持ってしつこくアカネに絡み、アカネはただただ嫌そうに顔を背ける。
「いーじゃーん! そろそろみんなカンジにしてお揃いにしようぜーい」
つまり渚はアカネの名前を漢字に改名させたいのだ。
東京の行政の機能が停止して二十年近く経つ。
関東一帯を支配する「大東京連合」は武装勢力の集合体の域を出ず、画一的な統治は行われていない。
なので戸籍管理も雑であり、登録されている「アドバンス」の改名も端末の申請一つで行えるのだ。
ちなみに端末から「東京軍」には「部室」を拠点として登録しており、電気が優先的に回されるようになっている。
物資や水なども報酬から天引きされる形で支給を受けることができた。
「いいんだよカタカナで! このままでいいったらいい!」
「えー渚ちゃんはカンジ好きだけどなーカッコいくて。リンちゃん先輩はどう思うー?」
この時代では既に珍しい部類の電子機器であるパソコン。
その前に座った凛子が、突然話を振られ一瞬体を硬直させる。
彼女はちょうど「東京軍」が発信している依頼一覧を眺めていた。
コロシ部という名前がよくないのか、優先して表示されるのは「大東京連合」の利益を害する勢力の抹殺といった内容のものが多い。
ルナの意向で「便利屋コロシ部」は、一方的に弱い立場の標的を殺すだけの依頼は避けるようにしていた。
彼女たちが受けなかった依頼はいずれ他のチームが受け、消えていく。
「わ、私はその……漢字はいいと思うけど……『凛』の字の意味を知ったときは恥ずかしかった、かな……似合わないし……」
「つまりはカンジ、いい感じーってことでー」
結成当初こそ「東京征服」を掲げていた「便利屋コロシ部」ではあったが、直近では日々の生活費や消耗品を賄うための依頼をこなしている。
戯れる仲間を見ながらルナはこの状況に焦りを感じていた。
何故なら「東京軍」に食い込んで柊陽向の情報を手に入れるには、ただチームとしての格を上げるだけでは限界があるという現実に直面したからだ。
(いつかぶつかる問題だとは思っていたけど、思っていたよりも早い……)
チームとして短期間でCランクに昇格できたことは上出来だったし、本来であれば喜ぶべきことだとルナ自身も思う。
だが軍から直接指名を受けて依頼をこなすこともあるBランクチームへの昇格は、より厳格な審査が行われると「東京軍」に詳しい亞矢から聞いていた。
(このまま地道に依頼をこなし続けるしかないっていうの? 東京征服と姉さんの奪還は同義……逆に姉さんがいなければ東京征服は叶わない)
確かにルナが最初に「東京軍」に潜り込んだ理由は、陽向関連の機密に触れる身分へ成り上がることにあった。
だが訓練生時代に多くの「アドバンス」やその家族の境遇、東京を取り巻く状況を知るにつれてこの世界を変えたいと思うようにもなった。
その為の東京征服。
「しつこいって! ルナだってカタカナなんだしいーだろーがぁ!」
「うーん。ルナっちが漢字なのはなんか違うんだよなあ……」
「はぁ!?」
そして仲間たち。
彼女たちもそれぞれの目的のために「東京征服」という荒唐無稽な話に乗った。
その期待を裏切ることもしたくはないとルナは思う。
「私は名前の意味自体を気に入っているから漢字でもいいけど、当てる字が難しいね。そうだ、ルナって名前の意味はわかる?」
「うーん……わかんなーい」
「月のことだよ」
月は太陽に照らされなければ輝けない。
だからルナ……美月にとって陽向はなくてはならない存在であり、そして共に東京を変えるという理想にも共感してくれると信じていた。
関東一帯を支配している「大東京連合」は合流前の各勢力で派閥化し、それぞれが担当するエリアを統治している。
今は絶妙なバランスで均衡状態にあるが、どこかのエリアが落ちれば派閥争いで自滅していくのは目に見えていた。
だからこそ、それを単身で可能にする陽向自身とその力を必要としていたのだ。
「部長……その、珍しく暗殺じゃない依頼が来てます。えっと……護衛任務」
「へえ。先輩、どんな内容なの?」
「依頼人は……五代目不二会。えっと、多分ヤクザ……です。名前はその、香川としか。内容は……チームに狙われているので命と金庫を守って欲しいと。相手は、ええっ!?」
驚きのあまり椅子から落ちそうになる凛子。
それ以降、受け答えが要領を得なくなったのでルナが直接モニターを見る。
「『極殺小隊』……か」
Bランクチームの中でもリーダーであるザクロが特に暴力的だということが有名で、武力で多数の下部組織を従えており、動員できる人員だけなら他のチームの追随を許さない。
敵に回すと厄介なのは確実だ。
だが策次第では今の「便利屋コロシ部」メンバーで勝てない相手ではないとルナは感じた。
そしてルナには香川という名前に心当たりがあった。かつてイチガヤの「アドバンス」研究所にいた男の名前。
かつてイチガヤでの実験で陽向が暴走し、東京を壊滅させた。香川はその生き証人かもしれない。
偶然の一致かもしれないが、その男が「極殺小隊」に命を狙われているとなれば話は変わってくる。
それだけの戦力で確実に始末する必要がある人物だということ。
(もしその香川がイチガヤの研究所のアイツだとしたら……必ず姉さんに関連しているはず。そして香川から姉さんの手がかりが手に入れば、東京征服の突破口になる!)
「リンちゃん先輩、その依頼受けよう」
「え、えっ! えええっ!?」
凛子の制止を振り切ってルナはパソコンを操作する。
結果ルナの独断で香川護衛の任務を請け負った「便利屋コロシ部」は、柊陽向を巡る苛烈な戦いに身を投じることになったのだった。
そこに蜘蛛の巣の如き陰謀が張り巡らされていることを彼女たちはまだ知らない。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
旧新宿地区にある「便利屋コロシ部」の「部室」として扱っている廃ビルの一区画。
東京の住民は電気や水道が生きている場所で共同生活を送っていることが多く、こういった物件は空き部屋だらけだ。
そこでじゃれ合う二人の少女たち。
一人は小柄な茶髪、もう一人は金髪で赤いジャージの少女。
「いいよぉ! 別に困ってねーからぁ!」
「まあまあそう言わずに~シンプルに『茜』とか……かわいい感じなら『朱音』とか! アカネっちの雰囲気にも合ってると思うんだけどな~」
「合ってるってジャージの色にだろ!?」
渚がボロボロの漢字辞典を持ってしつこくアカネに絡み、アカネはただただ嫌そうに顔を背ける。
「いーじゃーん! そろそろみんなカンジにしてお揃いにしようぜーい」
つまり渚はアカネの名前を漢字に改名させたいのだ。
東京の行政の機能が停止して二十年近く経つ。
関東一帯を支配する「大東京連合」は武装勢力の集合体の域を出ず、画一的な統治は行われていない。
なので戸籍管理も雑であり、登録されている「アドバンス」の改名も端末の申請一つで行えるのだ。
ちなみに端末から「東京軍」には「部室」を拠点として登録しており、電気が優先的に回されるようになっている。
物資や水なども報酬から天引きされる形で支給を受けることができた。
「いいんだよカタカナで! このままでいいったらいい!」
「えー渚ちゃんはカンジ好きだけどなーカッコいくて。リンちゃん先輩はどう思うー?」
この時代では既に珍しい部類の電子機器であるパソコン。
その前に座った凛子が、突然話を振られ一瞬体を硬直させる。
彼女はちょうど「東京軍」が発信している依頼一覧を眺めていた。
コロシ部という名前がよくないのか、優先して表示されるのは「大東京連合」の利益を害する勢力の抹殺といった内容のものが多い。
ルナの意向で「便利屋コロシ部」は、一方的に弱い立場の標的を殺すだけの依頼は避けるようにしていた。
彼女たちが受けなかった依頼はいずれ他のチームが受け、消えていく。
「わ、私はその……漢字はいいと思うけど……『凛』の字の意味を知ったときは恥ずかしかった、かな……似合わないし……」
「つまりはカンジ、いい感じーってことでー」
結成当初こそ「東京征服」を掲げていた「便利屋コロシ部」ではあったが、直近では日々の生活費や消耗品を賄うための依頼をこなしている。
戯れる仲間を見ながらルナはこの状況に焦りを感じていた。
何故なら「東京軍」に食い込んで柊陽向の情報を手に入れるには、ただチームとしての格を上げるだけでは限界があるという現実に直面したからだ。
(いつかぶつかる問題だとは思っていたけど、思っていたよりも早い……)
チームとして短期間でCランクに昇格できたことは上出来だったし、本来であれば喜ぶべきことだとルナ自身も思う。
だが軍から直接指名を受けて依頼をこなすこともあるBランクチームへの昇格は、より厳格な審査が行われると「東京軍」に詳しい亞矢から聞いていた。
(このまま地道に依頼をこなし続けるしかないっていうの? 東京征服と姉さんの奪還は同義……逆に姉さんがいなければ東京征服は叶わない)
確かにルナが最初に「東京軍」に潜り込んだ理由は、陽向関連の機密に触れる身分へ成り上がることにあった。
だが訓練生時代に多くの「アドバンス」やその家族の境遇、東京を取り巻く状況を知るにつれてこの世界を変えたいと思うようにもなった。
その為の東京征服。
「しつこいって! ルナだってカタカナなんだしいーだろーがぁ!」
「うーん。ルナっちが漢字なのはなんか違うんだよなあ……」
「はぁ!?」
そして仲間たち。
彼女たちもそれぞれの目的のために「東京征服」という荒唐無稽な話に乗った。
その期待を裏切ることもしたくはないとルナは思う。
「私は名前の意味自体を気に入っているから漢字でもいいけど、当てる字が難しいね。そうだ、ルナって名前の意味はわかる?」
「うーん……わかんなーい」
「月のことだよ」
月は太陽に照らされなければ輝けない。
だからルナ……美月にとって陽向はなくてはならない存在であり、そして共に東京を変えるという理想にも共感してくれると信じていた。
関東一帯を支配している「大東京連合」は合流前の各勢力で派閥化し、それぞれが担当するエリアを統治している。
今は絶妙なバランスで均衡状態にあるが、どこかのエリアが落ちれば派閥争いで自滅していくのは目に見えていた。
だからこそ、それを単身で可能にする陽向自身とその力を必要としていたのだ。
「部長……その、珍しく暗殺じゃない依頼が来てます。えっと……護衛任務」
「へえ。先輩、どんな内容なの?」
「依頼人は……五代目不二会。えっと、多分ヤクザ……です。名前はその、香川としか。内容は……チームに狙われているので命と金庫を守って欲しいと。相手は、ええっ!?」
驚きのあまり椅子から落ちそうになる凛子。
それ以降、受け答えが要領を得なくなったのでルナが直接モニターを見る。
「『極殺小隊』……か」
Bランクチームの中でもリーダーであるザクロが特に暴力的だということが有名で、武力で多数の下部組織を従えており、動員できる人員だけなら他のチームの追随を許さない。
敵に回すと厄介なのは確実だ。
だが策次第では今の「便利屋コロシ部」メンバーで勝てない相手ではないとルナは感じた。
そしてルナには香川という名前に心当たりがあった。かつてイチガヤの「アドバンス」研究所にいた男の名前。
かつてイチガヤでの実験で陽向が暴走し、東京を壊滅させた。香川はその生き証人かもしれない。
偶然の一致かもしれないが、その男が「極殺小隊」に命を狙われているとなれば話は変わってくる。
それだけの戦力で確実に始末する必要がある人物だということ。
(もしその香川がイチガヤの研究所のアイツだとしたら……必ず姉さんに関連しているはず。そして香川から姉さんの手がかりが手に入れば、東京征服の突破口になる!)
「リンちゃん先輩、その依頼受けよう」
「え、えっ! えええっ!?」
凛子の制止を振り切ってルナはパソコンを操作する。
結果ルナの独断で香川護衛の任務を請け負った「便利屋コロシ部」は、柊陽向を巡る苛烈な戦いに身を投じることになったのだった。
そこに蜘蛛の巣の如き陰謀が張り巡らされていることを彼女たちはまだ知らない。