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冴島亘

ー/ー



 じゃあ、そっち座って。
 鞄も隣の椅子に置いちゃっていいよ。うん、そう。はは、なんだ、緊張してるのか?
 入ったの初めてだからって? まあ、そうだよな。お前はなにか問題を起こすような生徒じゃないし。
 それにしても、嫌な名前だよな、「生徒指導室」なんて。妙にいかつめらしいっていうか……もっとやわらかい感じの名前に改名してくれたらいいのに。「生徒支援室」とかさ。
 ん? ああ、その猫の写真か? うちで飼ってる猫なんだ。可愛いって? はは、ありがとう。
 さて、それで……
 中城のこと、だよな。
 うん。たしかにお前の言う通り、中城は何度かここに呼び出したことがある。……わかってるよ。今回の中城のことで、先生が何か知ってるんじゃないかって思ったんだろ?
 答えは……正直言って、先生にもどっちかよくわからないんだ。
 曖昧な言い方で申し訳ない。ただ実際のところ、そう言うほかないんだ。たしかに先生は、中城のことで心配していることが一つあった。ただそれが今回のことと関係しているかどうかはわからない。
 心配していたこと? ……そうだな、お前だから言うけど、
 実はあいつと、あいつのお父さんとのことなんだ。
 知っての通り、中城の家は父子家庭だ。知らない? そうなのか。……まあ、そうだったんだよ。両親は中城がまだ幼いころに離婚したらしい。以来、父親が中城を男手ひとつで育てた。三者面談なんかで見ているかぎり、とても仲の良い親子だったよ。
 ただ、ちょっと……仲が良すぎる、っていうのかな。特に中城の父親に対する態度は、父親っていうより……いや、まあ、
 とにかく、中城はあの年齢の女子にしては少し、父親との距離が近すぎる気がしたんだ。……まあ、家族の形なんてそれぞれだし、一教師が首を突っ込むようなことじゃないかなとは思ったんだ。だけど二年生になり、進路面談をするようになって……
 中城は、自分が希望する進路を「パパにそうするよう言われたから」と言ったんだ。先生は教師として、生徒がどんな進路を希望したって、基本的にはそれを応援したいと思ってるよ。だけど父親に対するあの態度を見た後だと、どうしても素直に首を触れなくてな。自分はただ黙ってその後押しをしてしまっていいものかと自問した。だって、いつかは中城だって父親から自立して、自分の人生を生きていかなきゃいけない時が来るわけだろ? 父親とはいえ、自分の歩むレールがいつまでも他人によって決められたもののままではいけないと思ったんだ。
 だから、訊いたんだ。「それは本当に、中城自身がやりたいことなのか」って。あいつは平然と答えた。「はい。だってパパが言ってたから」って。結局、その短い時間の中ではこちらの伝えたいことがうまく伝わらず、話の続きをするためにその後も何度かあいつをここに呼び出していたんだ。結局、話は平行線のままだったけどな。
 ……納得、してくれたか?
 ありがとう。すまないな、仲の良かった友だちの、こんな話を聞かせてしまって。
 え? ああ、だって、放課後に中城とよく話してたろ? ちょうど、あいつが亡くなる直前の時期だったか。誰もいない教室に二人でいるところ、何度か見たぞ?
 え、もう行くのか? 塾が。ああ、そうなのか。しっかり勉強してこいよ。
 おい、水原(みずはら)
 その、もしお前自身も何か悩んでることとかあったら、いつでも先生を頼ってくれていいからな。ほら、お前の家も、色々とさ……。
 あ、ああ、そうだな。ごめん、引き留めて。
 うん、気を付けてな。また明日。


次のエピソードへ進む 水原瑠花


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 じゃあ、そっち座って。
 鞄も隣の椅子に置いちゃっていいよ。うん、そう。はは、なんだ、緊張してるのか?
 入ったの初めてだからって? まあ、そうだよな。お前はなにか問題を起こすような生徒じゃないし。
 それにしても、嫌な名前だよな、「生徒指導室」なんて。妙にいかつめらしいっていうか……もっとやわらかい感じの名前に改名してくれたらいいのに。「生徒支援室」とかさ。
 ん? ああ、その猫の写真か? うちで飼ってる猫なんだ。可愛いって? はは、ありがとう。
 さて、それで……
 中城のこと、だよな。
 うん。たしかにお前の言う通り、中城は何度かここに呼び出したことがある。……わかってるよ。今回の中城のことで、先生が何か知ってるんじゃないかって思ったんだろ?
 答えは……正直言って、先生にもどっちかよくわからないんだ。
 曖昧な言い方で申し訳ない。ただ実際のところ、そう言うほかないんだ。たしかに先生は、中城のことで心配していることが一つあった。ただそれが今回のことと関係しているかどうかはわからない。
 心配していたこと? ……そうだな、お前だから言うけど、
 実はあいつと、あいつのお父さんとのことなんだ。
 知っての通り、中城の家は父子家庭だ。知らない? そうなのか。……まあ、そうだったんだよ。両親は中城がまだ幼いころに離婚したらしい。以来、父親が中城を男手ひとつで育てた。三者面談なんかで見ているかぎり、とても仲の良い親子だったよ。
 ただ、ちょっと……仲が良すぎる、っていうのかな。特に中城の父親に対する態度は、父親っていうより……いや、まあ、
 とにかく、中城はあの年齢の女子にしては少し、父親との距離が近すぎる気がしたんだ。……まあ、家族の形なんてそれぞれだし、一教師が首を突っ込むようなことじゃないかなとは思ったんだ。だけど二年生になり、進路面談をするようになって……
 中城は、自分が希望する進路を「パパにそうするよう言われたから」と言ったんだ。先生は教師として、生徒がどんな進路を希望したって、基本的にはそれを応援したいと思ってるよ。だけど父親に対するあの態度を見た後だと、どうしても素直に首を触れなくてな。自分はただ黙ってその後押しをしてしまっていいものかと自問した。だって、いつかは中城だって父親から自立して、自分の人生を生きていかなきゃいけない時が来るわけだろ? 父親とはいえ、自分の歩むレールがいつまでも他人によって決められたもののままではいけないと思ったんだ。
 だから、訊いたんだ。「それは本当に、中城自身がやりたいことなのか」って。あいつは平然と答えた。「はい。だってパパが言ってたから」って。結局、その短い時間の中ではこちらの伝えたいことがうまく伝わらず、話の続きをするためにその後も何度かあいつをここに呼び出していたんだ。結局、話は平行線のままだったけどな。
 ……納得、してくれたか?
 ありがとう。すまないな、仲の良かった友だちの、こんな話を聞かせてしまって。
 え? ああ、だって、放課後に中城とよく話してたろ? ちょうど、あいつが亡くなる直前の時期だったか。誰もいない教室に二人でいるところ、何度か見たぞ?
 え、もう行くのか? 塾が。ああ、そうなのか。しっかり勉強してこいよ。
 おい、|水原《みずはら》。
 その、もしお前自身も何か悩んでることとかあったら、いつでも先生を頼ってくれていいからな。ほら、お前の家も、色々とさ……。
 あ、ああ、そうだな。ごめん、引き留めて。
 うん、気を付けてな。また明日。